多彩で豊かな日本神話の世界へようこそ!
正史『日本書紀』をもとに、最新の文献学的学術成果も取り入れながら、どこよりも分かりやすい解説をお届けします。
今回は、『日本書紀』巻第一(神代上)第四段の本伝。
新しい時代の幕開け。
第一段~第三段の「道の働きによる神の誕生(化成)」から、伊奘諾尊・伊奘冉尊の「男女神の営み、行為による誕生(洲国生み)」へ。まさに新時代到来、ニュージェネレーション。
概要で全体像をつかみ、ポイント把握してから本文へ。最後に、解説をお届けしてまとめ。
現代の私たちにも多くの学びをもらえる内容。日本神話から学ぶ。日本の神髄がここにあります。それでは行ってみましょう!
- 日本神話研究の第一人者である榎本先生監修。確かな学術成果に基づく記事です
- 日本神話全体の流れや構造を解き明かしながら解説。他には無い分かりやすい記事です
- 現代語訳のほか原文も掲載。日本神話編纂当時の雰囲気を感じてもらえます
- 登場する神様や重要ワードへのリンク付き。より深く知りたい方にもオススメです
『日本書紀』巻第一(神代上)第四段 本伝 ~聖婚、洲国生み~
目次
『日本書紀』巻第一(神代上)第四段 本伝の位置づけ
前回はコチラ。
今回お届けするのは、下図、赤枠部分。
ポイントは、
神話全体の流れの中で読み解くこと。
詳細は順次解説、大きな流れ、枠組みは以下の通り。
大テーマ | 小テーマ | 内容 | 段 |
誕生の物語 | 道による化生 | 乾による純男神 | 第一段 |
乾と坤による男女対耦神 | 第二段 | ||
神世七代として一括化 | 第三段 | ||
男女の性の営みによる出産 | 国生み | 第四段 | |
神生み | 第五段 |
第一段から第五段までは、
大きく「誕生」がテーマ。
この中で、
第四段のテーマは
「男女二神による洲国生み」
第二段本伝で、「乾坤の道」がお互いに参じて混ざって誕生(化成)したのが男女ペア神、
その最後の世代が伊奘諾尊、伊奘冉尊でした。道の働きによって生まれた男女。
その男女の、最初のはたらきが、洲国生みです。位置づけ重要。
これまでとは違う、
新しい時代の幕開けを感じていただきたい!
要は、
- 乾と坤の道をもとに、道の働きによる、化生という自動詞的、自律的誕生。つまり自己完結型。
- 男と女の結婚をもとに、性の営みによる、出産という他動詞的誕生。つまり関係性発展型。
という違いであり、新しい時代であり。
まずは、第四段〔本伝〕の位置づけとして
大きな時代の転換期にあること、猛烈にチェック。
第四段からは、いよいよ物語チックな雰囲気が濃くなってきます。豊かで奥ゆかしい神話世界をたっぷりご堪能あれ。
『日本書紀』巻第一(神代上)第四段 本伝の概要とポイント
ポイント5つ。
ちょっと多いけど頑張って。
- 新しい時代の幕開け。道の働き→男女の営み、これニュージェネレーション
- 三段構成。協議→結婚→出産
- 結婚=儀礼。手順やルールに則らないとダメ
- 当時の最先端天文学を活用!その神秘的な世界に震えろ!
- 産んだ子=大八州国を神聖化。そのために、いろんな仕掛けや設定がされてる!
①新しい時代の幕開け。道の働き→男女の営み、これニュージェネレーション
ポイントは、
日本神話全体の流れの中で第四段を読み解くこと。
第一段から第三段、「神世七代」という最も尊い神様カテゴリ誕生。
その「尊さ」の実態は、
乾坤の道から、道の働きによって誕生(化成)する、ってこと。
世界、または宇宙を構成する根源から化成するなんて、、、尊すぎるっ!←無理やりでも感じて
最初は、乾のみで純男神が化成。続いて、乾坤の両方から男女神が化成。
こうした流れ(継起的展開)を承け、
第四段からは
「乾と坤の道」を、その実質を引き継ぎながら、「男と女の性」へ転換。
道(乾・坤)→継承・転換→性(男・女)
すごくない??この構想。
もっと言うと、
乾と坤の道を、その実質を引き継いでいるからこそ、「男性」と「女性」は互いに惹きつけ合い交わり合う。男の性、女の性は、そもそもそういう属性を内在してるってことなんす。。。深い、、、深すぎるぞ日本神話。
言うと、第四段は、この「性を内在した男女神」がその属性の導きを「かたち」にする段。
それが「男女の営み」の実態であり、これによって「子を生む」という全く新しい時代へ大転換する訳です。
まさに、新しい時代の幕開けじゃー!!!
この、「誕生」をテーマにした壮大な転換、その違いを是非チェック。
ちなみに、、、
第四段以降は、男女の、その本来的な性に根ざす営みによる神の誕生、なんで、
それには必然的に「責任」が発生するようになる、てことも激しくチェック。
道の働きには責任は発生しないんです。だって勝手に生まれちゃうから。
でも、男女の営みには責任が発生。生まれちゃうんじゃなくて、生むから。しかも当事者同士の合意に基づくものだから。
無責任時代から責任時代への転換
とも言えて、
それが例えば、磤馭慮島や大八洲国の名付け(認知)だったりするわけです。名付けた、へー、以上、ではなくて、
名付け=親権の発生
と見るべきで、協議→合意形成→男女の営み→子の誕生→名付け→責任発生、という深いテーマがあるんす。そしてこれは続く第五段、国の主を生む「神生み」へとつながります。
責任発生してるからこそ、生んだ結果である「国」の、その主を生んでいく訳で。国生んで物足りないから神も生んどいたぜっ、ラブラブすぎて交合が止められないっ、てことではございません!
②第四段は三部構成。協議→結婚→出産。男女による日本的な麗しいウェディングストーリー
そんな新時代の幕開け第四段は、全体として三部構成。
以下。
1 | 天浮橋での協議→降下 磤馭慮嶋を「国中の柱」とする。 |
2 | 結婚儀礼(次序にのっとる結婚) 左旋右旋、先唱後和 |
3 | 国生み、「大八洲国」の称号発生 |
ということで、
「協議→結婚→出産」という、男女による日本的な麗しいウェディングストーリー。
新しい時代の到来を織り込み、話し合って、結婚して、子を生んでいく。
いいじゃないですか、この優しいジャパーン的なる雰囲気。
しかも、協議からスタートするなんて、スゴイ設定です。後ほど詳しく。
神が主体ながら、人間の行為に通じる内容で描かれてますね。
次!
