日本神話に登場する、重要ワード、重要エピソードをディープに掘り下げる「日本神話解説シリーズ」。
今回は、
「無状」
をテーマにお届けします。
素戔嗚尊が、誓約の勝利を契機として勝ちさび状態に突入するのですが、その時の様子を伝える言葉が「無状」。単に「常軌を逸した」みたいな訳語以上に、無礼や非礼に連なる行為が権威を損うという形をとっている意味があります。
今回は、そんな誰も突っ込まねーよ「無状」について古代漢籍も踏まえ文献学的アプローチからディープに掘り下げます。
素戔嗚尊の「無状(あづきなし)」は無礼や非礼に連なる行為が権威を損うという形をとったもの
素戔嗚尊の「無状(あづきなし)」とは?
まずは、「無状」の現場をチェック。
『日本書紀』巻第一(神代上)第七段〔本伝〕の冒頭で、素戔嗚尊について以下のように伝えてます。
この後には、素戔鳴尊の行うことが、甚だ常軌を逸脱したものであった。
是後、素戔嗚尊之爲行也、甚無狀。
引用:『日本書紀』巻第一(神代上)第七段〔本伝〕より
ということで、
ここで伝える「無状」については、従来「あづ(ぢ)きなし」の古訓に従い、先行する第五段〔本伝〕に父母二神が素戔嗚尊に勅したとつたえる「汝甚無道」という「無道」に通じるものとみるのが通例であります。
並べてみると
- 第五段〔本伝〕・・・無道。つまり、素戔嗚尊じしんが道に外れとる
- 第七段〔本伝〕・・・無状。つまり、素戔嗚尊の行為が常軌を逸脱しとる
ということなんですが、、
古訓が同じだからといって、第五段〔本伝〕の素戔嗚尊じしんについていう例と、第七段〔本伝〕の行為についていう「無状」とを同列に扱っていいのか問題がありまして。。
なので、
本エントリでは、むしろ「無状」について、その原義を探るべく無駄に深掘りしていきます。
「無状(あづきなし)」の原義・原典
結論から。「無状」についていうと、元ネタは、『漢書(楚元王伝第六)』の一節、「責以公主起居無状」から。
以下。
原文「責以公主起居無状」
現代語訳「公主の素行やふるまいが正しくない(不身持ちである)と責め立てた」
『漢書(楚元王伝第六)』より
ということで。
前漢の宣帝の時代、宗正の劉徳が、蓋長公主の素行の悪さ、すなわち情夫(丁外人)を私し、みだらなふるまいがあったこと(中冓の醜)をたびたびとがめ立てた歴史的事件を指します。
「宗正」とは、中国の秦から清の時代にかけて置かれた、皇族に関する事務を管掌する官職のこと。
「蓋長公主」は人の名前。前漢の武帝の娘で、弟である第8代皇帝・昭帝の姉。わずか8歳で即位した際、宮中に入って昭帝の養育を担当しました。彼女は、夫と死別したのち、息子の食客であった「丁外人」を愛人(私通相手)としました。恋愛と権力闘争の末に失脚された方です。
つまり、皇族の事務周りを担ってた劉徳さんが、蓋長公主がやりたい放題やってるのを責め立てたと。この時の公主の素行やふるまいを「無状」と言ってる訳です。
そして、
これに付した「顔師古の注」に、「無状、無善状也。」とあります。つまり、褒めるべき良い実績や良い評判が一切ない状態である、という意味になります。
「顔師古の注」とは、唐代の学者である顔師古が、歴史書『漢書』に対して施した注釈書のこと。西暦641年(貞観15年)頃に完成し、それ以前の諸家の注釈を整理・統合して現在に伝える最も権威あるテキストとなってます。
ちなみに、、
上記の他にも、同じ漢書(杜周伝第三十。延年条)の一節にも、「至擅召中二千石、甚無状。」と伝え、これにも顔師古は「無善状」と注し、王先謙の補注には「無状、猶言無礼。」と説かれています。
なので、
まとめると「無状」てのは「無善状」=褒めるべき良い実績や良い評判が一切ない状態、礼が一切無い状態、ってことでまずチェック。
さらにある「無状(あづきなし)」の用例
他にもあるぞ「無状」。
さらに例を補えば、『史記(項羽本紀第七)』が次の所伝をつたえています。
原文:「到新安、諸侯吏卒、異時故使屯戍過秦中、秦中吏卒、遇之多無状。及秦軍降諸侯、諸侯吏卒、乗勝、多奴虜使之、軽折辱秦吏卒。」
現代語訳:「新安に到着した。もともと諸侯(反乱軍側)の役人や兵士たちが昔、労役や国境警備で秦の本拠地(関中)を通り過ぎたとき、秦の役人や兵士たちは彼らのことを多くひどい態度で扱っていた。しかし、秦の軍隊が諸侯に降伏して以降、諸侯の役人や兵士たちは、その勝利に乗じて、秦の兵士たちを奴隷のようにこき使い、軽蔑して侮辱した。」
司馬遷の史記「項羽本紀」の一節
ということで、
新安に到着した時、諸侯の兵士たちが勝に乗じて秦の降兵を奴隷のように扱い、侮辱したという意味です。
「秦の役人や兵士」と「諸侯の役人や兵士」との、形勢や立場の逆転に伴い相手に対する処遇が逆転したという対比的な関係を強調してる訳です。
この関係を踏まえると、
「無状」が、その奴隷扱いや些細なことでも侮辱を加えるといった扱いなどに類することは明らかで。吏卒として当然期待される扱いどころか、人間扱いすらしないという点では、漢書の例について顔師古や王先謙が施した注の「無善状」あるいは「無礼」と軌を一にする訳です。
「無状(あづきなし)」の意味まとめ
コレまでの用例を踏まえ、コレらを全部まとめると
「無状」とは、人間としての尊厳を損うという、究極的には無礼や非礼に連なる行為である、てことで。
ここに、日本神話的文脈を重ねると、天照大神の権威を損うというかたちをとったのが素戔嗚尊の「無状」の実態であると考えられる訳ですね。これしっかりチェック。
以上、そんな細かいところ誰も突っ込まないよ解説でした。
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