磐船神社は、大阪府交野市の山中にある神社。
河内と大和の境、生駒山の北限境界にひっそりと建つ神社です。
コチラ、当サイトとしては是非、
神武東征神話と合わせてチェックしていただきたい(#゚Д゚)!
なぜなら、御祭神は「饒速日命」!
そして!
御神体は神武紀で伝える「天磐船」!!
と、まー神武東征神話推し。しかも、境内は磐!巨石!巨岩がゴロゴロしてスゴイ!
そこから感じる神秘的なパワー!←気のせいかもしれない!
是非、チェックしておきたいオススメスポットとして、いつもより前のめりでご紹介します。
磐船神社|饒速日命降臨の地!?御神体「天の磐船」はじめ巨石・巨岩がゴロゴロしているパワースポット
目次
磐船神社に関連する日本神話
まずは、当サイトならでは、磐船神社に関連する日本神話をご紹介。
背景を知ることで、磐船神社参拝に奥行きが、そしてロマンが出てきます。激しくおススメ。
磐船神社のご祭神は「饒速日命」。
饒速日命は物部氏の祖先とされてますが、最初の登場は神武東征神話と呼ばれる日本神話。『日本書紀』巻三(神武紀)に伝えます。
神武天皇が東征する遥か昔、大和の地に天から降臨された神様として伝えており、どうやら「饒速日命」、降臨後は大和平野の支配者だった「長髄彦」の妹と結婚し、子供をつくってた模様。やることしっかりやってます。
今回は、その最初のシーンをご紹介。ココから、なぜ磐船神社なのか?というのが理解できます。
『日本書紀』巻三(神武紀)の冒頭部分、「東征発議」と呼ばれるプレゼンの場で、神武天皇が以下内容を語ります。
さて、一方で塩土老翁 からはこんな話を聞いた。『東に、美しい土地があって、青く美しい山が四方を囲んでいる。そこに天磐船に乗って飛びその地に降りた者がいる。』と。 私が思うに、かの地は豊葦原瑞穂の国の平定と統治の偉業を大きく広げ、王の徳を天下のすみずみまで届けるのにふさわしい場所に違いない。きっとそこが天地四方の中心だろう。そこに飛んで降りた者とは「饒速日」という者ではないだろうか。私はそこへ行き都としたい。」(『日本書紀』巻三(神武紀)より一部抜粋)
と、ココでは、東に美しい土地があるので、そこに行って都をつくろうぜ、という内容を熱く語ってます。
その中で、、
「そこに天磐船に乗って飛びその地に降りた者がいる。」「そこに飛んで降りた者とは「饒速日」という者ではないだろうか。」ということで。
これが磐船神社のご祭神、我らが「饒速日命」であります。
一応、「饒速日命」は天神。非常に尊貴な神。そして、遙か昔に「天磐船」に乗って飛び大和の地に降臨したという設定になってるんです。
磐船神社の「磐船」も、まさにココから来てる訳で。さっきから言ってますけど、当社参拝には東征神話の知識は必須であります。
ちなみに、、、磐船神社のご祭神「饒速日命」は、東征神話後半でも登場。これは神社紹介の後でご紹介。まずは現場をチェック。
磐船神社の場所
大阪府交野市の山中にあります。
国道168号線から少し入った所。大阪府交野市から奈良へ、生駒山の北限附近。
ちなみに、ここから南へ7~8kmほど行くと孔舎衛坂激戦地(暗峠)があります。孔舎衛坂激戦とは、神武東征神話で登場する最重要イベント。初戦敗退の巻でござる。もはやこのあたり日本神話ロマンエリア。
そこから10キロも離れていない場所に、こ、こんな神社が、、、
って、なんか繋がってる感じしません?
- 河内と大和の境、
- 饒速日命の降臨、
- 長髄彦の支配地(=金鵄伝承地)、
- 長髄彦の妹との結婚、
- そして、ある日神武がやってきて生駒山の大阪側で激戦になった、、、
くどいようですが、磐船神社参拝の折は、是非、神武東征神話をチェックです。
さて、
168号線からの入口はこちら。
▲大阪方面から奈良方面を望むの図。ココから右手に入っていきます。
▲いきなりこんな光景。。。オモろ・・・一気に違う世界へいざなってくれます。
▲磐船神社は、168号線から脇道に入ってすぐ。
▲こちらが磐船神社の入口!山の中にある巨岩系パワースポット!
