豊かで奥ゆかしい日本神話の世界へようこそ!
『日本書紀』をもとに、日本神話のディープなところを突っ込んで解説。最新の学術成果をもとに本格的神話講義。
今回は、
日本神話的易の概念。
二項対立の根源とその働きについて考える
です。
日本神話を貫く大原則であり、原理であり根本であり、、、と。これが理解できてないと日本神話の読み解きはほぼ不可能。なので、しっかりチェックしていきましょう。
日本神話的易の概念|二項対立の根源とその働きによって宇宙はつくられ動いている
目次
日本神話を構成する基本概念=易
まず、
日本神話世界の基本概念。
それは、
易。
陰と陽、という言葉は聞いたことがあると思いますが、まさにコレ。
ディープに掘るととんでもないことになるので、ココでは簡単に。また諸説あるのでここでは神話的ニュアンスで。
まず、基本のところ
- 宇宙、あるいは、この世界は、二項対立の根源(乾坤、陽と陰など)からできている
- それぞれの根源は、自律的、自動的な働きを持っている
上記2点をしっかりチェック。
以下詳細。
二項対立の「根源」によって、宇宙はできてる
易において、
宇宙を、世界を構成する根源要素として頻出するのは
乾と坤、陽と陰、
といったものです。
「乾坤」は易の卦として知られてますし。
「陰陽」も易学の言葉で、宇宙を構成する根源要素、気。
で、
日本神話世界では、こうした易の概念をもとに、以下のような二項対立の関係が設定されています。
- 乾・陽・天・雄(男)・奇数・徳
- 坤・陰・地・雌(女)・偶数・刑
この関係を頭に入れておかないと、神話理解がなかなか難しい。。。
上記、二項対立の根源をもとに神話が構成されてる例として、
例えば、
乾坤
- 乾の道によって、、、純粋な男の神様、純男神が誕生
→『日本書紀』巻第一(神代上)第一段 本伝 ~天地開闢と三柱の神の化生~
- 乾と坤の道が互いに参じて混ざることで、、、男と女の神様、対耦神が誕生
→『日本書紀』巻第一(神代上)第二段 本伝 ~男女耦生の八神~
といった具合。他にも、
陽陰
- 陽神:伊奘諾尊・・・男の性
- 陰神:伊奘冉尊・・・女の性
→『日本書紀』巻第一(神代上)第四段 本伝 ~聖婚、洲国生み~
などなど。
まずはシンプルに、
二項対立の「根源」によって、
宇宙、世界はできてるし、神もできてる
- 乾・陽・天・徳・奇数・雄(男)・君・・・
- 坤・陰・地・刑・偶数・雌(女)・臣・・・
ということでご理解ください。これ、思想なんで、そういうものです。
「根源」の自律的な働きによって、宇宙は動いている
2点目。それぞれの根源には「働き」があるってこと。
単に、根源としてあるのではなく、
根源は「働き」を持ち、この働きによって宇宙、世界は変化していく
という考え方。
例えば、先ほどご紹介した乾坤。
乾坤は、神を誕生させる働き。日本神話的には、乾から純粋な男の神が誕生し、乾と坤が互いに参じることで男女神が誕生します。第一段本伝、第三段本伝参照。
例えば、「天」の働きとしては、聖人君主が登場したときは吉祥のサインを、悪徳君主が登場したときは革命によって王朝交代を、それぞれ「天之意思」として実行したり。神武紀参照。
他にも、重要なところでは、「謀る」という働き。コレ、簡単にいうと「計画し、実行する」「実現を考える、実現を謀る」という意味で。
例えば、陽の働きとして、「徳を謀る」というものアリ。これ、一日ごとに陽が伸長していく、伸びていく、陽の極まる状態へむけてその実現を促していくことで。
具体的には、草木が伸びていくこと、成長していくこと。実は、陽の謀る働きによって草木は生長してる、って事です。
陽が徳を謀ることで、成長する、伸びていく。
逆に、
陰を謀るとは、枯らしていく、殺していくことを言います。
草木が枯れるのは陰の謀りによるもの。
で、
重要なのは、コレ、
陽や陰が本来的にもってる働き
