大嘗宮の儀(悠紀殿供饌の儀・主基殿供饌の儀)(ゆきでんきょうせんのぎ、すきでんきょうせんのぎ)とは?|神に奉る・いただくがセットの共食!天照大神と繋がる大嘗祭の中心儀式

 

悠紀殿供饌ゆきでんきょうせんの儀」と「主基殿供饌すきでんきょうせんの儀」は、大嘗祭の中心的儀式。2つあわせて「大嘗宮だいじょうきゅうの儀」と呼ばれます。

大嘗祭(大嘗宮の儀)は、実質2日間の日程。

  • 初 日「悠紀殿供饌きょうせんの儀」・・・11月14日午後6時半~
  • 2日目「主基殿供饌きょうせんの儀」・・・11月15日午前0時半~

コレ、

悠紀殿ゆきでん主基殿すきでんにおいて、お米をはじめ様々な神饌を天照大神に供え、御告文おつげぶみを奏上した後に、その神饌を天皇自らも召し上がる、という内容。

その核心は、神饌を神にお供えし自らもそれを食す「共食」。

これにより、

皇祖たる天照大神あまてらすおおかみの霊徳を自身の身に受けることで、新天皇として神と繋がる。

神代からの経緯を踏まえた、非常に奥ゆかしい儀式。

今まで皇太子として(ある意味)サブ的に参加していた新嘗祭、そこではメインは天皇で。それが、代替わりを機にメインプレーヤー交替、その最初の新嘗祭が「大嘗祭」。だからこそ、メインとして、初めて神と直接やりとりするなかで関係を構築する儀式であり、位置づけになる訳です。

今回は、そんな秘儀中の秘儀、「大嘗宮の儀」=「悠紀殿供饌ゆきでんきょうせんの儀」と「主基殿供饌すきでんきょうせんの儀」について、その原型をもとにご紹介します。

 

大嘗宮の儀(悠紀殿供饌の儀・主基殿供饌の儀)とは?|神に奉る・いただく( 薦・享)がセットの共食!天照大神と繋がる大嘗祭の中心儀式

大嘗祭における「大嘗宮の儀(悠紀殿供饌の儀、主基殿供饌の儀)」の位置づけ

まずは、全体の流れにおける「位置づけ」をチェック。

2019年の御代替わりにおける
大嘗祭(大嘗宮の儀)自体は、以下の日程

  • 初 日「悠紀殿供饌きょうせんの儀」・・・11月14日午後6時半~
  • 2日目「主基殿供饌きょうせんの儀」・・・11月15日午前0時半~

ですが、

その前後には多くの儀式や準備アリ。当日だけでは語りつくせない重要儀式の数々、、、

大きく2つに分かれていて、

  • お米作り
  • お祭り

お米作りとは、大嘗祭(大嘗宮の儀)で神饌としてお供えするメインデッシュたるお米を植えて育てる事です。

大嘗祭のメニュー

分類 N 儀式 概要 場所 時期
お米作り  斎田さいでん点定の儀 悠紀及び主基の両地方(斎田を設ける地方)を定めるための儀式 神殿 5月
大嘗宮地鎮祭 大嘗宮を建設する予定地の地鎮祭 皇居東御苑 7月
斎田抜穂ぬいぼの儀 斎田で新穀の収穫を行うための儀式 斎田
悠紀主基両地方新穀供納 悠紀主基両地方の斎田で収穫された新穀の供納をする行事 皇居
お祭り 神宮に勅使ちょくし発遣の儀 神宮に大嘗祭を行うことを奉告し幣物を供えるために勅使を派遣される
儀式
宮殿 11月
大嘗祭前一日鎮魂ちんこんの儀 すべての行事が滞りなく無事に行われるよう天皇始め関係諸員の安泰を祈念する儀式 皇居 11月
大嘗祭当日神宮に奉幣ほうへいの儀 神宮に大嘗祭を行うことを勅使が奉告し幣物を供える儀 神宮 11月
大嘗祭当日賢所かしこどころ大御饌供進の儀 賢所に大嘗祭を行うことを奉告し御饌を供える儀式 賢所 11月
大嘗祭当日皇霊殿こうれいでん神殿しんでんに奉告の儀 皇霊殿及び神殿に大嘗祭を行うことを奉告する儀式 皇霊殿、神殿 11月
10 大嘗宮の儀
・悠紀殿供饌きょうせんの儀
・主基殿供饌きょうせんの儀
大嘗宮の悠紀殿及び主基殿において初めて新穀を皇祖及び天神地祇に供えられ、自らも召し上がり、国家・国民のためにその安寧と五穀豊穣などを感謝し、祈念される儀式 皇居東御苑 11月
11 大饗おおにえの儀 大嘗宮の儀の後、天皇が参列者に白酒、黒酒及び酒肴を賜り、ともに召し上がる饗宴 宮殿 11月