③結婚=儀礼。手順やルールに則らないとダメ
そんな麗しきウェディングストーリー、
ポイントは、
結婚=儀礼
であること。儀礼というのはきちんとした手順、ルールがあるってこと。
協議による結婚であり、それは、道をひき継ぐ性に根ざす営みでもあるわけで。なので、道理にのっとるのは当然。道理=原理原則。手順やルールがある。
この手順やルールを間違えると、、、とんでもない結果を生んでしまう。
なぜなら、儀礼を間違える=道理を違える、ということだから。
つまり、
表側のストーリー展開では、結婚、洲国生みといった華やかなウェディング イベントが進行してるのですが、
その裏側では、絶対的な原理原則が働いていて、手順やルールを間違えると相応の結果を受ける、代償を払わなければならない、という仕掛け。
詳細は本文後の解説で。
とにかく、表と裏の仕掛けをチェック。そうしないと何で伊奘諾尊が怒り出すのか理解ができない。。。
次!
④当時の最先端天文学を活用!その神秘的な天文ワールドに震えろ!
ウェディングイベントにはなんと、当時の最先端天文学が活用されてます。
『淮南子』の「天文訓」が元ネタ。ですが、ココで語りだすとエライことになるので、別エントリで。
一番分かりやすいのは、伊奘諾尊、伊奘冉尊の左旋右旋。
コレ、
天と地の左旋右周運動がベース。
北の空、星の動きと大地の動きをイメージ。
北極星を中心に、星(天)は左回り、対して、大地(地)は右回りに動くように見えますよね。
第一段でもお伝えしたように、
神話世界は、易の二項対立概念がベースなので、
- 乾・天・陽・男・奇数、、、 伊奘諾尊
- 坤・地・陰・女・偶数、、、 伊奘冉尊
といった対応が、そもそも設定されてるんです。
なので、
- 陽であり、天の側にある伊奘諾尊は左旋
- 陰であり、地の側にある伊奘冉尊は右旋
これは天体の動きと連動している、あるいは動きがベースになってる、ってこと。
す、スゴすぎる。。。詳しく掘り出すともっといっぱい出てきます。
次!
⑤産んだ子=大八州国を神聖化。そのために、いろんな仕掛けや設定がされてる!
ウェディングイベントの結果、全部で八つの洲国(+α)が生まれます。
第四段は、最終的に、男女二神が大八州国を生みました、それはとっても神聖な洲国なんです、というところに持って行きたい。
大八州国の神聖化
それは、日本の神聖化と同じであって、そのための仕掛けや設定が随所に。
結婚=儀礼を経て誕生する、というのも神聖化の仕掛け。
きちんとした手順を踏んだわけで、そりゃスゴイねと、分かってるじゃないかと。神でさえ従うべき手順、ルールがあるし、それを支える原理があるんだと。ますますよく分かってるじゃないかと。そう、それは尊卑先後の序!
後程詳細。
あと、八=たくさん という意味で、
八百万の神々と言われるように、日本的な聖数観念設定。しかも、「八」は偶数なのでもともと地に属する数であり、そのなかの最大数にあたります。
といった所もチェック。
ちなみに、これまでの流れも再確認。
純男神三代(3)→男女神四代(4)→神世七代(7)→大八州国(8)
といった設定で、第一段から広がりをもった数字の設定、その線上にあります。
まとめます。
- 新しい時代の幕開け。乾坤の道の働き→男女の性の営み、これニュージェネレーション
- 三部構成。協議→結婚→出産。男女による日本的な麗しいウェディングストーリー
- 結婚=儀礼。手順やルールに則らないとダメ
- 当時の最先端天文学を活用!その神秘的な天文ワールド世界に震えろ!
- 産んだ子=大八州国を神聖化。そのために、いろんな仕掛けや設定がされてる!
以上5点を踏まえて以下、本伝をチェックです。
『日本書紀』巻第一(神代上)第四段 本伝
伊奘諾尊と伊奘冉尊の二柱の神は、天浮橋の上に立って共に計り、「この下の底に、きっと国があるはずだ。」と言った。そこで、天之瓊矛(瓊とは玉である。ここでは努という)を指し下ろして探ってみると海を獲た。その矛の先から滴り落ちた潮が自然に凝り固まり、一つの嶋と成った。それを名付けて「磤馭慮嶋」といった。
二柱の神は、ここにその島に降り居ると、共に夫婦となり、国を産もうとした。そこで、磤馭慮嶋を、国の中心である柱(柱、ここでは美簸旨邏という)とし、陽神は左から巡り、陰神は右から巡った。分かれて国の柱を巡り、同じ所であい会したその時、陰神が先に唱え、「ああ嬉しい、いい若者に会ったことよ。」と言った。(少男、日本では烏等孤という)。陽神はそれを悦ばず、「私が男だ。理の上では、まず私から唱えるべきなのだ。どうして女が理に反して先に言葉を発したのだ。これは全く不吉な事だ。改めて巡るのがよい。」と言った。
ここに、二柱の神はもう一度やり直してあい会した。今度は陽神が先に唱え、「ああ嬉しい。可愛い少女に会ったことよ。」と言った。(少女、ここでは烏等咩という)。そこで陰神に「お前の身体には、なにか形を成しているところがあるか。」と問うた。それに対し、陰神が「私の身体には女の元のところがあります。」と答えた。陽神は「私の身体にもまた、男の元のところがある。私の身体の元のところを、お前の身体の元のところに合わせようと思う。」と言った。ここで陰陽(男女)が始めて交合し、夫婦となったのである。
産む時になって、まず淡路洲を胞としたが、それは意に不快なものであった。そのため「淡路洲」と名付けた。こうして大日本豊秋津洲(日本、日本では耶麻騰という。以下すべてこれにならえ)を産んだ。次に伊予二名洲を産んだ。次に筑紫洲を産んだ。そして億歧洲と佐渡洲を双児で産んだ。世の人に双児を産むことがあるのは、これにならうのである。次に越洲を産んだ。次に大洲を産んだ。そして吉備子洲を産んだ。これにより、はじめて八洲を総称する国の「大八洲国」の名が起こった。このほか、対馬嶋、壱岐嶋、及び所々の小島は、全て潮の泡が凝り固まってできたものである。また水の泡が凝り固まってできたともいう。
伊奘諾尊・伊奘冉尊、立於天浮橋之上、共計曰、底下豈無国歟。廼以天之瓊〈瓊〉玉也。此云努。〉矛、指下而探之。是獲滄溟。其矛鋒滴瀝之潮、凝成一嶋。名之曰磤馭慮嶋。
二神於是降居彼嶋。因欲共為夫婦、産生洲国。便以磤馭慮嶋、為国中之柱。〈柱、此云美簸旨邏。〉而陽神左旋、陰神右旋。分巡国柱、同会一面。時、陰神先唱曰、憙哉、遇可美少男焉。〈少男、此云烏等孤。〉陽神不悦、曰、吾是男子。理当先唱。如何婦人反先言乎。事既不祥。宜以改旋。
於是、二神却更相遇。是行也、陽神先唱曰、憙哉、遇可美少女焉〈少女、此云烏等咩。〉。因問陰神曰、汝身有何成耶。対曰、吾身有一雌元之処。陽神曰、吾身亦有雄元之処。思欲以吾身元処、合汝身之元処。於是、陰陽始遘合、為夫婦。
及至産時、先以淡路洲為胞。意所不快。故、名之曰淡路洲。廼生大日本〈日本、此云耶麻騰。下皆效此。〉豊秋津洲。次生伊予二名洲。次生筑紫洲。次双生億岐洲与佐度洲。世人或有双生者、象此也。次生越洲。次生大洲。次生吉備子洲。由是、始起大八洲国之号焉。即対馬嶋、壱岐嶋及処処小嶋、皆是潮沫凝成者矣。亦曰、水沫凝而成也。 (『日本書紀』巻第一(神代上)第四段 本伝より引用)
『日本書紀』巻第一(神代上)第四段 本伝解説
改めて、
ココ、第四段は、第一段からの流れを承けての、
新しい時代の幕開けを感じていただきたい!
