日本神話に登場する、重要ワード、重要エピソードをディープに掘り下げる「日本神話補足解説シリーズ」。
今回は、
「素戔嗚尊の勝ちさび」の意味
をテーマにお届けします。
素戔嗚尊の勝ちさびを伝えるのは『日本書紀』第七段。通常、素戔嗚尊が暴れまくって大変だったみたいなイメージが強いと思いますが、実は、古代の法律にある十悪と呼ばれる重大犯罪をベースに組み立てられてるんです。なので、単に暴れました大変でしたという話ではないんです。
そこで、今回は、「素戔嗚尊の勝ちさびの意味」をテーマに、『日本書紀』第七段をもとに込められた本当の意味とかメッセージを分かりやすく解説していきます。
- 日本神話研究の第一人者である榎本先生監修。確かな学術成果に基づく記事です
- 日本神話全体の流れや構造を解き明かしながら解説。他には無い分かりやすい記事です
- 現代語訳のほか原文も掲載。日本神話編纂当時の雰囲気を感じてもらえます
- 登場する神様や重要ワードへのリンク付き。より深く知りたい方にもオススメです
素戔嗚尊の勝ちさびにはどんな意味があるの?単に暴れましたではなく重大犯罪やってるってのが重要
素戔嗚尊の勝ちさびの意味
まずは、素戔嗚尊の勝ちさびの意味をチェック。
意味:勝ち誇った態度をとること、威張る様子、勝利者らしく振る舞うこと。
語源:「勝つ」に接尾語の「さび(〜らしく振る舞う)」が付いた言葉
「勝ちさび」自体は、『古事記』で「勝佐備」として伝えてる言葉。大和言葉(古語)。一方、『日本書紀』は全編が漢文なので、「勝さび」という言葉そのものは使われてません。
それでも本エントリでは、『日本書紀』をもとに「勝ちさび」の中身にこだわってお届けしてまいります。
素戔嗚尊の勝ちさびの本当の狙い
これまでの経緯を辿ると、素戔嗚尊にも素戔嗚なりの理由があるってことが分かりますよね。それを踏まえて、続く第七段でいよいよ勝ちさび無双に突入。
以下のように伝えてます。
この後には、素戔鳴尊の為した行いが、甚だ常軌を逸脱したものであった。
何かといえば、天照大神は天狭田・長田を御田としていたが、そのとき素戔鳴尊が、春にはその御田のすでに種子を播いた上にさらに種子を播き、しかもその畔を壊した。秋には天斑駒を放ち稲の実る田の中に腹這いにさせ、また天照大神が新嘗をする時を見計らって、新造した宮にこっそり糞を放ちかけ、また天照大神が神衣を織って斎服殿に居るのを見ると、天斑駒の皮を剥ぎ、その御殿の瓦に穴をあけ投げ込んだ。
是後、素戔嗚尊之爲行也、甚無狀。何則、天照大神以天狹田・長田爲御田、時素戔嗚尊、春則重播種子重播種子、此云璽枳磨枳且毀其畔毀、此云波那豆、秋則放天斑駒使伏田中、復見天照大神當新嘗時、則陰放屎於新宮、又見天照大神・方織神衣・居齋服殿、則剥天斑駒、穿殿甍而投納。
ということで、
先ほど解説した第五段〔本伝〕の生まれのところで「無道」という言葉が使われてましたが、それを承けてここでは「常軌を逸脱したものであった」と、「無狀」という言葉になってます。
ここでのポイントは3つあって、
①無状とは言うものの、、素戔嗚尊のやらかし行為に、これまでの素戔嗚らしさは一切なし。これはむしろ、妨害とは別の狙いがあったと考えるべき、、
素戔嗚の一連の攻撃、「重播種子」も「畔を壊し」も「天斑駒を放ち稲の実る田の中に腹這いにさせる」のも「糞を放ちかける」のも「天斑駒の皮を剥ぎ、御殿の瓦に穴をあけ投げ込む」のも、、、言ってしまうと、嫌がらせの域を出ない感じで、、実は、これまでの素戔嗚らしさが無い。。
だって、
第五段〔本伝〕で、生まれた時の様子は「この神は勇ましく残忍であって、いつも哭き泣くことを行いとしていた。このため、国内の人民の多くを早死にさせ、また青々とした山を枯らしてしまった。」と伝え、
