日本神話に登場する、重要ワード、重要エピソードをディープに掘り下げる「日本神話補足解説シリーズ」。
今回は、
天照大神と素戔嗚尊が誓約する理由
をテーマにお届けします。
天照大神と素戔嗚尊の誓約は日本神話の中でも結構有名な神話で、潔白証明のためと理解されることが多いと思います。国を奪いに来たんだろ?いえそうじゃございません!なら証明しろと。。
なんですが、より深い意味として、誓約は「忠誠の証」を示すという意味もあったりします。潔白かどうかもあるんですが、むしろ核心は、素戔嗚尊が天照大神に対して忠誠心があるかどうか、その真偽を確かめるというところにあります。
今回は、そのあたりの詳細について、「天照大神と素戔嗚尊が誓約する理由」をテーマに文献学アプローチを盛り込みながら分かりやすく解説していきます。
天照大神と素戔嗚尊はなぜ誓約するの?誓約を行う本当の理由は「忠誠の証」を示すこと
天照大神と素戔嗚尊の誓約場面
まずは、天照大神と素戔嗚尊の誓約場面、『日本書紀』巻1第六段〔本伝〕をチェック。
前段として、生まれつき凶悪で無道な素戔嗚尊が根国へ追放されてまう。。ってところからの、以下。
ここにおいて、素戔嗚尊が請うて「私はいま勅命を承って根国に行こうと思います。なので、しばらく高天原に出向き、姉上と会って、その後に永久に退去します」と言い、これを許した。そこで天に昇り詣でた。 〜中略〜
はじめ、素戔嗚尊が天に昇る時、大海原がこれによって激しく波打ちぶつかりあい、山々はそのために山なりが響きとどろいた。これは、神性の雄々しく猛々しいことがそうさせたのである。
天照大神は、もとよりその神の暴悪を知っていて、参上しに来るさまを聞くに及んで、にわかに驚き「私の弟が来るのは、よもや善意ではあるまい。思うに、きっと国を奪う意志があるのだろう。そもそも父母が既にそれぞれの子に委任しそれぞれが統治する境界をもっている。それなのにどうして赴くべき国を棄て置き此処を狙おうとするのか」と言った。 〜中略〜
素戔嗚尊はこれに対して「私にはもともと邪悪な心はありません。ただ、父母の厳しい勅命が既にあり、永久に根国に行こうとしているのです。それで、もし姉にお会いしなければ私はどうして去くことができましょうか。それですから、雲や霧を踏み越えて遠路はるばる参り来たのです。姉上が反対に厳しいお怒りの顔をなさるとは思いもしませんでした」と答えた。
その時、天照大神がまた問うて「もしそうだとしたら、何をもってお前の潔白な心を明らかにするか」と言うと、答えて「姉上と共に誓することをお願いします。この誓約の中では、必ず子を生むことにしましょう。もし私の生むのが女であれば邪心があるとしてください。もし男であれば清き心があるとしてください」と言った。
ということで、
根国へ行く前に、天照大神に暇乞いをしに昇天する素戔嗚尊に対して、天照大神が「オマ、国を奪いに来たんやろ!」と嫌疑をかける。。
ま、確かに「素戔嗚尊が天に昇る時、大海原がこれによって激しく波打ちぶつかりあい、山々はそのために山なりが響きとどろいた」とあり、これはこれで相当やりすぎ、、、
で、天照大神の嫌疑に対して、素戔嗚尊は邪心がない=国を奪いに来たのではない、その潔白を証明しますと提案。これが「誓約(うけい)」という次第。
なんですが、、より詳細にみていくと、実は誓約の本当の狙いはより深いところにある。それを以下、順を追って解説していきます。
天照大神の嫌疑に対してちゃんと弁明する素戔嗚尊
まずは、天照大神の嫌疑に対して素戔嗚尊がちゃんと弁明してるしそこに嘘はなさそうって話を。
本文から、
「天照大神の嫌疑」と「素戔嗚尊の弁明」をそれぞれの台詞を抜き出し整理してみます。
| 天照大神の嫌疑 | 素戔嗚尊の弁明 |
| 私の弟が来るのは、よもや善意ではあるまい。思うに、きっと国を奪う意志があるのだろう。 | 私にはもともと邪悪な心(黒心)はありません。 |
| そもそも父母が既にそれぞれの子に委任し、それぞれが統治する境界をもっている。それなのにどうして赴くべき国を棄て置き此処を狙おうとするのか | ただ、父母の厳しい勅命が既にあり、永久に根国に行こうとしているのです。 |
ということで、
天照大神の嫌疑に対して、素戔嗚尊が一つひとつ対応させてしっかりと弁明してるのが分かりますよね。
そのうえで、ポイント2つ。
①そもそも、素戔嗚尊は昇天にあたって伊奘諾尊の勅許を得ている=お墨付きを得ている。なので天照大神の嫌疑は意味を失ってないかい?
