高御座(たかみくら)とは?即位礼正殿の儀で壇上から即位を宣言!天皇の御座「高御座」の全貌を徹底解説!

 

高御座たかみくら」とは、古来、即位式や朝賀など重要な儀式に用いられてきた天皇の御座ぎょざ

尊貴な方の座す所。なので「御」をつけて「御座」。当然、天皇は一段と高いところにいらっしゃる訳で高い御座、で「高御座」となります。

2019年は天皇の御代替わりがあり、一連の儀式のなかの「即位式」に高御座が登場。

具体的には、「即位礼正殿の儀」で天皇が高御座の壇上から即位を宣言。一同万歳三唱。

即位儀礼の中でも最重要の位置づけとなる「即位宣言」の場、高御座。

今回は、その全貌を、神話や歴史的経緯も含めて、分かりやすくご紹介します。

 

高御座(たかみくら)とは?即位礼正殿の儀で壇上から即位を宣言!天皇の御座「高御座」の全貌を徹底解説!

(平城宮跡資料館で開催された高御座展より)

高御座の構造

まずは、高御座たかみくらってどんなんよ?というところで、その基本構造をご紹介。

高御座の構造は、実はシンプルで。

3段の「壇」の上に、「柱」を8本立ててとばりをめぐらし、八角形の「天蓋てんがい」を載せる。

だん(台)、はしらふたの三点セットで構成されてて、中心部分は八角形。

うん、めっちゃシンプル。

なお、土台となる巨大な下壇が「壇」、中壇は「(御帳)土居」とよばれ、上壇が狭義の「高御座」。

で、下壇から壇の下にかけて、背面に5段、左右側面に3段の木製階段を設置。下壇と木階には高欄(手すり)をめぐらせる。

あとはいろんな装飾。コレ重要。

まず、天蓋には、鳳凰ほうおう。そして鏡など多くの装飾が。

▲天蓋の上にある鳳凰で、蕨手わらびて(蕨みたいにぐねんって曲がってる所)の上に施された鳳凰よりも大きく造られている。また、各辺には鏡と唐草の装飾が交互につく。鏡は、南北2辺に各5枚。東西6辺に各三枚、合計28枚。

ちなみに、、、

鳳凰ほうおうといえば、古代思想において、聖徳をそなえた天子の兆しとして現れるとされた瑞鳥ずいちょう

「瑞(ずい/みつ)」は日本神話にも登場する非常に重要な概念です。

参考:金鵄飛来=祥瑞応見|「瑞(みつ)」は王の聖徳に天が応えて示す「しるし」。古代にはそれなりのもんげー制度があった件|分かる!神武東征神話 No.18

即位式で使用される高御座たかみくらの頂上に、この鳳凰を全9体設置している訳で。即位する天皇が聖徳をもったお方である事とを強く印象づける仕掛けになってる訳ですね。

天蓋の八方の先端にある「蕨手わらびて」の付け根のところには「玉幡ぎょくばん」とよばれる金物製の旗をつり下げ。

▲玉幡 蕨手の付け根のところからつり下げる金属製の装飾。

 

柱間の「とばり(障子)」の上部には「帽額もこう」と呼ばれる装飾を横にかけます。

▲玉帽額(ぎょくもこう)とよばれる特別な装飾。

 

他にも、

▲格狭間(こうざま)。下壇の側面部分にあたります。

▲壇と隅金具。下段には赤地、中・上壇には青地の敷物が施されています。飾り金物も施されています。

と、

まースゴい。天皇が即位を宣言する神聖な場ですから。美と荘厳さを感じさせる造りですよね。

 

ところで、、、

なんで八角形なの?

ってことについて少し解説。

実は、これは古代思想によるもので、

万葉集巻1-3の「間人連老はしひとのむらじおゆ」の歌に舒明じょめい天皇を讃えた歌がありまして、、、いきなりすんません。

八隅知之やすみしし 我が大君の 朝には 取り撫でたまひ・・・

とあり、

八隅知之やすみしし」、つまり、八方の隅々まで知る(=統治する)、てことで、要は、八角形は、国土の隅々まで治めるぜ、という思想の表れだってこと。

そこで言うと、、、

関連するのは舒明天皇陵。こちらも高御座と同じような構造になっております。

舒明じょめい天皇は古代のビッグダディ。

皇后である斉明さいめい天皇(皇極の重祚)との間にもうけた子供たちが大活躍。天智天皇、天武天皇、孝徳天皇妃となった間人皇女はしひとのひめみこ。。。

激動の7世紀末から8世紀にかけて、彼ら「舒明ファミリー」が皇統の主流を構成するようになっていく訳で。舒明天皇は、そうしたファミリーのトップ。ビッグダディなんであります。

参考:舒明天皇陵(段ノ塚古墳)|舒明ファミリーの頂点!ビッグダディ舒明天皇の陵はとってもユニークな八角形

しかも!

