神武東征神話をもとに「東征ルート」を辿り、書紀文献とあわせて検証するシリーズ!
本企画は、
シリーズでお伝えしている神武東征神話、その物語をもとに、
神話からリアルへ、各地の伝承地を巡って「実際のところどうなのよ?」的なところを検証する、極めて奥ゆかしくマニアックな内容であります。
●まとめはコチラ→ 神武天皇聖蹟顕彰碑・伝承碑まとめ|実際に行ってみて、確かめてみたところを全部まとめてみた!(マニア限定)
今回は、奈良「鳥見山霊畤」。
ココ、「彦火火出見」改め「神武天皇」が、
東征ミッション達成後、
その東征途上でいただいた神助に対する「孝(孝行)」として、皇祖神・天神を祀った場所(霊畤)がある超絶パワースポット。
歴代の天皇が祭祀を行っている理由、その起源につながる地であって、
鳥見山の山頂付近にあるリアル霊畤場(斎場)とあわせて、日本神話ファンとしては鉄板のビジットスポットであります。
今回は、そんな神代と歴史の転換点に由来する「神武東征神話的神様ありがとうスポット」をご紹介です。
神武天皇聖蹟 鳥見山中霊畤 顕彰碑|斎場(靈畤)を鳥見山に設けて皇祖天神を祭る!宮中祭祀、大嘗祭発祥の地となった超重要スポット!
目次
神武天皇聖蹟 鳥見山中霊畤 顕彰碑が建つ場所
顕彰碑が建つ場所は、奈良県桜井市桜井にある「等彌神社」境内。
「神武天皇 聖蹟 顕彰碑」のマニアックな詳細はコチラ↓でご確認いただくとして、
場所は、奈良県桜井市大字桜井字能登1178番地。
宇陀—桜井—橿原を結ぶ大動脈166号線から、薬師町交差点を南へ。37号沿いにあります。
▲こちら、「等彌神社」の入り口。今回ご紹介する顕彰碑は、この右手奥にあります。
▲「等彌神社」の本社にあたる上社「上津尾社」。静謐な空気の中で鎮座する美しい神社です。是非ご参拝されてください。
詳しくはこちらで。
少し戻って、「等彌神社」の入り口の右手。駐車場があります。この右手奥に石碑が建っとります。
駐車場からも、境内の手水舎のところからも入れる顕彰碑へ続く小道。
のんびり散策しながらどうぞ。
少し行くと、石段が見えてきます。目指す顕彰碑はこの上!
見えてきました!神武天皇聖蹟 鳥見山中霊畤 顕彰碑であります!
おおおおおおおおおおおおお!!!これが鳥見山中霊畤 顕彰碑!!!
裏側見てみましょ。
神武天皇御東征ノ鴻業ヲ遂ケサセ給ヒ橿原宮ニ御即位ノ後四年二月鳥見ノ山ノ中ニ靈畤ヲ立テテ皇祖天神ヲ祭ラセラレ大孝ヲ申ベ給ヘリ聖蹟ハ此ノ地附近ニアリト傳ヘラル
※鴻業とは、大きな事業の事。
※靈畤とは、斎場の事。
この、「鳥見ノ山ノ中ニ靈畤ヲ立テテ皇祖天神ヲ祭ラセラレ大孝ヲ申ベ給ヘリ」というのがまさに『日本書紀』で伝えてる内容。この後詳細をご紹介。
鳥見山霊畤にまつわる神話的背景
鳥見山中霊畤 顕彰碑に関連する神話は、
日本の建国神話である「神武東征神話」にあり。
↓神話全体の流れはコレをチェック。
必読:神武東征神話を丸ごと解説!ルートと地図でたどる日本最古の英雄譚。シリーズ形式で分かりやすくまとめ!
