多彩で豊かな日本神話の世界へようこそ!
正史『日本書紀』をもとに、
最新の文献学的学術成果も取り入れながら、どこよりも分かりやすい解説をお届けします。
今回は、
神武東征神話を分かりやすく解説するシリーズ15回目。
テーマは、
長髄彦最終決戦
東征神話のクライマックス。いよいよ大和最大最強の敵、長髄彦との最終決戦!
経緯を確認。
- 長髄彦とは2度目の戦い。前回、孔舎衛坂の戦いで敗れた相手。
- この戦いは、神武にとっては長兄(五瀬命)の「かたき討ち」でもある。
- 大和を支配する敵を制圧して、中洲(=世界の中心)の支配を確立したい。
といった感じで。上記経緯を踏まえ、
宿敵である長髄彦をどのように撃破したのか?
そんなロマンを探る事で、「長髄彦最終決戦」が伝える意味を読み解きます。
今回も、概要で全体像をつかみ、ポイント把握してから本文へ。最後に、解説をお届けしてまとめ。
現代の私たちにも多くの学びをもらえる内容。日本神話から学ぶ。日本の神髄がここにあります。それでは行ってみましょう!
- 日本神話研究の第一人者である榎本先生監修。確かな学術成果に基づく記事です
- 日本神話全体の流れや構造を解き明かしながら解説。他には無い分かりやすい記事です
- 現代語訳のほか原文も掲載。日本神話編纂当時の雰囲気を感じてもらえます
- 登場する神様や重要ワードへのリンク付き。より深く知りたい方にもオススメです
長髄彦最終決戦|分からんちんども とっちめちん!手前勝手な理屈はあれど道理無しのスネ長男をイテこました件
目次
長髄彦最終決戦の概要
今回も『日本書紀』巻三「神武紀」をもとにお届け。前回の内容、これまでの経緯はコチラ↓をご確認ください。
今回の神話の流れは以下の通り。前半と後半の2部構成。
前半:苦戦してたのが、金鵄飛来により形勢逆転
- 東征軍は、長髄彦を攻めるも、なかなか勝利を得ることができず苦戦が続く。
- その時、突然、天が暗くなり雹が降り始める。その中で、金色に輝く鵄が飛来。神武の弓の先に止まる。
- この金鵄の光り輝き、稲光のような威力に長髄彦軍はみな目がくらみ、戦闘不能の状態に陥る。
後半:長髄彦との交渉、テーマは、神武=天神子の証明。受け入れられない長髄彦
- たまらず長髄彦は使者を派遣してくる。以後、交渉開始。
- 長髄彦的には「こちとら、すでに天から降臨した饒速日命を奉ってるし、妹を嫁にやったし、子供までいるんだぞ」「てか、天神の子ってそんないねーだろ?」。
- それに対して神武は「いや、天神にもいろいろあるし。。」「一応、天神の子だったら証明する品をもってるはずだし、それ見せろや」
- それに対して長髄彦は、饒速日命の持ってた「これが天神の子としての証明品じゃい!(表物)」を見せる。
- それを確認した神武は「おお、、確かにね。けどさ、俺も持ってんだけど」と自分の証明品「天表」を見せる。
- 神武の「天表」を見て恐れ畏まる長髄彦。それでも、戦いを始めちゃった手前もう止められない、最後まで自分の理屈に固執する長髄彦。
- そんな長髄彦を見限って、饒速日命は長髄彦を殺し、、神武へ帰順。
- 神武はそんな饒速日命を「でかした!」と寵愛する。
と、なんか、、いろいろです。。
ポイント4つ。
- 登場人物と関係をしっかり押さえよう!
- 金鵄飛来=天が味方する、を理解しよう!
- 「天神子」と「天神の子」は全然違う!
- 「天表」と「表物」は同じモノでも全然違う!
1つ目。
①登場人物と関係をしっかり押さえよう!
今回のキーパーソンは、彦火火出見(神武)、長髄彦、饒速日命、の3人。
なかでも、遂に登場、饒速日命!このお方、東征神話の最初で説明されてる神様。実は「天神の子」であります。
東征以前に天磐船に乗って大和の地に降臨してたことは分かってたんですが、今回さらに、長髄彦の妹と結婚して子供をもうけていた事が判明。。やることしっかりやってる神であります。
なので、饒速日命にとって長髄彦は義兄にあたるお方。この背後関係しっかりチェック。
2つ目。
②金鵄飛来=天が味方する、を理解しよう!
