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	神武天皇聖蹟鵄邑顕彰碑｜長髄彦との決戦の地はどこ？碑は立てど磐余から30キロ。。。実際問題よく分からない件 へのコメント	</title>
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	<link>https://nihonshinwa.com/archives/3617</link>
	<description>日本神話を読み解き日本神話に登場する神様や関連神社情報を発信中！</description>
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		<title>
		さるたひこ より		</title>
		<link>https://nihonshinwa.com/archives/3617#comment-10244</link>

		<dc:creator><![CDATA[さるたひこ]]></dc:creator>
		<pubDate>Mon, 01 Jan 2018 05:28:14 +0000</pubDate>
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					<description><![CDATA[&lt;a href=&quot;https://nihonshinwa.com/archives/3617#comment-10094&quot;&gt;やまね&lt;/a&gt; への返信。

＞やまね　様
はじめまして。さるたひこと申します。
エントリいただきましてありがとうございます！
東征神話関連巡りで当サイトをご参考にいただいている事、心より感謝申し上げます。
やまね様ご指摘の通り、この辺りは「とみ」を彷彿とさせる地名がいくつもあり、かなりの「ロマン広がるスポット」かと思います。
是非ご自身の神話解釈を広げていっていただければ幸いです。今後、神話講座等を開催していこうと思っております。その時にも是非、ご参加いただきいろいろ教えていただければと思います。
名草邑顕彰碑の件も、ご指摘通りです。ホント、なんでわざわざこんな所に？？？と疑問ばかりが広がる、それはそれで「ロマン広がるスポット」になっているかと思います。
当サイトとしても今後、東征神話のみならず、他の神話も最新の学術成果をもとに情報を発信してまいります。引き続き日本神話.comをどうぞよろしくお願い申し上げます。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><a href="https://nihonshinwa.com/archives/3617#comment-10094">やまね</a> への返信。</p>
<p>＞やまね　様<br />
はじめまして。さるたひこと申します。<br />
エントリいただきましてありがとうございます！<br />
東征神話関連巡りで当サイトをご参考にいただいている事、心より感謝申し上げます。<br />
やまね様ご指摘の通り、この辺りは「とみ」を彷彿とさせる地名がいくつもあり、かなりの「ロマン広がるスポット」かと思います。<br />
是非ご自身の神話解釈を広げていっていただければ幸いです。今後、神話講座等を開催していこうと思っております。その時にも是非、ご参加いただきいろいろ教えていただければと思います。<br />
名草邑顕彰碑の件も、ご指摘通りです。ホント、なんでわざわざこんな所に？？？と疑問ばかりが広がる、それはそれで「ロマン広がるスポット」になっているかと思います。<br />
当サイトとしても今後、東征神話のみならず、他の神話も最新の学術成果をもとに情報を発信してまいります。引き続き日本神話.comをどうぞよろしくお願い申し上げます。</p>
]]></content:encoded>
		
			</item>
		<item>
		<title>
		やまね より		</title>
		<link>https://nihonshinwa.com/archives/3617#comment-10094</link>

		<dc:creator><![CDATA[やまね]]></dc:creator>
		<pubDate>Tue, 26 Dec 2017 13:02:20 +0000</pubDate>
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					<description><![CDATA[さるたひこさん、はじめまして。
地元、奈良の住人でやまねと申します。
昨年末あたりから天皇陵巡りやら神武東征関連巡りをしてまして、
このサイトも随分と参考にさせていただいています。
地元と言ってもこういう視点で見直してみると知らないことだらけ。
というのが実感でして、ここもしょっちゅう前を通る割には
聖蹟碑があること自体知りませんでしたし。

このあたり確かに「とみ」を関する地名がやたらでてきます。
富雄川もそうですし、登美ヶ丘、鳥見通り、鳥見小学校etc
これも和銅時代からの流れと。。

今日は少しだけ時間があったので立ち寄ってきました。
天忍穂耳神社もすぐ近くなのでそちらも。
ここ駐車場やトイレはありませんがバス停の反対側北側の
交差点に大きなコンビニができましたので、利用できると思います。

