日本神話に登場する、重要ワード、重要エピソードをディープに掘り下げる「日本神話補足解説シリーズ」。
今回は、
天照大神と素戔嗚尊が誓約する理由
をテーマにお届けします。
天照大神と素戔嗚尊の誓約は有名な神話なんですが、潔白証明という切り口で語られるのがほとんどだと思います。国を奪いに来たんだろ?いえそうじゃございません!なら証明しろと。。
なんですが、実は、本当の意味は「忠誠の証」を示すこと。奪う奪わないもそうなんだけど、むしろ核心は、素戔嗚尊が天照大神に対して忠誠心を持ってるかどうか、その真偽を確かめるというのが誓約の狙いだったりします。
今回は、「天照大神と素戔嗚尊が誓約する理由」をテーマに、誓約の核心を文献学アプローチを盛り込みながら分かりやすく解説していきます。
なんで天照大神と素戔嗚尊は誓約するの?誓約を行う理由は忠誠の証を示すこと
天照大神と素戔嗚尊の誓約場面
まずは天照大神と素戔嗚尊の誓約場面をチェック。以下。
ここにおいて、素戔嗚尊が請うて「私はいま勅命を承って根国に行こうと思います。なので、しばらく高天原に出向き、姉上と会って、その後に永久に退去します」と言い、これを許した。そこで天に昇り詣でた。 〜中略〜
はじめ、素戔嗚尊が天に昇る時、大海原がこれによって激しく波打ちぶつかりあい、山々はそのために山なりが響きとどろいた。これは、神性の雄々しく猛々しいことがそうさせたのである。
天照大神は、もとよりその神の暴悪を知っていて、参上しに来るさまを聞くに及んで、にわかに驚き、「私の弟が来るのは、よもや善意ではあるまい。思うに、きっと国を奪う意志があるのだろう。そもそも父母が既にそれぞれの子に委任しそれぞれが統治する境界をもっている。それなのにどうして赴くべき国を棄て置き此処を狙おうとするのか」と言った。 〜中略〜
素戔嗚尊はこれに対して「私にはもともと邪悪な心はありません。ただ、父母の厳しい勅命が既にあり、永久に根国に行こうとしているのです。それで、もし姉にお会いしなければ私はどうして去くことができましょうか。それですから、雲や霧を踏み越えて遠路はるばる参り来たのです。姉上が反対に厳しいお怒りの顔をなさるとは思いもしませんでした」と答えた。
その時、天照大神がまた問うて「もしそうだとしたら、何をもってお前の潔白な心を明らかにするか」と言うと、答えて「姉上と共に誓することをお願いします。この誓約の中では、必ず子を生むことにしましょう。もし私の生むのが女であれば邪心があるとしてください。もし男であれば清き心があるとしてください」と言った。
ということで、
誓約の理由は、素戔嗚尊の来訪経緯と誤解によるものだと。確かに、「素戔嗚尊が天に昇る時、大海原がこれによって激しく波打ちぶつかりあい、山々はそのために山なりが響きとどろいた」とあり、これをもって天照大神は「国を奪いに来たのだろう」と疑い、武装して迎え撃とうとした訳ですね。
それに対して、素戔嗚尊は邪心がないこと=潔白を証明しようと提案する。これが「誓約(うけい)」という訳です。
しかし、より詳細にみていくと、実は誓約の本当の狙いはより深いところにある。以下、順を追って解説していきます。
嫌疑は意味を失い、代わりに弁明の真実性を質す方向に展開する
まずは、天照大神の嫌疑は意味を失い、代わりに素戔嗚尊の弁明の真実性を質す方向に切り替わるって話を。
そのために、まずは、天照大神の嫌疑と素戔嗚尊の弁明をそれぞれの台詞から整理してみます。
| 天照大神の嫌疑 | 素戔嗚尊の弁明 |
| 私の弟が来るのは、よもや善意ではあるまい。思うに、きっと国を奪う意志があるのだろう。 | 私にはもともと邪悪な心はありません。 |
| そもそも父母が既にそれぞれの子に委任しそれぞれが統治する境界をもっている。 | ただ、父母の厳しい勅命が既にあり、 |
| それなのにどうして赴くべき国を棄て置き此処を狙おうとするのか | 永久に根国に行こうとしているのです。(以下略) |
ということで、
天照大神の嫌疑に対して、素戔嗚尊が一つひとつ対応させて弁明してるのが分かります。ちゃんと答えてる。
その上で、ポイント2つ。
①そもそも素戔嗚尊は伊奘諾尊の勅許を得ている
第六段〔本伝〕冒頭のところで、
「ここにおいて、素戔嗚尊が請うて「私はいま勅命を承って根国に行こうと思います。なので、しばらく高天原に出向き、姉上と会って、その後に永久に退去します」と言い、これを許した。そこで天に昇り詣でた。」と伝えてました。
これ、素戔嗚尊の申し出(原文は「請」)を、直後に伊奘諾尊が「勅許之」したってことです。
この意味は結構重くて。いわば、万鈞の重みをもつお墨付きを得ているとも言えて。伊奘諾尊のお墨付きを得ている以上、天照大神の〈嫌疑〉も、こと高天原来訪に関する限りは、この〈弁明〉の前にほとんど意味を失うほかない訳ですね。
なので、そもそも論として、素戔嗚尊は伊奘諾尊の勅許を得ている。その前では天照大神の嫌疑も意味を失ってしまうってことチェック。
そして!