※宮内庁発表の「即位の礼及び大嘗祭関係諸儀式等(予定)について」資料より加工

参考:大嘗祭(だいじょうさい)とは?天皇一代につき一度だけ斎行!日本神話に根ざす大嘗祭の全貌を徹底解説!

このなかで、

今回ご紹介する
「大嘗宮の儀(悠紀殿供饌ゆきでんきょうせんの儀、主基殿供饌すきでんきょうせんの儀)」は、大嘗祭の中核的儀式として位置づけ。

特別な田んぼ「斎田さいでん」で、特別な稲を育ててきたのも、
悠紀殿供饌ゆきでんきょうせんの儀」と「主基殿供饌すきでんきょうせんの儀」で神にお供えするため。

参考:斎田点定の儀|特別な田んぼ「斎田」を亀卜で占う神事!神代から継承された奥ゆかしい儀式を日本神話とあわせてご紹介!

たくさんの知恵と準備が、汗と涙が、この儀式に集約されていて、。。ようやっとこの日を迎えられました。。一同礼。そして涙

まずは、この大嘗祭全体の中での位置づけを、重要感をもってチェックです。

 

「大嘗宮の儀(悠紀殿供饌の儀、主基殿供饌の儀)」の概要

その上で、
ココからは「大嘗宮の儀」を、
具体的には、「悠紀殿供饌ゆきでんきょうせんの儀」と「主基殿供饌すきでんきょうせんの儀」の概要をチェック。

ちなみに、コレ、

現代においては秘儀とされており、詳細の所は正直よー分かりません。時代の変遷によって変化している所もいくつかあり。

見えるところで一番分かり易いのは、

斎行される時間。

文献上、記録として追いかけられるのは平安時代。『貞観儀式』『延喜式』。

コチラ、現代と比べると時間が少し遅くなってます。

  • 悠紀殿ゆきでんの儀」…初日夜:
    戌四刻(午後9時)~亥の四頃(午後11時頃)
  • 主基殿すきでんの儀」…翌未明:
    丑の四刻(午前3時頃)~寅の四刻(午前5時頃)

と、

夜中から明け方にかけて行われていました。これに対して、現代は午後6時半~と深夜0時半~。

他にも、細かいところで、

  • 平安時代では、「悠紀殿ゆきでんの儀」「主基殿すきでんの儀」
  • 現代では、「悠紀殿供饌ゆきでんきょうせんの儀」と「主基殿供饌すきでんきょうせんの儀」

と、ビミョーに儀式名も変わってる次第。

そんな経緯の中で、それでも、核心の部分は(多分)変更なし。昔も今も同じ概念のもとで斎行されてると思われます。今回、主にご紹介したいのもココ。

で、

参考文献としては、本記事一番下。なかでも、昭和53年に発表された川出清彦氏の「大嘗祭の祭儀」(皇學館大學神道研究所編)。コレ、大嘗祭研究の中でもかなり詳しく研究されている本で、より深く知りたい方にはおススメです。

今回は、

氏の論文をもとに、理解の便をはかり、文言、表記等の一部を補足・改修しながら、中身をなるべくそのままにお届け。

まずは、概要として、
全体の流れ、建物の位置関係をご確認ください。

 

全体の流れ

2日間の大嘗祭(大嘗宮の儀)、

  • 悠紀殿ゆきでんの儀」…初日夜:
    戌四刻(午後9時)~亥の四頃(午後11時頃)
  • 主基殿すきでんの儀」…翌未明:
    丑の四刻(午前3時頃)~寅の四刻(午前5時頃)