なんだということ。
つまり、
陽や陰が持つ自律的かつ自動的な働き
だってこと。
根源の働きとしてプログラムされてる。
- 陽の働き=徳を謀る=成長させていく、
- 陰の働き=刑を謀る=殺していく、枯らしていく
この概念をしっかりおさえておいてください。後ほど再度解説。
ということで、
易における基本概念の2つ目。
単に、根源としてあるのではなく、
根源は「働き」を持ち、この働きによって宇宙、世界は変化していく
是非チェック。
まとめます。
- 宇宙、あるいは、この世界は、二項対立の根源(乾坤、陽と陰など)からできている
- それぞれの根源は、自律的、自動的な働きを持っている
ということで、
易の基本概念ながら、日本神話を構成する基本概念にもなってます。これを理解できていれば神話世界の理解がぐんと進みます。
重要事例① 天体運動をトレースして柱巡り神話を生み出す
ココからは、易の二項対立の概念をもとに、日本神話に展開している事例をご紹介。
まずは、
北極星を中心とした天体運動から、柱巡り神話を生み出した件
コレ、北の空、北極星を中心として、天(星)は左回り、それに対して、地は(相対的に)右回りで動きます。天と地の運動として。
▲見え方として、天(星)が左回りに動くから、相対的に地が右回りに動いて見える。
この天体運動、
例えば『春秋緯』や『淮南子』といった漢籍ではこのように表現されてます。
「天ハ左旋シ、地ハ右動ス」(春秋緯・元命包)
「北斗ノ神ニ雌雄有リ、…雄ハ左行シ、雌ハ右行ス」(淮南子・天文訓)
など。これは代表的なところなので、他にもいろいろあります。
で、
伊奘諾尊、伊奘冉尊の柱巡りがどんなかというと・・
二柱の神は、ここにその島に降り居ると、共に夫婦となり、国を産もうとした。そこで、磤馭慮嶋を、国の中心である柱(柱、ここでは美簸旨邏という)とし、陽神は左から巡り、陰神は右から巡った。 (『日本書紀』巻一(神代上)第四段本伝より抜粋)
陽神=伊奘諾尊、陰神=伊奘冉尊ですね。
『淮南子』(天文訓)にあるように「雄ハ左行シ、雌ハ右行ス」そのものです。
先ほどご紹介した二項対立理論から、
- 伊奘諾尊=陽=天 →左回り
- 伊奘冉尊=陰=地 →右回り
という設定。
つまり、漢籍が天文学として伝えてることを、日本神話の編纂チームは伊奘諾尊と伊奘冉尊の男女二神の結婚譚として表現してみせたってこと。この創意工夫感、スゴくないですか?自然哲学を神話物語として転換発展させてる。現代の私たちが学びたいのはこの創意工夫であり、智恵です。
さらに、
この「柱巡り」の儀式には続きがあります。
分かれて国の柱を巡り、同じ所であい会したその時、陰神が先に唱え、「ああ嬉しい、いい若者に会ったことよ。」と言った。
つまり、柱巡りのポイントは3つあって。
- 陽の左旋、陰の右旋
- 柱の向こう側で会同
- 陽が先唱、陰が後和
単に柱巡って終わりではなくて、
陽は左まわり、陰は右まわり、向こう側で会同して讃え合う、
この流れをチェックです。
その上で、会同に対応する箇所がコチラ。
北斗の神に雄雌がある。十一月から始めて子に建つ。雄は左に行き(回り)、雌は右に行く(回る)。五月、午で会同し、刑を謀る。十一月、子で会同し徳を謀る。
北斗之神有雌雄。十一月始建於子、月徙一辰。雄左行、雌右行。五月合午、謀刑。十一月合子、謀徳。(『淮南子』巻三天文訓。二十一段)
と。
つまり、
- 北斗の神(斗杓)には、雄神(陽建)と雌神(陰建)とがあり、
- この二神が11月をスタート地点として十二辰を巡る
- 巡り方はたがいに逆方向。雄神は左回り、雌神は右回り。
- 5月の午の辰で会合し、刑を謀る。11月の子の辰で会合し、徳を謀る
と。いうことなんですが、これだけだとよく分からないと思いますので、一つひとつ解説してきます。最後に「柱巡りの会同」に繋げます。
まず、「北斗の神(斗杓)」云々の前に、枠組みである「十二辰」から。