第六段〔本伝〕冒頭のところで、
「ここにおいて、素戔嗚尊が請うて「私はいま勅命を承って根国に行こうと思います。なので、しばらく高天原に出向き、姉上と会って、その後に永久に退去します」と言い、これを許した。そこで天に昇り詣でた。」と伝えてました。
これ、素戔嗚尊の申し出(原文は「請」)に対して、伊奘諾尊が「勅許之」したってことで。この意味は結構重い。なんせ、神世七代世代+オヤジの伊奘諾尊が勅許してるってことで。ダブルの意味で万鈞の重みをもつお墨付きと言える訳です。
で、
この伊奘諾尊のお墨付きを得ている以上、天照大神の〈嫌疑〉は、こと高天原来訪に関する限りは、そもそも論として、素戔嗚尊の〈弁明〉の前に意味を失ってしまう。。素戔嗚尊からしたら、いやオヤジから勅許もらってるし、、と言えてしまうので。まずこれしっかりチェック。
さらに!
②素戔嗚尊の決意・覚悟のほどは明らか。そこに嘘はない
さらに重要なのは、素戔嗚尊が高天原来訪の目的を語ってるところ。
「それで、もし姉にお会いしなければ私はどうして去くことができましょうか。それですから、雲や霧を踏み越えて遠路はるばる参り来たのです」と。
これ、意味としては、
天照大神に会う条件がかなわない場合には、父母の「厳勅」の実行すら留保するのも辞さないぞってことであって、、ここに素戔嗚尊の並々ならぬ決意とか覚悟が伺える訳です。両親から下された根国行きの勅は絶対命令。それでも天照大神に会えないなら行かない・行けないってことなんで。
だからこそ、続いて「それですから、雲や霧を踏み越えて遠路はるばる参り来たのです。」という表現が続く。この素戔嗚尊の弁明に嘘はないし、非などあるわけがない。。。
以上のことから言えるのは、
天照大神の嫌疑に対しては、素戔嗚尊はきちんと弁明してるし、来訪経緯(伊奘諾尊のお墨付きを得てること)や素戔嗚尊の決意とか覚悟を踏まえると、天照大神の嫌疑はもはや意味を失っていて、、。
なので、そもそも論として、「奪国嫌疑に対する潔白証明」という単純な構造ではないことが分かります。ここ、しっかりチェック。
なんだが、、
そうは言っても素戔嗚尊なんで、どうにもこうにも「ホントか??」という疑念は拭えず、、、だって生まれつき無道だったし根国で母に従いたいとか言うし、、嫌疑は意味を失ったとはいえ、だからこそなんですが、弁明する素戔嗚尊の本質に根ざす問題が浮上してくる訳です。
これは、続いて天照大神が「もしそうだとしたら、何をもってお前の潔白な心(赤心)を明らかにするか」と迫るところからも分かる。嫌疑が意味をなくしたのはいいのだが、それでもオマの本質が信じられんので証明しやがれと、、そういう構造として展開していく訳です。
これはつまり、
素戔嗚尊の真実性を質す方向に新たな展開をとげたってことで。ここがポイント。しっかりチェック。
姉弟という関係以上に、主君を絶対者と仰ぐ臣下として素戔嗚尊は証明せねばならんのです
「素戔嗚尊の真実性を質す方向へ新たに展開」てのは、天照大神の〈嫌疑〉をめぐる、いわば第二幕ともいうべき展開で。。
その主題は、実は、
「忠誠の証し」。
この問題を見極める上で参考となる例があるので、まずはベンチマークとしてご紹介。これ、文献学の現場なんで。
『日本書紀』(巻十二、履中天皇・反正天皇の条)
履中天皇即位前紀がつたえる瑞歯別皇子(後の反正天皇)に関する所伝。以下。
登場人物:
- 太子(のちの履中天皇)
- 弟王・瑞歯別皇子(のちの反正天皇)
- 仲皇子(反逆を起こしたとされる兄・住吉仲皇子)
概要:
兄の太子(後の履中天皇)殺害を企んで下の兄の仲皇子が挙兵した事件にからんで、瑞歯別皇子(後の反正天皇)は共犯を疑われる。そこで、難を逃れた太子のもとを尋ね詣でた時の話。
仲皇子の謀反を避けて身を隠していた太子から疑いをかけられた瑞歯別皇子が、潔白を証明するため、太子から「仲皇子を討って来い」と命を受ける。。以下。
その時、瑞歯別皇子が面会を求めて言った。「私に裏切りや悪いたくらみ(黒心)はありません。ただ、太子がいらっしゃらないので、慕って参上しただけです」と。
