「国生み神話」とは、日本の土台となる「大八洲国」誕生の物語。
『日本書紀』や『古事記』で伝えられていて、
伊奘諾尊と伊奘冉尊という男女の神が、結婚し、国を産み、日本の土台をつくる、という神話。
背景には、天地開闢から続く誕生の物語があり、日本神話全体の中では「新しい時代の始まり」として伝えられています。
今回は、そんな「国生み神話」の全貌を、日本神話の原文をもとに、どこよりも分かりやすく、徹底的に解説します。
- 日本神話研究の第一人者である榎本先生監修。確かな学術成果に基づく記事です
- 日本神話全体の流れや構造を解き明かしながら解説。他には無い分かりやすい記事です
- 現代語訳のほか原文も掲載。日本神話編纂当時の雰囲気を感じてもらえます
- 登場する神様や重要ワードへのリンク付き。より深く知りたい方にもオススメです
国生み神話とは?伊奘諾尊・伊奘冉尊の聖婚と大八洲国誕生の物語!国生み神話を分かりやすくまとめ!!
目次
国生み神話を伝える書物
国生み神話について解説する前に、まずは、「国生み神話」が何で伝えられているのかをチェック。
国生み神話を伝えるのは2つの書物。
一つが日本の正史『日本書紀』、もうひとつが最古の書物『古事記』。
実は、この2つの書物で伝えられてる意味って、ものすごく深くて。。。
本来なら?「国生み神話」ってことで、『日本書紀』も『古事記』も同じ神話を伝えているべきなんですが、なんと、微妙に違うんです。大筋は同じ雰囲気なんですが、ちょいちょい違う。
例えば、登場する神様の名前が(正確に言うと漢字)が違うとか、天神の指示命令があるとかないとか、、生まれる国が違うとか、、、
コレが、国生み神話、よー分からん、と言われる原因になってたりします。
よく言うと、多彩。
悪く言うと、よー分からん。
なんせ、『日本書紀』では全部で11つの国生み神話が、『古事記』は1つの国生み神話が伝えられてるので、「どれが本当のお話なの?」みたいな入り方をしてしまうと沼。
通常の概念で理解しようとしてはいけません。正しい神話はなんなの?とか、どれが本当なの?的な問いは意味がなくて。。そもそも、それを目的として描かれてないので。
編者が伝えようとしてるのは「多彩さ」で。そこから匂い立つ「スゴさ」です。それは日本のスゴさとイコールであって。
このあたり、やはり『日本書紀』や『古事記』が編纂された当時の時代背景が絡んでくるので、それはそれでコチラ↓で詳しく。
●必読→ 『日本書紀』と『古事記』の違いに見る「日本神話」の豊かさとか奥ゆかしさとか
いずれにしても、まずチェックいただきたいのは2点。
- 国生み神話を伝えてるのは『日本書紀』と『古事記』という日本最古の書物たち
- 大筋は同じだけど、ビミョーに違う「国生み神話」がいくつもあって多彩な世界を展開してる
「神話」ですから、神々の世界のアレコレを、私たち一般下々のものさしで計ろうとしても無理。そういうレベルのものではないので、そういうものとしてご理解ください。
この前提のうえで内容を見ていきます。
国生み神話の目的
「国生み神話」ついて解説する前に、まずチェックしておきたいのは、国生み神話の目的。
なぜ国生み神話があるのか?
国生み神話を通じて何を伝えたいのか?
このあたりをチェックしておくことで、国生みがサクッと理解できます。
「国生み」はあくまで手段。目的を理解することで、手段の意味が理解しやすくなる次第。
ということで、
まずチェックいただきたいのは、国生み神話がなんであるんですか?何を伝えたいんですか?という目的の部分。
結論から言うと、
「大八洲国」の神聖化
ズバリ、コレ。
大八洲国とは、日本の土台のこと。伊奘諾尊と伊奘冉尊の結婚と出産(国生み)によって誕生する8つの「洲」をまとめたものです。
国生み神話の目的は、この大八洲国の神聖化であって。それはつまり、日本の神聖化と同義であり、日本の正当性を打ち出していくことにつながってきます。
このあたり、国生み神話を伝える『古事記』や『日本書紀』編纂当時の時代背景や編纂意図にさかのぼる話なので、それはそれとしてコチラ↓で詳しく。
●必読→ 『日本書紀』と『古事記』の違いに見る「日本神話」の豊かさとか奥ゆかしさとか
で、
ここからが大事なのですが、
大八洲国の神聖化、そのために仕掛けられているのが、
理に則る
ということ。かみ砕いていうと、正しい手順に沿って行う、ということです。
逆に言うと、間違った手順、分かってない手順でやってしまうと、それは分かってない、神聖ではないとみなされる訳です。編者はそのへんのことがよくわかってる。だからこそ、理に則った国生み神話として構成し、結果として、成果物である「大八洲国」を、もっというと「日本」国を、神聖な国として位置づけようとしているんです。
これは、現代でも同じことが言えますよね。ちゃんとした手続きを経てないものは認められないわけで。子供じゃないんだから、大人として、分かってるモノとして、きちんとした手続きや手順を踏んで何事もやっていく必要があって。。
このあたりの事情とか、背景をつかんでおくだけで、国生み神話の理解度は全然違ってきます。
まとめます。
- 国生み神話で伝えたいのは「大八洲国」の神聖化。これが目的。
- そのために仕掛けられているのが「理に則る」こと。正しい手順や手続きを経ること。
以上の2点、まずはしっかりチェック。
分かってる人には分かる。そんな空気。忖度!?
てことで、
ココから、より具体的に、国生み神話の現場をチェックしていきましょう。
国生み神話の基本形
ここからは、「国生み神話」のリアルな現場をチェックしていきます。
先ほど触れた通り、国生み神話はとっても多彩。一つじゃない。ただ、その中でも、「基本形」と位置付けられる神話がありますので、まずはそこをチェック。基本を押さえて応用へ。
正史『日本書紀』巻第一(神代上)第四段 本伝からご紹介。これが基本。
チェックする前に、再確認。
改めて、天地開闢から続く誕生をテーマとする時代背景を念頭に。
天と地が分かれて成り、純男神が生まれ、男女対耦神が生まれ、、、というように、継起的にいろんなものが誕生してる、新しいものが来るぞー!次は何が生まれるの??的なドキドキ感を!
