新嘗祭とは?五穀豊穣を感謝し神と共食する「新嘗祭」。その起源は日本神話にあり!

 

新嘗祭にいなめさい」は、毎年11月23日「勤労感謝きんろうかんしゃの日」に行われる秋のお祭り。

天皇による宮中きゅうちゅう行事を筆頭に、全国の神社でも行われてます。

その年に収穫された新穀(特に稲)を天照大神あまてらすおおかみはじめ天神地祇てんじんちぎにお供えし、五穀豊穣ごこくほうじょうを感謝するとともに、天皇みずからもこれを食べる「共食きょうしょく」の儀式。

その起源は、日本神話にあり、天上で行われていることを地上でも再現する、という形で伝えられてます。背景には、稲に対する古代日本人の格別なる信仰や思想があります。

今回は、そんな「新嘗祭にいなめさい」について、当サイトならではの日本神話との繋がりを中心に分かりやすくご紹介します。

 

新嘗祭とは?五穀豊穣を感謝し神と共食する「新嘗祭」。その起源は日本神話にあり!

新嘗祭とは?

まずは「新嘗祭にいなめさい」の言葉の意味をチェック。

ポイントは、

にえ

という漢字。

にえ」とは「 あじわう、舌でなめ味わう」というのが原義、
天子や諸侯が、祖先の霊に、新穀を供え祭る秋の儀礼、という意味も(『礼記らいき』王制より)。

つまり、

その年に収穫された新穀で作った酒や飯を「御饌みけ」として祖神おやがみに供え、五穀豊穣ごこくほうじょうに感謝するとともに、みずから食する(める=あじわう、舌でなめ味わう)秋のお祭りのことを、「にえ」という訳です。

穀を酒と飯でめることから、新嘗にいなめ。そのお祭りなので、新嘗祭にいなめさい

ちなみに、宮中きゅうちゅう行事としての新嘗祭にいなめさいは、それを行う天皇としては大嘗祭だいじょうさいからスタートしてる感覚。

必読:大嘗祭(だいじょうさい)とは?天皇一代につき一度だけ斎行!日本神話に根ざす大嘗祭の全貌を徹底解説!

あくまで天皇の立場にたつと、

まず、新たな天皇として即位した年に「新嘗祭にいなめさい」改め「大嘗祭だいじょうさい」を斎行さいこう。この中核的儀式である

大嘗宮だいじょうきゅうの儀悠紀殿供饌ゆきでんきょうせんの儀、主基殿供饌すきでんきょうせんの儀)」を行い、「親供しんく直会なおらいの儀」を通じて皇祖こうそ天照大神あまてらすおおかみと「共食きょうしょく」。これにより、天皇として天照大神あまてらすおおかみと繋がりを持つ訳で。

必読:大嘗宮の儀【悠紀殿供饌の儀(ゆきでんきょうせんのぎ)・主基殿供饌の儀(すきでんきょうせんのぎ)】とは?|神に奉る・いただく( 薦・享)がセットの共食!天照大神と繋がる大嘗祭の中心儀式

この繋がりをもとに、翌年以降、毎年「新嘗祭にいなめさい」を斎行さいこうする流れ。

あのときいただいた繋がりをもとに、今年も五穀豊穣ごこくほうじょうに感謝、今年もありがとうございます、的な雰囲気。

新嘗祭にいなめさい、そんな視点から見てみるのもアリ。

ということで。「にえ」をポイントとして「新嘗祭にいなめさい」の言葉の意味をチェックです。

 

新嘗祭の内容

ココからは、新嘗祭にいなめさいの内容をご紹介。

新嘗祭にいなめさいは、宮中三殿きゅうちゅうさんでんで行われます。

主に、

  • 鎮魂祭ちんこんさい」・・・霊強化
  • 新嘗祭にいなめさい賢所かしこどころ皇霊殿こうれいでん神殿しんでんの儀」・・・準備
  • 神嘉殿しんかでんの儀」・・・共食きょうしょく