オヤジのいた宮都に遷都して即位したのが、息子の天武天皇。壬申の乱に勝利し天皇中心の中央集権国家づくりを強力に推し進め、その中で、天皇即位儀礼の原型をつくったお方であります。

必読:飛鳥浄御原宮|日本神話編纂のふるさと!歴史書の編纂というビッグプロジェクトがスタートした超重要スポット

オヤジの墓が八角形、オレの即位する御座が八角形、

オヤジは死の世界で、オレはこの世界で、いずれにしても八方隅々まで治め倒すぜ的な、、、?ロマンは広がりますね。

八角形、、、結構深い。。。

話をもどします。

ということで、まずは高御座の基本構造、

  • 三段の「壇」のうえに、柱を八本立てて帳をめぐらし、八角形の天蓋てんがいを載せたもの。というシンプルな構造であること。
  • 全体は八角形で、これは「国の隅々まで統治するぜ」という古代思想の表れであること。

以上、2点チェックされてください。

 

現代の高御座

2019年の御代替わりで使用される現代の高御座たかみくらについてご紹介。

必読:御代替りとは?日本神話に根ざす御代替り(皇位継承)の全貌を徹底解説!

実は、

ふだん、高御座は、京都の京都御所の紫宸殿ししんでんの母屋中央に安置されています。

で、即位礼にあたって、一度解体し、東京の皇居宮殿に移送される、という形。

で、こちら、

大正4年(1915)11月10日の大正天皇御即位式に際して新造されたもので、

今回の即位式を含めると、計4代の天皇の即位に用いられることになります。

大きさは以下の通り。

  • 長方形の下壇は、正面6.06m×側面5.45m。
  • 長八角形中壇は、対辺距離正面5.55m×側面3.90m
  • 長八角形上壇は、同4.95m×3.30m

下壇には赤地、中・上壇には青地の敷物を敷き、上壇には畳、椅子を重ねます。

▲「胡床(こしょう)」と呼ばれる椅子。ここに天皇がお座りになります。(平城宮跡資料館で開催された高御座展より)

他、

特徴としては、柱間は開放で、各間に引き分けの帷(とばり)をかける形式になってます。

即位礼正殿の儀では是非、基本構造でご紹介した内容とあわせてディテールもチェックされてください。

 

高御座の歴史

ココからは、高御座の歴史をかいつまんでご紹介。細かく取り上げ始めると膨大になるので、特にポイントとなるところに絞ってお届け。ま、高御座の歴史と言っても、その実態は即位式の歴史なんですけどね。

大きく、

始原、原型、確立

の3つに整理できます。

まず、始原の時代から。

始原:清寧、武烈、孝徳天皇期

日本の正史『日本書紀』において、高御座の始原として伝えているのが、清寧、武烈、孝徳、各天皇の即位。(雄略天皇を含める説もあり)

当時は、といっても太古の話で、現代のような即位式と比べると、儀礼として未整備な状況。本格的に天皇の即位儀礼として整備され始めるのは、飛鳥時代以降、天武天皇からであります。

そうした未整備状態にあっても、高御座はしっかり登場。それだけ重要なものだったって事ですね。

清寧・武烈・孝徳の即位にあたって、

を設けて升陟のぼる

と、伝え、

この「壇」こそが「高御座」という訳です。

特に、この「陟」という文字。めっちゃ重要で。実は日本神話に由来する言葉だったりします。後ほどご紹介。

原型:天武天皇期

天武天皇(673~686)の即位儀礼(673年)より。

天皇、有司つかさに命じて壇場たかみくらを設け、帝位に飛鳥浄御原宮あすかのきよみはらのみやく。(『日本書紀』天武天皇二年)