「国生み神話」の5W1H的整理はコチラ!
いつ | 神話の時代に時間概念なし 天地開闢後、神世七代が誕生したあと、、、としか言えない。。 |
どこで | 海上(海に成った「磤馭慮嶋」を中心としたエリア) |
誰が | 伊奘諾尊(陽神)、伊奘冉尊(陰神) |
何を | 「大八洲国」を生む |
何で | 乾(陽神・伊奘諾尊)と坤(陰神・伊奘冉尊)の働きによる→生もうと思ったから。 |
どうした | 神聖な儀式を通じて |
うん、わかりやすい!
ということで、国生み神話の現場をどうぞ!
伊奘諾尊と伊奘冉尊の二柱の神は、天浮橋の上に立って共に計り、「この下の底に、きっと国があるはずだ。」と言った。そこで、天之瓊矛を指し下ろして探ってみると海を獲た。その矛の先から滴り落ちた潮が自然に凝り固まり、一つの嶋と成った。それを名付けて「磤馭慮嶋」といった。
二柱の神は、ここにその嶋に降り居ると、共に夫婦となり、国を産もうとした。そこで、磤馭慮嶋を、国の中心である柱とし、陽神は左から巡り、陰神は右から巡った。分かれて国の柱を巡り、同じ所であい会したその時、陰神が先に唱え、「ああ嬉しい、いい若者に会ったことよ。」と言った。陽神はそれを悦ばず、「私が男だ。理の上では、まず私から唱えるべきなのだ。どうして女が理に反して先に言葉を発したのだ。これは全く不吉な事だ。改めて巡るのがよい。」と言った。
ここに、二柱の神はもう一度やり直してあい会した。今度は陽神が先に唱え、「ああ嬉しい。可愛い少女に会ったことよ。」と言った。そこで陰神に「お前の身体には、なにか形を成しているところがあるか。」と問うた。それに対し、陰神が「私の身体には女の元のところがあります。」と答えた。陽神は「私の身体にもまた、男の元のところがある。私の身体の元のところを、お前の身体の元のところに合わせようと思う。」と言った。ここで陰陽(男女)が始めて交合し、夫婦となったのである。
産む時になって、まず淡路洲を胞としたが、それは意に不快なものであった。そのため「淡路洲」と名付けた。こうして大日本豊秋津洲を産んだ。次に伊予二名洲を産んだ。次に筑紫洲を産んだ。そして億歧洲と佐渡洲を双児で産んだ。世の人に双児を産むことがあるのは、これにならうのである。次に越洲を産んだ。次に大洲を産んだ。そして吉備子洲を産んだ。これにより、はじめて八洲を総称する国の「大八洲国」の名が起こった。このほか、対馬嶋、壱岐嶋、及び所々の小島は、全て潮の泡が凝り固まってできたものである。また水の泡が凝り固まってできたともいう。
伊奘諾尊・伊奘冉尊、立於天浮橋之上、共計曰、底下豈無国歟。廼以天之瓊矛、指下而探之。是獲滄溟。其矛鋒滴瀝之潮、凝成一嶋。名之曰磤馭慮嶋。 二神於是降居彼嶋。因欲共為夫婦、産生洲国。便以磤馭慮嶋、為国中之柱。而陽神左旋、陰神右旋。分巡国柱、同会一面。時、陰神先唱曰、憙哉、遇可美少男焉。陽神不悦、曰、吾是男子。理当先唱。如何婦人反先言乎。事既不祥。宜以改旋。 於是、二神却更相遇。是行也、陽神先唱曰、憙哉、遇可美少女焉。因問陰神曰、汝身有何成耶。対曰、吾身有一雌元之処。陽神曰、吾身亦有雄元之処。思欲以吾身元処、合汝身之元処。於是、陰陽始遘合、為夫婦。 及至産時、先以淡路洲為胞。意所不快。故、名之曰淡路洲。廼生大日本豊秋津洲。次生伊予二名洲。次生筑紫洲。次双生億岐洲与佐度洲。世人或有双生者、象此也。次生越洲。次生大洲。次生吉備子洲。由是、始起大八洲国之号焉。即対馬嶋、壱岐嶋及処処小嶋、皆是潮沫凝成者矣。亦曰、水沫凝而成也。 (『日本書紀』巻第一(神代上)第四段 本伝より引用、本文中の注釈は割愛)
いかがでしたでしょうか?
なんか、、、スゴイ、、儀式っぽくない?説明くさいというか、、ギチギチしてるというか、、、でも、実はコレがミソ。大事なところなんです。
全体の大きな流れは以下の通り。
- 陽神と陰神による協議
- 磤馭慮嶋の獲得
- 柱巡り(陽神左旋、陰神右旋)
- 陽神先唱、陰神後和
- 身体問答と交合
- 国生み
と、
協議から始まって、柱の獲得、柱巡り、先唱後和、身体問答、交合を経て、、、ようやく国生みという流れ。
国生み神話、単に伊奘諾尊と伊奘冉尊が国を生みました、って話じゃないんですね。やけに鼻につく手順感、儀式やってる感。。。
コレ、要は、先ほどのポイントでふれたとおりで、、
国生み神話は、その名の通り「国を生む神話」ですから、成果物としての国(つまり日本の国土のこと)をめっちゃ神聖化させようとしてる訳です。そのために、めちゃくちゃ神聖な儀式を通じて誕生したんだよ、という展開になってる、
ってことなんです。
正しい手順、しっかりとした儀式を経て誕生した「大八洲国(=日本のこと)」は、紛れもなく「神聖な国」なんだ!
