日本神話に伝える重要ワードやエピソードを、誰も頼んでないのに必要以上に掘り下げる「勝手にディープ日本神話解説」。
今回は、
天照大神の名前の由来
をテーマにお届けします。
日本神話における最高神、高天原の統治者としての天照大神ですが、その神名にはかなりディープな意味が込められていて、一番重要なのは「照」という言葉。コレが核。
そこには、天や日月が地上を照らす意味だけでなく、理想的な統治者の徳が天下の隅々にまで及ぶことを表す比喩としての意味があるんです。
今回は、天照大神の名前の由来を文献学的アプローチからディープに分かりやすく解説していきます。
- 日本神話研究の第一人者である榎本先生監修。確かな学術成果に基づく記事です
- 日本神話全体の流れや構造を解き明かしながら解説。他には無い分かりやすい記事です
- 現代語訳のほか原文も掲載。日本神話編纂当時の雰囲気を感じてもらえます
- 登場する神様や重要ワードへのリンク付き。より深く知りたい方にもオススメです
天照大神の名前の由来は?「照」をもとに日や月の照臨と理想の統治者像が重ねられている
天照大神は、『日本書紀』で伝える神名。『古事記』では天照大御神。「御」がつくかつかないかだけの話なので、今回は『日本書紀』の天照大神という神名をもとに解説していきます。
以下、ポイントは全部で3つ。
ポイント1 「照」は、単に太陽が光ることを意味しているのではない
まず結論から言うと、
「照」は天や日月が地上を照らす意味だけでなく、理想的な統治者の徳が天下の隅々にまで及ぶことを表す比喩としての意味があるってこと。いきなりですが。。
「明るい太陽だから天照大神」というだけではない、てことです。
古代、理想的な統治者は、
太陽や月がすべての場所を公平に照らすように、人々を広く治める存在
として表現されてました。この「照る」という自然現象と、「よく治める」という政治的な理想が重なってるんです。
用例としては以下。日月そのものの働きと聖人を重ねてる例。
日月得天而能久照、四時變化而能久成。聖人久於其道而天下化成。
訳:太陽と月は(宇宙の普遍的な法則である)天の道に適っているからこそ、いつまでも照らし続けることができる。四季は移り変わりを続けるからこそ、いつまでも巡り成し遂げられる。聖人もまた、正当な道に永く身を置くからこそ、天下の人々を教え導いて立派に育て上げることができる。
出典:『易経』(第三十二卦・雷風恒の彖伝より
ということで、
『易経』は儒教の経典。「恒(こう=常久・持続)」という卦のテーマである「変わらないことの尊さ、自然の恒常性」を説いた一節。
ポイントは、
• 「得天」天を得る=天の道に適う: 自然の大きな法則や秩序、あるいは正しい道理に順応している
• 「久照」いつまでも照らし続ける・「久成」いつまでも巡り成し遂げられる: 一時の思い付きや無理なやり方ではなく、普遍的なルールに則っているため、物事が長く持続し、成果を上げ続けることができる
てことで、
ここでは変わらないことの尊さ、自然の恒常性が説かれてる訳です。普遍性みたいなの。そういう文脈の中に「照」という言葉もある。
って、、
こんな感じで一個一個解説してると終わらないので、以下用例列挙でご了承ください。。
他にも、
日居月諸照臨下土
訳:太陽よ、月よ、あなた方はいつも変わらず地上の隅々まで光を照り輝かせているのに…
出典:『詩経』風・日月
ここで重要な言葉が「照臨」という言葉。
コレは、日月が空から四方を照らすように、高いところから見守ったり統治したりすることを表す言葉です。
統治の意味は転じて発生するんですが、ここで押さえておきたいのは、
「照臨」とは、照らし臨む。日月が空から四方を照らすように高いところから見守ることをいう。このイメージしっかりチェック。
他にも、
『詩経』では、天が地上を照らし、見守る表現が。
明明上天照臨下土
訳:明るく輝く天空(天の神)は、この地上の世界をあまねく照らし見下ろしている。
出典:『詩経』小雅・小明
他にも、
皇矣上帝、臨下有赫、監観四方、求民之莫
偉大なるかな、天帝よ。天から下界を見下ろされ、その威光はきわめて盛ん(明らさま・厳か)である。四方の国々をよく見渡し、人々が安らかに暮らせる状態(あるいは民の苦しみ・病み)を求められている。
出典:『詩経』大雅・皇矣
ということで、
「日」「天」「照臨」が密接に関連してることが伺えますよね。
また、
「照臨」という語がない例ですが、
明明在下、赫赫在上
(天の光や意思は)地上をあまねく、きわめて鮮やかに照らし、天上にあっては、まばゆいばかりの威厳をもって輝いている。
出典:『詩経』大雅・大明
とか。コレはさらに意訳すると
「天の知恵は地上のすべてを明察し、天の威光は上空から厳然と(人々の行いを)見下ろしている」
と言った意味になります。
同じ『詩経』大雅・大明では「天監在下」という表現があり、コレは「天(神)は天上から下界(人間社会)を監視し、すべてを見通している」と言う意味があったりします。
ということで、
これまでご紹介した例から、「天」が地上を照らし、監視する・見通してるという思想があったことが分かりますよね。
しかも!!