ナガスネヒコはトミノナガスネヒコともいい、
このあたりを拠点としていたという説もあるようですから、
大和平野を制圧した最後の総仕上げとして、
ナガスネヒコ勢力を一掃したということなのでしょうね。
と考えないと、30キロも北上する意味もなさそうですし。

話は変わりますが、この夏、名草邑顕彰碑まで出かけた時のこと。
他の方のサイトで田んぼの軒から比較的ましなアプローチルートが
あるようなので探してみたら、竹藪を荒らされるのを恐れたのか
地主さんが物理的に柵を作って入れないようにされてました。

また、消防学校は現在(撤去)工事中のため進入不可のため、
このサイトで紹介されていたとんでもルートしか入ることができません。
この時は夏の盛りということもあり諦めました。。
他の顕彰碑もそうなんですが、なぜかじめじめした山の中が多い
イメージです。

地元には学研登美ヶ丘線の北生駒駅近くの丘が金鵄の降り立った場所だ。
などという説があったり、戦前の近鉄線の路線図では富雄駅ではなく
鵄邑駅という表記が残っているようです。

神武東征巡りもまだ新宮方面や岡山、九州と宇陀を
残しているのでまだまだかかるんですが、今後とも参考にさせていただきます。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>さるたひこさん、はじめまして。<br />
地元、奈良の住人でやまねと申します。<br />
昨年末あたりから天皇陵巡りやら神武東征関連巡りをしてまして、<br />
このサイトも随分と参考にさせていただいています。<br />
地元と言ってもこういう視点で見直してみると知らないことだらけ。<br />
というのが実感でして、ここもしょっちゅう前を通る割には<br />
聖蹟碑があること自体知りませんでしたし。</p>
<p>このあたり確かに「とみ」を関する地名がやたらでてきます。<br />
富雄川もそうですし、登美ヶ丘、鳥見通り、鳥見小学校etc<br />
これも和銅時代からの流れと。。</p>
<p>今日は少しだけ時間があったので立ち寄ってきました。<br />
天忍穂耳神社もすぐ近くなのでそちらも。<br />
ここ駐車場やトイレはありませんがバス停の反対側北側の<br />
交差点に大きなコンビニができましたので、利用できると思います。</p>
<p>ナガスネヒコはトミノナガスネヒコともいい、<br />
このあたりを拠点としていたという説もあるようですから、<br />
大和平野を制圧した最後の総仕上げとして、<br />
ナガスネヒコ勢力を一掃したということなのでしょうね。<br />
と考えないと、30キロも北上する意味もなさそうですし。</p>
<p>話は変わりますが、この夏、名草邑顕彰碑まで出かけた時のこと。<br />
他の方のサイトで田んぼの軒から比較的ましなアプローチルートが<br />
あるようなので探してみたら、竹藪を荒らされるのを恐れたのか<br />
地主さんが物理的に柵を作って入れないようにされてました。</p>
<p>また、消防学校は現在(撤去)工事中のため進入不可のため、<br />
このサイトで紹介されていたとんでもルートしか入ることができません。<br />
この時は夏の盛りということもあり諦めました。。<br />
他の顕彰碑もそうなんですが、なぜかじめじめした山の中が多い<br />
イメージです。</p>
<p>地元には学研登美ヶ丘線の北生駒駅近くの丘が金鵄の降り立った場所だ。<br />
などという説があったり、戦前の近鉄線の路線図では富雄駅ではなく<br />
鵄邑駅という表記が残っているようです。</p>
<p>神武東征巡りもまだ新宮方面や岡山、九州と宇陀を<br />
残しているのでまだまだかかるんですが、今後とも参考にさせていただきます。</p>
]]></content:encoded>
		