と。
コレが言いたい。伝えたい。
そんなモチベーションから「国生み神話」が構成されてる。むしろ、この手順感は、非常に奥ゆかしい神話、神聖な感じとしてチェックいただきたい!
そして、、
国生み神話の基本伝承で押さえておきたいもう一つのポイントは、
陽神主導
であること。
そもそも、伊奘諾尊、伊奘冉尊という神名は冒頭に登場するだけで、あとは「陽神」「陰神」という表記。陽と陰を分ける。易の概念がベースになってますよね。
- 柱巡り:陽が左から、陰が右から ←左優位の概念あり
- 先唱後和(1回目):陰神が先に声をあげる=間違い。それを陽神主導で修正する
- 先唱後和(2回目):陽神が先に声をあげる=正しい手順
- 身体問答と交合:陽神から聞く、交合を誘う
と、
たしかに陽神主導で国生み神話が描かれていることがわかります。コレ、深堀りすると、古代におけるディープな自然哲学や科学とか膨大な知の体系が絡んでくるので、それはそれとして編纂当時のものとして整理しておきましょう。詳細コチラ↓
●必読→ 日本神話的易の概念|二項対立の根源とその働きによって宇宙はつくられ動いている
ま、それもこれも結局は、正しい手順、神聖な儀式を通じて誕生したんだよ、つまり、成果物としての国(つまり日本の国土のこと)はめっちゃ神聖なんだよ、というところにつながる訳ですね。
なんせ、「国を生む神話」ですから! ですよね。ですです。
補足として。
国生み神話の国生み部分、その生み方だけチェックしておきましょう。
ココにも、おおよそですが「ルール」があるんです!
それは、直前の柱巡りの運動を踏まえて、おおよそ左回りに生んでいく!というもの。
本伝「二柱の神は、ここにその嶋に降り居ると、共に夫婦となり、国を産もうとした。そこで、磤馭慮嶋を、国の中心である柱とし、陽神は左から巡り、陰神は右から巡った。」とあるように、伊奘諾尊、伊奘冉尊は、嶋を柱として巡る訳です。
で、この、伊奘諾尊(陽神)の動きをもとに、、、
と。
柱を左旋右旋していた流れを踏襲し、(あくまで現場目線で)左回りで産んでいく。聖なる国の誕生ですから、陽神主導の左旋を利用してる訳ですね。
なお、最終的な成果物「大八洲国」の「八」についても補足を。
「八」は、多数(聖数)の意味。
末広がり、なんて言いますけども、めっちゃ多い的なイメージでつかんでいただければと。神代紀に散見する例を他に。
「八雷(八色雷公)」「八十万神」「八箇少女」「八丘八谷」「八十木種」「八日八夜」「八重雲」「百不足之八十隈」、またあるいは「八咫鏡」「八坂瓊曲玉」などなど。
いずれも、「八」にちなむ例は「大八洲国」より後に登場。ココからスタート、これが起点になってるってことですね。コチラもチェックです。
誕生した皆さんは以下の通り。
1 | 大日本豊秋津洲 | 本州 |
2 | 伊予二名洲 | 四国 |
3 | 筑紫州 | 九州 |
4 | 億歧洲 | 隠岐島 |
5 | 佐渡洲 | 佐渡 |
6 | 越洲 | 北陸道 |
7 | 大洲 | 周防国大島(山口県屋代島) |
8 | 吉備子洲 | 備前児島半島(岡山県) |
こうして産んだ「大日本豊秋津洲」はじめ八つの洲をまとめて「大八洲国」と号する次第。
この辺りは編纂当時の統治領域とか、政治的なものも絡むロマン発生地帯であります。
まとめます。
- 国生み神話の基本形、その流れは、①陽神と陰神による協議、②磤馭慮嶋の獲得、③柱巡り(陽神左旋、陰神右旋)、④陽神先唱、陰神後和、⑤身体問答と交合、⑥国生み、の流れ。
- やけに儀式臭い感じ、手順感バリバリな雰囲気は、成果物としての国(つまり日本の国土のこと)を神聖化、正当化するため。
- 特に、陽神主導で国生み神話が描かれている。背景には、編纂当時の膨大な知の体系、特に「易」の概念がある。
- 国の生み方もルールあり。左回り、八など神聖化のための仕掛けが設定されている。
以上の4つ、しっかりチェックされてください。
細かい解説はコチラ↓で!