「乾坤の道の働き」から「男女の性の営み」へ。これニュージェネレーション。
冒頭の概要のところでも解説しましたが、超重要事項なので再度確認。
第四段からは
「乾と坤の道」が、その実質を引き継ぎながら、「男と女の性」へ転換します。
道(乾・坤)→継承・転換→性(男・女)
コレ、もっと言うと、
乾と坤の道を、その実質を引き継いでいるからこそ、「男性」と「女性」は互いに惹きつけ合い交わり合う。男の性、女の性は、そもそもそういう属性を内在してるってこと。
第四段は、この「性を内在した男女神」がその属性の導きを「かたち」にする段。
それが「男女の営み」の実態であり、これによって「子を生む」という全く新しい時代へ大転換するという訳。
まさに、新しい時代の幕開け。
で、
そんな男女の性の営みゆえに、その最初は「協議」からスタート。本文の「共計」の言葉。
神世七代の後を引き継ぐ時代が「協議(共計)」から始まるんすよ。スゴイ設定。日本的というか、、、
超越的な絶対神が、その意志のままに天地を創造するのとは全く違うスタイル。
性を異にする。だからこそ必然的に伴う個性の異なりや意見の対立。でも、それを前提として、「協議」によって乗り越えるってこと。
異質が互いを認め合い、すりあわせ、共に一つの方向を目指し、実現を図っていく。「協議」はそういったことを如実に物語る訳で。超絶ジャパーン的なるものとして激しくチェック。
ちなみに、コレは、最終的に、第五段〔一書10〕へつながって行きます。いわば「わたり」として機能。男女の物語は、協議にはじまり協議で終わる。。。深淵なテーマが横たわってるのです。
さて、一方で、
最終的に
誕生する「大八洲国」を神聖化したいという動機もしっかりチェック。
神聖化の根拠はズバリ、
「理」に則ること。
生む当事者、当事者による生む行為、そのプロセス、すべてが理に則ってるわけです。
誕生させたヤツらもスゴイ、誕生させた方法もスゴイ、マジヤバイぜスゲーぜ我らが「大八洲国」!
と。
そういうところに着地させたいわけですね。そのための理論、ロジックがこれでもかと、てんこ盛り。創意工夫の大盛り丼。
そして最後、続く第五段へ繋いでいってる、というのもチェック。
洲を生んだよと。で、そのあとは、国(号)が起こり、その国を統治する主、主者を生むことだよと。これが神生みにつながっていきます。
ステージを用意するのが第四段、ステージの主を登場させるのが第五段、「生む」という行為を通じた大きな流れを「継起的に展開」してる所をチェック。
ということで、以下詳細解説。
第四段は全部で三部構成、かなり長いですが、頑張ってお付き合いください。
第一部解説
伊奘諾尊と伊奘冉尊の二柱の神は、天浮橋の上に立って共に計り、「この下の底に、きっと国があるはずだ。」と言った。そこで、天之瓊矛(瓊とは玉である。ここでは努という)を指し下ろして探ってみると海を獲た。その矛の先から滴り落ちた潮が自然に凝り固まり、一つの嶋と成った。それを名付けて「磤馭慮嶋」といった。
第二段で誕生(化成)した伊奘諾尊、伊奘冉尊、
第四段では既に天空にいる設定になっとる。。。いつからそこにいた?
「神が化成する場」
第一段では、天と地の間、中空に葦の芽のような「物」が生まれ
そこから神に化成したと伝えてました。
それを承けての第二段。なので、多分、男女神(最後の世代である伊奘諾尊・伊奘冉尊)も、同様に中空に誕生したんじゃないかと、、
それが第四段、いつの間にやら天空にいらっしゃると。。。
この時点での世界観としては、
伊奘諾尊・伊奘冉尊が下界を探って獲た海(原文「滄溟」)があり。
広々と果てしなく広がる青海原には、天の青空が対応。漢字を当てるなら「蒼天」。
で、
「天先成而地後定」(第一段本伝)の原理に照らして、「蒼天」がまず成り、そのあと「滄溟」ができ、この間に天浮橋が架かってるという位置関係。そんな世界。
世界がいよいよ国の誕生にむけた準備に入っている雰囲気を感じながら以下を。
ポイント5つ
①「天浮橋」=天にあって下界全体が見渡せる橋
天浮橋は、天空に浮かぶ橋。コレ、第九段〔一書1〕の天孫降臨でも登場。天忍穂耳尊が天浮橋から葦原中国を見下ろします。
天上から地上世界へ降りてくる途中にある橋で。ここから地上世界の様子がまー良く見えるらしい。
天浮橋=天と地をつなぐ梯子説、というのがあるのですが
天と地をつなぐのは、神話的に言えば「柱」です。第五段で「天柱」として登場。
天浮橋は、あくまで天空にあり、天神が天上から下界の様子を察知する場合のみに登場。尊いお方はまず、これから向かう先の状況確認できるナイススポットに立つもんなんす。
ちなみに、、、
細かいついでに、「天」の読み方について。
一応ルールがありまして、、、
- 独立した意味であれば「あめ」
- 修飾関連の意味であれば「あま」
と読みます。
ここでは、「天の浮橋」という形で「天」は「浮橋」を修飾するので「あまの」と読ませます。
逆に、「天地」のように、独立した意味であれば「あめつち」と読ませます。
ま、それはいいか。
次!