今回の神話は、こちらの知識がないとよー分からない話になるので先にチェックです。
祥瑞応見 = すばらしい徳をもって、もんげー政治を行えば、天がその聖徳に応えて示す「しるし」がこの世に登場する。
- 祥=めでたい
- 瑞(ずい=みつ)=しるし
で、今回の金色に輝く鵄が飛来するのも実はコレ。つまり、天が味方してるんだよと、それが言いたい。これは古代の考え方なので、そういうものとしてチェック。
3つ目。
③「天神子」と「天神の子」は全然違う!
すでに前回のエントリでも登場しておりましたが改めて。
同じ「天神」の「子」なのですが、「天神子」と「天神の子」は全然違う。本文でも明確に使い分けられています。
- 「天神子」は、天照大神の直系の子孫。
- 「天神の子」は、高天原に多くいる天神の子孫。
もう、全然違うのです。ココ超重要。原文では「之」が入るか入らないかの違いなんですが、全然違う、圧倒的な違いがあることをチェックです。
4つ目。
④「天表」と「表物」は同じモノでも全然違う!
「天神」の「子」は、それを証明する「証拠の品」を持っています。
本文では、
- 「天羽羽矢」・・・羽根で作った矢で、空を飛行する鳥にちなんだ名称
- 「歩靫」・・・背に負う矢を入れる武具の事。
の2つが登場。
オモシロいのは、この「証拠の品」、モノは同じなのですが別の言葉が使われています。
- 彦火火出見のモノ=天表
- 饒速日命のモノ=表物
ココでも使い分けが徹底されている! スゴ、、、
まとめると
- 天神子の所持品=天表
- 天神の子の所持品=表物
ホント、よく作り込まれてて奥ゆかしい。。。
ということで、以上の設定背景をもとに、、前半と後半で分けて捉えると分かりやすいと思います。
- 前半:苦戦が続く戦況を打開した「金色の霊しき鵄」の飛来。
- 後半:「天神子」である証拠の品「天表」をもとに長髄彦への帰順勧告。
場所とルートの確認
次に、本文に入る前に、場所をチェック。
今回の長髄彦最終決戦の地は、、、
良く分かりません。。・・・(゚_゚i)タラー・・・
少なくとも、長髄彦の支配地域であることは間違いなく。それは、孔舎衛坂より東側であり、磐余より西側の一帯と推測されます。
1つの参考として、上記地図、一番上の「鵄邑顕彰碑」スポット。奈良県生駒郡。直前の戦闘地、奈良県桜井市磐余から30キロ以上離れた場所です。
ただ、磐余からちょっと離れすぎてる感じもあり、、、どうなんでしょうか?といったところ。
ということで、前置きが長くなりましたが、以上を踏まえて、以下本文と解説をチェックです。
長髄彦最終決戦の現代語訳と原文
12月4日に、東征軍はついに長髄彦を攻撃した。ところが、続けて幾度となく戦っても勝利を得ることができなかった。
その時、突然、空がかき曇り雹が降ってきた。すると、金色の霊妙な鵄が飛来し、彦火火出見の弓の弭 に止まった。その鵄は燃える火のように輝き、稲妻のように光を放った。この光に打たれ長髄彦の軍兵はみな目が眩み惑って、もはや反撃して戦うことができなくなった。
長髄というのは、邑のもともとの名である。それに因んで人の名前にもつけたのである。東征軍が鵄の「瑞」を得たことで、時の人は、それによりこの地を「鵄邑」と名付けた。今、「鳥見」というのは、それが訛ったものである。
昔、孔舎衛の戦いで、五瀬命が矢に当たって亡くなった。彦火火出見は、このことを心に留め、常に憤りや恨みを抱いていた。そのため、この長髄彦との戦いにおいては、皆殺しにしてやろうとした。