の3つの儀式で構成。

まず、新嘗祭にいなめさいの前日に、
綾綺殿りょうきでん鎮魂祭ちんこんさいが行われ、新嘗祭にいなめさいに臨む天皇の霊を強化するといった儀式が斎行さいこう

次に、新嘗祭にいなめさいの当日に、
昼間に準備して、夜からメインである「神嘉殿しんかでんの儀」を斎行さいこうする段取り。

まず、
新嘗祭にいなめさい賢所かしこどころ皇霊殿こうれいでん神殿しんでんの儀」。要は「準備」の儀式。

宮中三殿きゅうちゅうさんでんで、新嘗祭にいなめさい始めますの奉告。

宮中三殿きゅうちゅうさんでんには、皇祖こうそ天照大神あまてらすおおかみはじめ天神地祇てんじんちぎ、歴代天皇の御霊みたまがお祭りされてますので、そういった関係各位にまず奉告するわけです。

具体的には、
天皇ではなく、「掌典職しょうてんしょく」が神饌しんせん幣帛へいはくをお供えして、代拝を行う流れ。

これが終わると、
新嘗祭にいなめさいの舞台である神嘉殿しんかでんの準備。

掌典長しょうてんちょう」以下の皆さんにより、神嘉殿しんかでん内の母屋に「神座しんざ」「御座ぎょざ」「寝座」が設置されます。

コレで準備完了。

ちなみに、ここで置かれた「神座しんざ」「御座ぎょざ」「寝座」のマップを確認。

大嘗祭だいじょうさいの復元図ですが、基本的には同じ構造なので理解しやすいと思います。

  • 神座しんざ…黄端の短畳(たんじょう)。
  • 御座ぎょざ…白端の半畳。
  • 寝座…薄い畳を重ねて敷き、南に坂枕を置き、羽二重袷はぶたえあわせ仕立ての「御衾おふすま」が掛けられる。その端には女儀用の櫛、檜扇ひおうぎくつなどが置かれる。過去においては、寝座が「第一の神座しんざ」とされておりました。

参考:真床追衾・真床覆衾(まとこおふふすま)とは?天孫の証明品!大嘗祭でも使用?される真床追衾の日本神話的起源をまとめてご紹介!

ポイントは、

神座しんざの向き

神座しんざは、天照大神あまてらすおおかみが坐す場。なので、伊勢神宮いせじんぐうの方向を向いてます。これポイント!

上記図は平安へいあん時代の復元図。平安へいあん時代は京都きょうとみやこがあったので、伊勢いせ方面は南東。神座しんざ御座ぎょざは南東向きに設置されてるんです。

一方、現代は東京。なので、南西向きになってます。

神座しんざ御座ぎょざは互いに向かい合うようになっており、ここで神との共食きょうしょくが行われます。

この位置づけ、しっかりチェックされてください。

そして、

いよいよ

神嘉殿しんかでんの儀」

コレ、

  • 夕御饌ゆうみけの儀」18時~20時
  • 朝御饌あさみけの儀」23時~1時

という儀式名、時間帯で、二部構成。

それぞれ、同じ内容を行うことになってます。

大嘗祭だいじょうさいと同じ枠組み。

大嘗祭だいじょうさいの場合は、

という儀式名になります。

必読:大嘗宮の儀【悠紀殿供饌の儀・主基殿供饌の儀】とは?|神に奉る・いただく( 薦・享)がセットの共食!天照大神と繋がる大嘗祭の中心儀式

で、

まずは、

神嘉殿しんかでんの儀」の「夕御饌ゆうみけの儀」

18時開始。

まず、侍従が「剣璽けんじ」を、東宮侍従が「壺切御剣つぼきりのみつるぎ」を奉安します。

※奉安とは、丁重にお持ちして指定の場所に置くこと。安らかに、丁寧に、奉る。

そして、

皇太子が斎戒沐浴し、東宮便殿で祭服に着替え、神嘉殿しんかでんにはいって御座ぎょざにつきます。

その後、

天皇も斎戒沐浴し、綾綺殿りょうきでんで白の御祭服に着替え、神嘉殿しんかでん渡御とぎょ。この時、松明の明かりが照らし、神楽歌が奏でられます。幻想的なる雰囲気。

次に、神嘉殿しんかでん内の母屋で神座しんざの前の御座ぎょざに正座

いよいよ、「御親供ごしんく御直会おんなおらいの儀」、つまり神との共食きょうしょくが始まります。

御親供・御直会の儀

御親供ごしんく

  • 御手水おてみずの後、竹箸で柏葉の皿に神饌しんせんを移して、神前にお供えします。
  • 拝礼して、みずか皇祖こうそ天照大神あまてらすおおかみ天神地祇てんじんちぎ皇霊こうれい御告文おつげぶみを奏上します。

