橿原神宮の創建経緯|「国の奥深くにある安住の地。」by神武天皇

 

橿原神宮の創建経緯を日本神話をもとに探ります。

神社の起源を日本神話に求める事で、一般的に知られている神社のイメージとは違った側面が見えてきますよ♪

今回は「橿原神宮かしはらじんぐう。「日本建国の地」として位置づけられている橿原神宮は神武東征神話でその創建を伝えている、というお話をご紹介します。

 

橿原神宮の創建経緯|「国の奥深くにある安住の地。」by神武天皇

神武東征神話で伝える橿原宮

橿原神宮は神武東征神話でその創建を伝えます。

神武東征神話についてはコチラで詳しく⇒「神武東征神話を丸ごと解説!ルートと地図でたどる日本最古の英雄譚。シリーズ形式で分かりやすくまとめ!

日本建国神話。激しく奥ゆかしい神話になっております。是非。

で、要は、宮崎の日向を出発した神武一行が目指したのが「中州ちゅうしゅう」と呼ばれる世界の中心であります。天皇として即位し、日本を統治するのにふさわしい場所として設定されています。

正史『日本書紀』の神武紀から、出発地である日向にて、東征発議にあたって「中州ちゅうしゅう」の地を説明しているシーンを以下。

「其の土地は必ず大業たいぎょう恢弘かいこうし、天下に光宅こうたく するに足るはずだ。きっとそこが六合りくごうの中心 ではなかろうか。」

「彼地必當足以恢弘大業・光宅天下、蓋六合之中心乎。」 『日本書紀』神武紀より

 ※「六合」とは、東西南北+天地の6つの領域を指し「世界全体」と言う意味。

 もう少し砕いて訳出すると

「そこはきっと、天皇の仕事(大業)を広げて大きくし、その「徳」が遠くまで届くのにふさわしい土地だろう。きっとここが世界の中心ではないだろうか。」

となります。

目指す「中州ちゅうしゅう」は「天皇として天下を統治し、その徳を広めていく場所」として選ばれたという事。

背景には、

神武よりはるか昔、「天から天磐船あまのいわふねに乗って(地上に)飛び降った者がいた」という設定あり。この「天から飛び降った者」とは「饒速日命にぎはやひのみこと」で、天孫降臨に先だって大和に降り立っていた天神あまつかみです。

神武はこのことを「塩土老翁しおつち おじ」から聞き、饒速日命にぎはやひのみことが降り立った地こそ国の天下統一にふさわしい場所として位置づけたという事です。

上記詳しくはコチラでも解説してますので是非チェックされてください⇒「東征発議と旅立ち|東征の動機とか意義とか建国の決意とかをアツく語った件|分かる!神武東征神話No.2

当初想定されていた「中州ちゅうしゅう」は今でいう大和平野(奈良盆地)。

で、最終的に選ばれたのが現在の橿原神宮の地だったという次第。東征神話では「橿原宮」で天皇として即位したことを伝えます。

 

橿原の地が選ばれた理由

さて、では、なぜ橿原の地が選ばれたのか?それをもう少し探ってみましょう。

同じく、正史『日本書紀』の神武紀には以下のような神武の言葉を伝えます。

今こそ、山林を伐り開き、宮殿を造営し、つつんで皇位に即し、人民を治めなければならない。

上にあっては天神あまつかみがこの国を授けた徳に答え、下にあっては皇孫こうそんが正義を養育した心をおしひろめる。そして全世界を合わせて一つにし、都を開き、天下をおおって一家とするのだ。なんと素晴らしいことではないか。

はるか見渡せば、あの畝傍山うねびやまの東南の橿原の地は、思うに国の奥深くにある安住の地であろう。ここに都を定めよう。

且當披拂山林、經營宮室、而恭臨寶位、以鎭元元。上則答乾靈授國之德、下則弘皇孫養正之心。然後、兼六合以開都、掩八紘而爲宇、不亦可乎。觀夫畝傍山東南橿原地者、蓋國之墺區乎、可治之。

『日本書紀』神武紀より

このなかの、

「あの畝傍山の東南の橿原の地は、国の奥深くにある安住の地ではないか。ここに都を定めよう。」(畝傍山の東南の 橿原の地は、蓋し 國の墺區 か。治むべし。)

※墺区(おうく)・・・『文選』巻一・西都賦「天地の墺区」からの活用。「奥深く安住に適した地」の事で、「中洲」の中心地にあたります。 

という内容が、まさに橿原神宮創建の経緯にあたります。

青山に囲まれた天下統治にふさわしい地、それが橿原の地だったのです。

神武天皇は、こうして「帝宅おほみや※」の造営を開始。東征開始から6年が経過した3月7日の事でした。

以上、中州のところからまとめると、

  • 天皇として天下を統治し、その徳を広めていく場所であること。
  • 天孫降臨に先だって天神あまつかみ饒速日命にぎはやひのみこと」が降り立った地(大和)こそ国の天下統一にふさわしい場所であること。
  • 青山に囲まれた天下統治にふさわしい地、安住の地であること。

ということで、

以上の要件を満たす場所として、橿原が選ばれたという事になりますね。

橿原神宮には、東征神話の壮大な背景と、このような選ばれた理由があることを是非チェックされてください。

補足で。

東征という一大プロジェクトは、その完遂までに「6年」の歳月がかかりました。

現代のプロジェクトと比較してみると、、。

東京スカイツリー 工事期間3年半

瀬戸大橋     工事期間9年半

明石海峡大橋   工事期間10年

私、さるたひこ世代で記憶に残るプロジェクトってこんな感じなのですが、それと比較しても「神武東征」は全く遜色ないプロジェクトと言えそうです。

なので、橿原神宮をお参りするときは、こうした経緯も踏まえて参拝されると良いと思います。

 

まとめ

橿原神宮の創建経緯

日本神話にある「神武東征神話」から橿原神宮の創建経緯を探ってみましたがいかがだったでしょうか?

ポイントを再度。

  • 「中州(=世界の中心)」は、天皇として天下を統治し、その徳を広めていく場所であること。
  • 天孫降臨に先だって天神あまつかみ饒速日命にぎはやひのみこと」が降り立った地(大和)こそ国の天下統一にふさわしい場所であること。
  • 「中州」の中でも、青山に囲まれた天下統治にふさわしい地、安住の地が橿原であったこと。

以上の内容は是非チェックされてください。

 

奈良県橿原市 久米町934

・住所:奈良県橿原市 久米町934

・時間:日の出、日没の間。季節によって時間が変わります。

・料金:無料

 

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こんにちは、さるたひこです!読んでいただきありがとうございます。「日本神話をこよなく愛するナビゲーター」として日本神話関連情報、題して「日本神話がおもしろい!」を発信していきます。どうぞよろしくお願いします。ちなみに、ネーミングは、天孫降臨の折、瓊瓊杵尊を道案内した国津神「猿田彦命」にあやからせていただいてます。ただ、神様の名前をそのまま使うのは畏れ多いので「さるたびこ」の「び」を「ひ」に変えております。