長髄彦最終決戦|分からんちんども とっちめちん!手前勝手な理屈ばかりで道理無しのスネ長(すねなが)男をイテこました件|分かる!神武東征神話 No.19

神武東征神話を分かりやすく解説するシリーズ

日本神話.comでは、天地開闢てんちかいびゃくから橿原即位までを「日本神話」として定義。東征神話は、その中で最大のクライマックスを彩るアツく奥ゆかしい建国神話であります。

言うと、
これを知らずして日本も神話も語れない!m9( ゚Д゚) ドーン!

ということで、今回は19回目。

いよいよ大和最大最強の敵、長髄彦ながすねびことの最終決戦の神話をお届けします。

経緯を確認。

  • 長髄彦ながすねびことは2度目の戦い。前回、孔舎衛坂くさえさかの戦いで敗れた相手。
  • 彦火火出見ひこほほでみ=神武にとっては、失った長兄(五瀬命いつせのみこと)の「かたき討ち」でもある。
  • この大和を支配する最大の敵を制圧して、中洲ちゅうしゅう(=世界の中心)の支配を確立したい。

といった感じで。上記経緯を踏まえて、

  • 長髄彦との最終決戦神話が伝える意味とは?

を考えて行きます。

 

長髄彦最終決戦|分からんちんども とっちめちん!手前勝手な理屈はあれど道理無しのスネ長(すねなが)をイテこました件

前回の内容はコチラでご確認ください。

金鵄飛来=祥瑞応見|「瑞(みつ)」は王の聖徳に天が応えて示す「しるし」。古代にはそれなりのもんげー制度があった件|分かる!神武東征神話 No.18

2016.03.28

 

 場所とルートの確認

最終決戦の地は、、、

 

良く分かりません。

 

少なくとも、長髄彦ながすねびこの支配地域であることは間違いなく。

それは、孔舎衛坂より東側であり、磐余いわれより西側の一帯と推測されます。

中洲=大和平野3

1つの参考として、上記地図、一番上の「鵄邑とびむら顕彰碑」スポット。奈良県生駒郡。直前の戦闘地、奈良県桜井市磐余いわれから30キロ以上離れた場所です。

詳しくはこちらで。

神武東征ルートを行く|聖蹟鵄邑顕彰碑|長髄彦との決戦の地はどこ?碑は立てど磐余から30キロ。。。実際問題よく分からない件

2016.03.28

 

さて、物語の流れは以下の通り。

ポイントを3つにまとめます。

1つ目。登場人物。

彦火火出見ひこほほでみ(=神武)、長髄彦ながすねびこ饒速日命にぎはやひのみこと

なかでも、遂に登場、饒速日命!

このお方、東征神話の最初で説明されている神様。実は「天神あまつかみの子」であります。

東征発議と旅立ち|東征の動機とか意義とか建国の決意とかをアツく語った件|分かる!神武東征神話No.2

2016.01.20

後半の帰順勧告において、東征出発以前に天磐船あまのいわふねに乗って降ってきた事、そして長髄彦ながすねびこの妹と結婚して子供をもうけていた事が判明します。

なので、長髄彦は饒速日命にぎはやひのみことにとって義兄にあたるお方。この背後関係しっかりチェック。

 

2つ目。「天神子あまつかみこ」と「天神あまつかみの子」は全然違う!

同じ「天神」の「子」なのですが、「天神子」と「天神の子」は全然違います。本文でも明確に使い分けられています。

  • 天神子あまつかみこ」は、天照大神の直系の子孫。
  • 一方、「天神あまつかみの子」は高天原たかまがはらに多くいる天神の子孫。

もう、全然違うのです。ここ、超重要なのでしっかりチェック。

 

3つ目。「天表あまつしるし」と「表物しるしもの」は同じモノでも全然違う!

天神あまつかみ」の「子」は、それを証明する証拠の品を持っています。

本文では、

  • 天羽羽矢あめのははや」・・・羽根で作った矢で、空を飛行する鳥にちなんだ名称
  • 歩靫かちゆき」・・・背に負う矢を入れる武具の事。

の2つが登場。

オモシロいのは、この「証拠の品」、モノは同じなのですが別の言葉が使われています。

  • 彦火火出見のモノ=天表あまつしるし
  • 饒速日命のモノ=表物しるしもの

ココでも使い分けが徹底されている!