御直会おんなおらい

  • 神前にお供えしたものと同じ米飯、あわ飯、白酒しろき黒酒くろきなどを天皇が食します。

この、

神にお供え・みずから食す「共食きょうしょく」が、新嘗祭にいなめさいの核心。神と一緒に新穀をいただく形式になってます。

ちなみに、神饌しんせんはこんな感じ。

お米 蒸御飯、御粥、粟御飯、粟御粥、新米醸造の白酒しろき黒酒くろき
鮮魚 鯛、鮑、鮭、烏賊
干物 干鯛、鰹、蒸鮑、干鱈
煮付 袷、海藻
吸物 鮑、海松みる
果物 干柿、栗、生栗干

まーすごい。

御親供ごしんく御直会おんなおらいの儀」が終わると

陪膳采女はいぜんうねめによって神饌しんせんが下げられ、御手水おてみずの後、退出する流れ。

以上で、

神嘉殿しんかでんの儀」の「夕御饌ゆうみけの儀」が終了。

この後、

23時から「朝御饌あさみけの儀」が斎行さいこう

ご紹介した「夕御饌ゆうみけの儀」と同じ所作を行います。コレも、大嘗祭だいじょうさいで、と同じ形式ですね。

以上の内容、是非チェックされてください。

 

新嘗祭の起源

ココからは、新嘗祭にいなめさいの起源をご紹介。

新嘗祭にいなめさいは、7世紀末、飛鳥あすか時代に原型がかたちづくられます。

この時代のメインプレーヤーは「天武てんむ天皇」。

古代史最大の内乱となった「壬申じんしんの乱」に勝利したことで、絶対的なパワーを握った経緯あり。

必読:飛鳥浄御原宮|日本神話編纂のふるさと!歴史書の編纂というビッグプロジェクトがスタートした超重要スポット

天武てんむ天皇によって
天皇を中心とした中央集権国家づくりが強力に推し進められます。

その中で、

即位儀礼整備、律令整備、歴史書編纂

という、3つの国家プロジェクトが始動、進行。

天皇即位や統治の正統性を示すために、
さまざまな形でその根拠を埋め込み、リンクを張り、設定していくわけです。

先ほどからちょいちょい登場する「大嘗祭だいじょうさい」とあわせて、こうした背景のなかで「新嘗祭にいなめさい」も儀式として整備されていった訳ですね。

早速、その現場をチェック

天武天皇代における新嘗祭

天武てんむ天皇二年(673年)12月

大嘗おほにへ侍奉つかへまつ中臣なかとみ忌部いみべ及び神官、播磨はりま丹波たんば二国の郡司こほりのつかさらに賜禄ものたまふ。(『日本書紀』天武天皇二年・大嘗初見)

②同五年(676年)9月

神官かむつかさ奏してまうさく「新嘗にひなへの為に国郡くにこほりうらなはしむ。斎忌ゆきは尾張国の山田こほりすきは丹波国の訶沙かさ郡、ならびに卜にへり」とまうす。(十一月朔日、新嘗の事を以て、告朔せず)

と、

ポイントは、

大嘗おおなめ」と「新嘗にいなめ」は区別されてたようですが、内容は(今と比べると)未分化

って事。

天武てんむ天皇二年(673年)は、天武てんむ天皇が飛鳥浄御原宮あすかのきよみはらのみやで即位した年。

なので、①の12月条では「大嘗おおなめ」という言葉が使われてます。一方で、その3年後、②の同五年(676年)9月条では「新嘗にいなめ」になってます。

また、「大嘗おおなめ」でも2つの国が選ばれてるし、「新嘗にいなめ」でも占いをして「斎忌ゆき」「すき」を選んでます。このあたりは未分化な感じですよね。

続いて、

天武てんむ天皇の奥さんである持統じとう天皇代のことをご紹介。新嘗祭にいなめさいを国家行事として形づくった女性であります。

持統天皇代における大嘗祭

持統じとう天皇の功績は、法律による規定化。

りょう(浄御原令きよみはらりょう)」に明文化・規定化し、国家行事として位置づけた訳です。

それがコチラ。

およ大嘗おほむべは、世毎よごとに一年、国司こくし(悠紀ゆき主基すき両国)事行ことおこなへ。以外は、年毎としごと所司しょし(神祇官および祭りに預かる諸司)事行へ。(神祇令大嘗条だいじょうじょう)

