神武東征神話を丸ごと解説!ルートと地図でたどる日本最古の英雄譚。シリーズ形式で分かりやすくまとめ!

神武東征神話を丸ごと解説!

神武東征の神話をまるっと解説してしまおうという本企画。結構壮大です。

ここではシリーズ化してお送りした内容をまとめてお届けします。

  • 神武東征の神話とは何か?
  • 何がポイントなのか?

まるっと解説し、少しでもスッキリしていただければと思います。

 

神武東征神話とは

一言でいうと、
「神武天皇による日本の建国神話」

大業たいぎょうを広め天下を統治するために、世界の中心地を目指して東征する神話です。『日本書紀』『古事記』に記載。

「世界の中心地=中洲ちゅうしゅう

この目的地、めっちゃ大事。

日本建国の地ですね。中洲をめざし、最終的に橿原かしはらの地が選ばれるわけです。

目的と目標を理解しておけば大丈夫。あとは、全体の構造さえ分かればとても簡単に読み解けます。

 

全体の構造は「旅立→試練→凱旋(達成・成就)」の3部作。

第1部「旅立」:約束の地へ向けて旅立ち(神武誕生、東征発議、出発、岡山「高嶋の宮」まで)

第2部「試練」:幾多の困難・犠牲を乗り越え成長孔舎衛坂くさえさかの戦いから丹生川上儀式まで)

第3部「凱旋(達成・成就)」:不屈の精神、神の助力、臣下の活躍により念願達成(国見丘の戦いから橿原即位まで)

ポイントは、多大な試練と苦難を経た事。決して楽して建国したわけではないのです。しっかりどん底と最高潮も用意されてて、ドラマ性たっぷり。

ということで、

以下、神武東征神話の詳細を見て行きましょう。シリーズ化して詳細をまとめています。

 

Ⅰ.神武東征~旅立~

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1.神武の生い立ちと東征開始

神武天皇(即位前は彦火火出見ひこほほでみは、天照大神あまてらすおおみかみの「第五世代 直系子孫」として誕生。母は海神の娘。4人兄弟の末っ子。生まれながら英明にして意志強固。兄たちを差し置いて15歳で皇太子。

第1回目:『分かる!神武東征神話|神武の生い立ち|天照大神の第五世代 子孫(来孫・らいそん))であり、海神の孫でもある件

そして45歳になると、兄たちや子・臣下に「理想の政治を行う最適な地がある。さあ、その国の中心(=中州)めざし、都をつくろう!」とアツく語る。これが東征発議。みんな激しく同意。そこで、さっそく「東征」の旅に出る訳です。

第2回目:『東征発議と旅立ち|東征の動機とか意義とか建国の決意とかを神武がアツく語った件

 

2.東征途上(速吸之門~安芸)

神武東征ルート

東征一行が「速吸之門はやすいなと」に到ると、国神の「珍彦うづひこ」が出迎えます。神武は椎根津彦しいねつひこの名を与え、海路の先導者とします。そして、さらに九州を北上して「莬狭うさ」(大分)へ。そこでは、国神くにつかみ夫婦が宮を造って、神武一行に饗宴を奉ります。その後、筑紫の「岡水門おかのみなと」を経て、安芸(広島)の「埃宮えのみや」に滞在。

翌年春に、吉備(岡山)に到ります。そして、「高嶋宮たかしまのみや」を建て3年居住する間に、軍船を整備し食糧を備蓄。一挙に天下平定しようと目論みます。

第3回目:『東征順風・戦闘準備(日向~高嶋の宮)|半年かけて岡山まで移動して3年じっくり準備した件

 

Ⅱ.神武東征~試練~

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3.上陸、中洲(ちゅうしゅう)を目指す

難波から白肩津へ

東征軍は遂に東に向かいます。船を連ねて「難波の碕なにわのみさき」に到り、更に遡って「白肩の津しらかたのつ」に上陸。

大和入りの目印となる龍田たつたを通って中洲へ抜けようとしますが、狭くて通れず。。。戻って、胆駒山いこまやまを越えて目指す世界の中心「中洲ちゅうしゅう」へ入ろうとします。

