日本神話に伝える重要ワードやエピソードを誰も頼んでないのに必要以上に掘り下げる「勝手にディープ日本神話解説」。の、スピンオフ。歴史の話をさせてくださいな編。
で、今回は、
律令制の成り立ちとか役割とか体系
をテーマにお届けいたします。
日本神話を理解するうえで、古代律令制は避けて通れないのであります。とはいえ、律令制度自体は難解な漢語で書かれており簡単には理解できない。。なので、今回は、少なくとも、律令制の概観だけでもチェックしておこうと。律とは何か?令とは何か?これくらいの知識までは押さえられるようにしたいと思います。
ちなみに、、天岩戸神話も律令制度の概観が分かってないと読み解けません。意外かもしれませんが、律令をベースにつくられてるんです。。
ということで、以下、律令制の成り立ちとか役割とか体系をさらっと解説です。
藤原京時代の律令制の成り立ちとか役割とか体系を概観!これ知っておかないと天岩戸神話が読み解けない??
1. 律令制の成り立ち(藤原京完成までの流れ)
藤原京時代(694年〜710年)は、日本が「大王の統治する国」から「天皇を中心とする中央集権的な律令国家」へ完全に脱皮した一大転換期です。
『日本書紀』とか『古事記』の編纂も含めて、年表整理したのがコチラ!
それをふまえて、、
この時代における律令制の成り立ちを解説します。
まず、
藤原京時代の律令制は、天武天皇・持統天皇の強力なリーダーシップと東アジアの情勢を背景に成立しました。コチラもチェック↓
おめでとう、藤原京跡。夢にまで見た世界遺産だよ。。
律令制の成り立ち背景としては、
やはり、唐や新羅の脅威は外せない。7世紀後半、白村江の戦い(663年)で敗北した倭国は、唐の侵略に備えるとともに、唐に対抗できる「国家体制の近代化(中央集権化)」を急ぐ必要があった。。
そこで整備されていくのが国を動かすルール、律令制度という訳です。
まずは、
「飛鳥浄御原令」(689年施行)。これ、天武天皇の発案を引き継ぎ、持統天皇のもとで施行された日本初の本格的な令(行政法)です。これにより戸籍の作成(庚寅年籍)や官僚制の基礎が作られました。
さらに、転機は、
藤原京への遷都(694年)。律令制を運用するには、膨大な数の役人(官吏)を1箇所に集めて執務を行わせる「都市(都城)」が必要で。そこで日本初の中国式本格的都城である「藤原京(新益京)」へ遷都した訳です。
そのうえで、
「大宝律令」の完成(701年)!!!コレ、藤原不比等や刑部親王らによって、「律(刑罰法)」と「令(行政法)」を完備した集大成。ここに「日本」という国号と「天皇」という称号が法的に確立され、名実ともに律令国家の完成を見ました。一旦ね。
ちなみに、、
「大宝律令」は、唐の律令を基にしてます。なんだが、古代日本の慣習に合わせて日本独自の項目(神祇令など)を加えるなど、柔軟にアレンジされているのがポイント。
なので、本サイトの解説にちょいちょい唐律とかが登場したりするんです。。
2. 律令制の「体系」(大宝律令の統治構造)
続けてチェックしたいのは、律令制の中身、とくに体系を概観。
藤原京で運用された律令制の体系は、主に
- 法体系
- 中央官制
- 地方行政
- 身分制度
の4つの軸で構成されていました。
以下、一つずつ概観。
① 法体系(律と令)
まずは、律令の法体系を簡単に。
- 律(りつ): 刑罰に関する法律(現代の刑法)。
- 令(りょう): 政治の組織・手続・租税・身分などに関する法律(現代の憲法・行政法・民法)。
② 中央官制(二官八省制)
続けて、中央政治の仕組みについて。
最高機関である「二官」と、その下に実務を担う「八省」が配置されました。
二官
