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神武東征神話を分かりやすく解説するシリーズ
今回は13回目。香具山土採取と「顕斎の儀式」のお話をお届けします。
宇賀志に大和攻略の前進基地を確保。南の境界線にある吉野も制圧した「彦火火出見」こと神武。
宇陀の南にある「高倉山」に登って目的地の「中洲」を望み見ます。すると!なんと周囲は敵ばかりであることが判明します。なんてこった。
この部分の敵位置関係は前回のエントリで整理しましたね。
今回は、その続きです。
- 敵ばかりの状況を、彦火火出見はどのように克服しようとしたのか?
この謎をさぐることで、香具土採取と顕斎の神話が伝えるメッセージを読み解きます。
東征ルートと場所の確認
前回の地図を引用します。
「て」の字戦線!
高倉山に登って、中洲を遠望。手前に死ぬほど敵がいる事が判明。ほぼ絶望的とも言える状況。
そこで、天神の教えをもとに作戦実行。椎根津彦と弟猾に変装させて、香具山(天香具山)の土を採りに行かせます。
そのルートがこちら。
榛原から166号線が橿原へ続いていますが、このルートに沿って行ったのだと思われます。
理由は、
- 高倉山から天香具山への最短ルートである事
- 男坂~国見~女坂~墨坂の敵布陣の中で、唯一、この「宇陀朝原の一帯」は手薄状態であり、通行しやすかった事
- 土採取のあと、丹生川のほとりで儀式が行われた事。つまり、採ってきた帰り道に相当する事
からです。
また、後のエピソードで出てきますが、墨坂の地で真っ赤に熾る墨は、敵軍のパワーの象徴であり、これを分断する意味もあります。
で、無事「土」をゲットして戻ってきて、宇陀朝原で儀式を行うのです。位置関係の整理をしっかりしておきましょう。
さて、本編に入る前に、流れ・ポイントをまとめておきます。
- 高倉山に登って目的地の中洲を望み見る。すると敵だらけだという事が判明。
- お祈りをして寝ると、夢のなかで天神が登場。必勝の方法を教えてくれる。
- 天神が教えてくれた方法の通りに実行。臣下2人を変装させ、天香具山の土を採って来させる。
- 香具山で採取した土で祭器をつくり、丹生川のほとりで天神地祇を祭る。すると、宇陀朝原で超常現象発生。神武はこれを見て「イケる!」と確信。
- さらに、勝敗を占う「祈の儀式」を行ったところ、祈りの通りに「土で作った皿が飴状になり」、「祭器を川に沈めると魚が浮き上がった」。つまり、「必勝」という占い結果が出た。
- そこで、道臣を斎主とする「顕斎」の儀式を執行し、最強のパワーをゲットした。
以上のながれをもとに、以下本文を読み進めて行きましょう。
尚、本シーンには特に、儀式や「祈(うけひ)」が多く登場します。
これは、神意、つまり将来の実現可能性を一つ一つ確かめているという事です。
無謀さはありません。確かめながら、課題解決をしているのです。ここ、とても大事なポイントです。
ちなみに、
「顕斎(うつしいはい)」とは、天神である「高皇産霊尊」が降臨・現前して祭りを享け、祭りを行う「彦火火出見」を守護する。これにより、天神のなかでも最も有力な神を守護霊として超絶パワーをゲットする=地上に向かうところ敵なし状態になる、ための一連の儀式のこと。
です!コレは是非チェックしておいてください。
香具土採取と顕斎|天神憑依!スーパーサイヤ人状態になって敵を撃破しようとした件
香具土採取と顕斎
9月5日[1]に、彦火火出見は菟田にある高倉山の頂きに登り、中洲をはるかに望み見た。
すると、その手前、国見の丘にはたくさんの勇猛な敵戦士(八十梟帥)がいて、女坂 [2]には「女軍」を、男坂には「男軍」を配置し、墨坂には真っ赤に焃っている炭を置いて士気を高めていた。女坂・男坂・墨坂の名が、これによって起こる。また、磐余邑には「兄磯城軍」があふれるほど多く集まっていた。
これらの賊軍が陣を布くところは、どこも要害の地で、そのため道路が遮断されて塞がり、通れるところが無い。
彦火火出見はこれを憎悪し、この夜、自ら祈って寝た。すると夢に天つ神が現れ、このようなことを教えた。
天香山にある社の土を取って、『天の平瓮[3]』 八十枚と『厳瓮[4]』をつくるのだ。
