住吉大社の創建経緯|「海の底に沈き、潮の中に潜き、潮の上に浮き、濯ぎたまふ」by日本書紀

 

住吉大社の創建経緯を、日本神話をもとに探ります。

神社の起源を日本神話に求める事で、一般的に知られている神社のイメージとは違った側面が見えてきますよ♪

今回は「住吉大社」。全国に2000社以上もある住吉神社系列の総本社。下関と博多の住吉神社とともに「日本三大住吉」の一社です。

 

住吉大社の創建経緯|「海の底に沈き、潮の中に潜き、潮の上に浮き、濯ぎたまふ」by日本書紀

住吉大社の創建経緯

住吉大社の全体像はコチラで是非。ココでは創建経緯について深くお届けします。

創建経緯は以下の通り。

第十四代仲哀天皇の妃である神功皇后じんぐうこうごうの新羅遠征(三韓遠征)と深い関わりを持っております。神功皇后は、住吉大神のお力をいただき、たちまち強大な新羅を平定せられ、無事ご帰還を果たされます。この凱旋の途中、住吉大神のお告げによって、この住吉の地に祀られることになりました。(神社説明文より)

とのことで。

神功皇后じんぐうこうごうの新羅遠征が創建の経緯。

神功皇后が新羅(古代朝鮮半島にあって日本と敵対した国)討伐に出兵した折に、天照大神と共に皇后に神託を下します。

和魂きみたまは王身にしたがひひて寿命みいのちを守らむ。荒魂あらみたま先鋒さきとして師舟みいくさのふねを導かむ」

「和魂」「荒魂」の話は、これはこれで非常に深いので、別の機会にお話します。

要は、「住吉大神(筒男三神)」が、「神功皇后の新羅征討」において皇后に託宣を下し、その征討を成功に導いたという訳。

神功皇后は、「住吉大神」の力をもらって強大な新羅を平定し、無事帰還。この時、のちの応神天皇となる子供を妊娠したまま、筑紫から玄界灘を渡り朝鮮半島に出兵したと伝えられてます。で、住吉大神の力により、新羅は戦わずして降服して朝貢を誓い、高句麗・百済も朝貢を約したとの事。

このことから、航海の神として崇拝を集め、遣唐使も住吉津から出航する際には必ずこの神に安全を祈願するようになったといいます。尚、「住吉(古代の国際交易の玄関港)」という地名は、この住吉大神をここに鎮座する事にちなんでいたりします。

 

住吉大神誕生経緯

さて、そんな住吉大社ですが、神功皇后の新羅遠征を成功に導いた「住吉大神」はそもそもどのような経緯で誕生したのでしょうか?

住吉大社の御祭神は「住吉大神」と呼ばれ、底筒男命・中筒男命・表筒男命の3神であります。

実は、その起源は「天照・月読・素戔嗚尊の3貴神誕生」に関わるふかーい神話が関連します。

日本神話を伝える『日本書紀』には、その誕生を以下のように伝えてます。

伊奘諾尊いざなきのみことは(黄泉国から)帰って来て、(伊奘冉尊いざなみのみことを)追っていったことを悔いて、「私は先ほどなんとも嫌な見る目もひどい穢らわしい所へ行ってしまった。なので我が身についた穢れを洗い去ろう。」と言って、すぐに筑紫の日向ひむか小戸をどの橘の檍原あはきはらに行き、禊祓みそぎはらいをした。

身についた汚れをすすごうとして、言霊ことだまをもってきっぱりと言い立てた。そして「上の瀬は流れがとても速い。下の瀬は流れがとても遅い。」と言い、中の瀬で濯いだ。これによって神を生み、「八十枉津日神やそまがつひのかみ(①)」と名付けた。次にその神の「まが」っているところを直そうとして神を生み、「神直日神かむなほひのかみ(②)」と名付けた。次に「大直日神おほなほびのかみ(③)」。

