稲佐の浜|国譲り神話の舞台!稲佐の浜の美しい夕日と神々しい日の出をまとめてご紹介!

 

稲佐いなさの浜」は、島根県出雲市にある海岸。

ココ、出雲大社の西1kmくらいのところにある海岸で、国譲り神話で知られる浜です。出雲神話では国引き神話で登場。

海岸は西向きなので夕日が特に美しく眺められます。逆に日の出は出雲大社方面から上ってきます。

今回は、日本神話の国譲り神話のご紹介と合わせて夕日と朝日の両方をまとめてお届けします。

 

稲佐の浜|国譲り神話の舞台!美しい夕日と神々しい日の出の様子を両方まとめてお届け。出雲大社参拝時には鉄板のおススメ観光スポット!

稲佐の浜への道

「稲佐の浜」は出雲大社の西1kmくらいのところにある海岸。

車の場合は、駐車場がありますので直でゴー。

電車の場合は、一畑電車「出雲大社前駅」下車、出雲大社まで5分、そこから西へ15分ほどです。

出雲大社から稲佐の浜へ

▲早朝の出雲大社の様子。5時くらい。まだ人の気配がなく、逆に静謐な空気が漂っております。

 

ここから左手へ、海岸へ続く道あり。

稲佐の浜への道

クルマであればまっすぐ2~3分進みます。

稲佐の浜

▲先ほどの道の突き当りが「稲佐の浜」。「日本の渚・百選」に選ばれてます。右方面は日御碕ひのみさき灯台へ。

「稲佐の浜」から出雲市「長浜」にかけ、ゆるやかな弓状に続く約3キロの砂丘海岸が続きます。

 

「稲佐の浜」の朝日

まずは、日の出からお届け。

稲佐の浜

▲世界は桃色に染められてとっても美しくて。。。中央にあるのは弁天島です。

 

稲佐の浜

 

稲佐の浜

 

稲佐の浜

▲ゆるやかなカーブを描く海岸が美しい。。。青と桃色の絶妙な混色。

 

海岸が西向きなので、日の出は出雲大社方面の八雲山から上ってきます。

稲佐の浜

▲こちら夏頃の日の出から。思わず手を合わせてしまう神々しさ。出雲大社の背後にある八雲山から昇ってきます。

 

稲佐の浜

 

「稲佐の浜」の夕日

次には夕日からお届け。

「稲佐の浜」海岸が西向きなので、天気が良ければ美しい夕日を眺められます。

稲佐の浜

▲弁天島の背後に沈む夕日。美しい。。。

 

稲佐の浜

 

稲佐の浜

▲言葉を失うとはこんな感じのことを言うのだろう。ホントに美しくて荘厳な空間です。

 

稲佐の浜

 

稲佐の浜

日没後のおだやかなおだやかな時間がありました。

 

弁天島@稲佐の浜

稲佐の浜

先ほどから登場している稲佐の浜にある、一際目立つ丸い島。

地元では「べんてんさん」と呼ばれる島で、かつては沖にあったため「沖ノ御前」「沖ノ島」と呼ばれていたそうです。

神仏習合の頃には「弁財天」が祀られていましたが、明治頃から「豊玉毘古命とよたまひこのみこと」が祀られています。

 

神迎の神事@稲佐の浜

稲佐の浜での神事

出雲大社では、旧暦の10月11日から17日の間、「神在祭(御忌祭おいみまつり)」と呼ばれるお祭りが開催されます。

その前日10日の夜、海の彼方から来る神々を迎えるため、「稲佐の浜」で「神迎かみむかえの神事」が行われ、神の使いである龍蛇りゅうじゃを「曲物まげもの」に載せて本殿に納めます。

なお、

この儀式のあと、神々は出雲大社に移り、本殿ちかくの東西十九社に宿ります。そして「上宮かみのみや」において神議されるという流れ。

世の中は、10月は「神無月かんなづき」と呼ばれますが、ココ出雲では「神在月かみありづき」と呼ばれます。それは、全国各地の八百万やおよろずの神様が10月になるとココに集まって会議をするから。「神が在る」出雲は「神在月」、「神が無い」その他の地域は「神無月」という次第。

