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『古事記』の表記方法について、「序」をもとに分かりやすく解説します。
『古事記』「序」は、『古事記』の序文としての位置づけ。大きく3つのパートから成ってます。
- 『古事記』の要約
- 天武天皇の業績と『古事記』編纂経緯
- 元明天皇の業績と『古事記』記述方法
ここから、3つ目の記述方法について、編者・太安萬侶が説明している箇所を中心に分かりやすく解説します。
なお、序文についての詳しい解説はコチラで!
古事記の表記方法|『古事記』序文に示された表記方法を分かりやすく解説します!
『古事記』の表記方法:音読みと訓読みの概要
『古事記』の表記方法の現場をご紹介する前に、まずは事前ガイダンス。テーマは、音読みと訓読みの概要です。
ココを押さえておくと、太安萬侶がどんだけ困難な作業に取り組んでいたのか分かるようになります。
そもそも、、、
私たちが使っている「漢字」は、中国から輸入されたものです。
漢字自体は、中国語を書き表すために考案された文字なので、当然、中国語の発音しか持っていませんでした。
漢字がもともと持っていた発音、音の響きを、日本人なりに聞き取って発音してみたのが、音読みです。コレ、まずチェック。
例えば、中国語の「歩」は、日本人には「ブゥ」といった音で聞こえたはずで。しかも、中国語の発音は、時代や地域によってかなり違いがあって。これにより、日本語での漢字の音読みも、「ぶ」とか「ほ」とか違いが生まれていた次第。
一方、日本は日本で、漢字が輸入されるより前から使っていた言葉(いわゆる、やまとことば)があり、輸入されてきた漢字をもとに、自分たちの言葉を表そうとすると、、、、なんか違う!不便!でした。。。
なぜかというと、漢字(中国語)の音の響きを使うので当て字みたいになるから。例えば、日本語の「あるく」という言葉を、漢字の音をつかって表記しようとすると「阿留苦(←あくまで例として)」みたいな感じになり、変ですよね。。。しかも、漢字一字一字にも本来の意味がある訳で、、漢語なのか日本語的音読みなのか訳わからなくなる。。
そこで、まずは、1つ1つの漢字に訳をつけようという話になる訳です。先ほどの例でいうと、「歩」に「あるく」という訳をつける。こうして生まれたのが訓読みという訳。訓読みは、訳なので、1つの漢字に対して1つとは限らない。「あるく」だけでなく、「あゆむ」という訳をつける人もいて、訓読みはいろいろなパターンが発生する傾向があった次第。
ただし、日本語の訓読みは、それこそ、奈良時代から平安、室町にかけて徐々に固まっていったものであり、今回ご紹介する『古事記』編纂時にはカチッと決まったものはなかったことは押さえておいてください。
その意味でも、『古事記』編纂においては、この「漢字」という膨大な知識の体系を、いかに日本で使えるものにするかが課題であり、それは別の言い方をすると、ローカライズのチャレンジであり、その意味でロマンも含めてめっちゃオモロー!な世界が広がってる訳です。
『古事記』の表記方法:序文に示された表記方法
ということで、ここからはいよいよ『古事記』編纂の現場をチェック。
前提としては、この時代においては、
- 音読み・・・漢字(中国語)の音読みのこと。漢字がもってる音で読むこと。
- 訓読み・・・漢字(中国語)の訓読みのこと。漢字がもともと持ってる意味で読むこと。まだ日本語の訓読みが確立してない状態なので。
ということで整理していただき、そのうえで、
『古事記』序文から、太安萬侶が記述方法について伝えてる箇所が以下。
しかし、上古の時代は、言葉もその意味する内容もみな素朴で、文章を作り句を構成する場合、漢字で書くとなるとそれは困難です。訓で述べたものは、詞(やまとことば)の意味と合いません。一方、すべて音をもって書き連ねたものは、見た目に長すぎます。こういうわけで、今、ある場合は一句の中に音訓を交えて用い、またある場合は全て訓を持って記録しました。その場合、文脈が分かりにくいのは「注」で明らかにし、意味の分かりやすいものは「注」をつけません。その上、姓の場合「日下」を「くさか」と読み、名の場合「帯」の字を「たらし」と読みます。このような見慣れた文字は、もとの通りとし改めません。
然、上古之時、言意並朴、敷文構句、於字卽難。已因訓述者、詞不逮心、全以音連者、事趣更長。是以今、或一句之中、交用音訓、或一事之內、全以訓錄。卽、辭理叵見、以注明、意況易解、更非注。亦、於姓日下謂玖沙訶、於名帶字謂多羅斯、如此之類、隨本不改。 (引用:『古事記』序より一部抜粋)
