玉造稲荷神社|大阪城鎮守の神様!2000年以上の歴史をもつ神社は五穀豊饒・商売繁盛御利益で霊験あらたかな件

 

玉造稲荷たまつくりいなり神社は大阪市中央区玉造たまつくりにある神社。

古代、この地一帯が「玉作部たまつくりべ」の居住地にもなっていたこともあり、社名に「玉造たまつくり」の文字が。

玉作部たまつくりべとは、古代の職業集団で、勾玉まがたまなどの玉類の生産に従事した方々。

閑静な住宅街のなかにある「近所の神社」な感じですが、当サイトならではの日本神話的観点から眺めてみると、古代からの歴史をしっかり継承されていて結構素敵な感じです。

今回は、玉造稲荷たまつくりいなり神社の御祭神にちなむ日本神話と合わせてご紹介します。

 

玉造稲荷神社|大阪城鎮守の神様!2000年以上の歴史をもつ神社は五穀豊饒・商売繁盛御利益で霊験あらたかな件

玉造稲荷神社への道

JR大阪環状線「森ノ宮」駅から徒歩5分くらい。同じく環状線「玉造」駅からだと10分かからない程度です。

今回は、「玉造」駅から出発し、神社参拝後、「森ノ宮」駅へ至るルートで参拝してみました。

まず、玉造駅を出るとこんな感じ。

玉造稲荷神社 (3)

▲まっすぐ進んで「玉造筋たまつくりすじ」に出ます。うーんいたるところに「玉造たまつくり」!

 

玉造稲荷神社 (5)

▲左の木陰に「玉造筋」の標識が。。。

ここから進んで左手、閑静な住宅街の奥に玉造稲荷神社が鎮座されてます。

玉造稲荷神社 (7)

▲こちら、玉造稲荷神社裏手の出入り口。左手奥に正面入り口があります。

 

玉造稲荷神社 (10) 玉造稲荷神社 (12)

▲玉造稲荷神社入口には、玉作岡の石碑!

 

玉造稲荷神社 (17)

玉造稲荷神社、新緑が美しいです。

 

玉造稲荷神社の創建経緯

玉造稲荷神社

垂仁天皇18年(紀元前12年)に創祀。ってことは2000年以上の歴史があるってことです。スゴ。。。

冒頭でも触れましたが、現在の「玉造」という名称は、古代この地域に「ぎょく」をつくる職業集団「玉作部たまつくりべ」が置かれていた事に由来。

その後、一気に飛びますが、玉造稲荷飛躍のきっかけは、豊臣秀吉。

稲荷神を崇敬していたので玉造稲荷神社を「大阪城の鎮守神」として祀ったことにあります。

城での神事の多くはの神職が執り行っていたそうで、その証に、慶長八年には豊臣家より五百石の水田(現・大阪市天王寺区玉造本町)が朱印地として寄進されたとか。この時期が神社的最盛期ですね。

 

玉造稲荷神社 (52)

▲大阪城の三の丸推定ライン=黒太線 をめぐる神社の立ち位置。ってことは、ほぼ城内にあったって事かー。

そしてこちらが当時の神社の様子。

玉造稲荷神社 (44)

▲当時は今よりも北方面にあったようです。。。

そして、天正4年(1576年)、兵乱で社殿等が全部焼失したものの、慶長8年、豊臣秀頼により社殿が再建されました。境内にある秀頼推しはココから。

玉造稲荷神社 (45)

こちらも、

玉造稲荷神社 (36)

こちらも!

秀頼推しの数々であります。

ま、豊臣・徳川時代を通じ「大阪城の鎮守神」として崇敬されてきた歴史を持っている、ということをチェックいただければ十分かと思います。

 

玉造稲荷神社の御祭神

玉造稲荷神社 (21)

主神

  • 宇迦之御魂大神うがのみたまのおおかみ

相殿

  • 下照姫命したてるひめのみこと
  • 雅日女命わかひるめのみこと
  • 月読命つきよみのみこと
  • 軻遇突智命かぐつちのみこと

 