磐船神社の境内
御神体をはじめ「岩窟めぐり」など、とにかく巨石!巨岩!があふれるパワースポットです。
▲入口からして巨岩!圧倒される感じ、「圧」を感じるんだ・・・
▲境内の、至るところにある巨岩が信仰の対象になってるのが伺えます。祠とかになってます。
▲苔むした巨岩に、不動明王でしょうか、、、神仏習合的な雰囲気。。。
磐船神社の御祭神
饒速日命(にぎはやひのみこと)
饒速日命は物部氏の祖神。東征の遥か昔、大和の地に天から「天磐船」に乗って降臨された神様。
そして、コチラが超重要。
磐船神社の御神体=天磐船
おおおおおおおお!コレが「饒速日命」が乗ってきたという「天磐船」!!
高さ12m、幅12mもの巨大な「磐座」!
「磐座」とは、巨石や奇石を「神様の霊が宿るもの」「降臨されるもの」であるとし、古来より信仰の対象として伝わっている岩のこと。
って、、ん? ホントに船の形してる??
その他、
▲古代の磐座祭祀を現代に伝え、古代の人々と同じ空間を体感できる場。神秘な風を感じます。
すごくないですか?これ、全部境内の写真でっせ!
磐!
磐磐!!!
磐磐磐!!!!!!!
そんななか、この磐船神社の名物といえば!
磐船神社の岩窟めぐり
巨岩の間を通る「岩窟めぐり」
残念ながら、この日は雨がふった翌日という事で入る事が出来ませんでした。
今後、再度お参りして中を見れたら追記ご報告いたします。
ということで、現場からは以上です。
おまけ:磐船神社のご祭神「饒速日命」の活躍
我らが「饒速日命」、先ほどお伝えした通り、降臨後は大和平野を治めていた地元の有力者「長髄彦」の妹と結婚し、子供をつくってた模様です。
で、
神武東征神話では、後半に再登場。コチラをおまけとしてお届けです。
大和最終決戦、神武天皇と長髄彦との戦いの後半。
神武天皇が「天神子」という非常に尊貴な存在であることが明らかになったにも関わらず、戦いに固執する長髄彦。その続きから。
しかし、(長髄彦は)すでに刃を向け、その勢いは途中で止めることができなかった。しかも尚、彦火火出見(神武天皇)を倒そうとする謀に固執し、少しもその決意を改めようとしなかった。
饒速日命は、もともと「天神」が深く心にかけて「天孫=彦火火出見(神武天皇)」に加勢し助力していることを知っていた。しかも、かの長髄彦は生来の性質がねじ曲がっていて、天と人との分際(身のほど)をわきまえることができないのを見てとった。そこで長髄彦を殺し、その配下の兵卒どもを率いて帰順した。
彦火火出見(神武天皇)は、初めから饒速日命が天から降った者であることを聞いていて承知していたため、今、はたして忠義の功を立てたので、これを褒めて寵愛した。これが物部氏の遠祖である。 (『日本書紀』巻三(神武紀)より一部抜粋)
と、
いうことで、要は、戦いに固執する長髄彦を見限って、なんなら長髄彦を殺して神武天皇のところに帰順するという、ある意味非常に空気の読める天神、それが我らが「饒速日命」なんです。
ちなみに、、、
歴史の時代に入り、饒速日の子孫は武人の一族である「物部氏」として朝廷に仕えます。が、蘇我氏との宗教戦争で蘇我氏&仏教に負け衰退。。。これはこれでもののあはれなり。。
まとめ
磐船神社
大阪府の東北部、交野市鎮座。奈良県生駒市に隣接。
生駒山系の北端、まさに河内と大和の境に位置する神社です。
境内は、巨石・巨岩がゴロゴロ。巨岩パワーをビシビシ感じるスポットであります。
古代からの巨石信仰がベースと思われますが、御神体の「天の磐船」は、「饒速日命」が神武東征に先だって天から降りてきたときに乗ってきた船。
なので、ここに「饒速日命」が飛び降ってきたということか!?
そういう意味でも、この神社は、神武東征神話とあわせてチェックするとその重要性やオモシロさがぐっと深まるスポット。激しくおススメです。
住所 | 大阪府交野市私市9-19-1 |
駐車場 | あり 台数少ないです |
アクセス |
|
その他 | 岩窟拝観は要問合せ ※夜間、雨天時、増水時は拝観できません |
ちなみに、、、
我らが「饒速日命」、降臨後は大和平野を治めていた地元の有力者「長髄彦」の妹と結婚し、子供をつくってた訳ですが、その妹さん=奥さんは「三炊屋媛」、子供は「可美真手命」と言います。コチラ、同じく大阪府の石切神社(上之社)で親子そろってお祭りされてます!
饒速日命が登場する日本神話はコチラです!
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