なんですが、

内容はというと、、、

実は、同じだったりします。

悠紀殿ゆきでんの儀」「主基殿すきでんの儀」は同じ儀式次第。「悠紀殿」「主基殿」2つの神殿で、同じ事を繰り返す。

具体的には、

神饌しんせん 行立ぎょうりゅう親供しんく直会なうらひ

  • 悠紀殿ゆきでんの儀」で「神饌しんせん 行立ぎょうりゅう」と「親供しんく直会なうらひ
  • 主基殿すきでんの儀」で「神饌しんせん 行立ぎょうりゅう」と「親供しんく直会なうらひ

面白いですよね。

神饌しんせん 行立ぎょうりゅう」とは、神にお供えする神饌が「悠紀殿」「主基殿」に運ばれる事。

正確には、神饌を神として、神饌しんせん自体が神殿に渡っていく、といった意味あい。

親供しんく直会なうらひ」とは、神饌を神に奉る・いただく( すすめうけ)が対になった儀式。新天皇と神との「共食」がポイント。

この2つをメインとして、
悠紀殿ゆきでんの儀」「主基殿すきでんの儀」が行われる訳です。

参考:悠紀殿(ゆきでん)・主基殿(すきでん)とは?|大嘗宮の中心的神殿!「御親供・御直会の儀」が行われる悠紀殿・主基殿のヒミツを大公開!

次に、

全体のマップ。

どこに何があるのか?をチェック。

全体観として分かり易い資料はコチラ。

▲江戸時代の「嘉永元年大嘗会図」(國學院大學博物館蔵)より

現代の大嘗祭でも基本的には同じ建物をつくり祭祀を実施。

ポイントとなる建物はコチラ。

膳屋かしはや」とは「台所」のこと。コレ、悠紀殿ゆきでん」「主基殿すきでんそれぞれに、近くに用意されます。

先ほどご紹介した「神饌しんせん 行立ぎょうりゅう」。

コレは、悠紀殿ゆきでん」「主基殿すきでんそれぞれの「膳屋かしはや」で作られた料理(神饌)が、運ばれていくこと(渡っていくこと)を言う訳ですね。

ちなみに、、

その料理はこんな感じ。

神饌

▲「卽位禮と大嘗祭」(三浦周行著)より

他にも、

脂燭しそく ②削木けづりき ③ 竹杖たけのつえ ④海老鰭槽えびのはたふね(手水受け容器) ⑤多志良加たしらか(手水注ぎ土瓶) ⑥ 楊枝筥ようじのはこ ⑦御巾子筥おんたなごひのはこ  ⑧神食薦かみのすごもこもの葉に木綿ゆふを編み込んだ、神饌を載せる敷物)⑨御食薦みすごも ⑩枚手筥ひらてのはこ ⑪箸筥 ⑫御飯筥 ⑬生魚なまもの筥 ⑭干魚からもの筥  ⑮菓子このみ筥  ⑯鮑汁漬あはびのしるひぢ ⑰海藻汁漬めのしるひぢ ⑱空盞こうさんあつものを盛る器)  ⑲御羹八足机おんあつものやつあしのつくえ  ⑳御酒みき八足机  ㉑御かゆ八足机 ㉒御酒(御直会)八足机

※「はこ」は葛筥つづらばこ(箱)のこと。この筥の中に、生魚類ならその切り身が檞葉かしはば細工の容器に四箇もられます。この容器は、柏の葉数枚を竹の糸で綴じた葉盤ひらで製。

と、、まースゴイ。

新天皇として初めて、皇祖こうそ天照大神と共食する訳ですから、失礼のないように、そんな心配り・おもてなし。

ポイントは⑫の「御飯筥」。ご飯のはいった箱。そう、斎田で収穫された特別なお米を使ったご飯であります。

そして、

いよいよ核心。悠紀殿ゆきでん」「主基殿すきでんの内部。

▲コチラ「悠紀殿ゆきでんの儀」「主基殿すきでんの儀」の原型がつくられた平安時代の復元図より。

大きく2つの区画に分れていて、図上半分の「室(内陣)」、図下半分の「堂(外陣)」。それぞれ、メインと控えの関係。

ポイントは、

神座の向き

コレ、伊勢神宮の方向を向いてます。ココがポイント!

