日本神話に登場する、重要ワード、重要エピソードをディープに掘り下げる「日本神話補足解説シリーズ」。
今回は、
「親耕」「親桑」
をテーマにお届けします。
「親耕」「親桑」は、古代における皇帝と皇后の率先垂範事項であり理想像。職事や儀礼として行っていたんですが、、実は、この枠組み、日本神話でもガッツリ使われていて、その日本神話を継承する天皇(や皇后)が今でも宮中で行ってるというスペシャルミラクルつき。
今回は、そんな「親耕」「親桑」について、古代漢籍や日本神話を踏まえて分かりやすく解説します。
親耕と親桑|皇帝と皇后の率先垂範であり理想像。日本神話で引き継がれ、現代にも継承されてるスペシャルな枠組み
「親耕」「親桑」を伝える漢籍
まずは「親耕」「親桑」を伝える漢籍をご紹介。
いろいろあるのですが、特に有名どころで押さえておきたいのが、『漢書』巻四。
『漢書』巻四・文帝紀第四は、前漢の第5代皇帝・文帝(劉恒)の治世と事績を記した帝紀(本紀)。高祖(劉邦)の子として生まれ、諸臣に推されて即位した経緯や、質素倹約を尊び人民を慈しんだ統治、そして後世に伝わる遺詔などが記録されています。
ちなみに、、
前漢の第5代皇帝である文帝は、名は劉恒、在位は紀元前180年から紀元前157年。息子の景帝とともに「文景の治」と呼ばれる善政を行い、中国史の模範的な名君と称えられています。
この『漢書』(巻四)文帝紀二年九月条の「詔」の冒頭では、
原文:「農、天下之大本也。民所_恃以生_也。」
書き下し:「農は天下の大本なり。民の恃んで以て生くる所なり」
訳:農業が国家や社会の根本であり、人びとが生活を維持するための依り所である。
と伝えてます。
農業を奨励し、ため池や用水路を作って民の生活を安定させるべきだという文脈で使われていて、「農本主義」の思想を表した言葉としてめっちゃ有名。激しくチェック。
まず1つ目。そもそも論として、農業が天下国家の根本であり、人々の生活を安定させる拠り所として位置付けられてたことをチェック。ま、そらそうだわな。
続けて、2つ目。
『漢書』(巻四)文帝紀二年二月条の「詔」に、親耕について次のように伝えてます。
原文:「夫農、天下之本也。其開_藉田_。朕親率耕以給_宗廟粢盛_。」
書き下し:「夫れ農は、天下の本なり。其れ藉田を開き、朕親ら率いて耕し、以て宗廟の粢盛を給せん。」
訳:「そもそも農業は天下の根本である。藉田を開き、私が率先して耕すことで、宗廟の祭祀に供えるお供え物(粢盛)をまかなうことにしよう」
ということで、
ここで、大事なワードが「藉田」。籍田は、皇帝が自ら耕す田んぼのこと。さらに、「朕親ら率いて耕し」とあるように、皇帝が自ら耕す率先垂範のあり方を理想としてしてるんです。
ちなみに、、ここで言う、親耕する「藉田」が、天照大神の「御田」に当たります。後ほど解説。
さらに!