ゴイスー。。。

 

まとめると

  • 天神子あまつかみこの所持品=天表あまつしるし
  • 天神の子あまつかみのこの所持品=表物しるしもの

ホント、よく作り込まれてて奥ゆかしい。。。

 

ということで、以上の設定背景をもとに、以下物語の概要です。

  1. 東征軍は、長髄彦ながすねびこを攻めるも、なかなか勝利を得ることができず苦戦が続く。
  2. その時、突然、天が暗くなりひょうが降り始めます。その中で、金色に輝くとびが飛来。彦火火出見ひこほほでみの弓の先に止まる。
  3. この金鵄きんしの光り輝き、稲光のような威力に、長髄彦軍はみな目がくらみ、戦闘不能の状態に陥る。
  4. この金鵄飛来を突破口とし、徹底的に攻撃を加える。たまらず長髄彦は使者を派遣してくる。以後、交渉開始。
  5. 天神子あまつかみこ(天照大神の直系子孫)」を証明する「天表あまつしるし」を見て恐れかしこまっても、自分の理屈に固執する長髄彦。
  6. そんな義兄を見限って、饒速日命にぎはやひのみことは長髄彦を殺し神武へ帰順。彦火火出見はそんな饒速日尊を寵愛ちょうあいする。

 

前半と後半で分けて捉えると分かりやすいと思います。

  • 前半:1~3:苦戦が続く戦況を打開した「金色のあやしきとび」の飛来。
  • 後半:4~6:「天神子あまつかみこ」である証拠の品「天表あまつしるし」をもとに長髄彦ながすねびこへの帰順勧告。

 

ということで、前置きが長くなりましたが、以下本文と語訳をお伝えします。

 

神武東征神話 本文

12月4日[1]に、東征軍はついに長髄彦を攻撃。ところが、続けて幾度となく戦っても勝利を得ることができない。

この時、突然、空がかき曇りひょうが降ってきた[2]。そこに金色の霊妙なとび[3]が飛来し、彦火火出見の弓の「はず[4]」 に止まった。

その鵄は盛んに光り輝き、そのさまは稲妻のようであった。この光に打たれ長髄彦軍の兵卒たちはみな、迷い目がくらみ、もはや反撃して戦うことができなくなった。

長髄というのは 本来、むらの名である。それを人の名前にもしたのだった。東征軍が金鵄の「みつ」を得たことで、時の人は、この地を「鵄邑とびむら」と名付けた。今、「鳥見とみ」というのは、それが訛ったものである。

昔、孔舎衛の戦いで、「五瀬命いつせのみこと」が矢に当って亡くなった。彦火火出見ひこほほでみは、このことを心に深く留め、常に憤りや怨みをいだいていた。そのため、この長髄彦との戦いにおいては、徹底的に誅伐ちゅうばつを加えようとした。

そこで御歌をつくり、

 みつみつし 来目の子らが 垣本に 粟生には 臭韮一本 其のが本 其根芽つなぎて 撃ちて止まむ

(みつみつし くめのこらが かきもとに あわふには かみらひともと そのがもと そねめつなぎて うちてしやまむ)

 意味: 来目の勇猛な戦士たちの、垣根のもとに粟が生えたなかに、くさい韮が一本。その粟に隠れて見えない韮の芽を見つけ出すように敵をどこまでも追い尋ね、徹底的に撃ち敗かしてやろう。

 と歌う。

また歌を詠むことに、

 みつみつし 来目の子らが 垣本(かきもと)に 植ゑし椒(はじかみ)[5] 口びひく 我は忘れず 撃ちてし止まむ

 みつみつし くめのこらが かきもとに うゑしはじかみ くちびひく われはわすれず うちてしやまむ)

 意味:来目の勇猛な戦士たちの、垣根の元に植えたはじかみ 。その実を食べると 口がひりひりして(いつまでも忘れないように)、私はあの孔舎衙阪くさえさかの痛手を忘れず、徹底的に撃ち敗かしてやろう。

 と歌った。

これら諸々の御歌は、みな来目歌くめうたという。これは歌う者(来目くめ)をさして名付けたものである。

 これにより戦意を高揚させ、また兵卒を放って敵を急襲した。

 