第4回目:『難波碕から白肩の津へ|生駒山の白い崖を目印にドキドキしながら進軍した件

 

4.激戦、五瀬命負傷、撤退

進軍ルート②

生駒山越えをしようとする神武の前に、大和最大の敵長髄彦ながすねびこが立ちはだかります。

孔舎衛坂くさえさか」で激戦となり、五瀬命いつせのみこと(長兄)が敵の矢で重傷を負います。神武は憂慮。「神策しんさく」をめぐらして「神祇を祭り、日を背に負う戦法」を採るべく撤退を決断。「草香の津」に到り、盾をてて雄叫びをあげます。

第5回:『孔舎衛坂激戦、敗退|スネの長い関西人に初戦敗退。神策めぐらし紀伊半島を迂回することにした件

ここ、超重要ポイント。要は天照大神あまてらすおおみかみ(高天原の最高神であり太陽神)の末裔である神武が天神子あまつかみこ」を自認・自称しているにも関わらず、

  • 天神あまつかみを祭りもせず、
  • 東征=西から東へ向かって敵と戦う=昇る太陽に向かって矢を向ける=勝てない、という事。

なので、

  • 天神のおしえにより祭祀をしっかり行い、
  • 太陽の力を得て戦う=お日様を背にする=東から西へ向かうルートが必要、という事。

これが「神策」。

 

5.長兄「五瀬命」の死

竈山

深手を負った長兄「五瀬命いつせのみこと」は、「山城の水門」に到って瘡痛が激しくなり「まだ戦える身ながら、報復もせずに死ぬ無念」を口にし、ついに「竈山かまやま」に到ったとき薨去こうきょ。その地に葬ります。

第6回目:『長兄「五瀬命」の死|「ますらお」なのに復讐できず無念すぎたので、東征に復讐を追加した件

 

6.熊野入りと海難による兄の喪失

紀伊半島

熊野の「神邑みわむら」に到り、「天磐楯あまのいわたて」に登り、異界(魔境)の地に踏み入れた事を実感。そこで軍を引き、注意深く進みますが、暴風雨に遭い、船は漂蕩。

この時、稲飯命いなひのみこと(次兄)は、海神を母にもつ身なのに海に苦しめられる理不尽を口にして海に入り、「鋤持さいもち神」となります。三毛入野命みけいりののみこと(3兄)もまた、海神を母や姨にもつのにどうして溺らせるのかと恨み、常世の国とこよのくにへ去ってしまいます。

第7回目:『熊野灘海難と兄の喪失|なぜ!?兄達は暴風雨の中で歎き恨み逝ってしまった件

 

7.陸難と2度の天照大神救助

東征陸路ルート

海路から陸路へ転換。熊野の「荒坂津あらさかのつ」、現在の三重県熊野市大泊付近に到ります。ここから陸路を進んだ時、突然、神が毒気を吐き、神武を始め全軍が気力を喪って昏倒、絶体絶命の危機!!その時、天照大神が武甕雷神たけみかづちのかみに救援を命じ、葦原中國あしはらのなかつくにを平定した「剣」で全軍が正気回復。危機を脱出します。

第8回目:『熊野荒坂で全軍昏倒|神の毒気にヤラレて意識不明の重体に!?天照による危機救援は「葦原中國平定」再現の意味があった件

さらに、熊野の山を越えて中洲を目指しますが、山中の道が険しく行く手を阻まれ、進退窮まります。この時、再び、天照大神が救援。神武の夢に立ち、「頭八咫烏やたのからすを遣わすから引率者にせよ」と訓します。果たして飛来した頭八咫烏を「日臣命ひのおみのみこと」が追いつつ先導。宇陀に到ります。神武天皇は日臣命に道臣みちのおみの名を賜います。

