神武東征ルートを行く|聖蹟埃宮/多祁理宮顕彰碑|多家神社がある「誰曽廼森」の裏手、閑静な住宅街そばにひっそりと建っていた件

神武東征神話をもとに「東征ルート」を辿り、書紀文献とあわせて検証

どこまでもアツく奥ゆかしい日本建国神話である「神武東征神話」。でも、「それってホントにあったの?」「ウソでしょ!?」「実際どこよ?」的な興味と疑問にお答えするシリーズ。

なんと、嬉しいことに西日本を中心に「多分ココ的なところ」を集めたスポットがあるのです!

それが、顕彰碑けんしょうひとか伝承碑でんしょうひの皆さんm9( ゚Д゚) ドーン!

日本建国神話の舞台ですから、超パワースポットであります。その地その地が選ばれたのは理由があるからで、それらの謎とかを神話ロマンと合わせて探っていこうという、これまた激しく奥ゆかしい取組みが本シリーズであります!

今回は、広島県安芸郡府中町の「埃宮えのみや」。

ここは、神武天皇が九州から近畿へ向かう途中、立ち寄ったと伝えられる場所。

「神武天皇 聖蹟 顕彰碑」のマニアックな詳細はコチラ↓でご確認いただくとして、

神武天皇聖蹟調査(昭和15年)による「聖蹟顕彰碑」まとめ|大人の事情満載だけど確かなものもきっとある件 (マニア限定)

2016.02.01

以下、実際に行ってみたので、どうなのよ?的なところをご紹介です。

 

聖蹟埃宮/多祁理宮顕彰碑|多家神社がある「誰曽廼森」の裏手、閑静な住宅街そばにひっそりと建っていた件

埃宮顕彰碑に関わる神話

埃宮にまつわる神話はコチラ↓で確認ください。

東征順風・戦闘準備(日向~高嶋宮)|半年かけて岡山まで移動して3年じっくり準備した件|分かる!神武東征神話No.3

2016.01.20

『日本書紀』では「埃宮えのみやに居住する」と伝え、『古事記』では「阿岐国(安芸国)の多祁理宮たけりのみやに7年間坐す」と伝えます。

書紀ではさらっとしか触れておらず、にんともかんともしがたいのが実情。

ちなみに、

古代、現在でいう広島湾は、平野の奥深くまで海が入り込んでいて、顕彰碑が建つ誰曽廼森たれそのもりは湾内に突きだす岬だったと考えられています。

大船団を率いていた神武はきっと、船のままこの顕彰碑近くまでやってきて、そのまま上陸したのかも。

そんな神話ロマンを感じながら目指しましょう。

 

埃宮顕彰碑への道

まずは、多家神社たけじんじゃを目指します。

多家神社(埃宮)|神武天皇が東征で立ち寄った多家神社(埃宮)は勝利開運御利益満載!

2016.05.04

広島県安芸郡府中町にあります。御祭神には神武天皇も。まさにこの辺り、神武神武した土地なわけです。顕彰碑が建つ場所は、この裏手。墓地のさらに奥になります。

 

多家神社(埃宮) (22)

▲多家神社の入口の交差点、ここから多家神社を右手に少し先に進むと、公園沿いに右に入る小道があります。

 

聖蹟埃宮顕彰碑 (3)

▲細い道を進むと、墓地を越えて、多家神社の裏手に回ります。

 

聖蹟埃宮顕彰碑 (4)

▲小道の突き当り。すこし開けた視界が。

突き当りのところで振り返ると・・・

聖蹟埃宮顕彰碑 (6)

あ!あれだ!!!

 

聖蹟埃宮顕彰碑 (7) 聖蹟埃宮顕彰碑 (9)

キタ━━━━(゚∀゚)━━━━ッ!!

 

聖蹟埃宮顕彰碑 (11)

神武天皇甲寅年十二月舟師ヲ帥ヰ安藝國ニ至リマシテ埃宮ニマシマセリ阿岐國之多祁理宮モ蓋シ此ノ宮ナラン聖蹟ハ此ノ地附近ニアリト傳ヘラル

と。

なしか、他の顕彰碑の文言よりも「多分・・・」的な雰囲気を強く感じます。。。

ま、確かに、特に書紀は具体的な記述が無く、単に「埃宮」としか伝えてないのでそうなりますわな。。。

 

と、ここでそのまま終われない!