この時、長髄彦は「行人つかい[6]」を遣わして、彦火火出見ひこほほでみに告げた。

かつて、天神の子が「天磐船あまのいわふね」に乗って、天から降ってきた者がいた。名を「櫛玉饒速日命くしたまにぎはやひのみこと」と言う。

このみことが私の妹の「三炊屋媛みかしきやひめ」を娶り、御子をもうけた。名を「可美真手命うましまでのみこと」と言う。

それ故、我れは、饒速日命にぎはやひのみことを主君として仕えている。

いったい天神の子にお二方もおられるだろうか?おられるはずがない。どうして「天神子あまつかみこ[7]」と称して、他人の土地を奪おうとするのか?これではとうてい真実とみなすことはできない。

彦火火出見ひこほほでみはこれに応えて言った。

天神子あまつかみこといっても大勢いる。お前の主君とする者が本当に天神あまつかみの子ならば、必ずそれを表す物があるはずだ。それを見せよ。

長髄彦ながすねびこは早速、饒速日命にぎはやひのみことの「天羽羽矢あめのははや[8]」 一本と「歩靫かちゆき[9]」 とを取って、彦火火出見ひこほほでみに見せた。

彦火火出見はそれをよく見て、「間違いない。」と言い、今度は身に付けていた「天羽羽矢あめのははや」一本と「歩靫かちゆき」とを長髄彦に下し示した。

長髄彦はその「天表あまつしるし[10]」を見て、いよいよ敬いかしこまる気持ちを懐いた。

しかし、すでに刃を向け、その勢いは途中で止めることができなかった。しかも尚、彦火火出見を倒そうとするはかりごとに固執し、少しもその決意を改めようとしなかった。

饒速日命にぎはやひのみことは、もともと「天神あまつかみ」が深く心にかけて「天孫=彦火火出見」だけに加勢していることを知っていた。しかも、かの長髄彦ながすねびこは生来の性質がねじ曲がっていて、天と人との分際(身のほど)をわきまえることができないのを見てとって、そこで長髄彦を殺し、その配下の兵卒どもを率いて帰順した。

彦火火出見ひこほほでみは、初めから饒速日命にぎはやひのみことが天から降った者であることを聞いていて承知していたため、今、はたして忠義の功を立てたので、これを褒めて寵愛ちょうあいした。これが物部氏の遠祖である。

 

注釈

[1] 癸巳(みずのとみ)が朔の丙申(ひのえさる)。

[2]  『漢書』五行志に「天陰、昼夜不見日月」とあり、闇に閉ざされることを言います。金鵄の出現を劇的なものとする演出。

[3] 「鵄瑞」と言うように、天の示す「瑞(みつ)」。『儀制令』第十八に「玄鵄、青鳥、赤鳥、三足鳥、赤鷲、赤雀」を「上瑞」とする。「金鵄」は「大瑞」にあたる。「瑞」とは天が人の徳に応じて示す霊妙なもの。

[4]弓の弦をかける所で、弓を射る時、上になる末筈(うらはず)を指します。

[5]山椒の古名。その実を口にするとヒリヒリずっと残りますね。

[6]長髄彦が遣わす使者で、正式に彦火火出見=天皇に対する不信を伝えます。

[7]原文は「天神子」と表記し、天照大神の直系の子孫を指します。この場合は、彦火火出見の事。「天神之子」と区別しています。

[8]羽根で作った矢で、空を飛行する鳥にちなんだ名称。

[9]背に負う矢を入れる武具。

[10]天神子を表す証拠の品。

 

原文

十有二月癸巳朔丙申、皇師遂擊長髄彥、連戰不能取勝。時忽然天陰而雨氷、乃有金色靈鵄、飛來止于皇弓之弭、其鵄光曄煜、狀如流電。由是、長髄彥軍卒皆迷眩、不復力戰。長髄、是邑之本號焉、因亦以爲人名。及皇軍之得鵄瑞也、時人仍號鵄邑、今云鳥見是訛也。昔孔舍衞之戰、五瀬命中矢而薨、天皇銜之、常懷憤懟、至此役也、意欲窮誅、乃爲御謠之曰、

瀰都瀰都志 倶梅能故邏餓 介耆茂等珥 阿波赴珥破 介瀰羅毗苔茂苔 曾廼餓毛苔 曾禰梅屠那藝弖 于笞弖之夜莽務

 又謠之曰、

瀰都々々志 倶梅能故邏餓 介耆茂等珥 宇惠志破餌介瀰 句致弭比倶 和例破涴輸例儒 于智弖之夜莽務

因復縱兵忽攻之、凡諸御謠、皆謂來目歌、此的取歌者而名之也。

時、長髄彥乃遣行人、言於天皇曰

「嘗有天神之子、乘天磐船、自天降止、號曰櫛玉饒速日命。是娶吾妹三炊屋媛、遂有兒息、名曰可美眞手命。故、吾以饒速日命、爲君而奉焉。夫天神之子、豈有兩種乎、奈何更稱天神子、以奪人地乎。吾心推之、未必爲信。」