コレだけは終わらない!
実は、「照」は人間の理想的統治者へ広がっていくんです。
天子者、与天地参。故徳配天地、兼利万物。与日月並明、明照四海而不遺微小。
天子とは、天および地と並ぶ存在(三才の一員)である。それゆえ、その徳は天の広大さ・地の包容力と釣り合い、すべての生き物に等しく利益をもたらす。太陽や月と同じように輝き、世界の隅々(四海)まで残さず明るく照らし、どんなに小さな存在も見落とすことはない。
出典:『礼記』経解第二十六
コレは、
天子は天地と同じレベルの視座を持ち、太陽や月のように「すべてを見通す(明照)」存在でなければならない、という儒教の究極の政治理想を示してます。
他にも、
夫大人者、与天地合其徳、与日月合其明。
もそも『大人(たいじん/徳の極みに達した偉大な指導者)』というものは、天地とその徳を一つにし、太陽や月と同じように世界を明るく照らす(知恵を持つ)。
出典:『周易』上経・乾「文言」
コレは、
「天・地・自然と、人間の理想的なリーダーはいかにあるべきか(天人合一)」の究極の形を示してます。
さらに、
大人以継明、照于四方。
偉大な指導者(大人)は、途絶えることのない太陽や月の輝き(明)を受け継ぎ、世界の四方をあまねく照らし出す。
出典:『周易』上経・離「大象」
コレは、
「優れたリーダー(大人)とは、前代の聖人が残した徳の光を受け継ぎ(継明)、それをさらに広げて世界を照らす(照于四方)存在である」と説いてる次第。
最後に、
人君者、与天地合徳、与日月斉明。上宝命、下臨率土。
君主(天皇)というものは、天地とその徳を一つにし、太陽や月と同じように世界を明るく照らす存在である。上は天からの尊い天命(宝命)を受け継ぎ、下は世界の果て(率土)にいたるまでの全土を見下ろして治めている。
出典:『養老律』(または『大宝律』)の名例律・謀反条(あるいはその注釈書である『令義解』『律逸』など
コレは、
日本の律令制において「天皇(人君)とはどのような存在か」を法的に定義してます。
「明明在下、赫赫在上」からの一連の流れは、【天の意思(詩経)】→【理想の天子像(中国儒教)】→【日本の天皇の絶対性(日本律令制)】へと、思想が美しく繋がっていることが分かりますよね。
今までご紹介してきたのを簡単にまとめると、
「照」は単なる物理的な光ではなく、
天・日月の働き → 天下を照らす働き → 理想的な統治者の徳
という広がりを持っていることが分かります。
天照大神に使われている「照」コレくらい壮大な概念とかロジックに裏打ちされてる訳です。このものスゲー尊い感をしっかりチェック。
ポイント2 「天照」の「照」をたどると、文王が浮かび上がる
さて、「天照」に込められた壮大な概念を理解した上で、現実世界における実践者もご紹介します。数ある聖人の中でも特に重要なのが、周の「文王」。
実は、文王は中国古典の中で、日月が四方を照らすように天下に徳を及ぼす存在として描かれています。コレ、天照大神の「照」と結びついてますよね。
なぜ文王なのか。
文王を説明する言葉の中に、天照大神に通ずる表現が繰り返し伝えられてます。
それが、
「日や月のように四方を照らす」
という表現。
以下、いくつかご紹介。
惟我文考、若日月之照臨、光于四方、顕于西土。
ああ! 私の亡き父である文王のご徳は、太陽や月が空からあまねく照り輝くように、四方の隅々まで光を放ち、とりわけ西のこの地(周の拠点)において際立って明らかであった。
出典:『書経』泰誓下
コレは、
周の武王(姫発)が商(殷)の紂王を討つために諸侯や兵士を率いて誓いをしたときの言葉の一部。
武王は、自分が商の紂王を討ち勝つことができたとしても、それは自分の武勇によるものではなく、亡き父・文王の積んだ徳が正しかったからなのだと、謙虚さと父への敬慕を込めてこの誓いの言葉を述べてるんです。
ポイントは、文王が「日月の照臨」のような存在として表現されてることですね。
続いて、
文王、若日若月乍照、光于四方于西土。即此言文王之兼愛天下之博大也。譬之日月兼照天下之無有私也。
周の文王の慈愛は、まるで太陽と月のようです。たちまちのうちに、世界のすみずみから西の果ての国々までを、あまねく照らし出します。
出典:『墨子』巻之四・兼愛下第十六
ここではさらに一歩進んで、
文王という聖人の統治や慈愛の心が、特定の誰かだけを優遇する「別(差別)」のものではなく、太陽や月のように万物を平等に包み込む「兼(普遍)」のものであったことを強調する、非常に美しい比喩表現です。
ポイントは、文王のあり方を日月にたとえ、天下を広く愛すること、天下を照らす際には「私」がないことを強調してるところ。
最後に、