そこで御歌をつくり歌った。
[ みつみつし 来目の子らが 垣本に 粟生には 韮一本 其のが本 其ね芽認ぎて 撃ちて止まむ ] (来目部の勇猛な戦士たちの垣根のもとに粟が生えた中に、くさい韮が一本生えている。その根やその芽を探し出すように敵を探し出して撃たずには止むものか。)
また、歌を歌った。
[ みつみつし 来目の子らが 垣本に 植ゑし山椒 口疼く 我は忘れず 撃ちてし止まむ ] (来目部の勇猛な戦士たちの垣根の元に植えた山椒 を食べると口がいつまでもヒリヒリする。そのようにいつまでも恨みを忘れてはいない。(敵を)撃たずには止むものか。)
よって、兵卒を放って敵を急襲した。これらの御謡はみな来目歌という。この名はすべて歌の担い手(来目)によって名付けたものである。
この時、長髄彦は行人を遣わして、彦火火出見に告げた。「かつて、天神の子が天磐船に乗り、天から降臨された。名を櫛玉饒速日命と言う。この神が我が妹の三炊屋媛を娶り、ついに御子をもうけた。名を可美真手命と言う。それ故、吾れは饒速日命を主君として奉っている。そもそも天神の子の血筋が二つあるなどということがあろうか。なぜまた「天神子」と称して、人の土地を奪おうとするのか。吾が心に推察するに、これではとうてい真実とみなすことはできない」。
彦火火出見は答えて、「天神の子といっても大勢いる。お前の主君とする者が本当に天神の子ならば、必ずそのしるしとなる物があるはずだ。それを見せてみよ」と言った。長髄彦は早速、饒速日命の天羽羽矢一本と歩靫 とを取って彦火火出見に献上して見せた。彦火火出見はそれをよく見て「間違いない」と言い、今度は自分が身に付けていた天羽羽矢一本と歩靫とを長髄彦に下し示した。長髄彦はその天表を見て、いよいよ敬い畏まる気持ちを懐いた。しかし、武器を構えたその勢いは途中で止めることができず、なお迷妄な謀に固執して、少しも心を改めることはなかった。
饒速日命は、もともと天神が深く心にかけて味方しているのは天孫だけであることを知っていた。そのうえ、かの長髄彦は生来の性質がねじ曲がっていて、天と人との分際(身のほど)を教えるべくもないと見てとり、そこで長髄彦を殺し、その配下の兵卒を率いて帰順した。
彦火火出見は、初めから饒速日命が天から降った者であることを聞いており、今、はたして忠義の功を立てたので、これを褒めて寵愛した。これが物部氏の遠祖である。
十有二月癸巳朔丙申、皇師遂擊長髄彥、連戰不能取勝。時忽然天陰而雨氷、乃有金色靈鵄、飛來止于皇弓之弭、其鵄光曄煜、狀如流電。由是、長髄彥軍卒皆迷眩、不復力戰。長髄、是邑之本號焉、因亦以爲人名。及皇軍之得鵄瑞也、時人仍號鵄邑、今云鳥見是訛也。昔孔舍衞之戰、五瀬命中矢而薨、天皇銜之、常懷憤懟、至此役也、意欲窮誅、乃爲御謠之曰、
瀰都瀰都志 倶梅能故邏餓 介耆茂等珥 阿波赴珥破 介瀰羅毗苔茂苔 曾廼餓毛苔 曾禰梅屠那藝弖 于笞弖之夜莽務
又謠之曰、
瀰都々々志 倶梅能故邏餓 介耆茂等珥 宇惠志破餌介瀰 句致弭比倶 和例破涴輸例儒 于智弖之夜莽務
因復縱兵忽攻之、凡諸御謠、皆謂來目歌、此的取歌者而名之也。時、長髄彥乃遣行人、言於天皇曰「嘗有天神之子、乘天磐船、自天降止、號曰櫛玉饒速日命。饒速日、此云儞藝波揶卑。是娶吾妹三炊屋媛亦名長髄媛、亦名鳥見屋媛遂有兒息、名曰可美眞手命。可美眞手、此云于魔詩莽耐。故、吾以饒速日命、爲君而奉焉。夫天神之子、豈有兩種乎、奈何更稱天神子、以奪人地乎。吾心推之、未必爲信。」天皇曰「天神子亦多耳。汝所爲君、是實天神之子者、必有表物。可相示之。」