②素戔嗚尊の決意・覚悟のほどは明らか。そこに嘘はない
さらに重要なのは、表の最後(以下略)としたところ。高天原来訪の目的を素戔嗚尊じしんが明確に語ってます。
「それで、もし姉にお会いしなければ私はどうして去くことができましょうか。それですから、雲や霧を踏み越えて遠路はるばる参り来たのです」と。
これ、天照大神に会うという条件がかなわない場合には、父母の「厳勅」の実行すら留保することも辞さないってことであって、ここには素戔嗚尊の並々ならぬ決意とか覚悟がある訳です。両親の根国行きの勅は絶対命令。それでも天照大神に会えないなら行かない・行けないってことなんで。
だからこそ、続いて「それですから、雲や霧を踏み越えて遠路はるばる参り来たのです。」と表現した訳ですね。この素戔嗚尊の弁明に嘘はないし、非などあるわけがない。
なので、
以上の2つのポイントから言えるのは、天照大神の嫌疑はこの時点で意味を失ってるってことなんです。だからこそなんですが、嫌疑に代わって、むしろ、そういうことを言ってる素戔嗚尊の本質に根ざす問題が浮上してくる訳です。こいうの言ってることほんまか?と。
つまり、〈嫌疑〉に対応する〈弁明〉から、〈弁明〉それじたいの問題に転じて、素戔嗚尊のその〈弁明〉の真実性を質す方向に新たな展開をとげる訳ですね。
素戔嗚尊の性質があるから弁明したとて証明しないといけない。だから誓約に突入する。
嫌疑に対しては弁明した。伊奘諾尊のお墨付きもある、素戔嗚尊的に決意とか覚悟に嘘はない、それにより、天照大神の嫌疑そのものは意味をなくした。なんだけど、、そもそも素戔嗚尊は生まれながらに無道な訳で、、天照大神的にはほんまかいな疑惑が拭えず、、素戔嗚尊の弁明の真実性を質す方向に切り替えていく訳です。
「天照大神がまた問うて「もしそうだとしたら、何をもってお前の潔白な心を明らかにするか」」ってのがまさにそれで。ここから、テーマは「弁明はほんまか?」に切り替わって展開していきます。
で、天照大神の〈嫌疑〉をめぐるいわば第二幕ともいうべき展開の主題が、実は「忠誠の証し」なんです。
この問題を見極める上で参考となる例があるので、まずはベンチマークとしてチェック。
それが、履中天皇即位前紀がつたえる瑞歯別皇子(後の反正天皇)に関する所伝。これ、文献学の現場。以下概要。
『日本書紀』(巻十二、履中天皇・反正天皇の条)。
兄の太子(後の履中天皇)殺害を企んで下の兄の仲皇子が挙兵した事件にからんで、瑞歯別皇子(後の反正天皇)は共犯を疑われます。そこで、難を逃れた太子のもとを尋ね詣でた時の話。
登場人物:
- 太子(のちの履中天皇)
- 弟王・瑞歯別皇子(のちの反正天皇)
- 仲皇子(反逆を起こしたとされる兄・住吉仲皇子)
要は、
仲皇子の謀反を避けて身を隠していた太子から疑いをかけられた瑞歯別皇子が、潔白を証明するため、太子から「それなら仲皇子を討って来い」と指令を受ける場面です。
その時、瑞歯別皇子が面会を求めて言った。「私に黒い心(裏切りや悪いたくらみ)はありません。ただ、太子がいらっしゃらないので、慕って参上しただけです」と。
すると太子は弟王(瑞歯別皇子)に言い伝えた。「私は仲皇子の反逆を恐れ、一人で避けてこの地に至ったのだ。どうしてどうして、お前を疑っていなかろうか、いや疑っている。その仲皇子がいるだけで、それだけでも私にとっては心の病(心配の種)なのだ。だからいつか彼を除きたいと思っている。だからお前は本当に裏切りの心を抱かず、もう一度難波に帰って仲皇子を殺せ。そうしてから、会うことにしよう」