ポイントは、

  • 大嘗おおなめ新嘗にいなめを分離。大嘗おおなめは、天皇の代ごとに一年とし、悠紀ゆき主基すき両国の国司が神饌しんせんを奉る担当。それ以外の年は、(新嘗祭にいなめさいとして)神祇官じんぎかん等が担当。

ということで、

天武てんむ天皇代に原型としてつくられ、運用レベルだった儀礼を、法律で規定し国家の仕組みとして落とし込んでいった経緯。スゴ… (゚A゚;)ゴクリ

今でこそ、「新嘗祭にいなめさい」というと秋のお祭り、といった感じでのほほんとしますが、その起源は、中央集権国家づくりという背景があったってこと、チェックです。

だから天皇がいまでも斎行さいこうされてる訳です。

そして、、、

当サイトとして、もっと重要なのが、日本神話との繋がり。

新嘗祭にいなめさいを行う理由を、歴史書編纂プロジェクトの中で、神話と紐づけているところ、激しくチェック。

先ほどご紹介したとおり、

即位儀礼、律令整備、歴史書編纂

この3つのプロジェクトを関連させながら、天皇中心の国家体制を構築していった訳です。

天皇が中心ですから。天皇がこの国を統治する正統性を示すために、儀礼、法律、歴史書と、重要なポイントをしっかり押さえながら繋がりをつけてる。

壮大です。ホント、その構想力、発想がスゴい。

ということで、次はいよいよ新嘗祭にいなめさいの拠り所となる日本神話をご紹介。

 

新嘗祭の根拠となる日本神話

ここからは新嘗祭にいなめさいに関連する日本神話を解説。正史『日本書紀にほんしょき』をもとにお届け。

歴史書なのに日本神話が登場するオモシロさについてはコチラで。

参考:『日本書紀』と『古事記』の違いに見る「日本神話」の豊かさとか奥ゆかしさとか

改めて、

新嘗祭にいなめさい」のポイントは、

いや、むしろ、

神話が稲だから、新嘗祭も稲。

という方が正しくて。

もっというと、

古代日本人が「稲」に対して持っていた並々ならぬ信仰や想いがあったから稲、てことであります。

まずはその内容を理解。そのうえで新嘗祭にいなめさいの拠り所神話を解説していきます。

 

日本神話に根差す新嘗祭 稲に見る日本神話的信仰や思想

新嘗祭にいなめさい」理解のための土台となる思想、信仰。

日本神話で、
日本の美称として登場するのが豊葦原千五百秋瑞穂之地とよあしはらのちいほあきのみずほのち

全11文字熟語の長~い言葉ですが、、意味内容は以下。

葦原あしはら」には稲が生育。つまり、豊かな葦原あしはら=豊かな稲がみのる場所って事。
千五百ちいほ」とは稲の収穫がめちゃめちゃたくさん、そんな秋。秋=1年の収穫の時でもあるので、千五百とかけて、めっちゃ長い間、年という意味も。
瑞穂みずほ」はみずみずしい稲穂、みずみずしく豊かな、という意味。

まとめると、

豊かな葦の茂る広大な原でめっちゃ大量になんなら永遠に豊かな稲穂が収穫できるみずみずしくすばらしい地、の意味。

まースゴイ。これでもかってくらい予祝よしゅく感満載のワードで。

最初に登場するのは、『日本書紀にほんしょき』第四段〔一書1〕

天神あまつかみ伊弉諾尊いざなきのみこと伊弉冉尊いざなみのみことに言った。「豊かな葦原あしはら永久とわにたくさんの稲穂の実る地がある。」(原文:天神謂伊弉諾尊・伊弉冉尊曰、有豊葦原千五百秋瑞穂之地。) (『日本書紀』巻一(神代上)第四段〔一書1〕

と。

至高なる存在、天神あまつかみによって予祝よしゅくされた、豊かな秋の実りが約束された地、

それが日本なんですね。

もっとあります。

日本の建国神話である神武東征じんむとうせい神話では、

秋津洲あきづしまという、こちらも日本の美称が登場。

必読:論功行賞と国見|エピローグ!論功行賞を行い、国見をして五穀豊饒の国「秋津洲(あきづしま)」を望み見た件|分かる!神武東征神話 No.26

東征とうせいを成就させた神武じんむ天皇が、国見くにみをするシーンがあるのですが、ココで、「国状くにのさま」をはるかに望みみて

蜻蛉あきづが交尾している形のようだ」(原文:猶如蜻蛉之臀呫焉)