長髄彥、卽取饒速日命之天羽々矢一隻及步靫、以奉示天皇。天皇覽之曰「事不虛也。」還以所御天羽々矢一隻及步靫、賜示於長髄彥。長髄彥、見其天表、益懷踧踖、然而凶器已構、其勢不得中休、而猶守迷圖、無復改意。饒速日命、本知天神慇懃唯天孫是與、且見夫長髄彥禀性愎佷、不可教以天人之際、乃殺之、帥其衆而歸順焉。天皇、素聞鐃速日命是自天降者而今果立忠效、則褒而寵之。此物部氏之遠祖也。 (『日本書紀』巻三 神武紀より抜粋)※原文中の「天皇」という言葉は、即位前であるため、生前の名前であり東征の権威付けを狙った名前「彦火火出見」に変換。
長髄彦最終決戦の解説
前半は非常にドラマチック。その時、突然、空がかき曇り雹が降ってきた。すると、金色の霊妙な鵄が飛来し、神武の弓の弭 に止まった。その鵄は燃える火のように輝き、稲妻のように光を放った。。。と。古代日本人が、『日本書紀』編纂チームが構想し描いた劇的なシーン。その想像力に想いを致しつつ、、
以下詳細解説。
- 12月4日に、東征軍はついに長髄彦を攻撃した。ところが、続けて幾度となく戦っても勝利を得ることができなかった。
- 十有二月癸巳朔丙申、皇師遂擊長髄彥、連戰不能取勝。
→12月の、癸巳が朔の丙申は4日のこと。
平地の敵に対しては帰順勧告交渉から入ってましたが、長髄彦とはいきなり戦闘に突入。
経緯を確認。
- 長髄彦とは2度目の戦い。前回、孔舎衛坂の戦いで敗れた相手。
- この戦いは、神武にとっては長兄(五瀬命)の「かたき討ち」でもある。
- 大和を支配する敵を制圧して、中洲(=世界の中心)の支配を確立したい。
ということで、ノーネゴシエーション。力でねじ伏せる作戦であります。
「続けて幾度となく戦っても勝利を得ることができなかった。」とあるように、相当タフな戦いだったようで。一進一退の攻防、道臣命も椎根津彦も弟猾も弟磯城も八咫烏も投入しての総力戦!飛び交う無数の矢、火花を散らす剣と剣、倒れていく兵士たち、、なかなか勝利を得られない状況に神武はきっとジリジリする想いでいたのではないかと。
次!
- その時、突然、空がかき曇り雹が降ってきた。すると、金色の霊妙な鵄が飛来し、彦火火出見の弓の弭 に止まった。その鵄は燃える火のように輝き、稲妻のように光を放った。この光に打たれ長髄彦の軍兵はみな目が眩み惑って、もはや反撃して戦うことができなくなった。
- 時忽然天陰而雨氷、乃有金色靈鵄、飛來止于皇弓之弭、其鵄光曄煜、狀如流電。由是、長髄彥軍卒皆迷眩、不復力戰。
→東征神話最大の劇的なシーン。後世に語り継がれ多くの絵画に描かれた場面。
「突然、空がかき曇り(忽然天陰)」とあり、たちまちに闇に閉ざされる。『漢書』五行志に「天陰、昼夜不見日月」とあり、「天陰」は闇に閉ざされること。金鵄の出現を劇的なものとする演出として使われてます。しかも、「雹が降ってきた(雨氷)」とあり、確かに12月なんで雹、氷の粒がザーっと降ってきた訳です。
そこに登場、「金色の霊妙な鵄(金色靈鵄)」。暗闇と雹に対して非常にコントラストが効いてます。
ココで、なぜ金鵄が登場するのか?については、コチラで詳しく。
つまり、すばらしい徳をもって、素晴らしい政治を行えば、天がその聖徳に応えて「しるし」となるモノがこの世界に登場する、という考え方で。これを「祥瑞応見」といいます。
- 祥=めでたい
- 瑞(ずい=みつ)=しるし
つまり、金鵄=天が示した「しるし」であり、要は、天が味方してるんだよと、それが言いたい。
しかも!