当サイトならではの無駄に深堀りコーナー!!

ズバリ、「埃宮えのみや」について考えてみます。

」の日本語「え」という宮は、訳ありと考えるべきです。

また、『日本書紀』と『古事記』では宮のイメージが全然違うという事も注目です。

『古事記』が「多祁理宮たけりのみや」=「たけりのみや」=「勇猛な宮」とするのとは違って、

『日本書紀』では、伊弉諾尊いざなきのみことと伊弉冊尊が国を生むにあたって、相互に讃えあって結婚することを伝えます。

その「相手を讃える言葉」が「可愛少男をとこ」「可愛少女をとめ」です。

この「可愛」は、「優れた/秀でた/愛すべきだ」といった意味。

つまり、「え」の宮は、「可愛」と称えるべき宮だという事です。

何を称えているか?

それは、この地の景観。

筑紫の岡水門おかのみなとからはるばる航海を続けてきて、ようやくたどり着いた地。

それは瀬戸内海でも屈指の良港だったという訳。

待ちに待った上陸を果たし、その第一声が「可愛」だったのでしょう。

これ、まさに神話ロマン。

 

と、

いうことで、

行きましょう。恒例の。。。

 

勝手に認定結果

委員会の皆様には大変恐縮ではございますが、

コチラ、

埃宮認定

とさせていただきます。

御査収の程、何卒よろしくお願い申し上げます。

 

根拠となる材料が何もなくて、、、きっと多家神社がもともとあって、その近辺の空いてる土地ということでこの場所が選ばれたのだと思います。ま、そんな雰囲気というか、空気を読んでのことで。。。

 

まとめ

聖蹟埃宮/多祁理宮顕彰碑

広島県安芸郡府中町の「埃宮」。ここは、神武天皇が九州から近畿へ向かう途中、立ち寄ったと伝えられる場所。

『日本書紀』では「埃宮えのみやに居住する」と伝え、『古事記』では「阿岐国(安芸国)の多祁理宮たけりのみやに7年間坐す」と伝えます。

ちなみに、

古代、現在でいう広島湾は、平野の奥深くまで海が入り込んでいて、顕彰碑が建つ誰曽廼森は湾内に突きだす岬だったと考えられています。

大船団を率いていた神武はきっと、船のままこの顕彰碑近くまでやってきて、そのまま上陸したのでしょう。そんな神話ロマンを感じながら訪れると良いと思います。

 

聖蹟埃宮/多祁理宮顕彰碑

広島県安芸郡府中町山田1丁目6-15

駐車場なし
トイレなし
一方通行の道もあるので注意。多家神社方面からは大丈夫ですが、顕彰碑から先は一方通行です。

 

こちらの記事もどうぞ。オススメ関連エントリー

神武東征神話を丸ごと解説!ルートと地図でたどる日本最古の英雄譚。シリーズ形式で分かりやすくまとめ!

2016.01.13

分かる!神武東征神話|神武の生い立ち|天照大神の第五世代 子孫(来孫・らいそん))であり、海神の孫でもある件

2016.01.20

橿原神宮|日本神話から入る橿原神宮の魅力をまとめてご紹介!

2016.01.18

多家神社(埃宮)|神武天皇が東征で立ち寄った多家神社(埃宮)は勝利開運御利益満載!

2016.05.04

厳島神社|世界文化遺産!美しく荘厳なパワースポットの厳島神社をまとめてご紹介!

2016.05.06

日本神話の最高神を祭る宮はコチラで☟

伊勢神宮(皇大神宮・内宮)|伊勢神宮を日本神話から紐解く!伊勢神宮の魅力を全部まとめてご紹介!

2016.09.28

外宮(豊受大神宮)|伊勢神宮の台所!外宮は天照大神の食事を司る豊受大御神が鎮座!

2016.09.26

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

ABOUTこの記事をかいた人

こんにちは、さるたひこです!読んでいただきありがとうございます。「日本神話をこよなく愛するナビゲーター」として日本神話関連情報、題して「日本神話がおもしろい!」を発信していきます。どうぞよろしくお願いします。ちなみに、ネーミングは、天孫降臨の折、瓊瓊杵尊を道案内した国津神「猿田彦命」にあやからせていただいてます。ただ、神様の名前をそのまま使うのは畏れ多いので「さるたびこ」の「び」を「ひ」に変えております。