平安時代=京都に都があったので、伊勢神宮は南東の方向。なので、神座(皇祖天照大神が降臨される場)も南東を向いています。

この、神座、御座で、メインイベントである「親供しんく直会なうらひの儀」が、つまり、新天皇と神との「共食」が行われる訳です。

で、

采女うねめ」と呼ばれる「配膳係」が、いろいろ準備。神座に御手水ちょうずを供したり、神食薦かみのすごも御食薦みすごもを敷いたり、神饌を伝え伝えで運びお供えしたり、、、。

新天皇はというと、、、

最初、上記図中、下。外陣にまずあって、西南の座に着座し、神饌が運ばれてきたら、中(図中の上)へ入り、御座につかれます。

采女うねめ」の皆さんによって、神座へ神饌がお供えされたら、いよいよ「親供しんく直会なうらひの儀」。

新天皇みずから箸をとって神饌をお皿に盛つて奉る(御親供)。そして、今度は、天皇みずから神饌を食する(御直会)。

これが、核心である「親供しんく直会なうらひの儀」。

つまり、神饌を神に奉る・いただく( すすめうけ)が対になった儀式です。

非常に丁重丁寧な作法がある訳で。

この直会は、皇祖の霊徳を自身の身に受けるためのものとされてます。まさに天照大神と繋がる瞬間。。。

思い起こせば、、天皇家の御世継ぎとして生をうけ、皇太子としてありながら、もちろん宮中行事等での祭祀は行ってきましたが、あくまで次順(皇太子)としてで。でも、この大嘗祭で初めて、新たな天皇として、メインを張って、神と直接やりとりをする、直接つながりをつくる訳です。

古代における「まつりごと」の2代柱、政治と祭祀。政治は三種の神器の継承と即位宣言によって。そして祭祀をこの大嘗祭で引き継ぐ。これにより、完全体として誕生する。それが大嘗祭の実質だったりする訳です。

話を戻して。

この後、神饌を下げて一同退下。天皇はこのあと、廻立殿かいりゅうでんに戻ります。これで「悠紀殿の儀」が終了。

と、非常に奥ゆかしい内容。ご先祖様との繋がりを大切にする日本の心を体現されてる感じですよね。

新天皇は、このあと、続けて「主基殿の儀」に臨み、同じ内容を行います。

ということで、

2日間(初日夜と2日目夜中)の流れと内容は以上。

  • 「悠紀殿」「主基殿」で同じ事を繰り返す
  • 内容は2つ。「神饌しんせん 行立ぎょうりゅう」「親供しんく直会なうらひ
  • 神饌は、「膳屋かしはや」という専用の台所でつくって運ぶ
  • 親供しんく直会なうらひ」は、神饌を神に奉る・いただく( すすめうけ)が対になった儀式

以上、是非チェック。

次は、この概要、全体観をもとに、平安時代の儀式詳細をチェックしていきます。

 

「悠紀殿の儀」と「主基殿の儀」の内容詳細

以下の「悠紀殿ゆきでんの儀」「主基殿すきでんの儀」も平安時代の式次第。

改めて、コチラ、現代と比べると時間が遅くなってます。

  • 悠紀殿ゆきでんの儀」…初日夜:
    戌四刻(午後九時)~亥の四頃(午後11時頃)
  • 主基殿すきでんの儀」…翌未明:
    丑の四刻(午前3時頃)~寅の四刻(午前5時頃)

いずれも、約2時間ほどの儀式。

 

悠紀殿ゆきでんの儀(神饌しんせん 行立ぎょうりゅう親供しんく直会なうらひ) 平安時代

儀式に入る前

  • 神祇官じんぎかん人は、内膳の膳部かしはべひきいて悠紀ゆき膳屋かしはや(台所)に移り、稲舂いなつきより始めて神膳の事に奉仕する。
  • 天皇は、御湯殿で体を清める。

稲舂いなつき」とは、稲のもみをうすに入れて、きねでつき精白すること。ココで斎田さいでんから採れた特別な稲を使用。

そのうえで、、、

開始:戌四刻いぬのよつとき(午後九時)