「十二辰」とは、古代天文学における天球分割法の一つ。天球を天の赤道帯にそって東から西に十二等分したもの。各辰の名称には十二支が当てられます。さらに、ここには十二月も設定されていて、この概念がそもそも時間を把握するためのものだったりするんですね。
で、
そもそも、伊奘諾尊と伊奘冉尊の左旋右旋も、
この天文学をベースにした思想が設定されてるってことなんす。
図示すると以下。
図ではスタートからの図なので、会同ポイントは「午」のところ一箇所になってますが、基本は雄神と雌神はぐるぐる回り続けるものなので、会同ポイントは2箇所。北の「子の辰」と南の「午の辰」。ぐるぐるずーっと回り続ける運行をイメージ。
まさに伊奘諾尊と伊奘冉尊の柱巡りの運動そのものですよね。そして会同と。
先ほどの、
- 北斗の神(斗杓)には、雄神(陽建)と雌神(陰建)とがあり、
- この二神が11月をスタート地点として十二辰を巡る
- 巡り方はたがいに逆方向。雄神は左回り、雌神は右回り。
- 5月の午の辰で会合し、刑を謀る。11月の子の辰で会合し、徳を謀る
のイメージ、だんだん掴めてきたんではないでしょうか。ベースにある天文学、自然哲学思想、それをもとに神話の物語として構築していく発想力。
で、
最後の
- 5月の午の辰で会合し、刑を謀る。11月の子の辰で会合し、徳を謀る
については、エクセルで整理すると分かりやすくなります。
先ほどのぐるぐる運動は、以下のようになります。
スゴくないすか?この世界観。
子からスタート。このとき、時期的には冬至にあたり、昼が一番短い、つまり、陽が極小、逆に、陰が極大。このとき、雄神と雌神は互いに会同して「徳を謀る」。つまり、成長させていく方へ、伸ばしていこうとする。なぜなら、陰が極大になってるから。で、この時以降、陽である昼がだんだん長くなっていく、逆に、陰である夜はだんだん短くなっていく。
そうして再び二神は分かれ、今度は午で再び会同、今度は逆。時期的には夏至にあたり、昼が一番長く夜が短い。陽の極大、陰の極小。謀り通り。陰と陽がそれぞれ極まったところで会同して「刑を謀る」。つまり、枯らせる、殺すほうへ伸ばしていく。
このようにして、陽と陰がめぐることで植物は伸びたり枯れたり、世界は暖かくなったり寒くなったり、そして季節がめぐる訳ですね。
この、斗杓の雌雄二神の旋回と会同が、
伊奘諾尊・伊奘冉尊の柱をめぐる旋回と会同として表現されてるってこと。
自然哲学をもとに神話として転換発展させていく発想力、構想力。古代日本人のもっていた創造性の素晴らしさ。鳥肌が立ちます。
ちなみに、、、
神話的には、この伊奘諾尊・伊奘冉尊二神の旋回は、
十二月や十二辰などの時間の推移や季節を生みだした、ということになります。
●必読→ 日本神話的時間発生起源|伊奘諾尊・伊奘冉尊の柱巡りが時間の推移や季節を生みだした件
柱巡りの儀式を通じて、時間推移や季節が生み出された。
スゴくない?コレ。
しかも、これは、続く第五段に引き継がれ
たとえば
「私はすでに大八洲国や山川草木を生んだ。」という伊奘諾尊・伊奘冉尊二神の協議をつたえ、ここで言う「草木」の生育は季節を前提としていたり、
また、同段〔書十一〕は、「即以其稲種、始殖于天狭田及長田。其秋垂穎、八握莫莫然、甚快矣。」という春の播殖と秋の収穫をつたえてます。
時間概念、季節を前提とした記述になっていくんですね。
ホントスゴイ世界観です。古代日本で編み出された神話世界の奥ゆかしさを是非チェックいただければと思います。
そのうえで、まずはココから!
参考文献:『古代神話の文献学』(塙書房)、『新編日本古典文学全集 日本書紀』(小学館)、『日本書紀史注』(風人社)、『日本古典文学大系『日本書紀 上』(岩波書店)
どこよりも分かりやすい日本神話解説シリーズはコチラ!
日本神話編纂の現場!奈良にカマン!
コメントを残す