②「国」=予祝&尊い
二神の協議のなかで「国」という言葉が登場。
「国」については大事な概念なのでしっかりチェック。
ここでは、
将来「国」となるべきものがある、予祝的な意味を込めた言葉
ってことを確認。
まず、「底下豈無国歟」は、反語表現。「この下の底の方にどうして国がないだろうか?(ないわけないやん)いや、きっとあるはずだ」。反語表現云々の論点は別エントリで。
反語表現なので、意味的に強調となり、訳としては「この下の底に、きっと国があるはずだ。」となります。
で、
国家成立の三要件というのがあります。
「領土(国土)、人民(国民)、主権(国権)」
諾冉二神による国生みの段階では、いずれの要件も無い状態(これから生もうとしてる所)なんですが、この時点で「きっと国があるはずだ」と反語表現=強い表現で言ってる訳です。
これは、
将来、国家、つまり、主権あり、人民あり、領土あり、の三要件が整った国となるべきものがある、という意味で、予祝的な、かつ予定調和的な意味を込めた言葉であることをチェック。
そう考えると、まーまー重たい言葉でもあって。
だって、日本神話のなかで、初めて神が発した言葉が「きっと(将来)国(になるべきもの)があるはずだ」ということなので。
聖書創世記では、神の最初の言葉は「光あれ」。
日本神話では、神の最初の言葉は「国あれ」的な意味。。。
日本神話が最終的に日本の建国へつながって行くことを踏まえると、伊奘諾・伊奘冉尊はこの時点でそうした将来を予定していたのかもしれませんね。
次!
③言表と行為=神様の行動パターン
神の行動パターン。フレーム。
言表とは、「言葉で言い表すこと」。
神はまず、言表し、そして行為に及ぶ。ということです。
「この下の底のほうに、きっと国があるはずだ。」まず言表。言い表す。
その上で、矛で指し下ろし嶋を形成していく行為が続く。
「言興」とも通じる内容で、言霊信仰が背景にあります。言葉そのものに霊力が宿っているという考え方で、ある言葉を口に出すとその内容が実現すること(という信仰)。
ちょいちょい登場するこの行動特性、ちょっと覚えておいてください。
次!
④天之瓊矛=矛の功、矛を使うことで特別なパワー発動!
「天之」は美称。「瓊」は玉飾りのこと。麗しい玉飾りのついた矛、といった感じ。
天浮橋から瓊矛を地上に指し降ろした、と。どんだけ長い矛やねん、、、それを操る二神もどんな使い手やねん、?
「矛」については、第九段でも登場。
葦原中国平定の際、大己貴神が経津主神と武甕槌神に「広矛」を授けます。
そのとき、大己貴神は、その「広矛」を「平国(国を平定する)」に功があり、さらに「治国(国を治める)」にも効果を発揮するとつたえます。
コレ、「矛の功」というもので、
つまり、
矛を使うことで功を収める
矛を使うことで平定や統治という功績をあげることができる
という考え方です。矛にはそうした特別な力がある、ってこと。
諾冉二神が国の存在を想定した上で、
矛を使って国をあらしめるのも同じこと。
ここでは矛の「功」は「磤馭慮嶋」そのものになります。矛の持つ特別な力、矛の功、チェックです。
次!
⑤磤馭慮嶋の誕生方法と名付けの意味
「磤馭慮嶋」という名前に注目。
「自ずから」という言葉、その意味が背後に設定されてます。
ポイントは3点。
-a. 形のない滄溟に出現した形あるもの。神の誕生方法≑嶋の誕生方法
「磤馭慮嶋」の誕生方法。
これは第一段の「神の誕生(化成)方法」に通じます。
天地の中に一つの物が生まれた。それは萌え出る葦の芽のような形状であった。そして、変化して神と成った。「天地之中生一物。状如葦牙。便化為神」(第一段 本伝)
物が(自然に)変化して神と成った。と。
で、
矛の先から滴った潮が凝り固まって一つの嶋を成した。「矛鋒滴瀝之潮、凝成一嶋」(第四段 本伝)
自然に凝り固まり一つの嶋を成した。と。
そっくりでしょ?
「磤馭慮嶋」の誕生方法=「神」の誕生(化成)方法
要は、「磤馭慮嶋」は、伊奘諾尊と伊奘冉尊の聖なるウェディングが行われる場所。神聖化が必要なんす。
そのための設定の一つが、神の誕生と似たような誕生方法。というわけ。
「自ずから」という名前が背景にある嶋、神も同様に、道の働きによって「自ずから」誕生していました。
いや、むしろ、
神の誕生方法と同じような誕生方法になってる、というべきですね。神が先、嶋が後。
神の誕生方法≑嶋の誕生方法
まず一つ目、チェックです。
-b. 国がつくられる適当な時期に達している
名辞の「磤馭慮」のあらわす「おのずから」成りたつという意味自体が、
国をあらしめるための実質的な「行為」を始めるべき
適当な時期、状態に、地が達していることを示唆してます。
ちょっとくどいか。
これから、今後、
国として成立するための様々なイベントが発生していくわけです。
国家成立の三要件、「領土、人民(国民)、主権」のうち、
第四段では、領土に相当するものとして、「大八州国」が誕生。
人民も、後の段で生まれてることになってるし、主権は、日本神話の最後に日本建国、橿原即位により成立
と、
で、こうした「ちゃんとした国」にしていくためには
環境や条件が整ってないとできないわけです。
その「整ってる感」、これから国ができていくにあたっての適当な時期、状態になってる感を
「磤馭慮」という言葉が示唆してるってことです。
どろどろだった「地」が固まってきてる、海もできてる、
さーこれから国ができていくよー、そんな雰囲気を感じてもらえればと。
-c. 名付け=親権の発生
二神がわざわざ名付けをしてる、って結構重要で。
名前をつける=親権が発生する、という事。
私たちも、子供ができたときには必ず名前をつけますよね。それと同じ行為を、
いや、神様の行為に倣って私たちも子に名前をつける、という言い方のほうが正しくて。
要は、矛を使って成した嶋であるとは言え、男女二神のラブな共同作業による結果な訳です、磤馭慮嶋って。二人の子供みたいなもの?