			</item>
		<item>
		<title>
		山上博明 より		</title>
		<link>https://nihonshinwa.com/archives/3617#comment-4117</link>

		<dc:creator><![CDATA[山上博明]]></dc:creator>
		<pubDate>Wed, 31 May 2017 15:24:06 +0000</pubDate>
		<guid isPermaLink="false">http://nihonshinwa.com/?p=3617#comment-4117</guid>

					<description><![CDATA[ご回答ありがとうございます。鶏ではなく鵄、大事ですね(笑)本当に私の知らない事だらけです。確かに、すぐ北側に登美ヶ丘という高級住宅街があります。大阪市内から地下鉄が伸び、今後発展しそうな地域です。あまり開発が進まない事を個人的に祈ります。
さるたひこさんの記事を頼りに、和歌山の熊野に行ってきました。神倉神社、度肝を抜かれました。社殿裏の巨石が転がり落ちてくるんじゃ、と気が気ではありませんでした。時間的に神倉神社が日没直前、花窟神社が夜、そして大泊海水浴場で夜を明かしました。ライトアップされた花窟神社はそれは荘厳な雰囲気で、信仰心のない私も心を打たれました。夜にも関わらず一心不乱に祈る人、般若心経を唱える人。神仏習合なんですね(笑)現地に行かれたさるたひこさんは気づいたと思いますが、花窟神社と大泊の間に、鬼ヶ城という世界遺産がありました。夜明けとともに行きましたが、こちらも度肝を抜かれました。大泊から鬼ヶ城の絶壁を抜けると花窟神社のそばに出ました。坂上田村麻呂が多我丸という海賊を討伐した伝説があるそうです。まさに海賊が出そうな雰囲気でした。神武天皇も大泊に上陸する際、鬼ヶ城は怖かったと思います。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>ご回答ありがとうございます。鶏ではなく鵄、大事ですね(笑)本当に私の知らない事だらけです。確かに、すぐ北側に登美ヶ丘という高級住宅街があります。大阪市内から地下鉄が伸び、今後発展しそうな地域です。あまり開発が進まない事を個人的に祈ります。<br />
さるたひこさんの記事を頼りに、和歌山の熊野に行ってきました。神倉神社、度肝を抜かれました。社殿裏の巨石が転がり落ちてくるんじゃ、と気が気ではありませんでした。時間的に神倉神社が日没直前、花窟神社が夜、そして大泊海水浴場で夜を明かしました。ライトアップされた花窟神社はそれは荘厳な雰囲気で、信仰心のない私も心を打たれました。夜にも関わらず一心不乱に祈る人、般若心経を唱える人。神仏習合なんですね(笑)現地に行かれたさるたひこさんは気づいたと思いますが、花窟神社と大泊の間に、鬼ヶ城という世界遺産がありました。夜明けとともに行きましたが、こちらも度肝を抜かれました。大泊から鬼ヶ城の絶壁を抜けると花窟神社のそばに出ました。坂上田村麻呂が多我丸という海賊を討伐した伝説があるそうです。まさに海賊が出そうな雰囲気でした。神武天皇も大泊に上陸する際、鬼ヶ城は怖かったと思います。</p>
]]></content:encoded>
		
			</item>
		<item>
		<title>
		さるたひこ より		</title>
		<link>https://nihonshinwa.com/archives/3617#comment-4094</link>

		<dc:creator><![CDATA[さるたひこ]]></dc:creator>
		<pubDate>Tue, 30 May 2017 21:32:59 +0000</pubDate>
		<guid isPermaLink="false">http://nihonshinwa.com/?p=3617#comment-4094</guid>

					<description><![CDATA[&lt;a href=&quot;https://nihonshinwa.com/archives/3617#comment-3971&quot;&gt;山上博明&lt;/a&gt; への返信。

＞山上さん
はじめまして。さるたひこと申します。
エントリいただきまして本当にありがとうございます。ご連絡おそくなってすみません。
山上さんから教えていただいた地元の知る人ぞ知るスポットなど、とても興味深く、勉強になりました。個人的にはそういうの大好きです！
さて、いただいた内容について、以下、回答申し上げます。