『儀制令』第十八に「玄鵄、青鳥、赤鳥、三足鳥、赤鷲、赤雀」を「上瑞」としており、つまり、「金鵄」は「大瑞」にあたる訳で。天の示す「瑞」の中でも上物であります。
しかも!!
「弓の弭 に止まった」とあるように、弓は武力、軍事力の象徴ですから、神武の軍勢に天が加勢しているということを強調してるんですね。と、まー細かいところまで非常に練られてます。
ちなみに、「弭」とは、弓の両端の弦を懸ける金具のこと。弓を射る時、上になる末筈を指します。
真っ暗な中にそんな金鵄が登場し「燃える火のように輝き、稲妻のように光を放った」なんてことされたら、、そりゃ「長髄彦の軍兵はみな目が眩み惑って、もはや反撃して戦うことができなくなった」のも納得で。
あれほど苦戦していた、なかなか勝利を得られなかった戦いも一変。一気にマウントポジションゲットであります。
次!
- 長髄というのは、邑のもともとの名である。それに因んで人の名前にもつけたのである。東征軍が鵄の「瑞」を得たことで、時の人は、それによりこの地を「鵄邑」と名付けた。今、「鳥見」というのは、それが訛ったものである。
- 長髄、是邑之本號焉、因亦以爲人名。及皇軍之得鵄瑞也、時人仍號鵄邑、今云鳥見是訛也。
→突然の長髄彦の背景解説シーン。
どうやら長髄彦の「長髄」はもともと村の名前だったようで。。。今回の金鵄飛来により、「鵄邑」というのに改めた模様。
コレ、なんでここに挿入されてるかというと、現在伝わっている地名起源伝承とすることで、今回の金鵄飛来を歴史的事実として位置づけるためです。単に神話的創作ではなく、実際にあったから、それにより地名が起こったんだよと。このあたりもしっかりしてますよね。
次!
- 昔、孔舎衛の戦いで、五瀬命が矢に当たって亡くなった。彦火火出見は、このことを心に留め、常に憤りや恨みを抱いていた。そのため、この長髄彦との戦いにおいては、皆殺しにしてやろうとした。そこで御歌をつくり歌った。
- 昔孔舍衞之戰、五瀬命中矢而薨、天皇銜之、常懷憤懟、至此役也、意欲窮誅、乃爲御謠之曰、
→東征神話は後半、ある意味ミュージカル的な感じが濃くなってきます。
歌を歌う=感情の高ぶり、物語における盛り上がりシーンな訳で。最初に、タフな戦闘であったこと、そこに劇的な金鵄飛来を加え、さらに、この戦いに臨む際の想い・背景を歌にのせて伝える。。非常にドラマチックに、劇的な仕上がりになってます。
「五瀬命が矢に当たって亡くなった。」とあり、以下をチェック。
あの時、兄の五瀬命は報復もできずに死ぬ無念を雄叫びしてましたよね。。「剣の柄に手をあてて押さえ雄誥をあげた。なんといまいましいことだ!武勇に優れていながら、敵の手によって傷を負い、報復もせずに死ぬとは!」と。
それを受けてココでは「彦火火出見は、このことを心に留め、常に憤りや恨みを抱いていた。そのため、この長髄彦との戦いにおいては、皆殺しにしてやろうとした。」とあるように、相当な憤りや恨みだったことをチェックです。
次!
- [ みつみつし 来目の子らが 垣本に 粟生には 韮一本 其のが本 其ね芽認ぎて 撃ちて止まむ ] 瀰都瀰都志 倶梅能故邏餓 介耆茂等珥 阿波赴珥破 介瀰羅毗苔茂苔 曾廼餓毛苔 曾禰梅屠那藝弖 于笞弖之夜莽務
- (来目部の勇猛な戦士たちの垣根のもとに粟が生えた中に、くさい韮が一本生えている。その根やその芽を探し出すように敵を探し出して撃たずには止むものか。)
→アワの畑にニラが一本。そいつを探し出すのは大変やで、、それと同じくらい大変でもなんでも徹底的に探し出して敵=長髄彦を討ち果たしてやろうと。。
- また、歌を歌った。
- 又謠之曰、
→また歌う!