  • 主上(新天皇)は葉薦はごもの上を徒跣すあしで渡御し、悠紀殿ゆきでんに入御して中戸外西南の座に著御、南面。
  • この間、国栖くずの古風、悠紀地方の国風、語部かたりべの古詞等の奏。

葉薦はごも」とは、真菰(まこも)の葉を編んで作ったこも。むしろ(敷物)のようなもの。この特別な敷物の上を素足で渡御されます。

「古風」「国風」「古詞」とは、歌のこと。

そして、、、

神饌しんせん 行立ぎょうりゅう …亥一刻ゐのいっとき(午後九時半頃)

  • 神饌しんせん行立ぎょうりゅう膳屋かしはやを発進、その次第は、次のとおり。( )内は持ち手。担当。
    • 脂燭しそく(持ち手:膳夫かしはで伴造とものみやつこ
      削木けづりき采女朝臣うねめのあそん警蹕けいひつ
      竹杖たけのつえ宮主みやじ卜部うらべ
      海老鰭槽えびのはたふね(手水受け容器)(水取もひとり
      多志良加たしらか(手水注ぎ土瓶)(水部もひとりべ
      楊枝筥ようじのはこ典水もひとりのすけ
      御巾子筥おんたなごひのはこ後取采女しんどりうねめ
      神食薦かみのすごも(神饌を載せる敷物)(陪膳采女はいぜんうねめ
      御食薦みすごも(後取采女)
      枚手筥ひらてのはこ手長采女てながうねめ
      ⑪ 箸筥(手長采女)
      ⑫ 御飯筥(手長采女) 
      生魚なまもの筥(手長采女)
      干魚からもの筥(手長采女)
      菓子このみ筥(手長采女)
      鮑汁漬あはびのしるひぢ内膳司うちのかしはべのつかさの高橋朝臣)
      海藻汁漬めのしるひぢ安曇宿禰あづみのすくね
      空盞こうさんあつものを盛る器)(膳部かしはべ二人) 
      御羹八足机おんあつものやつあしのつくえ(膳部二人)
      御酒みき八足机(酒部さけつかさ二人)
      ㉑ 御かゆ八足机(主水司もひとりのつかさ二人)
      ㉒ 御酒(御直会)八足机(酒部二人)

  • 以上の順にて列行し、悠紀殿の南戸口にて一旦止立する。

※「采女うねめ」は、平安時代以降、天皇の食事に近侍して給仕に当たる配膳役。 次の間まで膳を運んで取り次ぐ役は「手長てながと呼ばれました。

この時、

  • 削木を執った先頭の采女朝臣うねめのあそんがオーシーと長く警蹕けいひつを唱へる。
  • 主上はこの声を聞かれて中戸を入り、御座に著御される。

この時点で、

新天皇は天照大神と共食する場所「御座」に坐します。

そして、神へのお供え。

  • 采女十姫はそのまま殿内に入り、中戸口まで進んで二列に雁行がんこうしてこうし、その他は殿外に止立する。
  • 典水もひとりのすけ采女うねめ二人は内陣(奥の間)に入つて神座に進み御手水ちょうずを供し、
  • 続いて陪膳後取はいぜんしんどりの采女、進み入つて、神食薦かみのすごも御食薦みすごもを敷き、
  • これより後取しんどりは中戸口にて枚手筥ひらてのはこ以下を順次、手長の采女から受けて陪膳に伝へ、
  • 采女は交互に南戸口に於いて内膳の十男から汁漬以下を受けて後取に渡し、準備を整える。

と、役割分担徹底化のもとで、伝え伝えで神にお供え。

準備が整うと、「親供しんく直会なうらひの儀( すすめうけ)」が始まります。コレが「悠紀殿ゆきでんの儀」のメインイベント。

「親供・直会の儀」は、新天皇と神との共食。神に奉る・いただく( すすめうけ)が対。

  • 天皇みづから御箸をとつて神饌を葉盤ひらでかしはの葉の皿)に盛つて奉る(御親供)。
  • このあと、神饌を天皇が召し上がる御直会に移る。
  • 直会では、天皇は三度拍手し、称唯ヰショウして(オーと声を出して)三箸食する。