- 神祇官(じんぎかん): 神道の祭祀を司る役所(太政官と同格とされた)。
- 太政官(だいじょうかん): 政治全般を掌理する最高行政機関。
で、
八省(太政官の下部組織)
- 中務省・式部省・治部省・民部省・兵部省・刑部省・大蔵省・宮内省
ということで、
日本神話的には、特に、神祇官が重要。
中臣氏とか卜部氏とか、その祖神が例えば天岩戸神話で登場したりします。
③ 地方行政(国・郡・里)
続けて、地方行政を概観。
全国を「畿内(五畿)」と「七道(東海道・山陽道など)」に分け、以下の体制で支配しました。
- 国(こく): 朝廷から中央官員である国司(こくし)が派遣された。
- 郡(ぐん): 地元の有力豪族が郡司(ぐんじ)に任命された。
- 里(り / のちに郷): 50戸を一里とし、里長が管理。
④ 土地と身分制度(公地公民)
最後に身分制の概観を。これは、戸籍管理と土地管理と結びついてるのが特徴。
- 公地公民: 全国すべての土地と民(国民)は天皇(国家)のものとする原則。
- 班田収授法: 戸籍(6年ごとに作成)に基づき、6歳以上の男女に土地(口分田)を支給し、死後は国家に返還させた。
- 良賤制: 人民を「良民(一般農民など)」と「賤民(奴婢など)」に二分した。
3. 藤原京時代における律令制の役割・影響
そのうえで、藤原京時代における律令制の果たした役割とか影響を概観。
結論から言うと、律令制の導入と藤原京の造営は、当時の社会構造を劇的に変化させました。
大きく3つをチェック。
- 「官僚国家」への変貌
氏族(豪族)の血縁や縄張りによる政治から、位階(位階制)に応じた給与や役職が与えられる「官僚制」へと転換しました。いや、転換を目指しました。役人たちは藤原京に住み、行政文書(木簡など)を用いて実務を行う。
律令を駆動させる組織体制が国家の中に爆誕したのはやはりデカい。
- 全国統一的な税制の確立
これも国家単位でいうと非常に重要。実態とか適用範囲とかはさておき、統一税制の確立を目指してムーブしたってのはデカい訳です。
- 租(そ):口分田の収穫に応じた米の納入。
- 庸(よう): 労役の代わりに納める特産物(布など)。
- 調(ちょう): 各地の特産品を納入。
- 兵役: 兵士の拠出。
これらが全国から都(藤原京)へ運ばれ、国家財政を支えた訳です。
- 官道(交通網)と流通の発達
税制が統一化され、中央から役人が派遣される仕組みになったわけで、この結果、全国から税(調・庸)や文書を円滑に都へ集めるため、藤原京を中心に放射状に伸びる古代官道(七道)が整備されました。また、富本銭や和同開珎などの貨幣が作られたのもこの時代だったりします。
そのうえで、、、
日本神話的には律令制度のなかで、やはり令が重要。律も大事なんだが。なので、ここからは令についてちょっと深堀り概観。
古代日本における「令」と「祓」の関係性
先ほど解説した通り、「令」は国家の基本行政法なんだが、実は、罪や穢れを取り除く神事である「祓(はらえ)」も令のなかに組み込まれてたりします。このハイブリッド感というかまぜこぜ感とかがすごい日本的で、、
ガチガチムキムキの律令国家なんだけど、令を通じて、神事が、国家の秩序と清浄を保つための『法的規定』と『具体的実践』として組み込まれてた訳です。
今回は、主に4つのポイントで整理。
1. 『神祇令』による「大祓」の法制化
まずチェックしたいのは、「大宝律令」や「養老律令」の行政法編である「令」には、神事や祭祀について定めた『神祇令(じんぎりょう)』が含まれていました。すごくない?この世界線。。
この「神祇令」の中で、国家的な公式行事として「大祓(おおはらえ)」が法的に組み込まれていた。大きく2種類あって、、
