十干・十二支を使った暦日と神武東征神話|暦の最初は「甲寅」。そして「辛酉」の年には革命が起きると考えた件

『日本書紀』 巻第三(神武紀)

神武東征神話を分かりやすく解説するシリーズ

今回は、ずっと避けて通っていた「暦日」つまり「暦」を取り上げます。

以下、マニアック確定の内容ですが、現在の私たちにも関係する身近なお話でもあって。是非、チェックしていただきたいと思います。

十干・十二支を使った暦日と神武東征神話|暦の最初は「甲寅」。そして「辛酉」の年には革命が起きると考えた件

日本神話における時間の考え方

そもそも論いきます。

「日本神話」には時間の概念がありません。コレ、結構大事。

正確に言うと、

当サイトで定義している「日本神話」、つまり「天地開闢から神武橿原即位までの神話」は『日本書紀』巻1~3の部分ですが、

ここにおいて、巻1、2、つまり「神代」には時間概念が無く、巻3の「神武紀」だけイレギュラー。

神武紀は、巻1、2の「神代」と巻4以降の「人代」のちょうど間にあって、神から人へブリッジをかける役割を果たしています。

半分神話、半分歴史。

半分超常、半分普通。

神と神でない者達がせめぎ合いながら、神話から歴史へ、最終的にはうまーく人代へつながるように設計されているのです。

さて、

神話の時代、って、「時代」というと時間が意識されてしまうので、この時点で正確性を欠いてますが、それでも、敢えて、神話の時代、は、物語の展開は時間軸をもとに進むのではなく、「継起性けいきせい」をもとに進みます。

継起性とは、物事が続いて起きていく事。こんなことがあって、あんなことがあって、こんなことが起こって。。。といった感じ。

日本神話的独自世界観である、一番最初の言葉も、「昔々~」といった表現であり、明確な「いつ」という時間を定義していません。。

詳しくはこちらで。

で、

初めて時間について触れられる箇所は、こちら。

東征発議と旅立ち

ポイント2つ。

  • 神武が東征発議のなかで語る「天祖が天から降ってからこのかた今日まで、179万2470有余年が過ぎた」という言葉。
  • 発議を行い賛同を得た「この年は、太歳たいさい甲寅きのえとらであった。」という言葉。

であります。

ここで分かるのは、

  • 瓊瓊杵尊による天孫降臨から179万2470有余年という「時間」が経過していること。
  • 東征発議を行ったのは、「甲寅きのえとら」の年であり、明確な時間的一点を明確にしていること。

の2点。これは言わば「革命」であります。

時間が無かったところに、時間が入ってきた。神々が霊妙なる行為を繰り返し、いつだかなんだかよく分からなかったところに、「いつ」という点、時間が導入された。

さらっと流してはいけません。とんでもない革命的事件であります(#゚Д゚)

先ず、この重要性を確認していただければと。

神武東征神話は、ここから東征がスタートし、最終的に「辛酉かのととり」の年に橿原で即位する時間軸。あしかけ6年という事。

で、これから説明したいのは、この「甲寅きのえとら」やら「辛酉かのととり」のそもそものロジックについて、ならびにその運用です。

十干・十二支の組み合わせで作る暦日

結論から言うと、

十干じっかん十二支じゅうにしで、全60パターンの暦日れきじつをつくり出し、これによって歴史を刻んできた、という訳。「還暦=60年」もココが元ネタ。

以下、詳細を。

十干

十干じっかんとは、「陰陽五行説」に基づくものです。正確には、「陰陽✕五行説=10パターン」。万物の構成要素、世界を形づくる根源要素はこれだ!という考え方。

まず、「五行説ごぎょうせつ」は中国古代の思想で、「木・火・土・金・水」の五つの元素、つまり五行が万物を構成すると考えるもの。

次に、「陰陽道おんみょうどう」も中国からきた思想で、すべては「陽」と「陰」からできているとされます。

で、五行説と陰陽道が結びつき、「陰陽五行説」へ。そして、5行✕陰陽2つ=10干が完成。

普段、ちょいちょい使う「甲、乙、丙、丁、、、」は、この十干に漢字を当てたもの。

五行 陰陽 つまり 読み N 音読み
木(き) 陽(兄・え) 木の兄 きのえ コウ
陰(弟・と) 木の弟 きのと オツ
火(ひ) 陽(兄・え) 火の兄 ひのえ ヘイ
陰(弟・と) 火の弟 ひのと テイ
土(つち) 陽(兄・え) 土の兄 つちのえ
陰(弟・と) 土の弟 つちのと
金(き・きん) 陽(兄・え) 金の兄 きのえ コウ
陰(弟・と) 金の弟 きのと シン
水(みず) 陽(兄・え) 水の兄 みずのえ ジン
陰(弟・と) 水の弟 みずのと

