神武天皇聖蹟調査(昭和15年)による「聖蹟顕彰碑」まとめ|大人の事情満載だけど確かなものもきっとある件 (マニア限定)

 

「神武天皇聖蹟調査」は、
昭和15年(1940年)の皇紀2600年を記念し、当時の文部省によって行われた調査。

「神武天皇聖蹟調査委員会」なるものが文部省内に設置され、この委員会メンバーにより、神武天皇の事績にちなむ場所を、推定も含めて「聖蹟」として選定。

これに基づいて、西日本各地に巨大な「顕彰碑」が立てられました。

「顕彰碑」とは、個人の優れた功績や善行などを称えて、広く世に知らしめるために建てられる「碑」のこと。石が多い。石碑。

本件、マニアックすぎてドン引き確定ですが、大事なのでまとめておきます。

「神武東征神話」は、
過去において政治利用されすぎた神話という側面が否めず、、、

その結果、

東征神話自体が、本来持っている魅力や可能性、

もっと言うと、

神武天皇が志したビジョンとか想いみたいなのが、きちんと伝わってないように思います。

なので、今こそ、

もう一度、見つめ直し、捉えなおし、本来の意味や可能性を見出していきたい、というのが趣旨。

いずれにしてもマニアックなので、へーという感じの入り口から。

  • 「神武天皇聖蹟調査」とは何か?昭和15年当時、どんなことが行われたのか?
  • その調査が意味するものとは何か?

これらを探ることで、神武東征神話のもう一つの側面をみていきたいと思います。

 

神武天皇聖蹟調査(昭和15年)による「聖蹟顕彰碑」まとめ|大人の事情満載だけど確かなものもきっとある件

神武天皇聖蹟調査の概要

昭和15年(1940年)は、
神武天皇即位から2600年の節目に当たる年とされました。

コレ、根拠は『日本書紀』巻三、神武紀とよばれる日本の歴史書の記述から。神武天皇即位の日、「辛酉かのととりの1月1日」は旧暦。新暦に直すと、今から 約2600年前 の2月11日だったという話。

詳しくはコチラ↓で!

『日本書紀』 巻第三(神武紀)

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100年に一度の記念年。

そうそうあるものではありませぬ。

当時の日本国政府は、これをチャンスと国を挙げてお祝いしよう、という話になり、、、

おりしも、日中戦争の長期化により物資統制が行われてたこともあり、国民生活の苦しさや疲労感を払しょくしようとした思惑も重なり、政府主導で大いに盛り上げられたそうです。

具体的には、

記念年の5年前から準備を開始。

  • 昭和10年(1935年)に「紀元二千六百年祝典 準備委員会」が発足。橿原神宮や陵墓の整備などの記念行事を計画・推進。
  • 昭和12年(1937年)には、官民一体の「恩賜財団紀元二千六百年奉祝会」を創設。

と、着々と準備。

12年に創設された「奉祝会」が、全国でのお祭りイベントを主導。メンバーは、総裁・秩父宮雍仁親王、副総裁・近衛文麿、会長・徳川家達など。。スゴい皆さん、、、汗。

「奉祝会」、とてつもない権限をもっていたものと推察されます。

この、

国を挙げてのお祝いの一環として、
神武天皇東征の聖蹟せいせき遺功いこうを讃える「顕彰碑けんしょうひ」が建てられた、

という訳。

そして、これが、なんと、現在も、

大分・福岡・広島・岡山・大阪・和歌山・奈良の各府県に点在してるのです!!それがコレら↓

神武天皇顕彰碑

石だからね。。

一度つくったらそんな簡単には無くならない、、、

名前からしてスゴイ。

「聖蹟」って、、、聖なる事跡。神武東征をそのように位置づけている訳です。

「顕彰」という言葉も。神武東征の遺功を讃えましょう、と。

「聖蹟顕彰碑」は、

「奉祝会」が文部省へ委嘱いしょくし、「神武天皇聖蹟調査委員会」なるものが文部省に設置され、この「委員会」による推考・答申にもとづいて設定されました。

この経緯もゴイスー。

「文部省に委嘱した」と、さらっと言ってますが、要は「ちゃんと調べて答えを持ってこい」ってことで。「奉祝会」の位置づけ・権限の大きさからしてそんな空気。。

てことで、

「調査委員会」は、すでに「これは鉄板でしょう」と言われていた、橿原宮・竈山の「聖蹟」の地に、計19個所の「聖蹟」を選定。

ちなみに、この選定は3つの分類があります。

聖蹟 文献等により、地点又は地域の推定できるもの。
聖蹟伝説地 江戸時代以前の口碑伝説をもち、価値ありと認められるもの。
聖蹟推考地 価値ある学説または資料により推考し得るもの。

うん、マニアック。

その上で、聖蹟所在地の府県に依頼がなされ、碑が建設されたという訳。

と、まーめっちゃ政治的であり、今の感覚からするとかなり無理筋のなかで建てられた19個の碑。それが「神武天皇聖蹟顕彰碑」という訳。

 

