素戔嗚尊の「無状(あづきなし)」は無礼や非礼に連なる行為が権威を損うという形をとったもの

 

『日本書紀』巻第一(神代上)第七段〔本伝〕の冒頭で、素戔嗚尊について以下のように伝えてます。

この後には、素戔鳴尊すさのをのみことの行うことが、甚だ常軌を逸脱したものであった。

是後、素戔嗚尊之爲行也、甚無狀。

ここで伝える「無状」について詳しく解説します。

「無状」については、従来「あづ(ぢ)きなし」の古訓に従い、先行する第五段〔本伝〕に父母二神が素戔嗚尊に勅したとつたえる「汝甚無道」という「無道」に通じるものとみるのが通例であります。

しかしながら、、

古訓が同じだからといって、この素戔嗚尊じしんについていう例と、かたや行為についていう「無状」とを同列に扱うことはできません。

  • 第五段〔本伝〕・・・無道。つまり、素戔嗚尊じしんが道に外れとるわい
  • 第七段〔本伝〕・・・無状。つまり、素戔嗚尊の行為が常軌を逸脱しとるわい

で、

「無状」についていうと、

元ネタは、漢書(楚元王伝第六)の「責以公主起居無状」(原文は「徳数責」)。

  • 原文「責以公主起居無状」
  • 現代語訳「公主の素行やふるまいが正しくない(不身持ちである)と責め立てた」

前漢の宣帝の時代、宗正の劉徳(りゅうとく)が、蓋長公主(がいちょうこうしゅ)の素行の悪さ、すなわち情夫(丁外人)を私し、みだらなふるまいがあったこと(中冓の醜)をたびたびとがめ立てた歴史的事件を指します

これに付した顔師古の注に「無状、無_善状_也。」とあります。つまり、ほめるべき良い実績や良い評判が一切ない状態である、という意味になります。

ちなみに、、

顔師古の注(がんしこのちゅう)とは、唐代の学者である顔師古が、班固の歴史書『漢書』に対して施した代表的な注釈(およびその本)のことです。西暦641年(貞観15年)頃に完成し、それ以前の諸家の注釈を整理・統合して現在に伝える最も権威あるテキストとなっています。

 

他にも、

同じ漢書(杜周伝第三十。延年条)の一節の「至_擅召_中二千石_、甚無状。」にも顔師古は「無_善状_」と注し、王先謙の補注には「無状、猶_言_無_礼。」と説かれています。

さらに例を補えば、

史記(項羽本紀第七)が次の所伝をつたえています。

  • 原文:「到新安、諸侯吏卒、異時故使屯戍過秦中、秦中吏卒、遇之多無状。及秦軍降諸侯、諸侯吏卒、乗勝、多奴虜使之、軽折辱秦吏卒。」
  • 現代語訳:「新安(しんあん)に到着した。もともと、諸侯(反乱軍側)の役人や兵士たちが昔、労役や国境警備で秦の本拠地(関中)を通り過ぎたとき、秦の役人や兵士たちは彼らのことを多くひどい態度で扱っていた。しかし、秦の軍隊が諸侯に降伏して以降、諸侯の役人や兵士たちは、その勝利に乗じて、秦の兵士たちを奴隷のようにこき使い、軽蔑して侮辱した。」

司馬遷の史記「項羽本紀」の一節で、新安に到着した時、諸侯の兵士たちが勝に乗じて秦の降兵を奴隷のように扱い、侮辱したという意味です。

「秦の役人や兵士」と「諸侯の役人や兵士」との、形勢や立場の逆転に伴い相手に対する処遇が逆転したという対比的な関係を強調してる訳です。

この関係を踏まえ、

「無状」が、その奴隷扱いや些細なことでも侮辱を加えるといった扱いなどに類することは明らかで。吏卒として当然期待される扱いどころか、人間扱いすらしないという点では、漢書の例について顔師古や王先謙が施した注の「無善状」あるいは「無礼」と軌を一にする訳です。

なので、

これらを全部まとめると

人間としての尊厳を損うという、究極的には無礼や非礼に連なる行為が、権威を損うというかたちをとったのが素戔嗚尊の「無状」の実態であると考えられる訳ですね。

 



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