●必読→ 『日本書紀』巻第一(神代上)第四段 本伝 ~聖婚、洲国生み~
●必読→ 大八洲国/大八島国|八つの洲を一括して国化!儀礼を通じて誕生した神聖な日本の国土
●必読→ 磤馭慮嶋(オノゴロ島)|伊奘諾尊と伊奘冉尊の聖婚の地
●必読→ 日本神話的時間発生起源|伊奘諾尊・伊奘冉尊の柱巡りが時間の推移や季節を生みだした件
国生み神話の応用形
基本を押さえたところで、今度は、応用バージョンを。
応用バージョンは、1+9+1で整理。
てことで、
オモロー!なのは、実は、①と③はほぼ同じ伝承だってこと。『日本書紀』第四段〔一書1〕と『古事記』国生み部分は同じ感じなんです。
そして、あとは、9つの断片的な国生み神話になってるので、サラッと押さえておけば大丈夫。
事実上、①(+③)バージョンをチェックしておけば国生み神話の全貌が分かってしまう!といっても過言ではございません。
ということで、
以下、まずは①『日本書紀』第四段〔一書1〕まとまった応用形をチェック。そのあとで、順番前後しますが③→②の順番でお届けいたします。
国生み神話の応用形①『日本書紀』第四段〔一書1〕
国生み神話の応用形、まず一つ目は、『日本書紀』第四段〔一書1〕から。
大きな流れは同じなのですが、ビミョーに違うところあり。基本形との主な違いは、
- 天神の指令、関わりによる国生み
- 磤馭慮島で、八尋之殿を化作、天柱を化堅
- 間違い2回。天神の教示により修正
- 二神無知、男女セット(陽神主導なし)
- 蛭児・淡洲を生むが流す・子への不算入
の5つ。
中でも、とくに、
「天神の関与あり」と「無知な二神」は超重要な違い。激しくチェックです。
ある書はこう伝えている。天神が伊奘諾尊・伊奘冉尊に、「豊かな葦原の永久にたくさんの稲穂の実る地がある。お前達はそこへ行き国の実現に向けた作業をしなさい。」と言って、天瓊戈を下された。そこで二柱の神は、天上の浮橋に立ち、戈を投げて地を求めた。それで青海原をかき回し引き上げると、戈の先から滴り落ちた潮が固まって島となった。これを磤馭慮嶋と名付けた。
二柱の神はその島に降り居て、八尋之殿を化し作った。そして天柱を化し立てた。そして陽神が陰神に、「お前の身体は、どんな形を成しているところがあるのか。」と問うた。それに対して「私の身体に備わっていて、陰(女)の元と称するところが一カ所あります。」と答えた。そこで陽神は、「私の身体にも備わっていて、陽(男)の元と称するところが一カ所ある。私の身体の元を、お前の身体の元に合わせようと思う」と言った。
さっそく天柱を巡ろうとして約束し、「お前は左から巡れ。私は右から巡ろう。」と言った。さて、二柱の神が分かれて天柱を巡り、半周してあい会すると、陰神は先に唱えて「ああ、なんとすばらしい、いい少男(若者)ではないか。」と言った。陽神は後に和して、「ああ、なんとすばらしい、いい少女ではないか。」と言った。ついに夫婦となり、まず蛭児を産んだ。そこで葦船に載せて流した。次に淡洲を産んだ。これもまた子供の数には入れなかった。
こうしたことから、また天に詣り帰って、こと細かに天神に申し上げた。その時、天神は太占で占い、「女の言葉が先に揚がったからではないか。また帰るがよい。」と教えた。そして帰るべき日時を定め、二柱の神を降らせた。
かくて二柱の神は、改めてまた柱を巡った。陽神は左から、陰神は右から巡り、半周して二柱の神があい会した時に、今度は陽神が先に唱えて、「ああ、なんとすばらしい、いい少女ではないか。」と言った。陰神がその後に和して「ああ、なんとすばらしい、いい少男ではないか。」と言った。
このあと、同じ宮に共に住み、子を産んだ。その子を大日本豊秋津洲と名付けた。次に淡路洲。次に伊予二名洲。次に筑紫洲。次に億歧三子洲。次に佐渡洲。次に越洲。次に吉備子洲。これにより、この八洲を大八洲国と言う。
一書曰。天神謂伊奘諾尊・伊奘冉尊曰、有豊葦原千五百秋瑞穂之地。宜汝往脩之。廼賜天瓊戈。於是、二神立於天上浮橋、投戈求地。因画滄海而引挙之。即戈鋒垂落之潮、結而為嶋。名曰磤馭慮嶋。 二神降居彼嶋、化作八尋之殿。又化竪天柱。陽神問陰神曰、汝身有何成耶。対曰、吾身具成、而有称陰元者一処。陽神曰、吾身亦具成、而有称陽元者一処。思欲以吾身陽元、合汝身之陰元。云爾。 即将巡天柱、約束曰、妹自左巡。吾当右巡。既而分巡相遇。陰神乃先唱曰、妍哉、可愛少男歟。陽神後和之曰、妍哉、可愛少女歟。遂為夫婦、先生蛭児。便載葦船而流之。次生淡洲。此亦不以充児数。 故、還復上詣於天、具奏其状。時、天神以太占而卜合之。乃教曰、婦人之辞、其已先揚乎。宜更還去。乃卜定時日、而降之。 故、二神改復巡柱。陽神自左、陰神自右。既遇之時、陽神先唱曰、妍哉、可愛少女歟。陰神後和之曰、妍哉、可愛少男歟。 然後、同宮共住、而生児。号大日本豊秋津洲。次淡路洲。次伊予二名洲。次筑紫洲。次億岐三子洲。次佐度洲。次越洲。次吉備子洲。由此、謂之大八洲国矣。 (引用:『日本書紀』巻第一(神代上)第四段〔一書1〕より、本文中の注釈は割愛)
いかがでしたでしょうか?
、、、なんか、、伊奘諾尊と伊奘冉尊えらい幼い感じ、、、てか指示命令型??分かってない感がスゴイ、、
そして、天神。あなたもあなたで、国生みを指示した割には二神の間違い(陰が先に声をあげた)の原因が分からず、占いで原因追及するって、、、皆さん大丈夫??
ちょっと細かくなりますが、
基本形(第四段本伝)と比較すると、その違いがめっちゃ面白いのでご紹介。
第四段 本伝 | 第四段 一書1 |
- | 天神指令+矛下賜 |
天浮橋に立ち協議、矛を指し下ろし国を探る、滄溟を獲る | 天浮橋に立ち矛を投し、地を求める |
矛の鋒から滴瀝る潮が凝りて島を成す。磤馭慮島と名付ける | 矛の鋒から垂り落ちる潮が磤馭慮島に為る |
二神が降居、夫婦と為り洲国を産生もうとする | 二神が降居 |
磤馭慮島を国中柱とする | 八尋之殿を化作、天柱を化堅 |
- | 身体問答 |
左旋右旋 | 左旋右旋(間違い) |
先唱後和(間違い) | 先唱後和(間違い) |
陽神悦ばず、やり直し指示、陽神主導 | 夫婦となり蛭児、淡洲を生む 蛭児は葦船で流す、淡洲は児の数に入れず |
- | 天に上り詣で、天神に奏上 |
- | 天神、太占し教示、日時占い再降下指令 |
左旋右旋 | 左旋右旋 |
先唱後和 | 先唱後和 |
身体問答 | - |
交合し夫婦と為る | 宮を同じくして共に住む |
淡路洲を胞となすが快ばず | - |
大八州国を生む | 大八洲国を生む |
ポイント ・天神無し、二神の協議による国生み ・矛で探り獲たのは国 ・磤馭慮島を、国中柱とする ・間違い1回。先唱後和のみ ・陽神主導、男女性差強調 ・淡路洲は胞として使用するのみ |
ポイント ・天神の指令、関わりによる国生み ・矛で探し求めたのは地 ・磤馭慮島で、八尋之殿を化作、天柱を化堅 ・間違い2回。天神の教示により修正 ・二神無知、男女セット ・蛭児・淡洲を生むが流す・子への不算入 |
これ、分かりやすいんじゃない???
