神武ゆかりの地|小字「をどの」「血原」|兄猾を追いこんで自滅させ、引きずり出して斬ったら、その血はくるぶしまで、、、ってなんて恐ろしい場所な件

神武東征ルートを行くシリーズ

神武東征神話をもとに、その伝承地を辿る大人気シリーズ。

今回は、「をどの 血原」を取り上げます。

「をどの 血原」

今となっては、誰も知らねーよ状態ですが、東征神話においてはまあまあ重要スポット。

  • 「をどの 血原」の地が持つ意味とは?神武東征神話においてどのような意味があるのか?

この謎を探ることで、この地が伝える神話的意味を明らかにします。

 

をどの 血原|兄猾を追いこんで自滅させ、引きずり出して斬ったら、その血はくるぶしまで、、、ってなんて恐ろしい場所な件

をどの 血原 が持つ意味

この地は、将軍「道臣命(みちのおみのみこと」が「兄猾(えうかし)」を滅ぼした場所。

『日本書紀』が伝える詳細はこちら↓でご確認ください。

兄猾と弟猾|弟は聡く帰順したが、兄は謀(はかりごと)を企んだのでさらして斬った件|分かる!神武東征神話No.10

2016.01.27

ここでのポイントは2つ。

  1. 本シーンは、これ以降、大和入りへ向けた「在地豪族の制圧」が主要テーマになる転換点である事。
  2. 制圧にあたっては、臣下が活躍。これは、「神代から人代への大転換」を象徴している事。

です。結構重要なんです。

尚、住所にもなってる小字「をどの」というのは『古事記」にちなむ場所です。古事記の記述を以下ご紹介します。

古事記(原文)

「待ち撃たむ」と、云ひて、軍を集めき。然れども、軍を集むこと得ねば、仕へ奉らむと欺陽りて(いつはりて)、大き殿を作り、其の殿の内に押機(おし)を作りて待ちし時に、、、

 訳文

兄猾(兄宇迦斯)は「迎え撃とう」と言って軍勢を集めた。しかし軍勢をうまく集めることができなかった。そこで、神武にお仕え申し上げることにしようと偽って、大きな御殿を造り、その御殿のなかに押機(おし)をしかけて待ち構えていた時に、、、

 ということで、

文中の「大き殿(との)」が、「おおきとの」→「おきとの」→「おとの」→「をどの」といった感じで現在の地名へ。そこに宇陀市観光協会が目を付けてこの地を「神武ゆかりの地」として認定したという経緯。身もふたも無くてすみません。

いずれにしても、このあたりに在地豪族の「兄猾(えうかし)・弟猾(おとうかし)兄弟」がいたようですし、それを制圧する中で「臣下の活躍=神代から人代への転換」が行われるという象徴的な場所という事ですね。

 

をどの 血原 伝承地

場所はコチラ。

34.448396, 135.993531

榛原街道から離れ、南東へ戻る感じですね。

「穿邑顕彰碑」からさらに奥へ進むとあります。穿邑はコチラ↓

神武東征ルートを行く|聖蹟菟田穿邑顕彰碑|地元農家さんの敷地内?山を穿ってたどり着いた村は榛原街道(166号)から離れてしまった件

2016.03.01

ここからさらにこんな感じの道を進みます。

をどの 血原 (3) をどの 血原 (5)

▲見えてきました。真ん中の木がもっさと生えてるところ

 

をどの 血原 (7)

▲このあたりが「血原」。兄猾を切り刻んでその血がくるぶしまで。。。(;´Д`)ハァハァ

 

をどの 血原 (8)

▲さらに進むと、、、

 

をどの 血原 (9) をどの 血原 (16)

▲ありました!このあたりが「をどの」。要は兄猾が神武抹殺用の御殿を建てたところとのこと。

 

をどの 血原 (13) をどの 血原 (20)

▲なにやら、まがまがしさを感じる。。。(;´Д`)ハァハァ

 

この上、どうなってんの?

ということで上がって確かめてみた。

をどの 血原 (21)

▲普通に畑ですね。ここに建ってたのかなー

 

をどの 血原 (23)

▲パノラマビュー。 平和な田舎風景。。。

 

なるほどですね。

現場からは以上です。

 

と、いうことで。

恒例の、いきましょう。

 

勝手に認定結果

関係各位のみなさま、

こちら、

認定血原神武東征

 

と、させていただきます。ご確認の程、何卒よろしくお願い申しあげます。

 

おまけ!

宇賀神社

をどの 血原 (24) をどの 血原 (25)

▲なんだか、集会所のような神社です

 

をどの 血原 (27) をどの 血原 (26)

▲子宝に恵まれそうな「こもうけ石」

をどの 血原 お越しの際にはどうぞ!

 

まとめ

をどの 血原 伝承地

このあたりに在地豪族の「兄猾(えうかし)・弟猾(おとうかし)兄弟」がいたようですし、それを制圧する中で「臣下の活躍=神代から人代への転換」が行われるという象徴的な場所だという事です。ポイント2つ。

  1. 本シーンは、これ以降、大和入りへ向けた「在地豪族の制圧」が主要テーマになる転換点である事。
  2. 制圧にあたっては、臣下が活躍。これは、「神代から人代への大転換」を象徴している事。

是非チェックしておいてください。

 

をどの 血原 伝承地

34.448396, 135.993531

榛原街道から離れ、南東へ戻る感じ。「穿邑顕彰碑」からさらに奥へ進むとあります。まずは「宇賀神社」を目指しましょう。

駐車場:あり
トイレ:あり

 

その他のスポットはコチラで!

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こんにちは、さるたひこです!読んでいただきありがとうございます。「日本神話をこよなく愛するナビゲーター」として日本神話関連情報、題して「日本神話がおもしろい!」を発信していきます。どうぞよろしくお願いします。ちなみに、ネーミングは、天孫降臨の折、瓊瓊杵尊を道案内した国津神「猿田彦命」にあやからせていただいてます。ただ、神様の名前をそのまま使うのは畏れ多いので「さるたびこ」の「び」を「ひ」に変えております。