なので、名付けして認知する。または、名前を付すことで存在を確定させる。これ、親としての最初の責任ですよね。親権ってそういうこと。
結構深いお話なのです。本伝ではさらっと言ってるけど。
以上三点。
-a. 形のない滄溟に出現した形あるもの。神の誕生方法≑嶋の誕生方法
-b. 国がつくられる適当な時期に達している
-c. 名付け=親権の発生、責任の発生
チェックです。
もうお腹いっぱい?まだまだ続きます。頑張って。
第二部 前半
二柱の神は、ここにその島に降り居ると、共に夫婦となり、国を産もうとした。そこで、磤馭慮嶋を、国の中心である柱(柱、ここでは美簸旨邏という)とし、陽神は左から巡り、陰神は右から巡った。分かれて国の柱を巡り、同じ所であい会したその時、陰神が先に唱え、「ああ嬉しい、いい若者に会ったことよ。」と言った。(少男、日本では烏等孤という)。陽神はそれを悦ばず、「私が男だ。理の上では、まず私から唱えるべきなのだ。どうして女が理に反して先に言葉を発したのだ。これは全く不吉な事だ。改めて巡るのがよい。」と言った。
ポイント4つ。
①結婚=儀礼。儀礼化=神聖化である
まず、大前提として、結婚=儀礼であること。ココしっかりチェックです。
儀礼というのはきちんとした手順、ルールがあるってこと。
ココでいう手順は
- 左旋右旋
- 先唱後和
- 身体問答
- 交合結婚
のこと。
そして、ルールとは
「尊卑先後の序」に基づく「陽主導」であること。
なので、先ほどの手順に当て込むと、
- 左旋右旋・・・陽が左旋、陰が右旋
- 先唱後和・・・陽が先、陰が後
- 身体問答・・・陽が先、陰が後
- 交合結婚・・・ここは、、、特になし。二人で交合だから。
となるわけです。
この大原則、手順やルールがまず絶対的に存在する、というのをチェック。
ま、ここは古代の概念なので、男ばっかり、、怒!とか言わないで、、、
大事なのは、2つ。
原理にもとづく手順やルールに則している=神聖であること
ということ。
儀礼化=神聖化
最終的には、日本の国土たる「大八州国」を神聖化したい訳です。
そのためには、原理に基づく神聖な儀礼によって誕生した、ということを言っておかないといけない。
やけに手続き臭いのは、そのためで。
意味があってわざわざやってるって事、しっかりチェック。
で、
2つめは、
この手順やルールを間違えると、、、とんでもない結果を生んでしまう、ってこと。
なぜなら、儀礼を間違える=原理を違える、ということだから。
原理を違えるというのは相当なことなんす、、、
表側のストーリー展開では
結婚、洲国生みといった華やかなウェディング イベントが進行してるのですが、
その裏側には、絶対的な原理原則が働いているわけですね。
で、
その手順やルールを間違えると相応の結果(代償)を受ける、という仕掛け。
第四段本伝の伊奘諾尊はそれを分かってる。だから、先唱後和のときに陰神である伊奘冉尊が先に声を発することにイラッってするわけ。で、やり直す訳です。
第四段一書では、儀礼を間違える=原理を違えることで障害のある子が生まれる、といった伝承になっていきます。(すみません、ココ、表現が難しくて。あくまで神話伝承としてそうなってるというだけですのでご理解ください)
とにかく、表と裏の仕掛けをチェック。そこから、伊奘諾尊が怒り出す、やり直す理由を押さえといてください。
次!
②国の中心である柱=崑崙山=地の中央であり天と通う場所
「磤馭慮嶋を、国の中心である柱とし(以磤馭慮嶋、為国中之柱)」とあります。
コレ、嶋を国中の柱とする、つまり、国の中心である柱として見立てる、ってことです。イメージコチラ!
嶋を柱とする考え方は、神仙の山として名高い崑崙山を天柱とみなす説がよく知られてます。
一例を挙げれば、
- 「崑崙山、天中柱也」(『芸文類聚』巻七「崑崙山」所引「龍魚河図」)
- 「崑崙山為天柱」(『初学記』巻五「総戴地第一」所引「河図括地象」)など
①②ともに、「天」を「国」という文字に変えれば本文のようになりますよね。
②の背景設定は、天柱の崑崙山から気が上昇して天に通い、そこが地の中央に当たる、とするものです。
分かってる人には分かる、そういう設定。ま、これまでご紹介してきたポイント全てにそういう漢籍をベースにした創意工夫があるんですけどね。こちらも詳細は別エントリでお届けします。
ちなみに、神話的に有名な伝承地が兵庫県沼島にあります。こちらも是非チェック。
③左旋右旋 天文学をベースにした天体運動
ウェディングイベントには、当時の最先端天文学が活用されてる件。
コレ、
天と地の左旋右周運動がベース。
北の空、星の動きと大地の動きをイメージ。
北極星を中心に、星(天)は左回り、対して、大地(地)は右回りに動くように見えますよね。
第一段でもお伝えしたように、
二項対立の易の概念がベースなので、
- 乾・天・陽・男・奇数、、、 伊奘諾尊
- 坤・地・陰・女・偶数、、、 伊奘冉尊
といった裏設定あり。。
なんで、
- 陽であり、天の側にある伊奘諾尊は左旋
- 陰であり、地の側にある伊奘冉尊は右旋
これは天体の動きと連動している、あるいは動きがベースになってる、ってこと。
根拠となる漢籍は、
「天ハ左旋シ、地ハ右動ス」(春秋緯・元命包)
「北斗ノ神二雌雄有り、・・・雄ハ左行シ、雌ハ右行ス」(淮南子・天文訓)
「天ハ左旋シ、地ハ右周ス。猶シ君臣陰陽相対向スルガゴトシ」(『芸文類衆』天部所引『白虎通』
といったところ。他にも細かいのがあるので詳細はコチラ↓で!
いずれにしても、夜空の星の動きを観測して導いた知識をベースに組み立てられていて、それだけに、見方によっては、この運行は天文学上の天動説と地動説を合体させてる感じもします。実際は天文学というより、神話の世界観や宇宙論といった感じの「思想」なんですね。
④先唱後和 尊卑先後の序の大原則、物事の先後、順番という鉄板ルール
「先唱後和」、学術用語なのですが、
要は、先に唱和して、後に和して唱するってこと、大事なのはその先後、順番です。
神話世界を貫く大原則「尊卑先後の序」がありますので、
その先後・順番は非常に重要で、重たいものとして設定されてるのです。
- 乾・天・陽・男・奇数、、、 伊奘諾尊(陽神) →先
- 坤・地・陰・女・偶数、、、 伊奘冉尊(陰神) →後
こちらもチェケラ。
この概念を押さえてないと、何で伊奘諾尊がイラッとしてるのか分からないんですよね。。。改めて本文確認。
陽神はそれを悦ばず、「私が男だ。理の上では、まず私から唱えるべきなのだ。どうして女が理に反して先に言葉を発したのだ。これは全く不吉な事だ。改めて巡るのがよい。」と言った。
伊奘諾尊が伊奘冉尊に
オコ入れる(悦ばない、不満を述べる、え?ちょっと怒ってる?)の巻。
よくよく考えてみるとこの発言、「「私が男だ。理の上では、まず私から唱えるべきなのだ。どうして女が理に反して先に言葉を発したのだ。これは全く不吉な事だ。」ってスゴくない???