第六段〔本伝〕では「素戔嗚尊が天に昇る時、大海原がこれによって激しく波打ちぶつかりあい、山々はそのために山なりが響きとどろいた。」と伝えてた訳で、
そんなモーレツなことができるんだったら勝ちさび無双=高天原全部ぶち壊しも可能なはずですよね。。
なお、これらの一連のやらかしは、稲作の妨害とか新嘗の祭儀の妨害、または中断・中止させることを狙ったものとする説がありますが、妥当ではありません。もし妨害レベルであれば、簡単にできただろうし、少なくとも第六段で伝えていたような神わざの発現となったはずです。
さらに、記述のどこにも、被害あるいは損壊の結果などには一切言及がないのもポイントで、、これはむしろ、素戔嗚尊には別の狙いがあったと考えるべき案件です。
さらに、
②素戔嗚尊はちゃんと見計らってる。その「見てる」表現に注目
現代語訳にしちゃうと一連の攻撃のように見えるんだけど、原文では3つのカタマリで構成されてることが分かります。以下。
(A)春則重播種子且毀其畔、秋則放天斑駒使伏田中、
(B)復見天照大神當新嘗時、則陰放屎於新宮、
(C)又見天照大神・方織神衣・居齋服殿、則剥天斑駒、穿殿甍而投納。
ということで、
特に注目は上記3箇所の太字にしたところ。ポイントは、素戔嗚尊がちゃんと見計らってるってこと。その「見てる」表現に注目です。
(A)の「則」は、「見」を表わしていないけれど、「則」じたい、耕作して稲種を播きおえた「御田」の「春」の光景を、また収穫をひかえ稲の稔った「御田」の「秋」の光景を「見」たという表現を前提とする漢字であります。
続く(B)は、「見」と言う漢字が使われているように、新嘗の儀式を天照大神がまさに執り行う時を見計らってる。さらに(C)も天照大神が今まさに神衣を織っているのを見計らってる訳です。
先ほどの、素戔嗚尊らしさが無いってところと通じる部分で。素戔嗚尊は何をそんなに見計らっていたのか??!
次!
③素戔嗚尊の狙いの真意。それは「権威を象徴する営造物を攻撃することでおのが思いを晴らすこと」
改めて整理すると、素戔嗚尊が標的として狙った営造物は、
- 「天狭田・長田」という豊かな稔りをもたらす「御田」
- そこで収穫した稲(新穀)を「新嘗」に供える「新宮」
- 繭から紡いだ糸によって「織_神衣_」という「斎服殿」
であります。
これらは、高天原を統治する天照大神の創始した稲作と養蚕の営造物。
つまり、「御田」「新宮」「斎服殿」全てが、高天原を統治する天照大神のいわば権威を象徴する営造物であると言える訳ですね。
てことは、
あえて権威の象徴を狙って攻撃してる訳で、先ほどの「しっかり見計ってる表現」とか含めて、素戔嗚尊本来の「神さが」が表出してないのもそういう理由からであります。
繰り返しになりますが、
確かに、素戔嗚尊の勝ちさびは、その犯行の対象を、天照大神の権威を象徴する「営造物」に限定している上に、その犯行じたい、それに及ぶ時期を「春則」「秋則」「復見」「又見」と全てにおいて見定めている。かつ、たとえば「陰放__於新宮_」というように隙を狙った極めて意図的な様態に特徴があります。
てことは、
素戔嗚尊の一連の行為、所伝の冒頭に「甚無状」という狙い・その意図とは、これまでの素戔嗚尊的経緯を踏まえると、、おのが思い、つまり、天照大神による奪国嫌疑の不当さに対する怒りや憤りを晴らすためだった。。と考えられる訳です。もっというと、密かに恨みを晴らそうと考え、不法でよこしまな企みをなし遂げようとたくらみ、ついに極悪な心を起こして、天照大神の権威を象徴する営造物である「御田」「新宮」「斎服殿」を攻撃した訳で。彼にも彼なりの理由があった。。ここに想いを致したい。これ、しっかりチェック。
素戔嗚尊の勝ちさびは「大逆」に相当。なので最終的に罰を受ける