漢書(巻五)景帝紀後二年四月条に
原文:「朕親耕、后親桑、以奉_宗廟粢盛・祭服_、為_天下先_。」
書き下し:「朕親ら耕し、后親ら桑し、以て宗廟の粢盛・祭服を奉じ、天下の先と為る。」
訳:「私が自ら田を耕し、皇后が自ら養蚕のための桑摘みを行い、宗廟の供え物や祭服を調えることで、天下の人々の模範となろう。」
ということで、
- 皇帝:籍田を自ら耕す(親耕)
- 皇后:養蚕を行い祭服を整える(親蚕)
といった枠組みが設定されてるってこと激しくチェック。いずれも、農業と養蚕の重要性を自らの行動で示し、民を導く姿勢を表しています。
ちなみに、、親耕により収穫した新穀(粢盛)と親桑により育てた蚕から紡いだ糸で織った祭服とを、あいたぐう供物として宗廟に奉ってることも補足としてチェック。
ということで、
以上の点をまとめると、、
- そもそも論として、農業が天下国家の根本であり、人々の生活を安定させる拠り所として位置付けられている
- 皇帝が籍田を自ら耕す(親耕)と、皇后が養蚕を行い祭服を整える(親蚕)は対を成している
- いずれも、農業と養蚕の重要性を自らの行動で示し(率先垂範)、民を導く姿勢を理想としている
以上、激しくチェック。
日本神話で登場する「親耕」「親桑」、あるいはその枠組み
「親耕」「親桑」の考え方とか枠組みですが、実は、日本神話でもガッツリ使われていて、、以下、その現場をご紹介。
大きく2つ。
- 第五段〔一書11〕で、天照大神が天上で農業と養蚕を開始したことを伝えてる。
- 第七段〔本伝〕で、素戔嗚尊が勝ちさび無双により攻撃する対象はやはり「御田」「新宮」「斎服殿」
ということで、1つずつご紹介。
①第五段〔一書11〕で、天照大神が天上で農業と養蚕を開始した
『日本書紀』神代上 第五段〔一書6〕で誕生した天照大神が、〔一書11〕で統治者として稼働開始、その時の様子を以下のように伝えてます。
時に天照大神は喜び、「この物は、この世に生を営む人民が食べて活きるべきものである。」と言って、粟・稗・麦・豆を陸田(畑)の種とし、稲を水田の種とした。またこれにより天邑君(村長)を定めた。そこでその稲の種を天狭田と長田に植えることを始めた。その秋には、垂れた稲穂が握り拳八つにたわむほど茂り、たいへん爽快であった。また、口の中に繭を含み糸を抽き出すことができた。これにより養蚕の道ができたのである。
于時天照大神喜之曰。是物者則顕見蒼生可食而活之也。乃以粟・稗・麦・豆為陸田種子。以稲為水田種子。又因定天邑君。即以其稲種、始殖于天狭田及長田。其秋垂穎八握莫莫然。甚快也。又口裏含繭。便得抽糸。自此始有養蚕之道焉。
ということで、
「稲の種を天狭田と長田に植えることを始めた」とあり、これがまさに、先ほど解説した「籍田」に相当。また、「これにより養蚕の道ができたのである」と。。稲作と養蚕の枠組みがガッツリ使われてますよね。
天照大神は分かってる。理想の統治者のすべきこと。それは農業であると。なぜなら、農業こそが、天下国家の根本であり、人々の生活を安定させる拠り所だから。特に、稲作と養蚕はその象徴として、統治者が自ら率先垂範を通じて実践すべき事項だからですね。
続けて!
②第七段〔本伝〕で、素戔嗚尊が勝ちさび無双により攻撃する対象は「御田」「新宮」「斎服殿」
天照大神が開始した稲作と養蚕ですが、第六段の誓約儀式を経て、第七段では素戔嗚尊の勝ちさび無双へ突入していく中で、攻撃対象になっていきます。
具体的な現場は以下。
この後には、素戔鳴尊の為した行いが、甚だ常軌を逸脱したものであった。
何かといえば、天照大神は天狭田・長田を御田としていたが、そのとき素戔鳴尊が、春にはその御田のすでに種子を播いた上にさらに種子を播き、しかもその畔を壊した。秋には天斑駒を放ち稲の実る田の中に腹這いにさせ、また天照大神が新嘗をする時を見計らって、新造した宮にこっそり糞を放ちかけ、また天照大神が神衣を織って斎服殿に居るのを見ると、天斑駒の皮を剥ぎ、その御殿の瓦に穴をあけ投げ込んだ。