最終ゴールは大八洲国の尊貴化、神聖化。これは不変。
で、そのための結婚=儀礼=厳粛な手続き・ルールに則る、これも不変。
しかし、応用バージョン〔一書1〕では、そこに天神指令&関与&教示を入れてきたってことですね。
これ、もちろん、最終ゴールである、大八洲国の神聖化が念頭にあります。
つまり、別の観点からも大八洲国の尊貴化、神聖化を図ってる。
なんせ、あの天神様が、、直接指令を下した訳ですから!
と。
天神、、、さらっと流してはいけません。ココでは、伊奘諾尊・伊奘冉尊をしのぐ非常に非常に尊い神様として位置づけられてるのです。
その天神様が、直接、指令を下して、その関与と教示のもとで誕生した国な訳ですから、お墨付き、ギャランティー含め、神聖さは折り紙付き。という建てつけになってる。
伊奘諾尊、伊奘冉尊の無知な感じも、この天神の尊貴さ、その関与度を上げるための仕掛けとしてチェック。落とせば上がるものがある。。。的な。
最後に、
第四段本伝との違いを一覧でまとめてみます。
第四段本伝 | 第四段一書1 | |||
1 | 大日本豊秋津洲 | 本州 | 大日本豊秋津洲 | 本州 |
2 | 伊予二名洲 | 四国 | 淡路洲 | 淡路島 |
3 | 筑紫州 | 九州 | 伊予二名洲 | 四国 |
4 | 億歧洲 | 隠岐島 | 筑紫洲 | 九州 |
5 | 佐渡洲 | 佐渡 | 億歧三子洲 | 隠岐島 |
6 | 越洲 | 北陸道 | 佐渡洲 | 佐渡 |
7 | 大洲 | 周防国大島(山口県屋代島) | 越洲 | 北陸道 |
8 | 吉備子洲 | 備前児島半島(岡山県) | 吉備子洲 | 備前児島半島(岡山県) |
第四段本伝同様、
二神の左旋右旋を踏襲、陽神の左旋を引き継いで、左回りに生んでいってますね。
まとめます。
- 応用バージョンは、基本形と大筋は同じ。だけど、ちょいちょい違うところあり。
- 大きな違いは「天神の指示・関与」と「二神の無知」の2点。
- 天神指示は、国生み神話の成果物である国を神聖化するための新たな仕掛け。二神の無知も、天神の尊貴さを上げるための仕掛けとして位置づけられている。
以上3つ、しっかりチェックされてください。
そのほかの詳細はコチラ↓で!
●必読→ 『日本書紀』巻第一(神代上)第四段 一書第1 〜天神ミッションと無知な二神〜
いやー面白い。日本神話、面白すぎるぞ!続けて『古事記』行ってみましょう!
国生み神話の応用形③『古事記』
続けてご紹介するのは、国生み神話の応用形その3。『古事記』バージョン。
先ほども触れた通り、実は、『日本書紀』第四段〔一書1〕とほぼ同じ内容になってます。
主要な違いは、
- 二神の名前(正確にいうと漢字)が違う
- やけにいっぱい生んでる
くらいを押さえておけば大丈夫。
- 伊奘諾尊→伊耶那岐命
- 伊奘冉尊→伊耶那美命
ということで早速チェックしてみましょう。
ここにおいて、天神諸々の命をもって、伊耶那岐命・伊耶那美命の二柱の神に詔して「この漂っている国を修理め固め成せ」と、天沼矛を授けてご委任なさった。
そこで、二柱の神は天浮橋に立ち、その沼矛を指し下ろしてかき回し、海水をこをろこをろと搔き鳴らして引き上げた時、その矛の末より垂り落ちる塩が累なり積もって嶋と成った。これが淤能碁呂嶋である。
その嶋に天降り坐して、天の御柱を見立て、八尋殿を見立てた。ここに、その妹伊耶那美命に「汝の身はどのように成っているのか。」と問うと、「私の身は、出来上がっていって出来きらないところが一つあります」と答えた。ここに伊耶那岐命は詔して「私の身は、出来上がっていって出来すぎたところが一つある。ゆえに、この私の身の出来すぎたところをもって、汝の身の出来きらないところに刺し塞いで、国土を生み成そうとおもう。生むことはどうだろうか」と言うと、伊耶那美命は「それが善いでしょう」と答えた。
そこで伊耶那岐命は詔して「それならば、私と汝とでこの天の御柱を行き廻り逢って、みとのまぐはいをしよう。」と言った。このように期って、さっそく「汝は右より廻り逢いなさい。私は左より廻り逢おう。」と言い、約り終えて廻った時、伊耶那美命が先に「ほんとうにまあ、いとしいお方ですことよ。」と言い、その後で伊耶那岐命が「なんとまあ、かわいい娘だろうか。」と言った。
各が言い終えた後、(伊耶那岐命は)その妹に「女人が先に言ったのは良くない。」と告げた。しかし、寝床で事を始め、子の水蛭子を生んだ。この子は葦船に入れて流し去てた。次に、淡嶋を生んだ。これもまた子の例には入れなかった。