そんな素戔嗚尊の勝ちさびですが、これ、実は、古代の法律書に規定する重大犯罪をベースにつくられてたりします。だからこそなんですが、最終的に素戔嗚尊は罰金や罰を受けて追放されることになる。これ、法律違反がベースにあるから。それをご紹介。
ポイント2つ。
①素戔嗚尊の勝ちさびは「謀大逆」に該当する。てかそれをもとにつくられている
まず、古代漢籍の法律書に『故唐律疏議』というのがありまして。。これ、中国・唐の時代に作られた法律書で。皇帝の命令で、長孫無忌らが653年にまとめたもの。当時の基本的な法律である「律」の条文と、その意味をくわしく解説した「疏(そ)」がセットになってます。
で、
この巻第一に、「十悪」という重大犯罪の規定が書かれてます。
「十悪」とは、国家の体制や儒教的道徳秩序を根底から揺るがすとして、特に厳しく処罰され、恩赦の対象外とされた10種類の重大犯罪の総称のこと。
唐律の十悪の項目
- 謀反:国家(君主や朝廷)の転覆を企てる罪。
- 謀大逆:皇帝の祖廟・陵墓・宮殿を破壊しようと企てる罪。
- 謀叛:自国の政権から離反して、他国へ寝返るや敵に降る罪。
- 悪逆:祖父母や父母などの尊属を殺傷したり、血縁者を激しく暴行・殺害する罪。
- 不道:大逆無道な殺人(一線を越えた残虐な殺人や、多数の人の殺害など)の罪。
- 大不敬:皇帝に対する不敬行為や、朝廷の礼儀・儀礼を著しく冒す罪。
- 不孝:父母・祖父母に対する不遜な態度、告発、服喪中の婚姻や遊楽などの罪。
- 不睦:親族間で互いに訴え合ったり、殺傷するなど親愛の情を欠く罪。
- 不義:目上の人(官長や夫、恩師など)を殺害する罪、または礼儀に反する非道な行為
- 内乱:宮中での密通や、親族間の近親相姦などの不倫・淫行の罪。
ということで、
どれもこれも恐ろしい犯罪行為であります。。(((( ;゚Д゚)))ガクブル
で、この中で、素戔嗚尊の勝ちさびは、②の「謀大逆」に該当。原文では、注として「謂謀毀宗廟・山陵及宮闕」と規定されていて、つまり、皇帝の宗廟(祖先の霊をまつる霊廟)・山陵(皇帝の陵墓)・宮闕(宮殿)を破壊しようと企むこと。
ちなみに、
『譯註日本律令五、唐律疏議譯註篇一』の「註記(35頁)」では、本項注・疏に説くように、皇帝の権威を象徴する重要な営造物を破壊する――それによって皇帝の権威に重大な侮辱を加える――行為を意味していると解説されてます。
※『譯註日本律令 第五 唐律疏議譯註篇一』は、律令研究会が編纂した、日本古代法・中国法制史研究の基本大著『譯註日本律令』(全11巻)の第5巻のこと。古代中国の法典である『唐律疏議』の体系的な訳註です。
「宗廟・山陵・宮闕」は「皇帝の権威を象徴する重要な営造物」であり、それを対象とした犯行が統治者の「権威に重大な侮辱を加える」ことを狙うことをいうわけで。これ、まさに素戔嗚尊の勝ちさびですよね。
これらを踏まえた上で、いっそう注目すべき一節が唐律の疏にあります。
すなわち犯行の動機について、具体的に明示しているのが
- 「潜思釈憾、将図不逞。遂起悪心、謀毀宗廟・山陵及宮闕。」
- 「(大逆を企てる者は)密かに恨みを晴らそうと考え、不法でよこしまな企みをなし遂げようとたくらみ、ついに極悪な心を起こして、皇帝の祖先の霊をまつる宗廟、歴代皇帝の墓である山陵、および宮殿の門(宮闕)を破壊しようと計画する。」
これ、大罪について、その心理や背景を厳しく非難して描写した一節で。って、まさに素戔嗚尊そのものやん。。。密かに恨みを晴らそうと考え、不法でよこしまな企みをなし遂げようとたくらみ、ついに極悪な心を起こして、天照大神の権威を象徴する営造物である「御田」「新宮」「斎服殿」を攻撃した。。構造がそのまんま。
これまでの解説をまとめると、
「誓約」をめぐる対立が最終的に素戔嗚尊の「勝」という結果をもたらし、ひいては増長させてもいて、こうした経緯が要因となり、やはり前述のとおり唐律の疏に明示する「潜思釈憾」に通う犯意を抱くに至り、遂には「甚無状」という一連の犯行に及んだ。。。という訳です。