それらの祭器で天つ神・国つ神を敬い祭り、さらに潔斎し呪いの儀式[5]を行え。そうすれば、賊は自ら平伏するだろう。
彦火火出見は謹んで夢の教えを承り、夢の通りに実行しようとした。
ちょうどその時、弟猾もまたこのようなことを申し上げた。
倭国の、磯城の邑に『磯城の八十梟帥』がおります。また高尾張の邑に『赤銅の八十梟帥』がおります。
この連中はみな天孫を拒絶して戦おうとしています。戦況は厳しく臣下の私はひそかに憂慮しています。
今、まさに天香山の「埴[6]」を取って『天の平瓮』を造り、それで天社国社の神を祭るべきです。その後、賊を攻撃すれば排除しやすいはずです。
彦火火出見は、すでに夢の教えを吉兆としていたが、今、弟猾の言葉を聞いて、ますます心のうちに喜んだ。
そこで、椎根津彦と弟猾を集め、椎根津彦にはヨレヨレになった衣服を着せ、蓑笠を被らせて「老夫」に姿を変えさせた。また、弟猾には箕を被らせ「老婆」に姿を変えさせた。そして、勅して言った。
お前たち二人は天香山まで行って、ひそかにその頂の土を取って戻って来るのだ。
東征の大業が成就するか否かは、お前たちが土を取って来れるか否かで占うことにしよう。努力し慎重に。
この時、賊兵は香具山へ行く道にあふれていて行き来することが難しかった。そこで、椎根津彦は「祈」 をして言った。
我が君がこの国を平定することができるならば、行く道は自ら通れるだろう。もし平定できないのであれば、賊が必ず道行を阻止するだろう。
言い終ると直ちに向かって行った。
その時、賊どもは、この二人を見て、大いに笑い「なんと醜い、じじいとばばあだ。」と言って、誰もが道を開いて二人を行かせた。
二人は香具山にたどり着くことができ、土を取って帰って来た。
彦火火出見は大いに喜び、この香具山で採取した土で八十枚の「平らな皿」と「天の手抉[7]」八十枚、「厳瓮[8]」を作り、丹生川のほとりに出て、天神地祇を祭った。
すると、菟田川の朝原[9]で水の泡のようにフツフツと呪り着くところがある。
彦火火出見はそれで「祈」をして言った。
私は今、八十平瓮で、水を使わずに『飴[10]』を作ろうとするが、もし飴ができれば、私は武器の威力を借りずに、居ながらにして天下を平定するはずだ。
そこで、飴を作ろうとすると、自然にできあがった。また祈をして言う。
私は今、厳瓮を丹生川に沈めようとするが、もし魚がその大小にかかわらず、皆酔って流れる様子が、ちょうど柀の葉が水に浮いて流れるようであるならば、私は必ずこの国を平定することができるだろう。もしそうでないならば、結局それは成就しないだろう。
そこで厳瓮を川に沈めた。するとその口が下に向く。しばらくすると、魚が皆浮き上がってきて、流れながら口をぱくぱくさせた。
椎根津彦はこれを見て報告申し上げたところ、彦火火出見は大いに喜んだ。
そこで、丹生の川上の「五百箇真坂樹[11]」を根っこごと抜き取り、諸神を祭った。この時から、祭祀に厳瓮の置き物が始まる。
その時、天皇は道臣に勅して言う。
これから『高皇産霊尊』を祭神として、私自身が『顕斎[12]』 を執り行う。
お前を斎主として、『厳媛』の名を授ける。そして、そこに置く埴瓮を『厳瓮』と名付け、また火を『嚴香來雷』、水を『嚴罔象女』、食べものを『厳稲魂女』、薪を『厳山雷』、草を『厳野椎』と名付けよう。
注釈
[1]九月の甲子が朔にあたる戊辰(つちのえたつ)(五日)
[2] 「女坂(めさか)」ゆるい傾斜の坂。⇔「男坂(おさか)」急な傾斜の坂。
[3] 平らな土器の皿。
[4] 神聖な土器の皿。
[5] 原文『厳呪詛(いつのかしり)』潔斎して執り行う呪い。祭祀にともなう聖なる呪詛(相手に災いを起こす呪い)。
[6]土器をつくる粘土。
[7]丸めた土の中央を手でくぼめて作った神聖な土器。
[8]神聖な甕。
[9]宇陀川の上流の榛原町大字雨師字朝原。ここにに鎮座する丹生神社の境内か。
[10]八十平瓮に水を加えずにつくる飴(甘味の食品の比喩)。
[11] たくさん枝葉の繁茂した榊。
[12]高皇産霊尊が現前して守護霊としての力を得る儀式。
原文
九月甲子朔戊辰、天皇陟彼菟田高倉山之巓、瞻望域中。時、國見丘上則有八十梟帥。又於女坂置女軍、男坂置男軍、墨坂置焃炭。其女坂・男坂・墨坂之號、由此而起也。復有兄磯城軍、布滿於磐余邑。賊虜所據、皆是要害之地、故道路絶塞、無處可通。