時瑞歯別皇子令_謁曰「僕無_黒心_。唯愁_太子不_在而参赴耳。」爰太子伝告_弟王_曰「我畏_仲皇子之逆_、独避至_於此_。何且非_疑_汝耶。其仲皇子在之、独猶為_我病_。遂欲_除。故汝寔勿_異心_、更返_難波_而殺_仲皇子_。然後、乃見焉。」
ということで、
皇子は、素戔嗚尊と同じように「僕無_黒心_」と弁明する訳です。それに対して、太子は仲皇子の反逆に加担していることを疑い、会う(本文では「見」)を許さないまま「だからお前は本当に裏切りの心を抱かず、もう一度難波に帰って仲皇子を殺せ。(汝寔勿_異心_、更返_難波_而殺_仲皇子_。」と無実を証明するために仲皇子を殺すよう求め、その後に「見」に応じようと告げる。
「無_黒心_」や「勿_異心_」などを証すため、皇子のばあい、太子の不在には急ぎ馳せ参じ、反逆の首謀者を殺すなどの行動に出るんですが、それによって忠誠を示すことが要請されているからです。そして、皇子は策略を使って仲皇子に仕える隼人の刺領巾に主君を殺させたあと、太子との「見」をかなえます。
これをもとに考えると、
素戔嗚尊の当初めざした「与_姉相見」という目的は、高天原来訪と同時にかなえたかにみえたが、しかしその実、当の天照大神の厳しい〈嫌疑〉を受ける。天照大神が「素知_其神暴悪_、至_聞_来訪之状_、乃勃然而驚。」と受けとめたことが発端である。
仲皇子の反逆、挙兵の折も折、避難先まで参赴した瑞歯別皇子との謁見を拒絶した太子も、同じく「何且非_疑_汝耶」と疑う。これに対して、引用した直後に続く一節のなかで皇子が「臣雖_知_其逆_、未_受_太子命_之。故独慷慨之耳。今既被_命。豈難_於殺_仲皇子_乎。」と決意を述べる。「被_命」の後はじめて「殺_仲皇子_」を実行できるとするこの皇子の言葉に、兄弟とはいえ、主君を絶対者と仰ぐ臣下の立場はあからさまですよね。
その立場上、仲皇子を殺すことは「命」の実践であり、またそれが同時に臣下として要請される忠誠を示すことにつながる。
この皇子と同じく「無_黒心_」を訴える素戔嗚尊にしても、その訴えじたい、姉弟という肉親の関係以上に、臣下の自覚に立つものな訳ですね。
また皇子がその自覚をもとに「被_命」により仲皇子を殺して忠誠を証したように、そう訴える以上は、たとえ「父母已有_厳勅_。将_永就_乎根国_。如不_与_姉相見_、何能敢去。」と力説したところで、所詮は申し開きや言い訳けの域を出ないのだから、それとは別に、訴えのものにそくした証しを示さなければなりません。
〈嫌疑〉に対応する〈弁明〉から、〈弁明〉それじたいの問題に転じて、素戔嗚尊のその〈弁明〉の真実性を質す方向に、所伝は新たな展開をとげる。天照大神の〈嫌疑〉をめぐるいわば第二幕ともいうべきその展開の主題が、忠誠の証しである。冒頭、天照大神は素戔嗚尊に次のように問う。
天照大神復問曰「若然者、将_何以明_爾之赤心_也。」
この問いの核心に「赤心」、すなわち「赤心は清明の心。天照大神に対する忠誠心。」(新編日本古典文学全集当該頭注九)があり、前掲履仲天皇紀の一節に太子が瑞歯別皇子に求めたとつたえる「汝寔勿_異心_、更返_難波_而殺_仲皇子_。」という仲皇子の殺害に通じる忠誠の証しを天照大神が迫ったことにより、素戔嗚尊がこれにこたえて「請与_姉共誓」と申し出る。こうして両者の「誓約(うけひ)」をめぐる所伝が展開していく訳です。


















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