すると太子は弟王(瑞歯別皇子)に言い伝えた。「私は仲皇子の反逆を恐れ、一人で避けてこの地に至ったのだ。どうしてどうして、お前を疑っていなかろうか、いや疑っている。その仲皇子がいるだけで、それだけでも私にとっては心の病(心配の種)なのだ。だからいつか彼を除きたいと思っている。だからお前は本当に裏切りの心を抱かず、もう一度難波に帰って仲皇子を殺せ。そうしてから、会うことにしよう」
時瑞歯別皇子令_謁曰「僕無_黒心_。唯愁_太子不_在而参赴耳。」爰太子伝告_弟王_曰「我畏_仲皇子之逆_、独避至_於此_。何且非_疑_汝耶。其仲皇子在之、独猶為_我病_。遂欲_除。故汝寔勿_異心_、更返_難波_而殺_仲皇子_。然後、乃見焉。」 ※引用:『日本書紀』巻十二、履中天皇・反正天皇条より
ということで、
皇子は、素戔嗚尊と同じように「私に裏切りや悪いたくらみ(黒心)はありません。(僕無黒心)」と弁明してますよね。構造とか使われてる言葉が誓約と同じ。。。
それに対して、太子は仲皇子の反逆に加担していることを疑い、会う(本文では「見」)ことを許さないまま「お前は本当に裏切りの心を抱かず、もう一度難波に帰って仲皇子を殺せ。(汝寔勿異心、更返難波而殺仲皇子)」と、無実を証明するために仲皇子を殺すよう求め、その後に「見」に応じようと告げてます。
このあと、皇子は「無黒心」や「勿異心」などを証すため、策略を使って仲皇子に仕える隼人の刺領巾に主君を殺させます。これは全て、それによって忠誠を示すことが要請されていたから。ここが重要で。口だけでなく実際に行動で示せ、証明することが求められてる訳ですね。
なお、
先ほどの続きで、皇子が以下のような決意を述べます。
「わたしは、仲皇子に裏切りの心があることを知っておりましたが、まだ太子(あなた)から命令を受けておりませんでした。だからこそ、ひとりで腹を立て憤るだけでございました。今、あなたから命令をいただきました。(主君であり兄であるあなたの命令を受けたからには)どうして仲皇子を殺すことが難しいでしょうか、いや、決して難しくはありません!(すぐに討ち取ります)」
「臣雖_知_其逆_、未_受_太子命_之。故独慷慨之耳。今既被_命。豈難_於殺_仲皇子_乎。」※引用:『日本書紀』巻十二、履中天皇・反正天皇条より
ということで、
「被命」の後はじめて「殺_仲皇子」を実行できるとするこの皇子の言葉に、兄弟とはいえ、主君を絶対者と仰ぐ臣下の立場はあからさまですよね。その立場上、仲皇子を殺すことは「命」の実践であり、またそれが同時に臣下として要請される忠誠を示すことにつながる。
この例をもとに考えると、、
この皇子と同じく「無黒心」を訴える素戔嗚尊にしても、その訴えじたい、姉弟という肉親の関係以上に、臣下の自覚に立つものと考えられる訳です。
また皇子がその自覚をもとに「被命」により仲皇子を殺して忠誠を証したように、そう訴える以上は、たとえ「父母已有_厳勅_。将_永就_乎根国_。如不_与_姉相見_、何能敢去。」と力説したところで、所詮は申し開きや言い訳けの域を出ないので、それとは別に、訴えのものにそくした証しを示さなければなりません。
天照大神の「何をもってお前の潔白な心(赤心)を明らかにするか」と言う問いの核心は「赤心」。赤心は清明の心。天照大神に対する忠誠心を言うわけで。
前掲、履仲天皇紀の一節に、
太子が瑞歯別皇子に求めた「だからお前は本当に裏切りの心を抱かず、もう一度難波に帰って仲皇子を殺せ。(原文汝寔勿_異心_、更返_難波_而殺_仲皇子)」という仲皇子の殺害に通じる「忠誠の証し」を天照大神が迫ったことにより、素戔嗚尊がこれにこたえて「請与姉共誓」と申し出たと考えられる訳です。
こうして両者の「誓約(うけひ)」をめぐる所伝が展開していくんですね。この流れをしっかりチェック。
誓約の目的が理解できたところで、第六段〔本伝〕解説に戻ります!
どこよりも分かりやすい日本神話解説シリーズはコチラ!
ついでに日本の建国神話もチェック!

























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