御利益

  • 宇迦之御魂大神・・・五穀豊饒、商売繁盛、事業発展、家内安泰、子孫繁栄
  • 下照姫命・・・国や家庭、事業の安泰
  • 雅日女命・・・身体の創生ならびに精神の安定を司る
  • 月読命・・・暦=満潮干潮に影響→生活面、漁業関連
  • 軻遇突智命・・・金銀財宝の守護、金運、招福、鎮火、防火、縁結び夫婦和合

 

主祭神の「宇迦之御魂神うかのみたまのかみ」について、これは『古事記』での名称。『日本書紀』では「倉稲魂命うかのみたまのみこと」。神名の「ウカ」は穀物・食物の意味で、要は、稲とその実りを表象する神様ですね。

有名どころでは、京都の伏見稲荷大社があります。

全国の稲荷社は伏見稲荷大社からの分霊が多いのですが、ココ、玉造稲荷神社は、伏見稲荷からの分霊ではない稲荷の神様だそうで。独立系です。

 

さらに、素晴らしいことに、、、

神社の境内で稲作がおこなわれている!

玉造稲荷神社 (55)

▲、、、瓜に気をとられてしまって、左の水田が見切れてしまった。。。涙

上記写真、左端のところに水田があるのです。これ、スゴイですよ。マジで。

日本神話での「稲」の扱いについてはけっこう重要なテーマがあり、当サイトならではのところでご紹介。

農耕文化を土台にもつ日本では、「米」を命の根源として崇め祀ってきた背景があります。「米」は豊かさの象徴であり貨幣と同じように扱われていた訳です。

稲の誕生は、日本神話で以下のように伝えます。

『日本書紀』神代紀 第五段 一書第十一

  • いろいろややこしいのですが、最終的に、月夜見尊つくよみのみことに打ち殺された保食神うけもちのかみのお腹の中に「稲」が生えていたと。
  • 天照大神はそれをよろこび、稲を水田の種とした。すると大きく育ち稲穂は撓むほど豊かに実った。

という次第。かなり省略してますが、、、

ま、いずれにしても、要は、

  • 古来より、日本では米」を命の根源として崇め祀ってきた文化的背景がある事。
  • 日本神話でも稲の誕生はしっかり記されている事。

そして、それは現在の皇居での天皇陛下の田植えにもつながってくるテーマだったりすることはチェックしておきましょう。

 

その他、本殿の右側には広めの空間があり、各種神社が併設されています。

玉造稲荷神社 (28)

 

厳島神社

玉造稲荷神社 (48) 玉造稲荷神社 (49)

御祭神:市杵嶋姫神(いちきしまひめのかみ)

御利益:航海安全系

境内の池は白龍池(はくりゅういけ)。雨乞いに霊験ありとのこと。

玉造稲荷神社 (50)

めっちゃ吹き出してますやん!

 

新山稲荷神社(左)と万慶稲荷神社(右)

玉造稲荷神社 (32)

御祭神:どちらも、宇迦之御魂神うがのみたまのおおかみ

この地域一帯に祀られていた多くのお稲荷さんを集約したそうです。

 

胞衣塚大明神よなづかだいみょうじん

玉造稲荷神社 (33)

御祭神:豊臣秀頼公と母・淀殿を結ぶ卵膜・胎盤などの胞衣(えな/よな)

御利益:縁結び、他いろいろなご縁結び。他、「子の悩み」や「夜泣き」にも霊験あらたか

玉造の地を数々遷座してきた経緯がありますが、最終的に大阪城鎮守神である当地へ鎮座されたとの事。

 

おまけ

難波・玉造資料館

玉造稲荷神社 (40)

 

 

まとめ

玉造稲荷神社

大阪市中央区玉造にある神社。

古代、この地一帯が「玉作部たまつくりべ」の居住地にもなっていたこともあり、社名に玉造の文字が。

玉作部たまつくりべとは、古代の職業集団で、勾玉まがたまなどの玉類の生産に従事した方々。

閑静な住宅街のなかにある「近所の神社」な感じですが、当サイトならではの日本神話的観点から眺めてみると、古代からの歴史をしっかり継承されていて結構素敵な感じ。

是非御参拝されてみてください。

 

[map addr=”大阪市中央区玉造2丁目3番8号”]

住所:大阪市中央区玉造2丁目3番8号

玉造稲荷神社のHPはこちら!

駐車場あり

トイレあり

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