- [ みつみつし 来目の子らが 垣本に 植ゑし山椒 口疼く 我は忘れず 撃ちてし止まむ ] 瀰都々々志 倶梅能故邏餓 介耆茂等珥 宇惠志破餌介瀰 句致弭比倶 和例破涴輸例儒 于智弖之夜莽務
- (来目部の勇猛な戦士たちの垣根の元に植えた山椒 を食べると口がいつまでもヒリヒリする。そのようにいつまでも恨みを忘れてはいない。(敵を)撃たずには止むものか。)
→山椒=サンショウの古名。実を食べるとヒリヒリがずっと残るようにワイはいつまでも恨みを忘れず敵=長髄彦を討ち果たしてやるぞ、と。執念と決意の歌であります。
我らがリーダー、神武が重ねて歌った訳で、将兵たちはみな奮い立ったに違ないないのであります。
次!
- よって、兵卒を放って敵を急襲した。これらの御謡はみな来目歌という。この名はすべて歌の担い手(来目)によって名付けたものである。
- 因復縱兵忽攻之、凡諸御謠、皆謂來目歌、此的取歌者而名之也。
→怒涛の「進撃の東征軍」。
次!これ以降、後半戦に突入です!
- この時、長髄彦は行人を遣わして、彦火火出見に告げた。「かつて、天神の子が天磐船に乗り、天から降臨された。名を櫛玉饒速日命と言う。この神が我が妹の三炊屋媛を娶り、ついに御子をもうけた。名を可美真手命と言う。それ故、吾れは饒速日命を主君として奉っている。そもそも天神の子の血筋が二つあるなどということがあろうか。なぜまた「天神子」と称して、人の土地を奪おうとするのか。吾が心に推察するに、これではとうてい真実とみなすことはできない」。
- 時、長髄彥乃遣行人、言於天皇曰「嘗有天神之子、乘天磐船、自天降止、號曰櫛玉饒速日命。饒速日、此云儞藝波揶卑。是娶吾妹三炊屋媛亦名長髄媛、亦名鳥見屋媛遂有兒息、名曰可美眞手命。可美眞手、此云于魔詩莽耐。故、吾以饒速日命、爲君而奉焉。夫天神之子、豈有兩種乎、奈何更稱天神子、以奪人地乎。吾心推之、未必爲信。」
→この時とは、「長髄彦の軍兵はみな目が眩み惑って、もはや反撃して戦うことができなくなった」時。たまらず使者を送ってきた次第。
「行人」とは、長髄彦が遣わす使者で、正式に神武に対する不信を伝えるために派遣。不信とは以下
- すでに天神の子(天神之子)がこの地に降臨し、主君として奉っている。それがあかんのか!?
- そもそも、天神の子の血筋が二つあるなんてことがあるのか!?
- なぜまた「天神子」と称して人の土地を奪おうとするのか!?
、、、ま、長髄彦からすると当然の不信ですよね、、
改めて、チェックいただきたいのは、「天神子」と「天神之子」の違い。
- 「天神子」は、天照大神の直系の子孫。
- 「天神の子」は、高天原に多くいる天神の子孫。
原文では「之」が入るか入らないかの違いなんですが、全然違う、圧倒的な違いがある。
で、大事なのは、これが神世界の道理として位置づけられてるってこと。コレを理解するしないが己の処遇を決める、なんなら生死を決めるくらいの事なんです。
次!
- 彦火火出見は答えて、「天神の子といっても大勢いる。お前の主君とする者が本当に天神の子ならば、必ずそのしるしとなる物があるはずだ。それを見せてみよ」と言った。長髄彦は早速、饒速日命の天羽羽矢一本と歩靫 とを取って彦火火出見に献上して見せた。彦火火出見はそれをよく見て「間違いない」と言い、今度は自分が身に付けていた天羽羽矢一本と歩靫とを長髄彦に下し示した。長髄彦はその天表を見て、いよいよ敬い畏まる気持ちを懐いた。
- 天皇曰「天神子亦多耳。汝所爲君、是實天神之子者、必有表物。可相示之。」長髄彥、卽取饒速日命之天羽々矢一隻及步靫、以奉示天皇。天皇覽之曰「事不虛也。」還以所御天羽々矢一隻及步靫、賜示於長髄彥。長髄彥、見其天表、益懷踧踖、
→長髄彦の不信に対する神武の回答と証拠の品をめぐる問答。
まず、「天神」の「子」は、それを証明する「証拠の品」を持ってるって事、まずチェック。本文では、
- 「天羽羽矢」・・・羽根で作った矢で、空を飛行する鳥にちなんだ名称
- 「歩靫」・・・背に負う矢を入れる武具の事。
の2つが登場。 オモロー!なのは、この「証拠の品」、モノは同じなのですが別の言葉が使われてるってこと。
- 彦火火出見のモノ=天表
- 饒速日命のモノ=表物
ココでも使い分けが徹底されてるんですね。
「長髄彦はその天表を見て、いよいよ敬い畏まる気持ちを懐いた。」とあり、天表と表物が全然違うこと、それを見た長髄彦もその圧倒的な違いに、その尊さに、畏れ入る気持ちを抱いたようですが、、ポイントは(その違いを認め畏れ入ったにも関わらず)考え方を改めなかったこと。コレが致命的。
次!