 

稲佐の浜に関連する日本神話:国譲り神話

さて、いよいよ当サイトならではの日本神話のご紹介。

日本神話で「稲佐の浜」が登場するのは、『日本書紀』第九段本伝。

第九段のテーマは「葦原中つ国平定と天孫降臨」。超重要テーマ。

ココでは、高天原側の代表として最高神「高皇産霊尊たかみむすひのみこと」が登場、勅命により「経津主神ふつぬしのかみ」と「武甕槌神たけみかづちのかみ」の2神に「葦原中国の平定」をミッションとして派遣します。

なぜ平定するのか?

その理由が重要で。

それは、高天原の子孫「皇孫」を地上に降臨させるためです。

この時点で、地上の国造りを行なったのは「大己貴神おおあなむちのかみ(大国主)」であり、統治権も「大己貴神おおあなむちのかみ」が握ってます。

そこで、

高天原側から使者が派遣され、「大己貴神おおあなむちのかみ」に「国を譲れ」と迫るのです。尚、国譲りのあと、地上にはびこっていた邪神を誅伐し平定が完了します。

以下、その国譲り交渉のシーンを抜粋します。

経津主神ふつぬしのかみ」と「武甕槌神たけみかづちのかみ」の二柱の神は、出雲国の「五十田狭いたさ小汀おはま」に降って来て、十握剣とつかのつるぎを抜き、逆さまに大地に突き立てて、その剣の切先に胡坐あぐらをかいて坐り、「大己貴神おおあなむちのかみ」に間うた。高皇産霊尊たかみむすひのみことは皇孫を降らせ、この国に君臨させようとお思いだ。そこで、まず我々二神を遣わされ、邪神を駆除はらい平定しようとされたのだ。あなたの考えはどうだ。国を譲るか否か?」 (『日本書紀』第九段本伝より)

ココで登場する五十田狭いたさ小汀おはまが現在の「稲佐の浜」とされてる訳ですね。

ま、

それにしても、高天原側の使者2柱の交渉における導入方法はスゴイ。。

交渉の場に到着するやいなや、剣を逆さまに突き立てその切っ先にあぐらをかく。。。相手にとってみれば、そんな立ち居振る舞いを見た瞬間、「これは手ごわい相手だ」と心の底から思わずにはいられません((((;゚Д゚)))ガクブル

これにより、以後の交渉を有利に進める事が可能となる訳で。ファーストインプレッションの大切さをこれほど分かりやすく教えてくれる例は他にないんじゃないか、、、なんて。

ちなみに、この後の流れは以下の通り。

すると「大己貴神おおあなむちのかみ」は答えて「私の子に尋ね、その後にご返事しましょう。」と申しあげた。 ~中略:この後、「大己貴神おおあなむちのかみ」は自分の子である「事代主神ことしろぬしのかみ」に意思確認をしたところ、「事代主神ことしろぬしのかみ」も譲る意志を伝えます。 ~

それで「大己貴神おおあなむちのかみ」は、我が子の言葉をもって二柱の神に、「私の頼みにしていた子もすでに国をお譲り申しあげました。それでは、私もお譲り申しましょう。もし私が抵抗したならば、国内の諸神も必ず同様に抵抗するでしょう。今、私がお譲り申しあげるならば、誰ひとりとして、従わない者はいないでしょう。」と申しあげた。

そして、大己貴神はかつてこの国を平定した時に杖としていた「広矛ひろほこ」を、二柱の神にお授けして、「私はこの矛でもって国の平定という「功績」を成し遂げました。天孫がもしこの矛を用いて国を治めたならば、必ず天下は平安になるでしょう。今から私はもも足らず八十隈やそくまでに隠れましょう」と仰せられた。そして、言い終ってとうとう隠れてしまわれた。そこで二柱の神は帰順せぬ諸々の邪神たちを誅伐して、すっかり平定した。

※「八十隈やそくまで」…「八十」は「多くの」の意。「隈」は道の曲がり道。あわせて「たくさんの曲がり道」=「遠い隅の方」=「幽界」を指すものと思われます。

『日本書紀』第九段本伝より

と、いうことで無事に国譲りは平和裏のうちに完了した訳です。めでたしめでたし。

稲佐の浜

 

屏風岩

稲佐の浜 屏風岩

▲稲佐の浜辺から50mほど山手にある岩。民家の庭に??? あるんです!