ここに、二柱の神は議って「今、私が生んだ子は良くない。やはり天神の御所に白しあげるのがよい。」と言い、すぐに共に參上って、天神の命を仰いだ。そこで天神の命をもって、太占に卜相ない「女の言葉が先立ったことに因り良くないのである。再び還り降って改めて言いなさい。」と仰せになった。
ゆえに反り降りて、更にその天の御柱を先のように往き廻った。ここに、伊耶那岐命が先に「なんとまあ、かわいい娘だろうか。」と言い、その後に妹伊耶那美命が「なんとまあ、いとしいお方ですこと。」と言った。
このように言ひ終わって御合して生んだ子は、淡道之穗之狹別嶋。次に、伊豫之二名嶋を生んだ。此の嶋は、身一つにして顔が四つ有る。顔毎に名が有る。伊豫国を愛比売といい、讚岐国を飯依比古といい、粟国を大宜都比売といい、土左国を建依別という。次に、隠伎之三子嶋を生んだ。またの名は天之忍許呂別。次に、筑紫嶋を生んだ。この嶋もまた、身一つにして顔が四つ有る。顔毎に名が有る。筑紫国は白日別といい、豊国は豊日別といい、肥国は建日向日豊久士比泥別といい、熊曾国を建日別という。次に、伊岐嶋を生んだ。またの名は天比登都柱という。次に、津嶋を生んだ。またの名は天之狹手依比売という。次に、佐度嶋を生んだ。次に、大倭豊秋津嶋を生んだ。またの名は天御虚空豊秋津根別という。ゆえに、この八嶋を先に生んだことに因って、大八嶋国という。
その後、還り坐す時、吉備児嶋を生んだ。またの名は建日方別という。次に、小豆嶋を生んだ。またの名は大野手比売という。次に、大嶋を生んだ。またの名は大多麻流別という。次に、女嶋を生んだ。またの名を天一根という。次に、知訶嶋を生んだ。またの名は天之忍男という。次に、両児嶋を生んだ。またの名は天両屋という。吉備の児島から天両屋の島まで合わせて六つの島である。
於是天神、諸命以、詔伊耶那岐命・伊耶那美命二柱神「修理固成是多陀用幣流之國。」賜天沼矛而言依賜也。故、二柱神、立訓立云多多志天浮橋而指下其沼矛以畫者、鹽許々袁々呂々邇此七字以音畫鳴訓鳴云那志而引上時、自其矛末垂落之鹽累積、成嶋、是淤能碁呂嶋。自淤以下四字以音。 於其嶋天降坐而、見立天之御柱、見立八尋殿。於是、問其妹伊耶那美命曰「汝身者、如何成。」答曰「吾身者、成成不成合處一處在。」爾伊耶那岐命詔「我身者、成成而成餘處一處在。故以此吾身成餘處、刺塞汝身不成合處而、以爲生成國土、生奈何。」訓生、云宇牟。下效此。伊耶那美命答曰「然善。」爾伊耶那岐命詔「然者、吾與汝行廻逢是天之御柱而、爲美斗能麻具波比此七字以音。」 如此之期、乃詔「汝者自右廻逢、我者自左廻逢。」約竟廻時、伊耶那美命、先言「阿那邇夜志愛上袁登古袁。此十字以音、下效此。」後伊耶那岐命言「阿那邇夜志愛上袁登賣袁。」各言竟之後、告其妹曰「女人先言、不良。」雖然、久美度邇此四字以音興而生子、水蛭子、此子者入葦船而流去。次生淡嶋、是亦不入子之例。 於是、二柱神議云「今吾所生之子、不良。猶宜白天神之御所。」卽共參上、請天神之命、爾天神之命以、布斗麻邇爾上此五字以音ト相而詔之「因女先言而不良、亦還降改言。」故爾反降、更往廻其天之御柱如先、於是伊耶那岐命先言「阿那邇夜志愛袁登賣袁。」後妹伊耶那美命言「阿那邇夜志愛袁登古袁。」如此言竟而御合生子、淡道之穗之狹別嶋。訓別、云和氣。下效此。次生伊豫之二名嶋、此嶋者、身一而有面四、毎面有名、故、伊豫國謂愛上比賣此三字以音、下效此也、讚岐國謂飯依比古、粟國謂大宜都比賣此四字以音、土左國謂建依別。 次生隱伎之三子嶋、亦名天之忍許呂別。許呂二字以音。次生筑紫嶋、此嶋亦、身一而有面四、毎面有名、故、筑紫國謂白日別、豐國謂豐日別、肥國謂建日向日豐久士比泥別自久至泥、以音、熊曾國謂建日別。曾字以音。次生伊伎嶋、亦名謂天比登都柱。自比至都以音、訓天如天。次生津嶋、亦名謂天之狹手依比賣。次生佐度嶋。次生大倭豐秋津嶋、亦名謂天御虛空豐秋津根別。故、因此八嶋先所生、謂大八嶋國。 然後、還坐之時、生吉備兒嶋、亦名謂建日方別。次生小豆嶋、亦名謂大野手上比賣。次生大嶋、亦名謂大多麻上流別。自多至流以音。次生女嶋、亦名謂天一根。訓天如天。次生知訶嶋、亦名謂天之忍男。次生兩兒嶋、亦名謂天兩屋。自吉備兒嶋至天兩屋嶋、幷六嶋。 (引用:『古事記』上巻より)
●詳細解説コチラ→ 『古事記』国生み原文と現代語訳と解説|伊耶那岐命と伊耶那美命の聖婚と大八嶋国誕生の物語
いかがでしたでしょうか?