- しかし、武器を構えたその勢いは途中で止めることができず、なお迷妄な謀に固執して、少しも心を改めることはなかった。
- 然而凶器已構、其勢不得中休、而猶守迷圖、無復改意。
→畏れ入った気持ちを素直に受け入れ、考えを変えれば良かったのですが、、、残念です。
一言で言うと、「長髄彦には、理屈はあれど道理なし」といったところ。
同じ「理」でも、「理屈」は自分勝手な言い分、これに対して「道理」は物事を貫く真理や理法。
再度経緯を確認。
長髄彦は、天磐船に乗って天から降ってきた「天神の子=饒速日命」を主君として奉っていた。妹の「三炊屋媛」を妻とし、子の「可美真手命」をもうけていたと。
「天神の子」を後ろ盾とする強力な支配を行っているところに、彦火火出見が「天神子」と称して侵略を図るのは容認できない、というのが長髄彦の「理屈」です。
ま、それはそれで良いとして、アカンたれなのは、彦火火出見の背景を理解しながらも、そして天表の圧倒的違いを認め畏れ入ったにも関わらず、途中で止めなかった事。頑迷な謀略に固執してしまった事です。
「天神の子」と「天神子」との違いを理解しなかった訳で。ココ、道理的にはやってはいけない領域。マジで。そんなリーダーには誰もついていかない。だからこそ、続くシーンで身内に殺されてしまう訳です。
次!
- 饒速日命は、もともと天神が深く心にかけて味方しているのは天孫だけであることを知っていた。そのうえ、かの長髄彦は生来の性質がねじ曲がっていて、天と人との分際(身のほど)を教えるべくもないと見てとり、そこで長髄彦を殺し、その配下の兵卒を率いて帰順した。
- 饒速日命、本知天神慇懃唯天孫是與、且見夫長髄彥禀性愎佷、不可教以天人之際、乃殺之、帥其衆而歸順焉。
→急展開、、、義兄が長髄彦を殺して帰順、、、のようだけど、、これまでの経緯と神世界のロジックを理解していれば分かりますよね。
饒速日命の対応は道理に即してる。「天神子」こそ「天孫」であり、天神はこの「天神子」に味方している事、そして「天神子」の統治に従う事が道理なので。
そこで、この道理を理解しない長髄彦を殺し、その配下の軍勢を率いて「天神子」の彦火火出見に帰順した次第。
絶対に分かってる負け戦、絶対的におかしい戦術に固執し、強引にやれと指示するリーダーがいたとしたら、、、みなさんはどうでしょうか?殺しにかかるかどうかは置いといても、ついていこうとは思わないですよね。。。
一方で、この展開は、統治を見据えた流れとも言えそうです。
まず、そうは言っても「天神の子」を奉ってる軍隊(長髄彦軍)を武力で叩き潰すことはできない事情アリ。。やはり、最後まで「饒速日命」が敵側にいるというのは困る訳です。尊いお方というのは争わない、、、?