十二支

十二支とは、天を12に分けた場合の呼び方で、それぞれに動物の名前を当てたものです。日本独自。中国には動物対応はありません。

中国古代では、暦の把握のために、年ごとの木星の位置を知ることが必要だったようで、木星は12年で公転(太陽を1周)しています。

十二支は、毎年の木星の位置を示すために天を12に分けたときの呼び方なんすね。

例えば、現在でも「午前、午後」という言葉が使われておりますが、これは、12時=午の刻の前と後ろ、という意味。さらに、地球の「子午線」は十二支での方位、子(北)と午(南)とを結ぶ線、という訳。

十干・十二支

時間を表すわけなので、十干と十二支を並べていきます。最後まできたら最初に戻る。繰り返しの単純パターン。

すると、十二支のほうが2つ多いので、2つずつずれていきます。そうすると、全60パターンの暦日表現ができあがります。以下。

N  干支 読み N 干支 読み N 干支 読み
1 甲 子 きのえ ね 21 甲 申 きのえ さる 41 甲 辰 きのえ たつ
2 乙 丑 きのと うし 22 乙 酉 きのと とり 42 乙 巳 きのと み
3 丙 寅 ひのえ とら 23 丙 戌 ひのえ いぬ 43 丙 午 ひのえ うま
4 丁 卯 ひのと う 24 丁 亥 ひのと い 44 丁 未 ひのと ひつじ
5 戊 辰 つちのえ たつ 25 戊 子 つちのえ ね 45 戊 申 つちのえ さる
6 己 巳 つちのと み 26 己 丑 つちのと うし 46 己 酉 つちのと とり
7 庚 午 かのえ うま 27 庚 寅 かのえ とら 47 庚 戌 かのえ いぬ
8 辛 未 かのと ひつじ 28 辛 卯 かのと う 48 辛 亥 かのと い
9 壬 申 みずのえ さる 29 壬 辰 みずのえ たつ 49 壬 子 みずのえ ね
10 癸 酉 みずのと とり 30 癸 巳 みずのと み 50 癸 丑 みずのと うし
11 甲 戌 きのえ いぬ 31 甲 午 きのえ うま 51 甲 寅 きのえ とら
12 乙 亥 きのと い 32 乙 未 きのと ひつじ 52 乙 卯 きのと う
13 丙 子 ひのえ ね 33 丙 申 ひのえ さる 53 丙 辰 ひのえ たつ
14 丁 丑 ひのと うし 34 丁 酉 ひのと とり 54 丁 巳 ひのと み
15 戊 寅 つちのえ とら 35 戊 戌 つちのえ いぬ 55 戊 午 つちのえ うま
16 己 卯 つちのと う 36 己 亥 つちのと い 56 己 未 つちのと ひつじ
17 庚 辰 かのえ たつ 37 庚 子 かのえ ね 57 庚 申 かのえ さる
18 辛 巳 かのと み 38 辛 丑 かのと うし 58 辛 酉 かのと とり
19 壬 午 みずのえ うま 39 壬 寅 みずのえ とら 59 壬 戌 みずのえ いぬ
20 癸 未 みずのと ひつじ 40 癸 卯 みずのと う 60 癸 亥 みずのと い

うん、マニアック。

でも、スゴイですよね。このロジックというか、時間表現。ゾクゾクします。

さて、ココまでは、だいたい普通なんですが、以下、その運用と、東征神話での設定のされ方をみていきましょう。

十干・十二支の運用の考え方

上記、全60パターンの暦日ですが、ポイントは以下。

  • そもそも、暦を管理するのはその王朝の専権事項。暦の操作=歴史の操作であり、超重要事項です。
  • 一般的には、きのえとらから始める、というのが、大原則としてあった。なので、「甲 寅きのえとら」が一番最初。

2つ目のポイントの元ネタは『爾雅』(中国古代の聖人の教えを記した経書の一つで、最古の字書。その「釈天」)。

ここでは、十干は「甲」を、十二支は「寅」をそれぞれ最初に置く扱いにもとづき、「甲寅」が一番最初としています。

で、

古代中国では、王朝が変わる=基本、革命によるもの=前王朝を否定する=暦を変える、という動機が発生しており、都度、暦を新しくする作業がありました。

一方、日本は、王朝の交代ということがなく、基本、初代天皇=神武天皇からずっと暦を変えるという作業が発生していませんでした。あったのは、「元号」を変えるくらい。暦そのものをいじるといった背景や革命的なことがなかったのです。