え。。。?
どうした伊奘諾、、、なんかあったのか?
って感じですが、、、
実は、そうなんす。
「なんか」があるからわざわざ言ってる訳です。
それは、
尊卑先後の序の大原則、物事の先後、順番という鉄板ルール。
これ、もう、神様ですら従わないといけない鉄の掟で。
これを違えると、とんでもないことになる訳です。陽神は分かってる。
第四段本伝ではやり直しするので、大丈夫なんですが、〔一書1〕とかになるとどういう事態になるかよくわかります。望まない結果を生んでいってしまう。。。
また、この問題は、結果としての子の良し・悪しだけでなく、
違える、間違えることは、儀礼としての神聖さが無くなってしまうって事になりますよね。
それは、結婚の神聖さ、結婚によってうまれる大八州国の神聖さが失われるということで。
これはあきまへんな。
だからオコ入れる訳です。
2重の意味があるってこと、しっかりチェック。
それにしても説明臭い、、、
道理を違える、その「コトの重要性」をこの漂う説明臭から感じていただければと。
その他のポイントとしては、後段へのわたり的役割。
わたり=つながりをつける
そう、この問題は後段へつながっていくワールドワイドなテーマで。
例えば、第五段〔一書2〕。明確に、「これは初めに、伊奘諾・伊奘冉尊が御柱を巡った時に、陰神が先に喜びの声を発したからである。陰陽の原理に背いてしまったのだ。そのせいで今蛭児が生まれた。」と伝えます。
すごくないすか?ここでの間違いは単に間違えてやり直した、っていうダケの問題じゃ無いことが分かりますよね。この点もしっかりチェックです。
第二部 後半
ここに、二柱の神はもう一度やり直してあい会した。今度は陽神が先に唱え、「ああ嬉しい。可愛い少女に会ったことよ。」と言った。(少女、ここでは烏等咩という)。そこで陰神に「お前の身体には、なにか形を成しているところがあるか。」と問うた。それに対し、陰神が「私の身体には女の元のところがあります。」と答えた。陽神は「私の身体にもまた、男の元のところがある。私の身体の元のところを、お前の身体の元のところに合わせようと思う。」と言った。ここで陰陽(男女)が始めて交合し、夫婦となったのである。
ポイント3つ。
⑤陽神主導、「理」に則った結婚と出産
伊奘諾尊が伊奘冉尊にオコ入れるの巻。
からの、やり直しの巻。
あー、よかった、今度はうまくいきました。
伊奘冉は盛り上がるとついつい先走ってしまう神性があるようで、かわいいんだけどね、って私、何様でしょうか?
さて、
ココでのポイントはやはり、
「正常な結婚と出産」を強調してること。
そして、その核心には「理」がある、ってこと。
理というのは、先ほどから言ってる「尊卑先後の序」をベースにした先後、次序、順番、道理のこと。
この「理」にのっとるから「儀礼」と呼べる。
儀礼に厳粛に従って実現したこと、その結果は、
まさに神聖な尊厳を帯びた「国」=「大八洲国」という訳です。
ここ、第四段の核心の部分なので激しくチェック。
⑥身体問答 神のかたち=人のかたち
左旋右旋し、柱の向こう側で再会した二神、
今度は何をするかというと「身体問答」。互いの形状確認。
陰神は「私の身体は女の元となるところがある。」と答えた。陽神は「私の身体もまた、男の元となるところがある。私の身体の元となるところを、お前の身体の元となるところに合わせようと思う。」と言った。
この部分、
ポイントは、
神のかたち=人のかたち
ってところ。
神話世界は「神様をモデルにして人間ができてる」という奥ゆかしいスタンス。
神様の形状は、人間そっくりなんす。コレ激しくチェック。
余談ですが、、、
この聖婚やってるころって、、、世界に光はあったのでしょうか?
天照大神はまだ誕生してません。てことは、、、世界に光はなかった?つまり真っ暗だった???
そうかそうかと、だから二神は身体問答したんやね。真っ暗なんで見えないからね。触り合って確かめるの巻。ほんまかいな。余談でした。
⑦人間の行為に通じる神の行為
形状だけではありません。
身体問答のあとの、結婚の行為も人間そっくり。それ以上はお察しください。
とにかく、神話世界は「神様をモデルにして人間ができてる」ということ、チェックです。
最後です!頑張って。
第三部
産む時になって、まず淡路洲を胞としたが、それは意に不快なものであった。そのため「淡路洲」と名付けた。こうして大日本豊秋津洲(日本、日本では耶麻騰という。以下すべてこれにならえ)を産んだ。次に伊予二名洲を産んだ。次に筑紫洲を産んだ。そして億歧洲と佐渡洲を双児で産んだ。世の人に双児を産むことがあるのは、これにならうのである。次に越洲を産んだ。次に大洲を産んだ。そして吉備子洲を産んだ。これにより、はじめて八洲を総称する国の「大八洲国」の名が起こった。このほか、対馬嶋、壱岐嶋、及び所々の小島は、全て潮の泡が凝り固まってできたものである。また水の泡が凝り固まってできたともいう。
ポイント3つ。
①神様の出産方法 淡路洲を胞となす
いきなり登場、淡路洲。
ココでは、「産む時になって、まず淡路洲を胞としたが、それは意に不快なものであった。そのため淡路洲と名付けた」と伝えます。
「胞」というのは出産時に胎児が包まれてでてくる膜のこと。
ココ、
「第一子は生みそこないをするという思想の反映であろう。」とか「生みそこないだからうれしくない。それでアハヂ(吾恥。あはじ。自分は恥をかいた)の意で淡路洲と名付けた。地名起源説話の一種。」といった説があるのですが、ハッキリ言ってダメでしょう。すごい勝手な解釈なので気をつけて。
まず、産んでないから。原文「及至産時(産むときになって)」って伝えてるだけだから。しかも、淡路の「ぢ」は「し」に濁点の「じ」ではないので別の言葉だから!恥とか関係ないから!
