天岩戸神話に隠された「贖罪」の仕組み|「千座置戸」「促徴」「抜髪」は一つの処罰プロセスとしてつながる

 

日本神話に伝える重要ワードやエピソードを誰も頼んでないのに必要以上に掘り下げる「勝手にディープ日本神話解説」。

今回は、

天岩戸神話に隠された「贖罪」の仕組み

をテーマにお届けいたします。

天岩戸神話と聞くと、どんな場面を思い浮かべるでしょうか?

素戔嗚尊が乱暴を働き、天照大神が天石窟に隠れ、世界が暗闇になる。そして八百万の神々が宴を催して天照大神が外へ出て、再び世界に光が戻る。。

と、ここまでは知られた話なんですが、。実は、『日本書紀』に伝える神話はそれでは終わらない。

大きな問題が一つ残っていて、

そもそも、騒動を引き起こした素戔嗚尊どうするんだ問題

コレに対して、『日本書紀』神代上第七段〔本伝〕では、神々が素戔嗚尊に「千座置戸」を科し納めることを求めます。そして最後には、髪を抜いて罪を「贖う」という処分を伝えます。

この、分かるような分からないような謎処分ですが、実は、かなり「法的な構造」、つまり古代の律令を使って構成されてたりするんです。

今回は、『日本書紀』第七段〔本伝〕で伝える、問題を引き起こした素戔嗚尊の処分について、「天岩戸神話に隠された「贖罪」の仕組み」と題して、現地から生々しくお届けします。

 

天岩戸神話に隠された「贖罪」の仕組み|素戔嗚尊は「お祓い」されたのではなかった?

天岩戸神話を伝える『日本書紀』第七段〔本伝〕

まずは現場をチェック。

『日本書紀』第七段〔本伝〕で、天岩戸から天照大神が出てきて世界に秩序が戻ったあとの話。以下内容を伝えてます。

その後、もろもろの神は罪過つみとがを素戔鳴尊すさのをのみことに帰して、大量の賠償を罰として科し、厳しく督促して徴収し、髪を抜いてその罪を購あがなわせるに至った。また別には、その手足の爪を抜いて購あがなったともいう。こうしたあと、天上から放逐して降したのである。

然後、諸神、歸罪過於素戔嗚尊而科之以千座置戸、遂促徵矣、至使拔髮以贖其罪。亦曰「拔其手足之爪贖之。」已而竟逐降焉。 引用:『日本書紀』第七段〔本伝〕より

ということで、

世界秩序が回復して「めでたし、めでたし」。……ではないんです!ココからが重要で。

第七段〔本伝〕では、もろもろの神が大量の賠償を罰として科し、厳しく督促して徴収したと伝えてます。なお、直接記載はないですが、素戔嗚尊が払わなかったので、髪を抜いて罪を贖わせたようです。。多分、髪全部抜いてツルッツルになったはず。。

言いたいのは、それくらい徹底して徴収したってことで、贖罪の徹底度合いに想いを致したい。

 

背景にあるのは古代律令制度。実は、〔本伝〕と〔一書〕で踏まえてる規定が違う

そのうえで、ここからは素戔嗚ツルッツル化ってどういうこと?について解説していきます。

唐突かもしれませんが、、、以下、古代律令制度をもとに解説。

日本神話の話をしてるのに、なんで古代律令制度??と思いきや、、これはこれで、『日本書紀』や『古事記』の編纂にあたっては、当時の時代背景や社会変化に大きく影響を受けてる訳で、当然、律令制に基づく国家体制づくりの文脈が持ち込まれたりするんです。

詳しくはコチラで!

やはり、

律令という国の体制や秩序の拠りどころや、律・令それぞれのありかたに即応したかたちをとることが重要だった訳で、、時代背景的に。。これと同じように、高天原を統治する天照大神に対する重大犯罪であればこそ、その処分には、贖罪(律と対応)と祓え(令と対応)という2つの対処法が組み込まれてるってことなんす。

そのうえで、、

結論から言うと、

  • 〔本伝〕は律をもとに、贖罪を中心に所伝を成りたたせている。
  • これに対して、〔書二〕〔書三〕は、祓えに関連した令の規定を踏まえて所伝を成りたたせている。