と伝えます。

蜻蛉あきづ」=トンボであり、トンボと言えば、水田に飛んでいる秋の実りを象徴する虫ですよね。

トンボが交尾して飛ぶ=たくさんのトンボが連なり飛ぶ=豊かな稲の実りがある

という事で、

ココにも「稲」を通じた豊かな日本を称える、あるいは予祝よしゅくする思想がある訳です。

神代かみよ天神あまつかみ予祝よしゅくした「豊葦原千五百秋瑞穂之地とよあしはらのちいほあきのみずほのち」は、神武じんむ天皇の東征とうせいと建国によって「秋津洲あきづしま」として結実した。とも言えて、

稲に寄せた古代日本人の格別な想いを、その信仰をまずチェックされてください。

国家・国民安寧あんねいの土台となる食

その中心的位置づけとして、象徴として、「稲」が設定されていて、そうした伝統を、新嘗祭にいなめさいは引き継いでるんです。

そんな背景を元に以下、新嘗祭にいなめさいに関連する日本神話をチェック。

ポイントは、

  • 五穀、特に稲の起源(そもそも論)
  • 新嘗にいなめ」の起源
  • 稲が地上世界にもたらされた経緯
  • 大嘗祭だいじょうさいの起源とされる祭り

それぞれの「神話的出どころ、根拠」です。

 

日本神話に根差す新嘗祭 稲の起源

神話ですから。今の私たちにとってみれば、稲フツーですけど、

そもそも、どっから来たの?から説明していかないと、、、その価値とか重要性は伝わらない。

てことで、以下。

五穀、そして稲の誕生と人の食用としての位置づけを明確にした神話がコチラ。『日本書紀にほんしょき』第五段〔一書11〕から。

経緯として、
天照大神あまてらすおおかみ天熊人あまのぐまひとを地上に派遣。天熊人あまのぐまひとが地上にいる食物神「保食神うけもちのかみ」に生じていた五穀を持ち帰り奉ると、天照大神あまてらすおおかみは人民の食として定め、五穀の種子とします。

また天邑君あまのむらきみ(村長)定め、稲種を天狹田あまのさだ長田ながたに殖えたところ、秋に豊作になります。ココに起源アリ!

 この後に(←月夜見尊が保食神を打ち殺してしまい、怒った天照大神が昼と夜を分けた神話あり)、天照大神は天熊人あまのくまひとを遣わし、って様子を看させた。この時、保食神はすでに死んでいた。ただ、その神の頭頂部は化して牛馬と成り、額の上に粟が、眉の上に蚕が、眼の中に稗が、腹の中に稲が、陰には麦と大豆、小豆が生じていた。天熊人あまのくまひとはそれを全て取って持ち去り、天照大神に奉った。

 時に天照大神は喜び、「この物は、この世に生を営む人民が食べて活きるべきものである。」と言って、あはひえ・麦・豆を陸田(畑)の種とし、稲を水田の種とした。またこれにより天邑君あまのむらきみを定めた。そこでさっそくその稲の種を、天狹田あまのさだ長田ながたに始めて植えた。その秋には、垂れた稲穂が握りこぶし八つほどの長さにたわむほどの豊作であり、たいへんここちよい。 (『日本書紀』神代上第五段〔一書11〕より一部抜粋〕)

と。

これが、「五穀」、特に「稲」の発生起源で。なんなら、畑作と稲作の起源譚にもなってます。

つまり、

  • 稲は、地上の食物神「保食神うけもちのかみ」の腹の中に生まれた
  • 天照大神あまてらすおおかみが、稲を人民の食用としての位置づけを定め、そして水田の種とした
  • 天上で天照大神あまてらすおおかみみずから種を植え、田んぼを営んだところ、秋には豊作になった

と。

これが「稲」、そして「稲作」の起源であります。

構図としては、

天上で天照大神あまてらすおおかみがやってるから、地上世界でもやってる、といった形で。

ある意味、天照大神あまてらすおおかみが模範を示しているとも言えて。これは、現代の天皇の「親耕しんこう」、つまり、宮中きゅうちゅうで田んぼを営むお仕事にもつながってくる訳です。

うーん、、、尊すぎるっ!

次!

 

日本神話で伝える「新嘗」の起源

稲ができた、稲作も開始した、秋に収穫もできた、さー次は、、、そう、お祭りだー!