謀反の疑いだけに終った第六段を受け、この第七段では、確信犯として素戔嗚尊が大逆を実行し、もはや退っ引き成らない状況に至る。大逆の活用は、まさに絶妙というほかありません。。『日本書紀』編纂チームの創意工夫がヤバい、、
ということで、
素戔嗚尊の勝ちさびは大逆に相当する重大犯罪であるってこと、しっかりチェック。
だからこそなんですが、、
第七段〔本伝〕では、最終的に、
その後諸神は罪過を素戔鳴尊に帰して、千座置戸を科し、遂に督促して徴収した。これに応じないため、髪を抜いてその罪を購わせるに至った。また別に、その手足の爪を抜いて購ったと言う。こうしたあと、遂に放逐して降した。
然後、諸神、歸罪過於素戔嗚尊而科之以千座置戸、遂促徵矣、至使拔髮以贖其罪。亦曰「拔其手足之爪贖之。」已而竟逐降焉。
ということで、
千座置戸=膨大な罰金刑を課して徴収しようとした訳です。これ、なんでやってるかというと法律違反がベースにあるから。
それでも素戔嗚尊が督促に応じず支払わないので、髪を抜いたり手足の爪を抜いて罪を贖わせたんですね。さらに高天原から追放する。なぜなら法律違反だから。
ということで、
まとめると、素戔嗚尊の勝ちさびは、法律をベースに組み立てられていて、十悪に相当する重大犯罪として位置付けられてる。だからこそ、最終的に素戔嗚尊に罰金刑を課す。払わないので罰を与えて追放した。これが勝ちさびの顛末という次第。
これ、しっかりチェックです。
素戔嗚尊の勝ちさびにはどんな意味があるの? まとめ
「素戔嗚尊の勝ちさび」の意味
実際、素戔嗚尊が標的として狙った営造物は、
- 「天狭田・長田」という豊かな稔りをもたらす「御田」
- そこで収穫した稲(新穀)を「新嘗」に供える「新宮」
- 繭から紡いだ糸によって「織_神衣_」という「斎服殿」
で、これらは、高天原を統治する天照大神の創始した稲作と養蚕の営造物。
つまり、「御田」「新宮」「斎服殿」全てが、高天原を統治する天照大神のいわば権威を象徴する営造物であると言える訳です。
てことは、あえて権威の象徴を狙って攻撃してる訳で、これはつまり、天照大神による奪国嫌疑の不当さに対する怒りや憤りを晴らすためだった。。と考えられる訳です。もっというと、密かに恨みを晴らそうと考え、不法でよこしまな企みをなし遂げようとたくらみ、ついに極悪な心を起こして、天照大神の権威を象徴する営造物である「御田」「新宮」「斎服殿」を攻撃したということで。彼にも彼なりの理由があった。。ここに想いを致したい。これ、しっかりチェック。
最後に、
素戔嗚尊の勝ちさびは大逆に相当する重大犯罪である。法律をベースに組み立てられていて、十悪に相当する重大犯罪として位置付けられてるからこそ、最終的に素戔嗚尊に罰金刑を課す。払わないので罰を与えて追放した。これが勝ちさびの顛末という次第。
以上を是非チェックされてください。
参考文献:『古代神話の文献学』(塙書房)、『新編日本古典文学全集 日本書紀』(小学館)、『日本書紀史注』(風人社)、『日本古典文学大系『日本書紀 上』(岩波書店)
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埼玉県生まれ。京都大学大学院文学研究科博士課程国語学国文学(S53)。佛教大学助教授(S58)。中華人民共和国西安外国語学院(現西安外国語大学)文教専家(H1)。佛教大学教授(H6)。中華人民共和国北京大学高級訪問学者(H13)。東京大学大学院総合文化研究科私学研修員(H21)。主な書籍に『古代神話の文献学 神代を中心とした記紀の成りたち及び相関を読む』がある。『日本書紀』『古事記』を中心に上代文学における文献学的研究成果多数。