ということで。
先ほどの概要で解説した通り、外国の文字体系である「漢字」は、漢文体には適しているのですが、日本の古語、古意を表す文字としては欠点があった。それが「上古の時代は、言葉もその意味する内容もみな素朴で、文章を作り句を構成する場合、漢字で書くとなるとそれは困難です。」という内容に表れてますよね。
ポイントは、『古事記』編纂に当たって、安萬侶が苦心したローカライズの難しさで。
上古から伝わる日本独自の音の響きを持つ「やまとことば」は、漢字の訓読みで書いてもしっくりこない。一方、音のみでは文章が見た目に長すぎてしまう。。。
コレ、例として、
日本神話でも非常に重要なワード「宇都志伎此四字以音青人草」をもとに突っ込んで解説してみます。
まず、意味としては「この世に生きるすべての人々、人民」ということなんですが、、、この概念・意味を表すのは「顕見蒼生」という漢字。登場するのは実は『日本書紀』第五段〔一書11〕です。
話があちこち飛びますが、、そもそも、
- 『日本書紀』・・・世界へ向けて発信目的、なので、ガチガチの漢字・漢語中心
- 『古事記』・・・国内へ向けて発信目的、なので、できるかぎり「やまとことば」、ローカライズ
ということで。
順番的には、『日本書紀』で漢語表現、一部、重要ワードについては「注」とかで補足。次に、『古事記』で一歩踏み込んで、本文でできるかぎりやまとことばに変換、、という流れ。
なので、
言葉の作り方、ローカライズの現場を考えるには、まずは『日本書紀』をチェックする必要があるんです。
そのうえで、、、
『日本書紀』第五段〔一書11〕では、本文で「是物者則顕見蒼生可食而活之也。」とつたえ、最後に「注」を付して「顕見蒼生。此云宇都志枳阿鳥比等久佐。」と伝えてます。
構造化します。

ということで。
「顕見蒼生」は、漢字が本来持っている意味や語のとおりに表記しているのだけど、自分たちが表現したい内容・言葉にぴったりと当てはまらない。。。かといって、「宇都志枳阿鳥比等久佐」では冗長になってしまう。。。てことなんす。
序の本文で、「訓で述べたものは、詞(やまとことば)の意味と合いません。一方、すべて音をもって書き連ねたものは、見た目に長すぎます。」と言ってるのはまさにコレで。
そのうえで、さらに、
『古事記』では、ココから一歩進み、意訳も入れながら「宇都志伎此四字以音青人草」と表記することにしたという訳。「うつしき」という、やまとことばがもっていた音の響きと意味は「宇都志伎此四字以音」と、注を付して音で読めと。「あをひとくさ」は「青人草」に意訳、変換してローカライズしてる訳です。
そのうえで、安萬侶が提示した解決策としては2つ。
- 音と訓を交えて用いる
- または、すべて訓で通す
これにより、漢語を日本風に変換しようとした訳です。
「ある場合は一句の中に音訓を交えて用い、またある場合は全て訓を持って記録しました。その場合、文脈が分かりにくいのは「注」で明らかにし、意味の分かりやすいものは「注」をつけません。」とあるのが、ソレ。
さらに、訓と音を区別するための「注」を活用し、読みやすさや本来の意味をしっかり表現しようとした訳ですね。コレ、まさにイノベーション。安萬侶さん、よく頑張りました。ってことで。。その創意工夫のスゴさも含めてチェックです。
古事記の表記方法まとめ
『古事記』の表記方法
『古事記』編纂においては、「漢字」という膨大な知識の体系を、いかに日本で使えるものにするかが大きな課題でした。
『古事記』編者・安萬侶が苦心した難しさとは、上古から伝わる日本独自の音の響きを持つ「やまとことば」は、漢字の訓読みで書いてもしっくりこない。一方、音のみでは文章が見た目に長すぎてしまう。。。というもの。
そこで考え出した解決策は2つ、
- 音と訓を交えて用いる
- または、すべて訓で通す
これにより、漢語を日本風に変換しようとした訳です。
さらに、訓と音を区別するための「注」を活用し、読みやすさや本来の意味をしっかり表現しようとした訳ですね。
『古事記』表記方法は、つまり、ローカライズのチャレンジであり、その意味でロマンも含めてめっちゃオモロー!な世界が広がってる訳です。コレ、しっかりチェック。
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