そして、海の底に沈んで濯いだ。これに因って神を生み、「底津少童命そこつわたつみのみこと(④)」と名付けた。次に「底筒男命そこつつのをのみこと(⑤)」。また、潮の中に潜って濯いだ。これに因って神を生み、「中津少童命なかつわたつみのみこと(⑥)」と名付けた。次に「中筒男命なかつつのをのみこと(⑦)」。そしてまた潮の上に浮きながら濯いだ。これに因って神を生み、「表津少童命うはつわたつみのみこと(⑧)」と名付けた。次に「表筒男命うはつつのをのみこと(⑨)」。

全て、合わせて九柱の神である。そのうち、底筒男命・中筒男命・表筒男命は住吉大神すみのえのおほみかみである。

伊弉諾尊既還。乃追悔之曰。吾前到於不須也凶目汚穢之処。故当滌去吾身之濁穢。則往至筑紫日向小戸橘之檍原。而秡除焉。遂将盪滌身之所汚。乃興言曰。上瀬是太疾。下瀬是太弱。便濯之於中瀬也。因以生神、号曰八十枉津日神。次将矯其枉而生神、号曰神直日神。次大直日神。又沈濯於海底。因以生神、号曰底津少童命。次底筒男命。又潜濯於潮中。因以生神、号曰表中津少童命。次中筒男命。又浮濯於潮上。因以生神、号曰表津少童命。次表筒男命。凡有九神矣。其底筒男命。中筒男命。表筒男命。是即住吉大神矣。

『日本書紀』第五段(一書の第六)より

ということで、

住吉大神は伊弉諾尊の禊祓いである「濯ぎ」の中から誕生したのです。

実際、このときに生まれたのは計9神であり、最後の3神が「住吉大神」としてまとめられてる次第。

さらに、この9神を生んだ後に、左右の眼を洗って、「天照大神」「月読命」が、また鼻を洗って「素戔嗚尊」が誕生するんですね。

さて、日本神話的なポイントは、以下。

  • 海のに沈んで濯ぐと「底筒男命」が、次に潮のに潜って濯ぐと「中筒男命」が、また、潮のに浮いて濯ぐと「表筒男命」が、それぞれ誕生した。
  • これは、「底」・「中」・「上」 というように、海の場所全てを網羅している。つまり、「徹底して濯ぐ必要があった」という事。それを必要とするほどに、伊弉諾尊が黄泉の穢れを強く意識していたのです。
  • ここから、徹底して穢れを濯ぐ、洗い清める中で誕生したところに住吉大神の特質がある、と言えます。

ということで、上記3点、是非チェックされてください。

神話の時代に、わざわざ「これが住吉大神である」と伝えるように、はるか昔から重要な位置づけであったことがわかりますよね。

きっとそれは、国際港としての「住吉津」と関連していて、後代、ここに、「神功皇后の新羅征討」の話が加わって現在の大阪に祭られる事になった訳ですね。

 

まとめ

住吉大社の創建経緯

神功皇后じんぐうこうごうの新羅遠征が創建の経緯。

神功皇后が新羅(古代朝鮮半島にあって日本と敵対した国)討伐に出兵した折に、天照大神と共に皇后に神託を下し、それによって力を得た神功皇后が勝利・凱旋を果たしたところから。

これにより、航海の神として崇拝を集め、遣唐使も住吉津から出航する際には必ずこの神に安全を祈願するようになりました。尚、「住吉(古代の国際交易の玄関港)」という地名は、この住吉大神をここに鎮座する事にちなんでいたりします。

神功皇后を勝利に導いた「住吉大神」は、伊弉諾尊が筑紫の日向の橘の樟原で海の底・中・上で身を濯いだときに生まれた神様。その誕生経緯から、徹底して穢れを濯ぐ、洗い清める中で誕生したところに住吉大神の特質があるということを是非チェックされてください。

 

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こんにちは、さるたひこです!読んでいただきありがとうございます。「日本神話をこよなく愛するナビゲーター」として日本神話関連情報、題して「日本神話がおもしろい!」を発信していきます。どうぞよろしくお願いします。ちなみに、ネーミングは、天孫降臨の折、瓊瓊杵尊を道案内した国津神「猿田彦命」にあやからせていただいてます。ただ、神様の名前をそのまま使うのは畏れ多いので「さるたびこ」の「び」を「ひ」に変えております。