第9回目:『頭八咫烏の導きと熊野越え|山で迷って進退窮まる!?天照による2度目の救援は「天孫降臨」の再現だった件

 

8.道臣の武勇と兄猾誅殺

宇陀敵布陣図と進入ルート

宇陀宇賀志うかし兄猾えうかし」「弟猾おとうかし兄弟に忠誠を尽くすように伝えると、兄は抵抗・弟恭順きょうじゅん。兄の謀計を弟が密告し、将軍「道臣みちのおみ」がそれを逆手に取り、激怒大喝して「兄猾えうかし」を圧死させる。さらに斬る。

「弟猾」が饗宴を設けて慰労すると、「彦火火出見ひこほほでみ(神武)」は兵士たちに酒肉を賜い、来目歌くめうたをうたう。

第10回目:『兄猾と弟猾|弟は聡く帰順したが、兄は謀(はかりごと)を企んだのでさらして斬った件

 

9.吉野巡察

吉野巡察地図

宇陀から軽装の兵を連れて吉野を省察し、各地で国神くにつかみと出会う。皆、オモシロい方々で従順。

第11回目:『吉野巡幸|先は敵ばっかりなので、まずは南の境界を固めようと思い立った件

 

10.天香具山の埴土採取とうけひ

香具山土採取ルート神武東征神話

宇陀の「高倉山」に登り、敵だらけの状況を確認。敵は大きく二つ。

  • 国見丘を中心とした八十梟帥やそたける・・・山の敵
  • 磐余を中心とした八十梟帥と首領の磯城彦しきひこ・・・平地の敵

第12回目:『宇陀から磐余一帯の敵布陣図|高倉山に登ってみたら敵ばっかり!マジ腹が立ったからワシは寝る件

夜見た夢で、天神が必勝の方法を伝授。弟猾も同じ内容を奏上。そこで夢の通りに作戦実行し、丹生川上で祭祀を行う。さらに、道臣を斎主とし「顕斎うつしいわい」の儀式を行い、祭りの場に高皇産霊尊たかみむすびのみことを現前させて祭神とし、供えた神饌を食することにより「神の守護」、つまり最強のパワーをゲット!

第13回目:『香具土採取と顕斎|天神憑依!スーパーサイヤ人状態になって敵を撃破しようとした件

 

Ⅲ.神武東征~凱旋~

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11.国見丘の戦いと忍坂での残党掃討作戦

国見丘攻撃

最強の力を手に入れた神武は、まず「八十梟帥やそたける=敵」を国見山くにみやまで破る。残党掃討は将軍「道臣みちのおみ」が担当。「忍阪おっさかむら」に大きな家を作らせて饗宴きょうえんに誘い、そのたけなわ油断した時に全て殲滅。

第14回目:『国見丘の戦いと忍坂掃討作戦|すごいぞスーパー彦火火出見!敵軍撃破!残党掃討!そのパワーほんと流石な件

 

12.椎根津彦の謀計と兄磯城誅殺

兄磯城攻略図

磐余いわれの「磯城彦しきひこ」=兄磯城えしき」「弟磯城おとしき兄弟を攻撃しようとし、「頭八咫烏」を遣わして帰順勧告。兄の「兄磯城えしき」は反抗。
弟の「弟磯城おとしき」は恭順をもって迎え、饗を設けもてなした上で、東征軍のもとに参じて兄を告発。

椎根津彦しいねつひこが策略を建議。敢えて弱い軍隊を出して敵を誘い出し、精鋭部隊を墨坂に派遣、敵が火攻めを仕掛けるために準備していた「焃炭おこしずみ(盛んにおこった炭火)」を、莬田川うだがわの水をかけて消したあと、墨坂を越えて挟み討ちにする内容。これを神武は「善し!」として実行。最終的に、見事兄磯城えしきを誅殺。