ということで、

この「壇場」が「高御座」。

このころの代替わりは、践祚と即位が一体で、新嘗と大嘗も未分化でしたが、原型がつくられた時代だったのです。

確立:清和天皇期

清和天皇(858~876)の代で編纂された『貞観儀式』(「官撰儀式書」)で

  • 「践祚儀」(剣璽渡御儀礼)
  • 「即位式」(高御座での即位宣命宣制)
  • 「大嘗祭」(悠紀殿・主基殿での神饌供進・直会)

といった、三部構成の即位儀礼として集大成。

この中の「即位式」で、天皇が高御座から即位宣言する、という形式が確立したわけですね。

以後、だいたい同じ感じです。

ということで、

  • 始原:清寧、武烈、孝徳、各天皇期。「壇を設けて升陟」。
  • 原型:天武天皇期。「壇場たかみくらを設け、帝位にく」
  • 確立:清和天皇期。「即位式」(高御座での即位宣命宣制)の確立。

この3ステップで確立されてきた歴史があることチェックです。

なんか、、だんだん出来上がってきた感じがありますよね。

 

高御座と日本神話

最後に、高御座と日本神話の関連について、文献学の現場からご紹介。

高御座の歴史、始原のところでご紹介した内容、

壇を設けて升陟のぼる

という記述。

こののぼるという字が非常に重要で。

「陟」自体は、①のぼる。高い所にのぼる。②すすむ。官位があがるといった意味あり。

で、この漢字が、

日本神話の中にある神武東征神話の、非常に重要な祭祀の場面で登場します。

それが、

香具土採取と顕斎うつしいはい

詳細コチラで:香具土採取と顕斎|天神降臨!守護パワーゲットによりスーパーサイヤ人状態になって敵を撃破しようとした件|分かる!神武東征神話No.13

周囲を敵に囲まれた神武天皇が、形勢逆転の秘策を実行。その核心が、丹生川上にうかわかみ祭祀であります。

この香具山で採取した土で八十枚の「平らな皿」と「天の手抉たくしり」八十枚、「厳瓮いつへ」を作り、丹生川のほとりに出て、天神地祇てんじんちしんを祭った。

乃以此埴、造作八十平瓮・天手抉八十枚、嚴瓮、而于丹生川上、用祭天神地祇。 (『日本書紀』巻三(神武紀)より一部抜粋)

と。

天神地祇という、非常に尊い神をお祭りする場が「丹生川上」。そこへ向かうにあたって「」という字が使用されているのです。

  • 高御座にのぼるのも「
  • 祭祀の場にのぼるのも「

」は、つまり、めっちゃ尊い場にのぼるときに使用される漢字だってことです。

古代日本人が高御座に込めた想いは、実は神話世界にもつながっていること、是非チェックいただければと想います。

 

おまけ

 

院政期の高御座 文安御即位調度之図(神功文庫所蔵)

 

江戸時代の高御座 弘化四年御即位諸礼式図 高御座略図(神宮文庫所蔵)

ちなみに、、

天皇が即位宣言するのが「高御座たかみくら」ですが、現代では、よく見るとその隣に皇后用の「御帳台みちょうだい」も用意されてます。が、これは明治以降に追加されたモノ。もともとは高御座だけでした。

 

実物大「高御座」は平城宮跡の「第一次大極殿」内に展示されてます

第一次大極殿の復元整備に際し、平成22年(2010)に公開。

実際に、大極殿で見てみると、その大きさにビックリ。古代ロマンと合わせて是非見に行かれてくださいね。

奈良サイコーだ!

 

まとめ

高御座たかみくら」とは、古来、即位式や朝賀などの重要な儀式に用いられてきた天皇の御座ぎょざ

2019年は天皇の御代替わりがあり、「即位式」のなかの「即位礼正殿の儀」で高御座が登場。天皇が高御座の上から即位を宣言します。一同万歳三唱。

即位儀礼の中でも最重要の位置づけとなる「即位宣言」の場。八角形をしているのも、古代思想における「国の隅々まで統治するぜ」という決意の表れであります。

大和、飛鳥、奈良、平安という時代を経て確立されてきた即位式と高御座。今回の御代替りでも是非チェックされてください。

 

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10/20/2019

 

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さるたひこ

日本神話ナビゲーター / 日本神話研究家 / 日本神話講演家

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参考文献:『古代神話の文献学』(塙書房)、『新編日本古典文学全集 日本書紀』(小学館)、『日本書紀史注』(風人社)、『日本古典文学大系『日本書紀 上』(岩波書店)他