この壮大な建国神話の最後、
東征を果たし、日本を建国、初代天皇として即位したところで、
神武天皇が、これまでのことを振り返って、総括するシーンがあります。
そこで、東征の途上でいただいた「神助(天照の救援、天神の支援)」に対する孝行を宣言し実行。コチラ。
四年春月の二十二日、(天皇は)勅して仰せられた。「我が皇祖の御霊が天から降りご覧になって、我が身を照らし助けてくださった。今、すでに諸々の賊を平定し、天下は何事もなく統治されている。そこで天神を郊祀って、大孝の志を申しあげよう。」
そこで、斎場(靈畤)を鳥見山に設けて、その地を名付けて上小野の榛原・下小野の榛原といい、もって皇祖である天神を祭られた。 (『日本書紀』巻三〔神代紀〕より一部抜粋)
コレ、日本神話版御恩と奉公。
簡単に言うと、
助けてもらったおかげで、日本を建国できました。なので、親孝行ならぬ「天神孝行」を実践します
という内容。
具体的には、
「我が皇祖の御霊が天から降りご覧になって、我が身を照らし助けてくださった。」とある御恩の数々、、、東征過程でこんなに神助いただきました。
さらに、天神そのものではありませんが、こちらも天の支援ということで。おまけ。
ほんとありがたい。。。
で、
チェックいただきたいのは、
日本の建国は、神武天皇というリーダー一人のチカラで成し遂げられた訳じゃない。
って事。
そこには、優秀な部下の貢献や、天照や天神の支援があって。皆様の貢献や支援をいただいてようやく建国を果たすことができました。ありがとうございます。一同礼!
だからこその、
「天神を郊祀って、大孝の志を申しあげよう。」(天神を郊祀し、用ちて大孝を申すべし。(原文:可以郊祀天神、用申大孝者也。)という内容。
これがつまり、
「郊祀=郊外で天を祭る儀礼」による「大孝(最大の孝行)」の実践。
であります。
具体的には、
靈畤を鳥見山に立てて天神を祭る
というもので。
「靈畤」とは、斎場のこと。鳥見山に、お祭り用の祭壇を立て皇祖である天神を祀った。
コレが、宮中祭祀、大嘗祭の起源とされてるのです。
▲コチラは、鳥見山頂上にあるリアル「靈畤」の場。
ポイントは、
この祭祀が
「恩」に対する「孝」としてお祭りした
という事。「孝」とは親孝行の「孝」。
これはまさに、
「即位した天皇のありかた」を物語っている
って事であり。
神武天皇が即位し「孝」を実践したように、歴代の天皇が即位にあたっては大嘗の場で、五穀豊穣、国民国家の安寧とあわせて、皇祖である天神へのお祭りを実践する、という事になるのです。
天皇が祭祀を継承している根拠がココにあり。
ということで、超重要事項であります。まさに、その場所が、「等彌神社」の背後にある鳥見山、であり、こちらの顕彰碑はそれを顕彰しまっせ、というお話。
神話的に。いや、即位後だから歴史的にか。。。ま、それはともかく。もう、ほんと、その凄さとか重要性を是非チェックです。
こちらも参考・必読:大嘗祭(だいじょうさい)とは?天皇一代につき一度だけ斎行!日本神話に根ざす大嘗祭の全貌を徹底解説!
神話からの歴史ロマン。この地で全身で感じていただければと思います。
と、いうことで参りましょう。
恒例の。。。
勝手に認定結果
委員会の皆様には大変恐縮ではございますが、
こちら、
と、させていただきます。
御査収の程何卒よろしくお願い申しあげます。
まとめ
鳥見山中霊畤 顕彰碑
ココ、「彦火火出見」改め「神武天皇」が、
東征ミッション達成後、
その東征途上でいただいた神助に対する「孝(孝行)」として、皇祖神・天神を祀った場所(霊畤)がある超絶パワースポット。
歴代の天皇が祭祀を行っている理由、その起源につながる地であって、
鳥見山の山頂付近にあるリアル霊畤場(斎場)とあわせて、日本神話ファンとしては鉄板のビジットスポットであります。
神代と歴史の転換点に由来する「神武東征神話的神様ありがとうスポット」、是非チェックされてください。
もちろん!
「等彌神社」参拝ならびに、鳥見山の山頂付近にあるリアル霊畤場への踏破もお忘れなく。
神武天皇聖蹟鳥見山中霊畤顕彰碑
住所 | 奈良県桜井市大字桜井字能登1178番地 [map addr=”奈良県桜井市大字桜井字能登1178番地”] 宇陀—桜井—橿原を結ぶ大動脈166号線から、薬師町交差点を南へ。37号沿い |
営業時間 | 無し |
駐車場 | あり |
トイレ | あり |
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