ということで、今度は「新嘗にいなめ」を伝える神話であります。

根国ねのくにへ追放された素戔嗚尊すさのをのみことが、暇乞いとまごいをしに天上へ。その際、天地鳴動させ上っていったことで天照大神あまてらすおおかみが「国を奪いにきたっ」と嫌疑をかける。その潔白証明として「誓約うけい」の儀式を斎行さいこう。これにより潔白を証明。で、調子に乗った素戔嗚尊すさのをのみことが大暴れ、、、

 この後には、素戔嗚尊の行うことが、甚だ常軌を逸脱したものであった。何かといえば、天照大神は天狭田あまのさだ長田ながた御田みたとしていたが、その時、素戔嗚尊が春にはその御田のすでに種子を播いた上にさらに種子を播き、しかもそのあぜを壊しなどする。秋には、天斑駒あまのふちこまを放ち、稲の実る田の中に伏せさせ、また天照大神が新嘗にひなへをする時を見計らっては、新造した宮(新嘗を行う殿舎)にこっそりくそを放ちかける。また天照大神がまさに神衣かむみそを織って斎服殿いみはたどのに居るのを看ると、天斑駒の皮をぎ、その殿おほとのいらか穿うがって投げ込んだ。 (『日本書紀』神代上第七段〔本伝〕より一部抜粋)

と。

ココでは、天照大神あまてらすおおかみ新嘗にいなめを行っていることを伝えてますよね。なんならお祭り用に殿舎を新造。つまり、神話的には当然のように新嘗にいなめが開始されてる次第。

であるからして、、、地上世界でも当然のように新嘗にいなめを行う訳ですね。

次!

 

日本神話で伝える「稲」が地上世界にもたらされた経緯

稲ができた、稲作も開始した、秋に収穫もできた、お祭りをした。天上世界では一連のサイクルが確立したと。

さー次は、、、そう、地上世界で再現、地上世界へ継承けいしょうだー!

てことで、登場するのが『日本書紀にほんしょき』第九段。天孫降臨てんそんこうりんの異伝版。ココでは、天照大神あまてらすおおかみみずか高天原たかあまのはらで育てていた「斎庭ゆにわの穂(聖なる田んぼで育った稲穂)」を授けるシーンがあります。該当箇所を絞ってお届け。

(天照大神は)勅して、「私が高天原に作る神聖な田の稲穂を、また我が御子に授けよう」と仰せられた。(『日本書紀』神代下第九段〔一書2〕より一部抜粋)

と。

斎庭ゆにわの穂」を授かった火瓊瓊杵尊ほのににぎのみことが、天児屋命あまのこやねのみこと太玉命ふとたまのみこと諸部神もろとものおのかみ等とともに降臨。これにより、地上世界に「稲」が、しかも、天照大神あまてらすおおかみみずから育てていた神聖な稲がもたらされた、という訳ですね。

で、

もたらされた稲をもとに、その後、新嘗にいなめが行われたことも伝えてます。それが続く『日本書紀にほんしょき』第九段〔一書3〕。つながるつながる。

経緯は以下。天降あまくだった火瓊瓊杵尊ほのににぎのみことは、大山祇神おほやまつみの娘「鹿葦津姫かあしつひめ」と結婚、鹿葦津姫かあしつひめは一夜で妊娠します。これにより不義の子を孕んだと嫌疑をかけられた鹿葦津姫かあしつひめは、火中出産によって嫌疑を晴らします。そこからの流れ。

またその時、神吾田鹿葦津姫かむあたかしつひめは占いによって定めた神聖な田を名付けて狭名田さなだと言った。その田の稲で天甜酒あまのたむさけかもしてにひなへを催した。また渟浪田ぬなたの稲をご飯に炊いて嘗を催した。 (『日本書紀』神代下第九段〔一書3〕)

と。

占いによって定めた特別な田んぼ(卜定田うらへた)を「狭名田さなだ」と名付け、そこで収穫した稲を天甜酒あまのたむさけかもしてにえし、また渟浪田ぬなたの稲を飯に炊いてにえとして催した。。。

ここでは、冒頭部分でご紹介したとおり、

新嘗にいなめを姫が行う=女性がおこなう形で伝えています。

物語における意味としては、

火瓊瓊杵尊ほのににぎのみこと天照大神あまてらすおおかみから授かった斎庭ゆにわの穂を、降臨後に植え、育て収穫した米で酒と飯をつくり、それによってにえを行ったことを伝えてる。