第15回目:『兄磯城討伐|やっとだよ。。。やっとたどり着いた大和平野(中洲)。感慨に浸る暇なく目の前の敵に集中するでござるの巻

第16回目:『兄磯城討伐・磐余制圧②|これで大和の東を全て制圧!日を背に戦うと不思議なくらい勝ててしまう件

第17回目:『兄磯城討伐・磐余制圧③|戦う前に意思確認?臣下献策まま実行?それはきっと神武の成長と分かってきた感覚の件

 

13.最終決戦!金鵄飛来し敵軍眩惑

中洲=大和平野3

遂に最終決戦へ。「長髄彦ながすねびこ」を猛攻撃。しかし、なかなか勝を得られない。その折も折、突然曇りひょうが降るなか金色こがね霊鵄くしきとびが飛来して天皇の弓弭ゆはずに止まる。流雷の光り輝きにより、長髄彦軍は眩惑げんわくして力戦不能に陥ります。

第18回目:『金鵄飛来=祥瑞応見|「瑞(みつ)」は王の聖徳に天が応えて示す「しるし」。古代にはそれなりのもんげー制度があった件

第19回目:『長髄彦最終決戦|分からんちんども とっちめちん!手前勝手な理屈ばかりで道理無しのスネ長(すねなが)男をイテこました件

 

14.大和平定成就

神武東征神話 土蜘蛛討伐

中洲に進軍。
波哆丘岬はたのおかさき和珥坂下わにのさかした長柄丘岬ながらのおかさき各地に勢力を張って帰服しない「土蜘蛛つちぐも=反抗する敵」を殺す。そして、高尾張邑(御所市)の「土蜘蛛」を「くずの網」で襲って殺す。遂に、東征による天下平定事業がここに完結します。

第20回目:『中洲平定と事蹟伝承|大和平野各地の土蜘蛛さんを叩いて平定完了!あとは東征の事蹟を伝えておきたい件

 

15.橿原宮造営

宮殿造営 神武東征神話

橿原の地を国の中心とみなし、ここに帝都を造営。中洲を目指して東征してきた結果として、橿原が選ばれる。

第21回目:『宮殿造営宣言|東征開始から6年が経過した今、天照から始まる神々の系譜や政治を踏まえ素晴らしい国をつくろうとした件

第22回目:『正妃蹈韛五十鈴媛命|現妻さしおき新たに正妃をお迎えす。イヤ、これには深~い理由(ワケ)があって、、、の件

第23回目:『事代主神の子、媛蹈韛五十鈴姫命の出自|フツーではない交わり方で孕んだ子だからこそフツーではないお姫様になった件

 

16.橿原即位

辛酉かのととりの年の春、正月1日、彦火火出見ひこほほでみ橿原宮かしはらのみやで即位。この年を天皇すめらみことの元年とし、正妃を尊んで皇后きさきとした。

第24回目:『十干・十二支を使った暦日と神武東征神話|暦の最初は「甲寅」。そして「辛酉」の年には革命が起きると考えた件

第25回目:『橿原宮即位と東征完結|歴史はココから始まる。橿原宮で即位し世界最古の国「日本」をつくった件

おまけ

第26回目:『論功行賞と国見|エピローグ!論功行賞を行い、国見をして五穀豊饒の国「秋津洲(あきづしま)」を望み見た件

 

以上、あしかけ6年以上の歳月を経て建国を果たしたという訳です。

いかがでしょうか?「旅立→試練→凱旋」の構造で見ると分かりやすいと思います。

 