『日本書紀』と比較して読むと、『古事記』はやさしい感じ? 神聖化っ!とか、儀式っ!とか、ガチガチな感じがあんまりしない。。より日本的な感じに寄せてる空気。
そもそも『古事記』の場合、全体として物語が一本なので、あれもこれも感がなく、読み進めやすい。迷いもない。現在、「国生み神話」として流通してるのは、大半が『古事記』神話であって。ま、確かに、分かりやすいですよね。 でも、国生み神話の真髄、本当にチェックしておくべきポイントは、やはり「神聖化」とか「日本のスゴさ」であって、その意味では『日本書紀』の方が目的に合ってる。
この辺り、編纂意図とか編纂当時の事情ってヤツに遡る内容で。『日本書紀』は目線は外、国際社会に対して日本のスゴさとか国の正当性を打ち出すことが目的で、当時のグローバルスタンダード総動員。自然哲学、科学、人文等々、ロジックバリバリです。一方の『古事記』は国内向けで、天皇家の正当性が目的なので、めっちゃローカライズされてる。ロジックよりも、神々起源とか出雲とかに配慮。グローバルVSローカル、神話の向こう側にはこうした相剋が垣間見える訳です。
こうした背景をもとに国生み神話を、もっというと、日本神話を捉え始めるとめっちゃオモロー!な世界が立ち上がってきます。激しくオススメです。
『古事記』版の、生んだ島は以下の通り。
1 | 淡道之穗之狹別嶋 | 淡路島 |
2 | 伊豫之二名嶋(伊豫国を愛比売、讚岐国を飯依比古、粟国を大宜都比売、土左国を建依別) | 四国 |
3 | 隠伎之三子嶋(天之忍許呂別) | 隠岐島 |
4 | 筑紫嶋(筑紫国は白日別、豊国は豊日別、肥国は建日向日豊久士比泥別、熊曾国を建日別) | 九州 |
5 | 伊岐嶋(天比登都柱) | 壱岐 |
6 | 津嶋(天之狹手依比売) | 対馬 |
7 | 佐度嶋 | 佐渡 |
8 | 大倭豊秋津嶋(天御虚空豊秋津根別) | 本州 |
『古事記』の方は、左回りでガチガチに!みたいな雰囲気はありません。日本風にローカライズされてる感じがしますよね。まさに、島国って雰囲気が伝わってきます。
国生み神話の応用形②『日本書紀』〔一書〕の皆さん
ここからは最後、応用バージョンの中でも断片的な国生み神話の皆さんです。
チェックするときのポイントは、
多彩な神話世界を堪能すること
これに尽きます。正しさとか、どれが本当なの?的な問いは無意味。詳しく知りたい場合はコチラ↓で。
●必読→ 『日本書紀』巻第一(神代上)第四段 一書第2~10 〜多彩に展開する国生み〜
ということで、全部で9つ。サーっといきましょう。
<第四段〔一書2〕>
ある書はこう伝えている。伊奘諾尊と伊奘冉尊の二柱の神は天霧の中に立って、「私は国を得ようと思う。」と言い、天瓊矛を指し下ろして探り、磤馭慮嶋を得た。そこで矛を抜き上げると、喜んで「良かった。国がある。」と言った。
一書曰、伊奘諾尊・伊奘冉尊二神、立于天霧之中曰、吾欲得国。乃以天瓊矛指垂而探之、得磤馭慮嶋。則抜矛、而喜之曰、善乎、国之在矣。
<第四段〔一書3〕>
ある書はこう伝えている。伊奘諾・伊奘冉尊の二神は高天原に座して、「国があるはずだ」と言った。そこで天瓊矛でかきまわして磤馭慮嶋を成した。
一書曰、伊奘諾・伊奘冉尊二神、坐于高天原曰、当有国耶。乃以天瓊矛画成磤馭慮嶋。
<第四段〔一書4〕>
ある書はこう伝えている。伊奘諾と伊奘冉の二柱の神は互いに言った。「物がある。浮かんでいる油のようだ。その中に国があると思う」。そこで、天瓊矛で探って一つの嶋を成した。名付けて「磤馭慮嶋」という。
一書曰、伊奘諾・伊奘冉尊二神、相謂曰、有物、若浮膏。其中蓋有国乎。乃以天瓊矛探成一嶋。名曰磤馭慮嶋。
<第四段〔一書5〕>
ある書はこう伝えている。陰神が先に唱えて、「ああ、なんとすばらしい、いい少男ではないか。」と言った。その際、陰神が先に言葉を発したので、不吉とした。もう一度改めて国柱を巡ると、陽神が先に唱え、「ああ、なんとすばらしい、いい少女ではないか。」と言った。そしてついに交合しようとしたが、その方法を知らなかった。その時、鶺鴒が飛んで来て、その首と尾を揺り動かした。二柱の神はそれを見て学び、すぐに交合の方法を得た。
一書曰。陰神先唱曰。美哉。善少男。時以陰神先言故、為不祥。更復改巡。則陽神先唱曰。美哉。善少女。遂将合交、而不知其術。時有鶺鴒飛来揺其首尾。二神見而学之。即得交道。
<第四段〔一書6〕>
ある書はこう伝えている。二柱の神は交合して夫婦となった。まず淡路洲・淡洲を胞として、大日本豊秋津洲を生んだ。次に伊予洲、次に筑紫洲、そして億歧洲と佐渡洲とを双児で生んだ。次に越洲、次に大洲、そして子洲。
一書曰、二神合爲夫婦、先以淡路洲・淡洲爲胞、生大日本豐秋津洲。次伊豫洲。次筑紫洲。次雙生億岐洲與佐度洲。次越洲。次大洲。次子洲。
<第四段〔一書7〕>
ある書はこう伝えている。まず淡路洲を生んだ。次に大日本豊秋津洲、次に伊予二名洲、次に佐渡洲、次に筑紫洲、次に壱岐洲、次に対馬洲。
一書曰、先生淡路洲。次大日本豐秋津洲。次伊豫二名洲。次億岐洲。次佐度洲。次筑紫洲。次壹岐洲。次對馬洲。
<第四段〔一書8〕>
ある書はこう伝えている。磤馭慮嶋を胞(えな)として、淡路洲を生んだ。次に大日本豊秋津洲。次に伊予二名洲。次に筑紫洲。次に吉備子洲。次に億歧洲と佐渡洲を双児で生んだ。次に越洲。
一書曰、以磤馭慮嶋爲胞、生淡路洲。次大日本豐秋津洲。次伊豫二名洲。次筑紫洲。次吉備子洲。次雙生億岐洲与佐度洲。次越洲。
<第四段〔一書9〕>
ある書はこう伝えている。淡路洲を胞として、大日本豊秋津洲を生んだ。次に淡洲。次に伊予二名洲。次に億歧三子洲。次に佐渡洲。次に筑紫洲。次に吉備子洲。次に大洲。
一書曰、以淡路洲爲胞、生大日本豐秋津洲。次淡洲。次伊豫二名洲。次億岐三子洲。次佐度洲。次筑紫洲。次吉備子洲。次大洲。
<第四段〔一書10〕>
ある書はこう伝えている。陰神が先に唱えて、「ああ、なんとすばらしい、いい少男ではないか。」と言った。そこで陽神の手を握り、遂に夫婦となって、淡路洲を生んだ。次に蛭児。
一書曰、陰神先唱曰、妍哉、可愛少男乎。便握陽神之手、遂為夫婦、生淡路洲。次蛭児。
全部で9つの異伝、いかがでしたでしょうか?