つまり、

天上の天照大神あまてらすおおかみの意向を確実に体現し、成就した証しとして伝承化した内容になってます。

てことで、ここで一度まとめると。

①そもそも論として、稲の発生起源は「保食神うけもちのかみ」の腹の中。それを天上に持ち帰り天照大神あまてらすおおかみが意味づけ。人民が食し、人民を活かすものであると。

②そのうえで、種として植え、育ててみると、秋には豊かな実りを得た。みずから率先して、稲の育成方法を示す。

③さらに、新嘗にいなめは当然のこととして行い、これにより、植えて→育てて→実って→お祭りする、というサイクルが天上世界で確立。

④これを承けて、天孫降臨てんそんこうりんに際し、天照大神あまてらすおおかみから「斎庭ゆにわの穂」として火瓊瓊杵尊ほのににぎのみことに授けられ、これが地上世界へもたらされる。

⑤最後に、地上世界でも新嘗にいなめが行われたことをもって、天上世界と同じサイクルが確立したことを伝える。

そんな流れ。

壮大、、、

すごい世界観、そして構想力。マジでぶっとびすぎでしょコレ。古代日本人の情熱と智恵の結晶。素晴らしいですよね。今、私たちがフツーに食べているお米には、そんな神話的背景があったって事。今まで以上にありがたくいただきます。

ということで、神代かみよにおける新嘗にいなめの起源神話でした。それが、歴史の時代へ、そして現代へ受け継がれていること、是非チェック。

 

まとめ

新嘗祭にいなめさい」は、毎年11月23日「勤労感謝きんろうかんしゃの日」に行われる秋のお祭り。

天皇による宮中きゅうちゅう行事を筆頭に、全国の神社でも行われてます。

その年に収穫された新穀(特に稲)を天照大神あまてらすおおかみはじめ天神地祇てんじんちぎにお供えし、五穀豊穣ごこくほうじょうを感謝するとともに、天皇みずからもこれを食べる「共食きょうしょく」の儀式。

その起源は、日本神話にあり、天上で行われていることを地上でも再現する、という形で伝えられてます。背景には、稲に対する古代日本人の格別なる信仰や思想があります。

今年の新嘗祭にいなめさいは、ぜひ、そんな壮大なロマンをもってチェックされてください。

 

参考文献

訓讀註釋儀式践祚大嘗祭儀(皇學館大学神道研究所編、思文閣出版)、日本古代即位儀礼史の研究(加茂正典、思文閣出版)、大嘗祭の研究(皇學館大学神道研究所編、皇學館大学出版部)、大禮と朝儀 付有職故実に関する講話(出雲路通次郎、臨川書店)、日本の祭祀(祭祀学会編、星野輝興先生遺著刊行会)、平安朝儀式書成立史の研究(所功、国書刊行会)、復刻版 卽位禮と大嘗祭(三浦周行、神社新報社)、律令制祭祀論考(菊地康明編、塙書房)、古代祭祀の史的研究(岡田精司、塙書房)、古代伝承と宮廷祭祀(松前健、塙書房)、続大嘗祭の研究(皇學館大学神道研究所編、皇學館大学出版部)、古事記研究(大嘗祭の構造)(西郷信綱、未来社)、記紀神話と王権の祭り(水林彪、岩波書店)

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

ABOUTこの記事をかいた人

とも

日本神話ナビゲーター / 日本神話研究家 / 日本神話講演家

日本神話.comへお越しいただきありがとうございます。
「日本神話をこよなく愛するナビゲーター」として、どこよりも分かりやすく&ディープな日本神話の解釈方法をお届けしています。
これまでの「日本神話って分かりにくい。。。」といったイメージを払拭し、「日本神話ってオモシロい!」「こんなスゴイ神話が日本にあったんだ」と感じていただける内容を目指してます。
文献に忠実に、しかも最新の学術情報を踏まえた内容なので、情報の確かさは保証付き!日本神話研究の第一人者である佛教大学名誉教授の榎本先生の監修もいただいてます。
豊かで多彩な日本神話の世界へ。是非一度、足を踏み入れてみてください。
参考文献:『古代神話の文献学』(塙書房)、『新編日本古典文学全集 日本書紀』(小学館)、『日本書紀史注』(風人社)、『日本古典文学大系『日本書紀 上』(岩波書店)他