で、

上記、運用原則をもとに、前出の60パターンを並べ直すと以下のようになります。

N  干支 読み N 干支 読み N 干支 読み
1 甲 寅 きのえ とら 21  甲 戌 きのえ いぬ 41 甲 午 きのえ うま
2 乙 卯 きのと う 22 乙 亥 きのと い 42 乙 未 きのと ひつじ
3 丙 辰 ひのえ たつ 23 丙 子 ひのえ ね 43  丙 申 ひのえ さる
4 丁 巳 ひのと み 24  丁 丑 ひのと うし 44  丁 酉 ひのと とり
5 戊 午 つちのえ うま 25 戊 寅 つちのえ とら 45 戊 戌 つちのえ いぬ
6 己 未 つちのと ひつじ 26  己 卯 つちのと う 46 己 亥 つちのと い
7 庚 申 かのえ さる 27 庚 辰 かのえ たつ 47 庚 子 かのえ ね
8 辛 酉 かのと とり 28 辛 巳 かのと み 48 辛 丑 かのと うし
9 壬 戌 みずのえ いぬ 29 壬 午 みずのえ うま 49  壬 寅 みずのえ とら
10 癸 亥 みずのと い 30 癸 未 みずのと ひつじ 50  癸 卯 みずのと う
11 甲 子 きのえ ね 31 甲 申 きのえ さる 51  甲 辰 きのえ たつ
12 乙 丑 きのと うし 32 乙 酉 きのと とり 52 乙 巳 きのと み
13 丙 寅 ひのえ とら 33 丙 戌 ひのえ いぬ 53  丙 午 ひのえ うま
14 丁 卯 ひのと う 34  丁 亥 ひのと い 54 丁 未 ひのと ひつじ
15  戊 辰 つちのえ たつ 35  戊 子 つちのえ ね 55  戊 申 つちのえ さる
16  己 巳 つちのと み 36  己 丑 つちのと うし 56  己 酉 つちのと とり
17  庚 午  かのえ うま 37  庚 寅 かのえ とら 57  庚 戌  かのえ いぬ
18  辛 未 かのと ひつじ 38  辛 卯 かのと う 58  辛 亥 かのと い
19  壬 申 みずのえ さる 39 壬 辰 みずのえ たつ 59  壬 子 みずのえ ね
20 癸 酉 みずのと とり 40  癸 巳 みずのと み 60 癸 丑 みずのと うし

これ、古代の天子が見ていた視点。

甲 寅から始まって、60年サイクルを繰りかえすという訳。

で、

大事なのはここから。

上記表中、黄色の色付けした部分が神武東征神話で伝えられている重要ポイント。

  • 甲 寅きのえとらで、東征発議を行った。甲 寅は、日本神話で最初にでてくる暦日。
  • 辛 酉かのととりで、橿原即位を行った。辛 酉は、革命がおこる年という考え方が古代にあり。

この2点、超重要ポイントとして押さえておきましょう。

つまり、

  • 神武東征神話では、古代の暦日の考え方と運用方法をもとに、東征発議の年、東征開始の年に甲 寅きのえとらを設定し、
  • わざわざ「革命がおこる年」と考えられていた辛 酉かのととりの年に橿原即位を行った、という事。

このあたり、練りに練られた極めて奥ゆかしい神話になっております。

ちなみに、「辛 酉には革命がおこる」というのは、『緯書」に伝えております。コレ、孔子の作と伝えた偽書で、経書に付託して禍福かふく吉凶きっきょう符瑞ふずいの予言を記した書物です。

前漢末の作で、経書の注釈に盛んに用いられました。のちに禁書となっております。我が国では、三善清行みよしきよゆきなどが唱えて「清行秘説」とも称されました。

うん、マニアック。

いずれにしても、ずいぶん手の込んだ設定がされており、それによって、暦の最初、歴史の始まりをも神武が行ったというような形になっているのです。

まとめ

十干・十二支を使った暦日と神武東征神話

時間は、日本神話では結構大事な問題。

そもそも「日本神話」には時間の概念がなく、継起性をもとに物語が展開。

時間の登場は、神武紀から。その基本概念は、十干・十二支を使った暦日がベース。

最初の時間表現は以下2点。

  • 瓊瓊杵尊ににぎのみことによる天孫降臨から179万2470有余年という「時間」が経過していること。
  • 東征発議を行ったのは、「甲寅かのえとら」の年であり、明確な時間的一点を明確にしていること。

コレ、神話的に革命的な事項。要チェックです。

で、

東征神話的には、

  • 古代の暦日の考え方と運用方法をもとに、東征発議の年、東征開始の年に甲 寅かのえとらを設定し、
  • わざわざ「革命がおこる年」と考えられていた辛 酉かのととりの年に橿原即位を行った。

というかんじで、暦日の基本原則をベースに、練りに練られた奥ゆかしい設定が入っています。

橿原即位の背景にはこうした時間にまつわるポイントがあることをおさえておきましょう。

次回、いよいよ橿原即位の中身をご紹介!コチラで!

『日本書紀』 巻第三(神武紀)

本シリーズの目次はコチラ!

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2件のコメント

こんにちわ ワンピースの海軍で大将藤虎がいますが、緑牛と黄猿という大将もいます。虎と牛と猿はなにか関係がありますか?

>卍ゆうき卍a.k.a Pirate Kingさん
コメントありがとうございます!こちらで調べてみたのですが、、、特にコレ!といった関連はありませんでした。。すみません。ですが、引き続き調べてみますので、また何か分かりましたらアップしていきます。今後ともどうぞよろしくお願いします。

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豊かで多彩な日本神話の世界へ。是非一度、足を踏み入れてみてください。
参考文献:『古代神話の文献学』(塙書房)、『新編日本古典文学全集 日本書紀』(小学館)、『日本書紀史注』(風人社)、『日本古典文学大系『日本書紀 上』(岩波書店)他
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