是後、素戔嗚尊之爲行也、甚無狀。何則、天照大神以天狹田・長田爲御田、時素戔嗚尊、春則重播種子重播種子、此云璽枳磨枳且毀其畔毀、此云波那豆、秋則放天斑駒使伏田中、復見天照大神當新嘗時、則陰放屎於新宮、又見天照大神・方織神衣・居齋服殿、則剥天斑駒、穿殿甍而投納。
ということで、、
第五段〔一書11〕で「稲の種を天狭田と長田に植えることを始めた」とありましたが、これを承けて、第七段〔本伝〕で「天照大神は天狭田・長田を御田としていた」と伝え、素戔嗚尊が攻撃する。
また、第五段〔一書11〕で「これにより養蚕の道ができたのである」とありましたが、これを承けて第七段で「神衣を織る斎服殿」が登場し、素戔嗚尊が攻撃する訳です。
ポイントは、
「御田」「新宮」「斎服殿」全てが、高天原を統治する天照大神のいわば権威を象徴する営造物だということ。
だからこそ、素戔嗚尊はそれを理解し踏まえた上で敢えて選択的に攻撃している訳です。
ということで、以上をまとめると
- 天照大神の最初のお仕事は農業の開始。なぜなら、農業こそが、天下国家の根本であり、人々の生活を安定させる拠り所だから。特に、稲作と養蚕はその象徴として、統治者が自ら率先垂範を通じて実践すべき事項だから。
- 第五段〔一書11〕では、天照大神の作った田んぼを「天狭田と長田」として伝えている。これは古代における「籍田」のこと。
- 第七段〔本伝〕では、これらを踏まえ、素戔嗚尊が攻撃したのは「御田」「新宮」「斎服殿」。全て、高天原を統治する天照大神の権威を象徴する営造物。だからこそ、素戔嗚尊は狙ってやった。
ということで、激しくチェック。
現代でも行われている「親耕」「親桑」
いきなり時代が飛んで現代に。「親耕」「親桑」、実は現代でも行われているんです。そのスペシャルな内容を最後にご紹介。
- 天皇の「親耕」(御稲作)
天皇自らが皇居内の水田(生物学研究所脇など)で、田植えや稲刈りを行います。収穫した米は宮中祭祀(新嘗祭など)に供えられます。
- 皇后の「親蚕」(御親蚕)
皇后が皇居内の紅葉山御養蚕所で桑の葉摘みや給桑、収繭(まゆの収穫)などの作業を行います。明治4年(1871年)に昭憲皇太后が始めたのが近代以降の再開となり、貞明皇后、香淳皇后、上皇后美智子さま、そして現在の皇后雅子さまへと代々引き継がれてます。
こちら↓でもさらに突っ込んで解説してます。
日本神話を継承する天皇(や皇后)が今でも宮中で行ってるというスペシャルミラクル。。。なんて尊いんだ!!
「親耕」「親桑」まとめ
「親耕」「親桑」をめぐる古代から神話から現代へのトリップ、いかがでしたでしょうか?
改めて、その概念とか哲学みたいなのが時代を超えて貫かれてる感じですよね。
特に日本は、神話の時代から続く果てしない伝統を継承してるので、今でも「親耕」「親桑」が行われてる激しく尊い国な訳です。
そもそも論として、農業が天下国家の根本であり、人々の生活を安定させる拠り所として位置付けられていて、その概念をもとに皇帝が籍田を自ら耕す(親耕)と、皇后が養蚕を行い祭服を整える(親蚕)職事や儀礼があって、いずれも、農業と養蚕の重要性を自らの行動で示し(率先垂範)、民を導く姿勢を理想としていた訳です。
それを踏まえて、天照大神の最初のお仕事が農業の開始でした。なぜなら、農業こそが、天下国家の根本であり、人々の生活を安定させる拠り所だから。特に、稲作と養蚕はその象徴として、統治者が自ら率先垂範を通じて実践すべき事項だから。天照大神は分かってる。
これらを踏まえ、現代、宮中でも「親耕」「親桑」が行われてる訳ですね。これ、激しく重要なのでしっかりチェック。
コチラも是非!オススメ関連エントリー
どこよりも分かりやすい日本神話解説シリーズはコチラ!
ついでに日本の建国神話もチェック!






























最後までお読みいただきありがとうございます。お気軽にコメントされてくださいませ。お待ちしております!