神武東征の概要

上記内容を概要としてまとめてみるとこんな感じです。

主人公  彦火火出見ひこほほでみ:のち神武天皇
目指した土地  葦原中國あしはらのなかつくにの中心地=中洲ちゅうしゅう=(最終的に)橿原
何故目指したか?  大業たいぎょうをひらき広め、天下を統治するため
どこから出発したか?  日向(宮崎) 西から東を目指したので「東征」
どのような経路?  日向(宮崎) →宇佐(大分) →筑紫(福岡) →安芸(広島) →吉備(岡山) →浪速(大阪) →紀(和歌山) →熊野(和歌山・三重) →宇陀(奈良) →橿原(奈良) 
所要年月  約6年
兄弟構成  4人兄弟。神武は末っ子。
 長兄:五瀬命いつせ の みこと
 次兄:稲飯命いなひ の みこと
 3兄:三毛入野命みけいりののみこと
主な臣下  椎根津彦しいねつひこ ←旧:珍彦
 道臣命みちのおみのみこと ←旧:日臣命
主な敵  長髄彦ながすねびこ
 八十梟帥やそたける(敵戦士集団)
 兄猾えうかし
 兄磯城えしき
支援者  天照大神、高皇産霊尊たかみむすびのみこと武甕雷神たけいかづちのかみ頭八咫烏やたがらす金色の霊鵄くがねのあやしきとび塩土老翁しおつちのおじ

これだけ把握できれば十分。目指したものと、目指した理由を理解しておけば大丈夫ですね。

 

まとめ:神武東征は「日本最古の英雄譚」

東征の物語自体は、『日本書紀』巻三「神武紀」、『古事記』中巻にそれぞれ記載されてます。

実は、日本最古の英雄譚、サクセス・ストーリーです。これほどドラマチックな展開と、練りに練られたツボを持つ神話は、世界を見渡してもなかなかありません。古代日本人がそうした物語を紡いでいた事にビックリ。

冒頭でもお伝えしましたが、決して平たんな道のりではなかった所がポイント。

旅立ちから孔舎衛坂くさえさか直前までは順風満帆。支援者の登場、入念な準備。「建国」という夢と野心にあふれていました。

ところが、大和の地に入り「長随彦ながすねびこ」という最大の敵に蹴散らされて以降、苦難の連続です。兄の全てを失い、道に迷い、気力喪失昏倒し、、、
しかしあきらめずに、勝利する方法を思考し、臣下の協力と天照大神の助力を得ながら進軍。最終的に、一度戦って敗れた最大のライバルを撃破。

その上で、橿原の地に宮殿を建設し初代「天皇」として即位する訳です。

まさに「旅立→試練→帰還(凱旋)」という流れ。よくできていますよね。

こうしたストーリー展開の中で分かるのは、

大業(志・ビジョン)は一人で成し遂げるものではない。臣下(あるいは仲間)の協力や天神(私たちで言えば先祖様的な守護者)の力を得て初めて大業は成し遂げられる!

という事かと。このメッセージ性は現代でも十分通用するものだと思います。

その他、細かいところでは、いろいろな裏設定があって、飽きさせないところでしょうか。練りに練られた奥ゆかしい神話になっています。

こうしたポイントをもとに神武東征神話を読むと、よりオモシロくなるはず!激しく推させていただきます!

▲こちらは橿原神宮。東征の果てに神武が即位した地。合わせてチェックされてください。⇒「橿原神宮|初代神武天皇が即位した「日本建国」の地!おごそかな空気漂うパワースポットで東征神話に思いを馳せる至福を是非。

 

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  • […] ←神武東征神話の事。詳しくはこちらで是非チェックしてみてください。それまでは「宮跡」だったのが、明治政府の国家神道政策による影響もあって大いに盛り上がり、「神宮」とし […]

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    こんにちは、さるたひこです!読んでいただきありがとうございます。「日本神話をこよなく愛するナビゲーター」として日本神話関連情報、題して「日本神話がおもしろい!」を発信していきます。どうぞよろしくお願いします。ちなみに、ネーミングは、天孫降臨の折、瓊瓊杵尊を道案内した国津神「猿田彦命」にあやからせていただいてます。ただ、神様の名前をそのまま使うのは畏れ多いので「さるたびこ」の「び」を「ひ」に変えております。