- 恒例の大祓: 毎年6月30日と12月31日の「晦日(みそか)」に、朱雀門の前に官人(公務員)を集めて天下万民の罪や穢れを祓う神事を執り行うことが明記されました。
- 臨時の大祓: 疫病の流行、天災・異変、即位の際の大嘗祭など、国家的な危機や節目にも令に基づき「臨時大祓」が行われました。
ということで、
政治と祭祀がかなり密接につながっていたことが分かります。ポイントは、国家運営の「法的ルール」の中に、国家を清浄に維持する仕組みとして令をつうじて「祓」が組み込まれていたってこと。ここしっかりチェック。
2. 国家機関と氏族の役割分担の規定
ちなみに、「令」では、誰がどのような手順で「祓」を行うかも細かく定めていました。有名どころでは、
- 中臣氏(なかとみうじ): 祓の言葉である「大祓詞(宣示)」を読み上げる役。
- 卜部氏(うらべうじ): 実際の解え除き(ト物や人形などを用いて穢れを祓い捨てる儀式)を行う役。
といった感じで、
令によって、神祇官(神事を司る官庁)を中心に、こうした特定の氏族が国家公務として「祓」を執り行う体制が作られてたってことなんす。
3. 刑罰・免罪としての「祓」の側面(科刑としての祓)
もう一つ、特徴的なのが、刑罰や免罪などに祓が機能していたってこと。
これ、律令制が確立する以前から、罪を犯した者が「祓物」、それは物や馬や刀などなんですが、を提出して罪を贖う慣習が存在してまして。これによって罪がリセットされるとされていた。
これが、律令期において、過失や違反を犯した者に対し、財物(科料)を納めさせて罪を祓う行政処分として「祓」が機能するようになっていく。
例えば、
以下のような、共同体の禁忌(天津罪・国津罪)を犯す罪
- 農耕妨害(天津罪): 他人の田の「畦(あぜ)を壊す(畔放)」、「溝を埋める(溝埋)」、「水路の口を塞ぐ(樋放)」などの行為。
- 倫理的・身体的禁忌(国津罪): 近親相姦(「己が母犯せる罪」など)や、重い皮膚病、近親者への傷害、呪術を用いた暗殺(蠱物)など。
は、
共同体に「穢れ」をもたらす罪として位置づけられ、課される処罰は、
犯罪者に「馬」や「牛」、あるいは「金木(かなぎ:神事に使う木)」や「菅曽(すがそ:麻の一種)」といった財物を「祓えつ物(はらえつもの)」として提出させ、それを川に流すか神に捧げることで、共同体全体の穢れを清め、実刑(死刑や流刑など)を免じてたりしてた訳です。
藤原京時代の大宝律令では、中国から導入した純粋な法律刑罰(五刑:笞・杖・徒・流・死) と、日本固有の神道的な「穢れを落とすための財物徴収(祓)」 が、二重の司法システムとして併用されていたんですよね。
まとめ
日本神話を理解するうえで、古代律令制は避けて通れない。。なので、少なくとも、今回ご紹介した律令制の概観だけでもチェックしておいていただきたい。律とは何か?令とは何か?
その中でも、特に、「令」と「祓」の関係は重要で。
ひとことで言えば、国家の行政システム(令)によって制度化・標準化された、国家最大の浄化儀礼として祓が行われていたと。
これを原型として、現在も神社で6月と12月に行われている「大祓」や「夏越の祓」につながってる訳です。律令の「令」によって定められた国家ルールに直接由来してる、それくらい国家運営と呪術性が不可分のものであったってことでしっかりチェック。
参考文献:『古代神話の文献学』(塙書房)、『新編日本古典文学全集 日本書紀』(小学館)、『日本書紀史注』(風人社)、『日本古典文学大系『日本書紀 上』(岩波書店)
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