原文に忠実にいきましょう。
まず、
人間の出産モデルがベース。
いや、神話的には神の出産をモデルに人間も出産するスタンス。
出産の流れを確認。
- 交合する
- 着床し胎盤で育む
- 産むときに胎児は膜に包まれてでてくる
- おぎゃあと誕生する
ほ乳類系の出産、豚でも牛でも人間でもなんでもいいのですが、をイメージ。
で
胎児は膜に包まれてでてくる、というのをチェック。後で出てくるからね。
さて、
出産における、神と人との違いについて。
一番の違いは「時間軸」です。
神は十月十日不要。胎盤の中で育むとか不要、交合即出産。
この場面もまさにそう。
この違いは、
先ほどの、膜に包まれて出てくる、というところと関連。
どうやら、神様は胞を使うらしい。胎児である子は「胞=膜」に包まれて産道を出てくるんじゃないっぽい。原文確認。
産む時になって、まず淡路洲をもって胞とした (及至産時、先 以淡路洲 為胞。)
のところ、
さーこれから産むよ-!というときになって、まず、淡路洲というのが既にあって、それを胞(膜)とした、ってこと。これってつまり、出てくる胎児(ここでは洲のこと)を膜で包もうとした、ということになります。
ココから、
神の出産は、胎児が「胞(膜)」に包まれて出てくるのではなく、
胎児が出てくるときに「胞(膜)」を使う、という方法らしい、ということが分かります。
これは恐らく、交合即出産と関連してて、
十月十日不要ということは、胎盤でゆっくり育むって事が不要ということ、
つまり、胎盤とあわせてできる「胎児を包む膜」も不要、てか、できないということ。
膜ができないから、でも、産道をでてくるときにやっぱり胎児が引っかかったりすると困るから膜を用意して使う、といった感じなんすよね。
コレ、神様的出産スタイル。神話で伝えるコトを、文献を忠実に読み解くとそういうことになります。
現代の私たちが近代合理や科学の力によって分かってるコトと、
『日本書紀』編纂当時の人たちが分かってたコトには、大きなギャップがあります。
出産は神秘そのもの。外から見えるものをもとに想像していくしかない訳で。むしろ、神様スタイルと人間スタイルの出産の違いは、そういったロマンの中で考えて見るとオモシロくなりますよね。
話を戻します。
で、
その胞とした淡路洲なんですが、
二神とも、これ気持ち悪くてやだー!ってなる。本文「不快」の言葉。
原文に忠実に。
多分、膜だからね、そうは言っても、淡い感じでふわーっとしてズルズルした感じが気持ち悪かったんだろう、うん、多分そうだろう、
でだ、
ここで、やはり問題になるのは「淡路洲」。
さっきサラっと書きましたが、
もともとあったんす。さー出産するぞ、という時に。「淡路洲」。
すでにあった「淡路洲」を、出産時に胞(膜)とした、という意味なので、
そうなると、どっから出てきた?淡路洲??
ってなるよね。
ココで、これまでの経緯をチェック。
伊奘諾尊、伊奘冉尊の二神が天浮橋から矛を下ろした。そうすると蒼海があった。かき回して引き上げて、したたり落ちた潮が固まって島ができた。磤馭慮島。そこに降りたって結婚した、交合した、さー産むぞと、
この経緯に「淡路洲」は登場しない。
でも、唯一、洲ができるところといえば、、、
やはり、磤馭慮島ができるところ以外あり得ない。。。
つまり、
磤馭慮島ができたときに、島に付随するかたちで「淡路洲」もできていた訳。そういう解釈。
できてた時に、その最初から、「淡路洲」という名前だったわけじゃない。
名前に注目。
「淡い」の。淡い、なんかよく分からないけどふわーっとしたものが磤馭慮島誕生に付随してできていて、それは泡みたいなものができてたってこと。淡い泡みたいなの。シャレか?
で、
それを出産のときに使用した、ということになる訳で。
再度流れを確認。
- まず、神様の出産方法は人間とは違う。交合即出産スタイル。
- 十月十日不要。なので胎盤はあったかもしれんけど育む感じはなく、なので膜もない。
- だから神様、いよいよ出産の時には膜を使用。産道を出てくる胎児を守るため。
- 今回の場合、それは、磤馭慮島ができたときに付随してできてた、ふわーっと淡い泡のようなもの「淡路洲」を使用
ということですね。そのうえで、大八洲国を産む。
あー長かった。。。
くれぐれもご注意を、少なくとも「淡路洲」は産んでないから!だから産み損ない理論とか違うからね!
②大八洲国=国名の起源 左回りで生んでいく
ようやっと始まった国産み。
これにより次次に洲が誕生。
以下一覧。
1 | 大日本豊秋津洲 | 本州 |
2 | 伊予二名洲 | 四国 |
3 | 筑紫洲 | 九州 |
4 | 億歧洲 | 隠岐島 |
5 | 佐渡洲 | 佐渡 |
6 | 越洲 | 北陸道 |
7 | 大洲 | 周防国大島(山口県屋代島) |
8 | 吉備子洲 | 備前児島半島(岡山県) |
こうして産んだ「大日本豊秋津洲」以下の八洲をまとめて「大八洲国」と号する訳です。
これが国名の起源説話。要チェック。
あと、一応、この生み方、順番はおおよそですがルールがあります。
それは、直前の柱巡りの運動を踏まえて、おおよそ左回りに生んでいく!というもの。
からの、、、
と。
(あくまで現場目線で)左回りで産んでいく訳です。
国中柱を左旋右旋していた流れを踏襲。聖なる洲国の誕生ですから当然、陽神主導の左旋を利用。これもチェック。
なお、
大八洲国の「八」についても。
「八」は多数あるいは聖数を表します。
神代紀に散見する例を他に。
「八雷(八色雷公)」「八十万神」「八箇少女」「八丘八谷」「八十木種」「八日八夜」「八重雲」「百不足之八十隈」、またあるいは「八咫鏡」「八坂瓊曲玉」など、
いずれも、「八」にちなむ例は「大八洲國」より後に登場します。ココからスタート、これが起点になってるってことですね。
③洲と嶋の使い分け。洲(国)の尊貴化、神聖化
洲と嶋についてまとめ。
- 洲・・・「大八洲国」として、つまり国として一括される大きさをもつ
- 嶋・・・小島くらいの大きさ、潮の泡が凝り固まってできたもの
大事なのは、
明確に使い分けをしてるってこと。意図的です。
そこには、「尊卑先後の序」をベースにした、日本たる「大八洲国」の尊貴化、神聖化があるわけですね。
④ 土壌が固まってできた「洲」と諾冉二神が生んだ「洲国」とは尊さが全然違う
最後に、「洲」と「洲国」の違いについても確認。
「洲」は、第一段の本伝で登場。
天と地ができる初めには、のちに洲となる土壌が浮かび漂う様は、まるで水に遊ぶ魚が水面にぷかりぷかり浮いているようなものなのである。(第一段 本伝)
と。
天地開闢のはじめ、地上世界は固まっておらずドロドロ状態、、、
土壌=土の固まりのようなもの、後に「洲」となる原料のようなものが、ぷかりぷかり浮いてる状態だったわけです。
そこから、男→男女と世代が下り、今、こうして国生みをしている。
ココでのポイントは、
- 土壌が固まってできた「洲」と
- 伊奘諾尊、伊奘冉尊の二神が生んだ「洲国」とは
全然違う、ということ。尊さが違うということ。
それは
バラバラな「洲」に対して、
まとまりをもち領土たる「洲国」との違い、
のみならず、
(自然発生的に)できた「洲」と
男女二神が(意志をもって)生んだ「洲国」との違い
でもあり。
たしかに、なんか知らんけど勝手にできてたのと、意志をもって生んだのとでは、意味あいが全然違いますよね。
で、それは
無責任と責任発生の違いでもあって、
二神による国生みは、男女の営みの結果として、でもそこには責任が発生してくるわけで、
尊さの実態とは、この責任の有無、意思の有無と言うことになるわけです。
なので、コレを承けて次の第五段、国の主を生む流れへつながって行くんですね。生みっぱなしにしない。国を生んだら、国を統治する「主者」を生む。これも責任を果たす枠組みのなかでの営みです。
ということで、
土壌が固まってできた「洲」と諾冉二神が生んだ「洲国」とは尊さが全然違う、その実態は男女の営みの結果=責任の有無、続く第五段では主者を生むことで責任を果たしていく、という流れ。
最後にチェックされてください。
あと、細かい補足。
「潮沫」「水沫」について。
「潮沫」は海水の泡沫。シホノアワ→シホナワ。
「水沫」は真水(淡水)の泡沫。ミノアワ→ミナワ。
以上、まとめます。
第四段本伝は全部で三部構成。
第一部
- 「天浮橋」=天にあって地上世界全体が見渡せる橋
- 「国」=予祝&尊い
- 言表と行為=神様の行動パターン
- 天之瓊(あまのぬ)矛(ほこ)=矛の功、矛を使うことで特別なパワー発動!