唯此文王、帝度其心。莫其徳音、其徳克明。
この素晴らしい文王(の心の美しさ)をご覧になり、天帝(神様)はその御心を自ら推し量り、深く信頼なされました。 文王の名声と美徳は、遠く離れた異国の地にまで静かに、そして広く行き渡り、その徳の光は天下をあまねく、実に見事に照らし出したのです。
出典:『詩経』大雅・皇矣
「その素晴らしい人徳は、神様からも認められ、世界の果てまで届くほどに明るく輝いていた」という、文王への最大級の賛辞が語られています。。
なお、これについて『左伝』では、
照臨四方、曰明。
(太陽や月のように)世界のすみずみまで、あまねく隅々まで照らし出すこと。これを『明(めい)』と言う。
出典:『左伝』(昭公二十八年)
ということで、
文王の徳が「明」であるとは、四方を照らし臨むこととして説明されているのです。
他にも、、『書経』康誥の「惟乃丕顕考文王、克明徳、(中略)以修我西土。」や、『書経』立政の「以覲文王之耿光以揚武王之大烈」など、挙げ始めると止まらない勢い、、いずれも、「文王=顕・明・光」という表現群が見えてきたりします。
コレまでの例をまとめると、
文王を特徴づける表現として、
- 「若日月之照臨」
- 「光于四方」
- 「照臨四方」
- 「克明」
- 「丕顕」
などが互いに関係してますし、何より、これを一語に集約すれば「照」になる訳です。
コレらを踏まえ考えられるのは、
日神に、高天原の統治者としてふさわしい「照」という文字を与えた名が「天照大神」だった
てことで。「照」に込められた意味、その至高さや尊さをしっかりチェック。
ポイント3 天照大神の「照」は、民を生かす統治につながっている
最後に、天照大神が「照らす理想的統治者」だとすると、その働きは日本神話の中で具体的にどう表現されているのかについて解説。
「天下を照らす」といっても、単に偉そうに世界を見ることではない。天照大神の統治は、人々が生きていけるようにする統治として表れる。つまり、光は「生命を支える政治」の比喩としても読めるわけです。
『日本書紀』第五段〔一書11〕では、農事起源説話が伝えられてますが、まさにこれ。
時に天照大神は喜び、「この物は、この世に生を営む人民が食べて活きるべきものである。」と言って、粟・稗・麦・豆を陸田(畑)の種とし、稲を水田の種とした。またこれにより天邑君(村長)を定めた。そこでその稲の種を天狭田と長田に植えることを始めた。その秋には、垂れた稲穂が握り拳八つにたわむほど茂り、たいへん爽快であった。また、口の中に繭を含み糸を抽き出すことができた。これにより養蚕の道ができたのである。
ということで、
人々の生活を支える農業の起源を伝え、天照大神が自ら農業や養蚕を開始したとしてる訳です。
ちなみに、コチラ↓も合わせてチェック。
まとめると、
「照」は、名前の中だけに存在する抽象的な理念ではない。
天下の隅々を照らし、人々の生活に恩恵を及ぼす理想的統治者
という天照大神像が見えてくる訳です。
天照大神の名前の由来 まとめ
天照大神の名前の由来
「天照」をただ「天で輝く太陽」と読むだけでは、日本神話が本当に伝えたい世界は見えてこない。
『周易』『詩経』『礼記』『書経』『墨子』『春秋左氏伝』へさかのぼると、「照」は日月の光であると同時に、優れた統治者が天下の隅々まで徳を及ぼすことを表す言葉でもあり、その深みが理解できる。
また、その表現をもっとも印象的に体現する一人が文王です。
古代の日本人は、漢籍の膨大な知識をただ写したのではなく、その知識を読み込み、日本の神々の物語の中で組み替え、新しい意味を与えていったのではないか。
一つの神話の背後に、これほど多くの古典知識が折り重なっている。
そこにこそ、古代日本人が膨大な漢籍の知識を駆使し、創意工夫によって神話を紡いでいった可能性を探る、文献学のおもしろさだと思います。
参考文献:『古代神話の文献学』(塙書房)、『新編日本古典文学全集 日本書紀』(小学館)、『日本書紀史注』(風人社)、『日本古典文学大系『日本書紀 上』(岩波書店)
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埼玉県生まれ。京都大学大学院文学研究科博士課程国語学国文学(S53)。佛教大学助教授(S58)。中華人民共和国西安外国語学院(現西安外国語大学)文教専家(H1)。佛教大学教授(H6)。中華人民共和国北京大学高級訪問学者(H13)。東京大学大学院総合文化研究科私学研修員(H21)。主な書籍に『古代神話の文献学 神代を中心とした記紀の成りたち及び相関を読む』がある。『日本書紀』『古事記』を中心に上代文学における文献学的研究成果多数。