この岩を背にして、「大己貴神おおあなむちのかみ(大国主)」と高天原の使者が「国譲り」の話し合いをされたと伝えられています。

現地にある説明文には「戦うことなく国譲りをされた大国主大神の「和を尊し」とするこころを感じてください。」とのこと。素晴らしい。

 

稲佐の浜 まとめ

稲佐いなさの浜」

島根県出雲市にある海岸。出雲大社の西1kmくらいのところにある海岸で、国譲り神話で知られる浜です。出雲神話では国引き神話で登場。

海岸は西向きなので夕日が特に美しく眺められます。逆に日の出は出雲大社方面から上ってきます。

日本神話の国譲り神話と合わせて、日の出または、日没の時間帯に訪れてみてください。美しい景色が広がってます。

 

住所
島根県出雲市大社町杵築北稲佐
出雲大社から車で2分。徒歩15分ほど。
駐車場 有り 20台
トイレ あり 公営トイレ

 

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2 件のコメント

  • 最終目的地が大和の地で、天孫をそこに住まわせたいのなら、出雲は方向違いでは?大和の地が出雲の物であれば話は別だけど、その場合は出雲ではなく大和の地で話し合いが行われるのが自然ではないでしょうか?そう考えると国譲りの話し合いは日本書紀に書いてある通り、現在の宇陀市の石田ではないでしょうか?この辺は昔から「伊那佐」と呼ばれており、古事記の「伊那佐の小濱」の通りです。海と吉野川の違いはありますが。また日本書紀の「五十田の小汀」も五十田が石田に変化したのなら「汀」は川のほとりもそう呼ばれますから、古事記や日本書紀の記載通りです。どうでしょうか?

  • 稲佐の浜 素晴らしい場所ですね。
    僕は、最近今年になってから、突然色々な神社に参拝するようになりました、何故かわからないですが、けれど、生活の流れが良くなったり、神社に行って写真を撮ったら、良い写真が撮影出来たり、何か色々な所でご利益があるような気がしてなりません。
    何故、まずこのお話から始めたかと申しますと、
    最近、写真の投稿サイトに写真を投稿するのですが、たまたま、そのサイトの中に、たまたま稲佐の浜の写真がありました。
    ただよく確認して見ると、岸壁の上に鳥居と神社があり、この景色見覚えがあるなと思ったら、何と以前スマホのギャラクシーノートにたまたま頭に思い浮かんだ物を描いたイラストと全く同じ景色だったのです。
    それも、2020 10月17日でした。
    何かご縁があるのか、それか、以前何処かでその景色を目にしていた為か、わからないですが、凄く縁を感じます。
    その時は、「この浜辺に岸壁があって、その上に鳥居があって遠くから、人がそれを眺めてるイラストって何か神秘的やな」みたいな感じで描いてました。
    その頃は、神社の事なんて、皆目眼中に無かったのですが、
    写真の投稿サイトにしても、今年の神社参拝にしても、色々繋がっている気がしてなりません。

    長々とコメントしましたが、すみません。けれど、このサイトに出会わせて頂いてありがとうございます。

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    これまでの「日本神話って分かりにくい。。。」といったイメージを払拭し、「日本神話ってオモシロい!」「こんなスゴイ神話が日本にあったんだ」と感じていただける内容を目指してます。
    日本神話研究の第一人者である佛教大学名誉教授の榎本先生の監修もいただいているので情報の確かさは保証付き!文献に即して忠実に読み解きます。
    豊かで多彩な日本神話の世界へ。是非一度、足を踏み入れてみてください。
    参考文献:『古代神話の文献学』(塙書房)、『新編日本古典文学全集 日本書紀』(小学館)、『日本書紀史注』(風人社)、『日本古典文学大系『日本書紀 上』(岩波書店)他