てことで、

今回は、〔本伝〕の話なので、以下、律をもとにお届けしていきます。

なお、、

以下、日本の律や唐の律がちょいちょいランダム登場しますがご容赦を。これは、日本律が唐律を基礎としながら修正・運用されているため、両者を明確に切り分けることは容易ではなく、、、「両にらみ」しながらチェックしていく必要があるので、そういう登場の仕方をします。

 

〔本伝〕の中心は「祓え」ではなく「贖罪」である

最初に注目したいのは、第七段〔本伝〕では、素戔嗚尊に対する処分には、大量の賠償を罰として科し、厳しく督促して徴収したと。さらに最終的には、髪を抜くことによってその罪を「贖う」と伝えてることであります。

一方、同じ第七段〔一書2〕や〔一書3〕では、「解除はらへ」や、それに関係する「祓具はらへつもの」といった言葉が登場し、祓系の伝承になってる。この違いに着目。先ほどの結論どおり。

ちなみに、従来の研究では、素戔嗚尊に何らかの物を科して罪を処理することから、「贖罪」も広い意味での祓えとして扱われることがありました。しかし、祓えと贖罪は、それぞれの性質を区別して考える必要があって。

簡単に言うと、

「悪いものを祓ってきれいにする」のと、

「犯した罪について代償を負う」のとは違う

ということです。

例えば、交通違反をした人が反省して神社でお祓いを受けても、それによって反則金を納めなくてよくなるわけではないように、、??

ここで認識すべきは、

「清めること」と「責任を負うこと」は別の仕組みである

という違いであります。

たしかに、罪の処理に身体の一部を供せしめるという点では、祓えに通じるところもあるのですが、それはあくまで手段に過ぎません。罪を贖うということじたいは、祓えとは本質的に異なることをしっかりチェック。

 

「千座置戸」は、罪を贖うために科されたものと考えられる

そのうえで、第七段〔本伝〕の素戔嗚尊の処罰を具体的に見ていきます。

まず神々が罪を素戔嗚尊に帰し、「千座置戸」を科しますが、これ、実は、古代の律にある「贖」の制度と関連があるんです。

結論から言うと、千座置戸を、単純な祭祀のための品物ではなく、

罪を贖うために納めるべきもの

として捉えている。ここが重要で。

比較材料として、『日本書紀』雄略紀に見える贖罪の事例をご紹介。『日本書紀』雄略天皇十年九月条より。

雄略天皇の時代、中国(南朝の劉宋/呉)からの使節や献上品を巡る出来事で。当時、ガチョウ(鵝)は珍しい貴重な鳥でした。ところが、、、

身狭村主青むさ の すぐり あおらは、呉国(の王)から献上された二羽のガチョウを連れて筑紫に到着した。しかし、このガチョウは水間君みずま の きみの犬にかみ殺されてしまった。 このため、水間君は非常に恐れて思い悩み、黙っていることができず、大きなヒシクイ(またはハクチョウ)十羽と鳥を飼育する者を献上して、罪を贖いたいと請うた。

身狭村主青等、将呉所献二鵝到於筑紫。是鵝為水間君犬所囓、死。由是、水間君恐怖憂愁、不能自黙、献鴻十隻与養鳥人、請以贖罪。 引用:『日本書紀』雄略天皇十年九月条より

注釈

・身狭村主青むさ の すぐり あお: 雄略天皇の命で呉(劉宋)に派遣された渡来系の使者。

・水間君みずま の きみ: 筑紫(現在の福岡県南部・水間地方)の豪族。

・鴻(おおひしくい / こう): 大型のがん(雁)の一種、またはハクチョウ(白鳥)を指す。貴重な鳥。

ということで、

呉国からの献上品である二羽のガチョウを犬にかみ殺されてしまった償いとして、ヒシクイ(またはハクチョウ)十羽と鳥の飼育担当者を献上してますよね。

ちなみに、日本で制定された律は、唐律にならって「贖」を設け、銅によって納める仕組みを持ってました。一方、実際の制度運用では、銅がなければ価格に換算して銭で徴収する規定もあったようです。

いずれにせよ、罪に対しては金銭または現物による償いが法律として定められてたわけで、話を神話に戻すと、素戔嗚尊に科された千座置戸も、律における贖金・贖銅に相当する現物として位置づけられてる訳です。