- 磤馭(おのご)慮(ろ)嶋(しま)の誕生方法と名付けの意味
第二部
- 結婚=儀礼。儀礼化=神聖化である
- 国の中心である柱=崑崙山=地の中央であり天と通う場所
- 左旋右旋 天文学をベースにした天体運動
- 先唱後和 尊卑先後の序の大原則、物事の先後、順番という鉄板ルール
- 陽神主導、「理」に則った結婚と出産
- 身体問答 神のかたち=人のかたち
- 人間の行為に通じる神の行為
第三部
- 神様の出産方法 淡路洲を胞となす
- 「大八洲国」=国名の起源 左回りに生んでいく
- 洲と嶋の使い分け。洲(国)の尊貴化、神聖化
- 土壌が固まってできた「洲」と諾冉二神が生んだ「洲国」とは尊さが全然違う
以上、全て激しくチェックです!
まとめ
『日本書紀』巻第一(神代上)第四段 本伝 ~聖婚、洲国生み~
本文解説が長すぎたので、ココでは簡単に。
再度、第四段本伝の位置づけ確認。
新しい時代の幕開け。
第一段~第三段の「道の働きによる神の誕生(化成)」から、
伊奘諾尊・伊奘冉尊の「男女神の営み、行為による誕生(洲国生み)」へ。
まさに新時代到来、ニュージェネレーション。
ここでは、
最終的に生まれる「大八洲国」を神聖化したいという動機を、
そのための理論やロジックをしっかりチェックしましょう。
乾坤の道から道の働きによって誕生(化成)した男女神、
その最後の世代である伊奘諾尊と伊奘冉尊による営みによって誕生した洲国、
それは尊卑先後の序をベースにした正しい儀礼によって、手続きによって誕生したんだよと。
それが大八州国。神聖さあふれる、なんてスゴイ洲国なんや!
ということ。
編纂当時の最先端理論を取り込みつつ、単なる真似で終わるのでは無く、創意工夫し、自在に組み合わせ、独自の世界を構築している。それが国産み神話の実態なのです。
日本のご先祖様がつくったスーパートレビアンな神話世界、是非すみずみまでご堪能くださいませ。
次は、第四段の一書を解説!
続きはコチラ↓第四段〔一書1〕天神登場!
『古事記』版国生みはコチラ↓で!
神話を持って旅に出よう!
国生み神話のもう一つの楽しみ方、それが伝承地を巡る旅です。以下いくつかご紹介!
●上立神岩:伊奘諾尊と伊奘冉尊が柱巡りをした伝承地
●自凝神社(おのころ神社):伊奘諾尊と伊奘冉尊の聖婚の地??
●絵島:国生み神話の舞台と伝えられるすっごい小さい島。。
●神島:国生み神話の舞台と伝えられるこちらも小さな島。。
こちらの記事も!補足解説!!
佛教大学名誉教授 日本神話協会理事長 榎本福寿
埼玉県生まれ。京都大学大学院文学研究科博士課程国語学国文学(S53)。佛教大学助教授(S58)。中華人民共和国西安外国語学院(現西安外国語大学)文教専家(H1)。佛教大学教授(H6)。中華人民共和国北京大学高級訪問学者(H13)。東京大学大学院総合文化研究科私学研修員(H21)。主な書籍に『古代神話の文献学 神代を中心とした記紀の成りたち及び相関を読む』がある。『日本書紀』『古事記』を中心に上代文学における文献学的研究成果多数。
参考文献:『古代神話の文献学』(塙書房)、『新編日本古典文学全集 日本書紀』(小学館)、『日本書紀史注』(風人社)、『日本古典文学大系『日本書紀 上』(岩波書店)
どこよりも分かりやすい日本神話解説シリーズはコチラ!
ついでに日本の建国神話もチェック!
日本神話編纂の現場!奈良にカマン!
大変面白く読ませていただいています。巻第一(神代上)第一段から第四段本伝までたどり着いたところです。
第四段本伝の内容につて質問があるのですが、ご教授いただけると大変うれしく思います。
①陽神は左から巡り、陰神は右から巡った。(而陽神左旋、陰神右旋)という部分について
「左から巡り」だと右回り(右旋)になる様な気がします。ここは、
「陽神は右回りに巡り、陰神は左回りに巡った。」みたいな言い方が妥当なのでは?
②淡路州について
淡路州は、磤馭慮島の別名ということはないのでしょうか?
③大八州国について
大八州国には、東北・北海道が含まれていませんよね?もしかして関東も含まれていないのかな?
この点はどういった解釈になるんでしょうか?
素人のたわ言で的外れでしたら申し訳ありません。ご教授いただけると大変うれしく思います。
宜しくお願い致します。
すいません。
質問①で記載間違いしてしまいました。
誤:陽神は右回りに巡り、陰神は左回りに巡った。
正:陽神は左回りに巡り、陰神は右回りに巡った。