天皇曰「天神子亦多耳。汝所爲君、是實天神之子者、必有表物。可相示之。」

長髄彥、卽取饒速日命之天羽々矢一隻及步靫、以奉示天皇。天皇覽之曰「事不虛也。」還以所御天羽々矢一隻及步靫、賜示於長髄彥。

長髄彥、見其天表、益懷踧踖、然而凶器已構、其勢不得中休、而猶守迷圖、無復改意。

饒速日命、本知天神慇懃唯天孫是與、且見夫長髄彥禀性愎佷、不可教以天人之際、乃殺之、帥其衆而歸順焉。

天皇、素聞鐃速日命是自天降者而今果立忠效、則褒而寵之。此物部氏之遠祖也。

『日本書紀』神武紀より

 

まとめ

長髄彦最終決戦

ここでは、後半部分を主にまとめます。

一言で言うと、「長髄彦ながすねびこに理屈はあれど道理なし」といったところです。

同じ「理」でも、「理屈」は自分勝手な言い分、これに対して「道理」は物事を貫く真理や理法りほう

長髄彦は、天磐船あまのいわふねに乗って天から降ってきた「天神の子=饒速日命にぎはやひのみこと」を主君として仕えていました。妹の「みかしきやひめ」を妻とし、子の「うましまでのみこと」をもうけていたと。

天神の子あまつかみのこ」を後ろ盾とする強力な支配を行っているところに、彦火火出見が「天神子あまつかみこ」と称して侵略を図るのは容認できない、というのが長髄彦の「理屈」です。

この「彦火火出見ひこほほでみによる理屈に合わない侵略」に反撃を加えることを、自衛のための当然の措置だと主張しているんですね。

こうして反撃したというのがそもそも経緯だったのです。

ま、それはそれで良いとして、アカンタレなのは、彦火火出見の背景を理解しながらも途中でやめなかった事。頑迷な謀略に固執してしまった事。

「天神の子」と「天神子」との違いを理解しなかったのです。

ここ、道理的にはやってはいけない領域。マジで。

 

これに対して、饒速日命にぎはやひのみことの対応は道理に即している訳です。

天神子あまつかみこ」こそ「天孫」であり、「天神あまつかみ」はこの「天孫」の「天神子」に味方している事、そして「天神子」の統治に従う事が道理である事。

饒速日命は分かっているのです。

そこで、この道理を理解しない長髄彦を殺し、その配下の軍勢を率いて「天神子」の彦火火出見に帰順したという次第。

 

こう見てくると、長髄彦ながすねびことの最終決戦のポイントは、彦火火出見ひこほほでみが「天神子あまつかみこ」であるという事に尽きます。

「天神子」は「天孫」であり、この「天神」は天照大神あまてらすおおみかみないし高皇産霊尊たかみむすひのみことという天神のなかでも最高神にあたります。

最高神が守護し味方する「絶対的な存在」だから、地上の全てのものがこの統治や支配を受けるのが道理というロジック。

これはこれでゴイスー。。。汗

で、

その意味で、「天神子」というのは、彦火火出見が本来は地上に生を受けながら東征・統治を成す特別な存在へとアウフヘーベンする「仕掛け」とも言えますね。

 

続きはこちら!

中洲平定と事蹟伝承|大和平野各地の土蜘蛛さんを叩いて平定完了!あとは東征の事蹟を伝えておきたい件|分かる!神武東征神話 No.20

2016.04.06

 

本シリーズの目次はコチラ!

神武東征神話を丸ごと解説!ルートと地図でたどる日本最古の英雄譚。シリーズ形式で分かりやすくまとめ!

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こんにちは、さるたひこです!読んでいただきありがとうございます。「日本神話をこよなく愛するナビゲーター」として日本神話関連情報、題して「日本神話がおもしろい!」を発信していきます。どうぞよろしくお願いします。ちなみに、ネーミングは、天孫降臨の折、瓊瓊杵尊を道案内した国津神「猿田彦命」にあやからせていただいてます。ただ、神様の名前をそのまま使うのは畏れ多いので「さるたびこ」の「び」を「ひ」に変えております。