なので、素戔嗚尊は、「罪を犯したのだから、それに見合う償いをしなさい」という処分をを受けているってことで。

言い方を変えると、

心や身体を清める問題より、「発生した罪にどう責任を負わせるか」という側面が強く描かれている

ということになる訳です。ココしっかりチェック。

 

「促徴」は、処罰が一回で終わっていないことを示している

ここからは、素戔嗚尊への処罰で特に面白いところで。神々は素戔嗚尊に千座置戸を科しましたが、その直後、「厳しく督促して徴収するに至った(遂促徴矣)」という展開になってましたよね。

これはつまり、千座置戸を科したものの、それが納入されなかったため、納入を督促したってことです。

参考として、

唐律には、犯罪者から徴収する贖の物について納付期限があり、期限を過ぎても納めなかった場合を扱う規定がありました。

つまり、

「償いとして○○を納めなさい」

→「まだ納めていない」

→「では納めなさいと督促する」

という流れが、古代の法に存在していたわけです。

これはある意味、

「千座置戸を科す」=何を負担させるかを決める段階

と、

「促徴」=実際に納付させようとする段階

とで区別できるってことでもあり、「科之以千座置戸」はいわば「判決」、その後を刑の執行に相当するものとしても解釈できる訳です。

重要なのは、

神話展開の順番そのものに「罪の認定 → 負担の決定 → 徴収 → 未納の場合督促」という法的な流れがあるってことで、ここ、すごく重要なポイントであります。

 

なぜ最後に「髪を抜く」のかも、律との比較から説明できる

最後に、なぜ髪を抜くのか?という問題について解説を。

これも、唐律を比較すると見えてくる。古代の制度では、罪を贖うための財産を持っていない場合について、別の処置が設けられていました。

例えば、財産がない場合に杖刑へ換える規定などがあって。他にも、獄令の規定では、必要な財産がない場合に官の労役によって弁済し、その上限を5年とする例もあったりします。

これを踏まえると、素戔嗚尊についても、

千座置戸を科された

↓
納めないので「促徴」された

↓
それでも納付できる資財がない

↓
そのため髪、あるいは異伝では手足の爪を抜くことで贖罪した

という展開があるってことで、これも、律をもとに構成されたと考えられる訳です。

つまり、髪を抜く行為は、単純に、「悪いことをした罰として髪を抜かれた」てことではなく、

本来負うべき贖いを財物で果たせなかったため、別の形で償わせた

という一連の処理として解釈されるってこで。

ここまで来ると、「千座置戸」「促徴」「抜髪」という一見ばらばらに見える三つの記述が、一つの処罰プロセスとしてつながる訳ですね。

いやー、、深い、深すぎるぞ日本神話。古代律の知識、それは編纂当時の最先端知識でありロジックだった訳ですが、それを神話として展開させる古代日本人の知恵と想像力がとにかくスゲーんだわ。。。

 

まとめ

天岩戸神話に隠された「贖罪」の仕組み

第七段〔本伝〕の素戔嗚尊処罰の物語は、古代の律における贖罪の仕組みと照らし合わせることで、その構成が解像度高く見えてきます。

第七段〔本伝〕で重視するのは贖罪。つまり、「罪や穢れを祓う」だけではなく、犯した罪について代償を負わせている。この背景にあるのが律。

「千座置戸→促徴→抜髪」は、一連の処罰。

罪を帰す

→贖うものを科す

→徴収する

→納付されない

→別の形で贖わせる

という流れ。一見、謎に見える「抜髪」まで、物語上の意味がある。

「素戔嗚尊は乱暴したので、髪を抜かれて追放されました」だけだと意味不明なんだが、なぜ千座置戸なのか。なぜ「徴収」するのか。なぜ最後に髪を抜いて「贖う」のか。そう問い直すと、バラバラに見えていた記述が一本につながる訳です。

神々の物語の背後から、罪をどう認定し、どう償わせるのかという古代の「法」の世界が浮かび上がる。このオモロー!な世界を是非チェックいただければと思います。

 

参考文献:『古代神話の文献学』(塙書房)、『新編日本古典文学全集 日本書紀』(小学館)、『日本書紀史注』(風人社)、『日本古典文学大系『日本書紀 上』(岩波書店)

 

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参考文献:『古代神話の文献学』(塙書房)、『新編日本古典文学全集 日本書紀』(小学館)、『日本書紀史注』(風人社)、『日本古典文学大系『日本書紀 上』(岩波書店)他
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