天皇惡之、是夜自祈而寢、夢有天神訓之曰「宜取天香山社中土、以造天平瓮八十枚、幷造嚴瓮而敬祭天神地祇、亦爲嚴呪詛。如此、則虜自平伏。」天皇、祇承夢訓、依以將行。
時弟猾又奏曰「倭國磯城邑、有磯城八十梟帥。又高尾張邑、有赤銅八十梟帥。此類皆欲與天皇距戰、臣竊爲天皇憂之。宜今當取天香山埴、以造天平瓮而祭天社國社之神、然後擊虜則易除也。」
天皇、既以夢辭爲吉兆、及聞弟猾之言、益喜於懷。
乃使椎根津彥、著弊衣服及蓑笠、爲老父貌、又使弟猾被箕、爲老嫗貌、而勅之曰「宜汝二人到天香山潛取其巓土而可來旋矣。基業成否、當以汝爲占。努力愼歟。」
是時、虜兵滿路、難以往還。時、椎根津彥、乃祈之曰「我皇當能定此國者行路自通、如不能者賊必防禦。」言訖徑去。
時、群虜見二人、大咲之曰「大醜乎、老父老嫗。」則相與闢道使行、二人得至其山、取土來歸。
於是、天皇甚悅、乃以此埴、造作八十平瓮・天手抉八十枚、嚴瓮、而陟于丹生川上、用祭天神地。則於彼菟田川之朝原、譬如水沫而有所呪著也。
天皇又因祈之曰「吾今當以八十平瓮、無水造飴。飴成、則吾必不假鋒刃之威、坐平天下。」
乃造飴、飴卽自成。
又祈之曰「吾今當以嚴瓮、沈于丹生之川。如魚無大小悉醉而流、譬猶柀葉之浮流者、吾必能定此國。如其不爾、終無所成。」
乃沈瓮於川、其口向下、頃之魚皆浮出、隨水噞喁。
時、椎根津彥、見而奏之。天皇大喜、乃拔取丹生川上之五百箇眞坂樹、以祭諸神。自此始有嚴瓮之置也。
時勅道臣命「今、以高皇産靈尊、朕親作顯齋。用汝爲齋主、授以嚴媛之號。而名其所置埴瓮爲嚴瓮、又火名爲嚴香來雷、水名爲嚴罔象女、糧名爲嚴稻魂女、薪名爲嚴山雷、草名爲嚴野椎。」
『日本書紀』巻三 神武紀より
まとめ
香具土採取と顕斎
神武東征神話全体の中で、このシーンは非常に重要な位置づけです。
東大阪の孔舎衛坂で敗戦を経験し、以後苦難の連続だった「東征」は、この「宇陀の丹生における儀式」を起点として大きく転換。
これ以後は、連戦連勝を重ねて一気に天下統一、橿原即位へ向かいます。
それもそのはず。
「顕斎(うつしいはい)」の儀式を通じて、
天神のなかでも最有力な神である「高皇産霊尊」が降臨・現前。守護霊として彦火火出見を守る、言わば、スーパーサイヤ人状態になったから。

あとは、暴れるだけですね。
これまでの設定を確認してみましょう。
大泊の熊野荒坂津から、着々と神武東征に対する正当化設定が積み上げられてますよね。
- 熊野荒坂で、「葦原中國平定神話」を再現。神武は神剣をゲットします。
- 熊野越えで、「天孫降臨神話」を再現。ニニギと神武を重ね合わせます。
- 丹生川のほとりで、顕斎を通じて、天神である「高皇産霊尊」の超越的な神威による守護を身につけます。(ちなみに、これも葦原中国の平定に由来)
- 孔舎衛坂で「神策」として立てた作戦を完全遂行。つまり日を背にして戦う形になります。
そして、ここから連戦連勝ストーリーが展開するのです。
非常によく練られた神話だと思いませんか?
神代神話とのつながりが、神武東征神話に決定的な意味を与えているのです。
天上の超越的な天神と神武が強い絆で結ばれているからこそ、その結びつきに根ざす「神助」を得て東征が果たされる仕組み。
この延長線上で、神武は、天神の意や力を東征に具現化させ、天子(天神子)として即位するのです。
神代とのつながりは時間的に大きな広がりを感じさせますし、天上(天神)との関連は空間的な広がりを感じさせてくれます。
時間と空間、想像できるかぎり目いっぱい広げて、そのなかで一つのテーマをもとに物語を展開させている訳ですね。
こんな神話、他にはありません。スケール、展開の仕方、登場人物の魅力、どれをとっても文句無しに素晴らしいと思います。
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本記事監修:(一社)日本神話協会理事長、佛教大学名誉教授 榎本福寿氏
参考文献:『古代神話の文献学』(塙書房)、『新編日本古典文学全集 日本書紀』(小学館)、『日本書紀史注』(風人社)、『日本古典文学大系『日本書紀 上』(岩波書店)、他
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