※「拍手称唯」は、目上の方から物をいただき受ける時の上代の作法

非常に丁重丁寧な作法。皇祖の霊徳を直会を通して自身の身に受け、天照大神と繋がる。

御直会が終わると、、、

  • 神饌撤却、再び御手水あつて、行立退下たいげ、天皇には廻立殿かいりゅうでん還御かんぎょとなり、悠紀殿の儀は終了

儀式、式共に還御の時刻を、よつ頃(午後十一時頃)。

以上、

初日夜の、戌四刻(午後九時)~亥の四頃(午後十一時頃)にかけて行われた「悠紀殿ゆきでんの儀」でした。

 

主基殿すきでんの儀(神饌しんせん 行立ぎょうりゅう親供しんく直会なうらひ) 平安時代

引き続き「主基の御儀」。

  • 神祇官じんぎかん人は内膳の膳部を率いて主基の膳屋に移り、悠紀同様、稲舂いなつきより始めて神膳の事に奉仕。
  • 天皇は再び御湯殿で再度体を清め、

翌暁うし四刻よつとき(午前三時頃)

  • 主基殿に渡御、国栖くずの古風、主基地方の国風、語部の古詞等の奏、神膳行立の儀、すべて悠紀の如くにして御儀を終了する。

終了時刻は、儀式、式共にたつの日のとらの四刻(午前五時頃)、日の出に間近いころである。

ということで、

2日目、翌未明の、丑の四刻(午前三時頃)~寅の四刻(午前五時頃)におこなわれた「主基殿すきでんの儀」。

基本は「悠紀殿ゆきでんの儀」と同じ。

ということで、、、

一番重要なのは、やはり「御親供・御直会の儀」。神に奉る・いただく( すすめうけ)という共食を行い、これを通じて天照大神と繋がる訳です。非常に厳かで奥ゆかしい儀式です。

ご先祖様との繋がりを大切にする日本の心の原点がここにあるように思います。

 

まとめ

現代から古代へと、時代を経た「悠紀殿供饌ゆきでんきょうせんの儀」と「主基殿供饌すきでんきょうせんの儀」の内容、いかがだったでしょうか?

大嘗祭の中心的儀式、

  • 初日の夜に「悠紀殿供饌きょうせんの儀」
  • 2日目の未明に「主基殿供饌きょうせんの儀」

が斎行される流れで、平安時代に基本形ができあがり、以後、基本的にはそれを踏襲する形で継承されてきています。

一番重要なのは、「御親供・御直会の儀」。

神に奉る・いただく( すすめうけ)という共食を行い、これを通じて天照大神と繋がる訳です。新天皇として、供食を通じて神と繋がる。非常に厳かで奥ゆかしい儀式。

秘儀中の秘儀、「悠紀殿供饌ゆきでんきょうせんの儀」と「主基殿供饌すきでんきょうせんの儀」、是非チェックされてください。

 

参考文献

訓讀註釋儀式践祚大嘗祭儀(皇學館大学神道研究所編、思文閣出版)、日本古代即位儀礼史の研究(加茂正典、思文閣出版)、大嘗祭の研究(皇學館大学神道研究所編、皇學館大学出版部)、大禮と朝儀 付有職故実に関する講話(出雲路通次郎、臨川書店)、日本の祭祀(祭祀学会編、星野輝興先生遺著刊行会)、平安朝儀式書成立史の研究(所功、国書刊行会)、復刻版 卽位禮と大嘗祭(三浦周行、神社新報社)、律令制祭祀論考(菊地康明編、塙書房)、古代祭祀の史的研究(岡田精司、塙書房)、古代伝承と宮廷祭祀(松前健、塙書房)、続大嘗祭の研究(皇學館大学神道研究所編、皇學館大学出版部)、古事記研究(大嘗祭の構造)(西郷信綱、未来社)、記紀神話と王権の祭り(水林彪、岩波書店)

 

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参考文献:『古代神話の文献学』(塙書房)、『新編日本古典文学全集 日本書紀』(小学館)、『日本書紀史注』(風人社)、『日本古典文学大系『日本書紀 上』(岩波書店)他