まず、「鵄邑（とびむら）」については、岩波書店発行『日本書紀　上』の頭注３においては、以下のように説明されています。
「奈良県生駒郡生駒町の北部から奈良市の西端部（旧富雄町）にわたる地域。
この地は、続日本紀、和銅7年11月条に「登美郷」として現れ、以後、平安・鎌倉・室町・江戸の各時代を通じて「鳥見庄」または「鳥見谷」の名を伝え、その地内を貫流する富雄川も、もと「富河」または「鳥見川」と呼ばれていた。」
要は、岩波においても、長髄彦との最終決戦の地については「よう分からんけど、たぶんこのあたり」と説明してるのが実際の所で。これは、書紀本文においても「鵄邑（とびのむら）、訛して鳥見（とみ）と云ふ」という「邑落（村里）」について言及しているだけなので、どうにもこうにもよく分からないという事のようです。学界的にも決戦場は依然として不明です。ですが、これはつまり神話ロマンがふくらむところだと思いますし、あれこれ想像したくなりますよね。
そのなかで、「金鶏の尾と解釈できないか」とのご意見をいただきました。ありがとうございます。まず確認したいのは、ここでは「金鶏（きんけい）」ではなく「金鵄（きんし）」、金色のトビです。ここ大事なので是非チェックされてください。
で、上記岩波での説明にも関連しますが、このあたりは、奈良時代の和銅以降、鳥見庄、鳥見谷の名を江戸時代まで変えていないことが分かりますし、富雄川も「もと富河、鳥見川」とのことで、つまり、ご推案の「富雄」の名称は比較的新しいもの、明治以降かと思われます。なので、おそらく「トミ」＋「オ（ヲ）＝尾」という地名起源はなかなか成立しづらいかなと思う次第です。一方で、マイナスパワーを引き寄せる雰囲気や、その土地が持つなにかしらのパワーみたいなものは個人的にはあると信じてるタイプなので、それはそれでアリなのではないでしょうか。
長々と書き連ねましたが以上となります。今後ともどうぞよろしくお願いします。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><a href="https://nihonshinwa.com/archives/3617#comment-3971">山上博明</a> への返信。</p>
<p>＞山上さん<br />
はじめまして。さるたひこと申します。<br />
エントリいただきまして本当にありがとうございます。ご連絡おそくなってすみません。<br />
山上さんから教えていただいた地元の知る人ぞ知るスポットなど、とても興味深く、勉強になりました。個人的にはそういうの大好きです！<br />
さて、いただいた内容について、以下、回答申し上げます。</p>
<p>まず、「鵄邑（とびむら）」については、岩波書店発行『日本書紀　上』の頭注３においては、以下のように説明されています。<br />
「奈良県生駒郡生駒町の北部から奈良市の西端部（旧富雄町）にわたる地域。<br />
この地は、続日本紀、和銅7年11月条に「登美郷」として現れ、以後、平安・鎌倉・室町・江戸の各時代を通じて「鳥見庄」または「鳥見谷」の名を伝え、その地内を貫流する富雄川も、もと「富河」または「鳥見川」と呼ばれていた。」<br />
要は、岩波においても、長髄彦との最終決戦の地については「よう分からんけど、たぶんこのあたり」と説明してるのが実際の所で。これは、書紀本文においても「鵄邑（とびのむら）、訛して鳥見（とみ）と云ふ」という「邑落（村里）」について言及しているだけなので、どうにもこうにもよく分からないという事のようです。学界的にも決戦場は依然として不明です。ですが、これはつまり神話ロマンがふくらむところだと思いますし、あれこれ想像したくなりますよね。<br />
そのなかで、「金鶏の尾と解釈できないか」とのご意見をいただきました。ありがとうございます。まず確認したいのは、ここでは「金鶏（きんけい）」ではなく「金鵄（きんし）」、金色のトビです。ここ大事なので是非チェックされてください。<br />
で、上記岩波での説明にも関連しますが、このあたりは、奈良時代の和銅以降、鳥見庄、鳥見谷の名を江戸時代まで変えていないことが分かりますし、富雄川も「もと富河、鳥見川」とのことで、つまり、ご推案の「富雄」の名称は比較的新しいもの、明治以降かと思われます。なので、おそらく「トミ」＋「オ（ヲ）＝尾」という地名起源はなかなか成立しづらいかなと思う次第です。一方で、マイナスパワーを引き寄せる雰囲気や、その土地が持つなにかしらのパワーみたいなものは個人的にはあると信じてるタイプなので、それはそれでアリなのではないでしょうか。<br />
長々と書き連ねましたが以上となります。今後ともどうぞよろしくお願いします。</p>
]]></content:encoded>
		