ゆえに、長髄彦の「性質がねじ曲がっていて、天と人との分際(身のほど)を教えるべくもない」のをことさらに強調する展開をつくり、身内の裏切りを当然の流れにしてる訳です。
そして、このことは、東征以前から大和の地に降臨し地元民に受け入れられていた神が自ら神武のもとに帰順したってことであり、その後の統治をスムースにするモメンタムを生み出しています。我らが饒速日さんが神武ってヤロウについていくってよ。こりゃてーへんだ!俺たちもいっちょついていくか、的な。。。? 非常に良く練られてる。
武力で潰す、はある意味、簡単というか単純というか。それでは反発や反抗を生んでしまう訳です。大事なのは、戦闘で相手を潰すことではなく、その後の統治な訳で。地元民から受け入れられることな訳で。そう考えたときに、交渉やコミュニケーションを通じて、できるだけ向こうの方から帰順するような流れをつくるのが戦略として良いですよね。
今回の神話は、その意味で、理想的な流れになってる。武力を示す、天の味方を示す(金鵄飛来)、交渉する、ダメなリーダーは取り換える、、、『日本書紀』編纂チーム、古代日本人の叡智と創意工夫が凝縮されてる素晴らしい内容だと思います。
次!
- 彦火火出見は、初めから饒速日命が天から降った者であることを聞いており、今、はたして忠義の功を立てたので、これを褒めて寵愛した。これが物部氏の遠祖である。
- 天皇、素聞鐃速日命是自天降者而今果立忠效、則褒而寵之。此物部氏之遠祖也。
→分かってる者には相応の処遇を。その世界のルールを分かっている者が寵愛を受けるという流れ。空気読めるお方は流石でござる。。?
歴史の時代に入り、饒速日の子孫は武人の一族である「物部氏」として朝廷に仕えます。が、蘇我氏との宗教戦争で蘇我氏&仏教に負け衰退。。。これはこれでもののあはれなり。。
まとめ
長髄彦最終決戦
長髄彦との最終決戦のポイントは、彦火火出見が「天神子」であるという事に尽きます。
「天神子」は「天孫」であり、この「天神」は天照大神ないし高皇産霊尊という天神のなかでも最高神にあたります。最高神が守護し味方する「絶対的な存在」なので、地上の全てのものがこの統治や支配を受けるのが道理、というロジック。
これはこれでゴイスー。。。汗
その意味で、「天神子」というのは、彦火火出見が本来は地上に生を受けながらも、東征・統治を成す特別な存在へとアウフヘーベンする「仕掛け」とも言えますね。
また、今回の一連の流れは、統治を見据えた巧妙な流れ、展開になってることもチェック。
「武力で潰す」はある意味、簡単・単純。でも、それでは反発や反抗を生んでしまう訳です。大事なのは、戦闘で相手を潰すことではなく、その後の統治。地元民から受け入れられてなんぼなんで、そう考えたときに、交渉やコミュニケーションを通じて、できるだけ向こうの方から帰順するような流れをつくるのが理想的な戦略と言えます。
その意味で、今回の神話は理想的な流れになってる。武力を示す、天の味方を示す(金鵄飛来)、交渉する、ダメなリーダーを取り換える、、、『日本書紀』編纂チーム、古代日本人の叡智と創意工夫が凝縮されてる素晴らしい内容としてチェックです。
神話を持って旅に出よう!
神武東征神話のもう一つの楽しみ方、それが伝承地を巡る旅です。以下いくつかご紹介!
●鵄邑顕彰碑:金色の鵄が飛来した??伝承地
●磐船神社:饒速日命が天から降った時に乗ってた天磐船が御神体!
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神武東征神話のまとめ、目次はコチラ!
佛教大学名誉教授 日本神話協会理事長 榎本福寿
埼玉県生まれ(S23)。京都大学大学院文学研究科博士課程国語学国文学(S53)。佛教大学助教授(S58)。中華人民共和国西安外国語学院(現西安外国語大学)文教専家(H1)。佛教大学教授(H6)。中華人民共和国北京大学高級訪問学者(H13)。東京大学大学院総合文化研究科私学研修員(H21)。主な書籍に『古代神話の文献学 神代を中心とした記紀の成りたち及び相関を読む』がある。『日本書紀』『古事記』を中心に上代文学における文献学的研究成果多数。
参考文献:『古代神話の文献学』(塙書房)、『新編日本古典文学全集 日本書紀』(小学館)、『日本書紀史注』(風人社)、『日本古典文学大系『日本書紀 上』(岩波書店)
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