各伝承の内容は断片的で、それだけ取り出してもよー分からん状態。
寄せ集めですか!?
と、思いきや、実は「協議→結婚→出産」という本伝の流れをもとに並んでます。
こんな感じ。
1 | 協議 | 書2,3,4 |
2 | 結婚 | 書5 |
3 | 出産 | 書6,7,8,9 |
断片的伝承の寄せ集めに見えて、実は本伝の流れ通り。全部で8つの異伝も3つの固まりに。うん分かりやすい。
あれ?〔一書10〕は?
というと、、、
これは特別。
〔一書10〕は、他の伝承と全然違う。何が違うって、伊奘冉尊の積極性が際立ってます。
振り切ってる感じ
がスゴくて。
本来であれば、原理原則からすると、伊奘諾尊、つまり陽神主導であるべきなんですが、〔一書10〕だけは最初から最後まで伊奘冉尊、つまり陰神主導。
これまでのように「やり直し」といった軌道修正がないので、これはこれで、原理を違えても成立しちゃう世界があるってことに。神話的に。
この意味は神話展開上めちゃめちゃデカくて。。。続く第五段、天照大神による高天原統治の理由付けにもつながっていきます。詳しくは別エントリで。
まとめます
- 断片伝承の寄せ集め!?そうは言っても本伝の流れ(協議→結婚→出産)をもとに並んでます
- 〔一書10〕は非常にユニーク!原理を違えて成立する世界がある!
以上、2点をチェックです。
一応、生まれた国をまとめてみる。
一書6 | 一書7 | 一書8 | 一書9 |
大日本豊秋津洲 | 淡路洲 | 淡路洲 | 大日本豊秋津洲 |
伊予洲 | 大日本豊秋津洲 | 大日本豊秋津洲 | 淡洲 |
筑紫洲 | 伊予二名洲 | 伊予二名洲 | 伊予二名洲 |
億歧洲 | 億岐洲 | 筑紫洲 | 億歧三子洲 |
佐渡洲 | 佐渡洲 | 吉備子洲 | 佐渡洲 |
越洲 | 筑紫洲 | 億歧洲 | 筑紫洲 |
大洲 | 壱岐洲 | 佐渡洲 | 吉備子洲 |
子洲 | 対馬洲 | 越洲 | 大洲 |
※大日本豊秋津洲(本州)、伊予洲(四国)、筑紫洲(九州)、億歧洲(隠岐の島)、佐渡洲(佐渡島)、大洲(周防国大島/山口県屋代島か)、子洲・吉備子洲(備前国/岡山県の児島半島)、壱岐洲、対馬洲、越洲(北陸道一帯)
いやー、多彩だなー。ほんと、豊かな日本神話世界。ステキすぎです。
まとめ
国生み神話
国生み神話の全貌をお届けしてきましたが、いかがでしたでしょうか?
国生み神話とは、日本の土台となる「大八洲国」誕生の物語。
『日本書紀』や『古事記』で伝えられていて、伊奘諾尊と伊奘冉尊という男女の神が、結婚し、国を産み、日本の土台をつくる、という神話です。
その伝承の多さから、非常に多彩な世界を構成してるので、正しさとか、どれが本当なの?的な入り方ではなく、神々の世界をそういうものとして、多彩さをむしろ楽しむ感じで入っていくのがオススメです。
ぜひご自身の国生み神話解釈を膨らませていっていただければと思います。あと、実際に国生み神話の伝承地もありますので、足を運んでみてください。現地で感じるもの、発見するもの、よりオモロー!な感じで楽しめますよ♪
国生み神話の詳細解説!必読です!
神話を持って旅に出よう!
国生み神話のもう一つの楽しみ方、それが伝承地を巡る旅です。以下いくつかご紹介!
●上立神岩:伊奘諾尊と伊奘冉尊が柱巡りをした伝承地
●自凝神社(おのころ神社):伊奘諾尊と伊奘冉尊の聖婚の地??
●絵島:国生み神話の舞台と伝えられるすっごい小さい島。。
●神島:国生み神話の舞台と伝えられるこちらも小さな島。。
佛教大学名誉教授 日本神話協会理事長 榎本福寿
埼玉県生まれ。京都大学大学院文学研究科博士課程国語学国文学(S53)。佛教大学助教授(S58)。中華人民共和国西安外国語学院(現西安外国語大学)文教専家(H1)。佛教大学教授(H6)。中華人民共和国北京大学高級訪問学者(H13)。東京大学大学院総合文化研究科私学研修員(H21)。主な書籍に『古代神話の文献学 神代を中心とした記紀の成りたち及び相関を読む』がある。『日本書紀』『古事記』を中心に上代文学における文献学的研究成果多数。
参考文献:『古代神話の文献学』(塙書房)、『新編日本古典文学全集 日本書紀』(小学館)、『日本書紀史注』(風人社)、『日本古典文学大系『日本書紀 上』(岩波書店)
どこよりも分かりやすい日本神話解説シリーズはコチラ!
日本神話編纂の現場!奈良にカマン!
コメントを残す