神武天皇聖蹟顕彰碑一覧

神武天皇聖蹟顕彰碑、その建ってる場所は以下の通り。

1 .   菟狭顕彰碑 うさ 大分県宇佐市 宇佐神宮北側
2 .   崗水門顕彰碑 をかのみなと 福岡県遠賀郡蘆屋町 神武天皇社境内
3 . 埃宮・多祁理宮顕彰碑 えのみや・たけりのみや 広島県安芸郡府中町 町多家神社南側
4 . 高嶋宮顕彰碑 たかしまのみや 岡山県岡山市 高島
5 . 難波之碕顕彰碑 なにわのみさき 大阪府大阪市中央区 大阪天満宮境内
6 .   孔舍衛坂顕彰碑 くさえのさか 大阪府東大阪市 大龍禅寺不動院から生駒山奥
7 . 盾津顕彰碑 たてつ 大阪府東大阪市 孔舎衙小学校の東
8 . 雄水門顕彰碑 をのみなと 大阪府泉南市 天神の森公園内
9 .   男水門顕彰碑 をのみなと 和歌山県和歌山市 水門吹上神社境内
10 .  名草邑顕彰碑 なくさのむら 和歌山県和歌山市 和歌山市消防学校東側の丘
11 . 狭野顕彰碑 さの 和歌山県新宮市 佐野王子碑南西側
12 . 熊野神邑顕彰碑 くまの みわのむら 和歌山県新宮市 阿須賀神社境内
13 . 菟田穿邑顕彰碑 うだ うがちむら 奈良県宇陀市  宇陀宇賀志
14 . 菟田高倉山顕彰碑 うだ たかくらやま 奈良県宇陀市 守道高倉山頂
15 . 丹生川上顕彰碑 にふかはかみ 奈良県吉野町 丹生川上神社中社北側
16 . 鵄邑顕彰碑 とびむら 奈良県生駒市 出垣内バス停東南の丘
17 . 磐余邑顕彰碑 いはれむら 奈良県桜井市 春日神社北側
18 . 鳥見山中霊畤顕彰碑 とみやまなか まつりのには 奈良県桜井市 等弥神社南側
19 . 狭井河之上顕彰碑 さいがはのほとり 奈良県桜井市 狭井神社の北

以上、全19か所。

ちなみに、

総工費は25万円也。

これ、現在の物価になおすといくらになるのでしょうか?

昭和15年の物価を調べてみると

  • 公務員初任給75円
  • はがき1枚2銭
  • ラーメン1杯16銭
  • コーヒー1杯15銭
  • 生ビール1杯50銭

とのこと。なので、当時の1円は、現在の金額に換算すると2,500~3,000円くらいかと。

なので、

総工費25万円は、

250,000円×2,500~3,000円=625,000,000~750,000,000円

6億2,500万~7億5,000万!

((((;゚Д゚))))ガクブル

花崗岩の碑を建てるのに6~7億。

当時の雰囲気的には、誰一人として反対とか批判とかする人はいなかったと思われます。いたとしても、、いや、無理だったな、きっと。。。汗

改めて。スゴイです。

土地を用意し、碑を建ててお祝いした。って事なので。

個人的には、当時は当時の考え方があり、大人の事情があったのだと思ってます。過分に政治色の強い背景をもとに建てられた碑ではありつつも、、ただ、この中には確かにそうだよね、という碑も存在すると考えています。

なので、当サイトとしては、政治性・宗教性は排除し、しっかりとした文献根拠と実地調査に基づいて「現代における顕彰碑の意味」を考えていきたいと思っています。

いずれにしても、マニアックすぎて、しかも忘れ去られすぎて、なんだかよく分からない状態ですが、一つひとつ丁寧に掘り起こしていき、東征神話のロマンを感じていければと。

いうことで、続きはコチラ↓で!

神武天皇聖蹟顕彰碑・伝承碑まとめ|実際に行ってみて、確かめてみたところを全部まとめてみた!(マニア限定)

02/22/2016

 

まとめ

神武天皇聖蹟調査(昭和15年)による「聖蹟顕彰碑」まとめ

「聖蹟顕彰碑」は、政府主導の「奉祝会」が文部省へ委嘱(いしょく)し、「神武天皇聖蹟調査委員会」なるものが文部省に設置されて、この「委員会」による推考・答申にもとづいて設定されたもの。

「調査委員会」計19個所の「聖蹟」を選定。総工費25万円で、聖蹟所在地の府県に依頼し、顕彰碑が建設されました。

過分に政治色の強い背景の中で建てられた碑ではありつつも、ただ、この中には確かにそうだよね、という碑も存在するはず。それを一つずつ探ってみたいと思います。

 

その他のスポットはコチラで!

神武天皇聖蹟顕彰碑・伝承碑まとめ|実際に行ってみて、確かめてみたところを全部まとめてみた!(マニア限定)

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1 個のコメント

  • コメント失礼いたします。
    岡山市在住の者ですが、岡山から神武東征ルートを奈良まで巡るにあたってこちらのサイトは大変参考になりました。
    ありがとうございます。

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    日本神話ナビゲーター / 日本神話研究家 / 日本神話講演家

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    豊かで多彩な日本神話の世界へ。是非一度、足を踏み入れてみてください。
    参考文献:『古代神話の文献学』(塙書房)、『新編日本古典文学全集 日本書紀』(小学館)、『日本書紀史注』(風人社)、『日本古典文学大系『日本書紀 上』(岩波書店)他