			</item>
		<item>
		<title>
		山上博明 より		</title>
		<link>https://nihonshinwa.com/archives/3617#comment-3971</link>

		<dc:creator><![CDATA[山上博明]]></dc:creator>
		<pubDate>Thu, 25 May 2017 12:16:59 +0000</pubDate>
		<guid isPermaLink="false">http://nihonshinwa.com/?p=3617#comment-3971</guid>

					<description><![CDATA[さるたひこさん、はじめまして。奈良県生駒市の山上と言います。神話の記事、大変興味深く読ませていただきました。私は日本人でありながら神武神話の事をあまりに知らなさすぎると恥ずかしく思い、一方で身近な土地が出てきて、興奮して面白くて、記事をむさぼる様に読みました。金鶏の、とび、とみ、という地名がない、と書かれていましたが、地元民にはわかります。存在します。富雄（とみお）です。金鶏の尾と解釈できないでしょうか？長髄彦の支配地域の北側にあたります。長髄彦の軍勢を支配地域の北の端まで追い詰め、ここで最後の必死の抵抗にあい苦戦した、と解釈できないでしょうか？富雄は地元民の知る人ぞ知る、負のマイナスパワースポットです。富雄の防空壕でぐぐれば、心霊スポットとして出てくると思います。防空壕の横に小さな滝があり、戦後に新興宗教の教祖が修行したと言われる場所です。この心霊スポットは矢田山自然公園？にあり、奈良から暗峠への街道沿いの小さな丘の裏手にあります。長髄彦の終焉の地を地元民は負のマイナスパワースポットとして記憶している、とは思えないでしょうか？長々と駄文失礼しました。本当に面白い記事を読ませていただき、ありがとうございました。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>さるたひこさん、はじめまして。奈良県生駒市の山上と言います。神話の記事、大変興味深く読ませていただきました。私は日本人でありながら神武神話の事をあまりに知らなさすぎると恥ずかしく思い、一方で身近な土地が出てきて、興奮して面白くて、記事をむさぼる様に読みました。金鶏の、とび、とみ、という地名がない、と書かれていましたが、地元民にはわかります。存在します。富雄（とみお）です。金鶏の尾と解釈できないでしょうか？長髄彦の支配地域の北側にあたります。長髄彦の軍勢を支配地域の北の端まで追い詰め、ここで最後の必死の抵抗にあい苦戦した、と解釈できないでしょうか？富雄は地元民の知る人ぞ知る、負のマイナスパワースポットです。富雄の防空壕でぐぐれば、心霊スポットとして出てくると思います。防空壕の横に小さな滝があり、戦後に新興宗教の教祖が修行したと言われる場所です。この心霊スポットは矢田山自然公園？にあり、奈良から暗峠への街道沿いの小さな丘の裏手にあります。長髄彦の終焉の地を地元民は負のマイナスパワースポットとして記憶している、とは思えないでしょうか？長々と駄文失礼しました。本当に面白い記事を読ませていただき、ありがとうございました。</p>
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