多彩で豊かな日本神話の世界へようこそ!
正史『日本書紀』をもとに、
最新の学術成果も取り入れながら、どこよりも分かりやすい解説をお届けします。
今回は特別編。
日本神話解説シリーズから
本稿では解説しきれなかった箇所をディープにお届け。
今回のテーマは、
日本神話的「時間の起源」
『日本書紀』巻第一(神代上)第四段本伝で伝える、伊奘諾尊・伊奘冉尊の二神による州国生み神話をもとに解説します。
現代の私たちにも多くの学びをもらえる内容。日本神話から学ぶ。日本の神髄が、日本の心がここにあります。それでは行ってみましょう!
- 日本神話研究の第一人者である榎本先生監修。確かな学術成果に基づく記事です
- 日本神話全体の流れや構造を解き明かしながら解説。他には無い分かりやすい記事です
- 現代語訳のほか原文も掲載。日本神話編纂当時の雰囲気を感じてもらえます
- 登場する神様や重要ワードへのリンク付き。より深く知りたい方にもオススメです
時間の起源・はじまり|日本神話的には伊奘諾尊・伊奘冉尊の柱巡りが時間の推移や季節を生みだした説
目次
時間の起源・はじまり:伊奘諾尊・伊奘冉尊が天御柱を巡る左旋右旋が時間の推移を生み出す
まずは、結論から。
日本神話的「時間の起源」は、
伊奘諾尊と伊奘冉尊の聖婚
にあります。
伊奘諾尊・伊奘冉尊が天御柱を巡る左旋右旋、
この聖婚儀礼の中で「時間の推移」や「季節」が生み出されていく。
これは、続く第五段に引き継がれ、
第五段〔本伝〕では
「私はすでに大八洲国や山川草木を生んだ。」
という伊奘諾尊・伊奘冉尊二神の協議を伝えます。ここで言う「草木」の生育は「季節」を前提としています。
春夏秋冬という季節があるからこそ草木は育つ訳で。
また、第五段〔書十一〕では、
「そこでさっそくその稲の種を、天狭田と長田に始めて植えた。その秋には、垂れた稲穂が握り拳八つほどの長さにたわむほどの豊作であり、たいへん快よい。」
という春の播殖と秋の収穫を伝えます。
コレも時間概念、季節を前提とした伝承。
これらは、
第四段で伝える、伊奘諾尊、伊奘冉尊の結婚譚、そして、そこから生まれる時間の推移、四時(四季)の循環をもとに展開してる訳ですね。
その後の神話ワールドも、こうした時間発生を前提に、様々な展開。
ということで、
以下、実際に、
どうやって時間が生まれたのか?
リアルな神話伝承をもとに、その概念、考え方を見ていきましょう。
第四段本伝、全体の解説はコチラで。
以下、ココから時間発生の契機となる箇所を抜粋します。
二柱の神は、ここにその島に降り居ると、共に夫婦となり、国を産もうとした。そこで、磤馭慮嶋を、国の中心である柱(柱、ここでは美簸旨邏という)とし、陽神は左から巡り、陰神は右から巡った。分かれて国の柱を巡り、同じ所であい会したその時、陰神が先に唱え、「ああ嬉しい、いい若者に会ったことよ。」と言った。
二神於是降居彼嶋。因欲共為夫婦、産生洲国。便以磤馭慮嶋、為国中之柱。〈柱、此云美簸旨邏。〉而陽神左旋、陰神右旋。分巡国柱、同会一面。時、陰神先唱曰、憙哉、遇可美少男焉。 (引用:『日本書紀』巻第一(神代上)第四段本伝より)
ということで。
上記、『日本書紀』第四段本伝の箇所は、
- 伊奘諾尊(♂・陽神)と伊奘冉尊(♀・陰神)という二柱の神が、
- 磤馭慮島という嶋に降り立ち、国を産もうとする。
- そのときに、儀式として「柱巡り」を行う。国の中心である柱。
- このとき、陽神である伊奘諾尊は左回り、陰神である伊奘冉尊は右回りで柱をまわる。
- そして、柱の反対側で会同し、声をあげる(唱和)、
といった内容。
で、今回のテーマである時間起源に関連するのが
「柱巡り」陽神の左旋、陰神の右旋
です。
この旋回運動、めっちゃ大事で、単に柱をめぐりましたーではなくて、土台となる思想とガッチガチのロジックがあったりします。根拠となる理論や思想があるってこと。
日本神話は、『日本書紀』や『古事記』が編纂された当時の、最先端知識や天文学を土台に組み上げられてます。
なので、漢籍を辞書のように引いて、物語に設定されてる意味を読み解いていく必要があって。
元ネタの漢籍を読み解くことで、二神の旋回運動が持つ本当の意味が分かってくる次第。あくまで文献に忠実に。コレ、文献学の現場。
時間の起源・はじまり:日本神話世界を構成する基本概念
ということで、「柱巡り」陽神の左旋、陰神の右旋の解説を、、、と、その前に、
前提として、日本神話世界を構成する基本概念をチェック。これが理解できてないと、左旋右旋の理解が難しい。。。
日本神話世界の基本概念。
コレ、
易
がベースになってます。
陰と陽、という言葉は聞いたことがあると思いますが、まさにコレ。ディープに掘るととんでもないことになるので、ココでは簡単に。
まず、基本のところを2点。
- 宇宙、あるいは、この世界は、二項対立の根源(乾坤、陽と陰など)からできている
- それぞれの根源は、自律的、自動的な働きを持っている
以下順に解説。
1つめ。
①宇宙、この世界は、二項対立の根源からできている
宇宙を、世界を構成する根源要素として頻出するのは
乾と坤、陽と陰、
といったものです。
「乾坤」は易の卦として知られてますし。「陰陽」も易学の言葉で、宇宙を構成する根源要素、気。
で、
日本神話世界では、以下のような二項対立の関係が設定されています。
- 乾・陽・天・雄(男)・奇数・徳
- 坤・陰・地・雌(女)・偶数・刑
この関係を頭に入れておかないとなかなか理解が難しい。。。
シンプルに、
二項対立の関係を持つ「根源」によって、宇宙、世界はできてる、
ということでご理解ください。これ、思想なんで、そういうものです。
次に、2点目。
②それぞれの根源は、自律的、自動的な働きを持っている
例えば、乾坤であれば、神を誕生させる働き。日本神話的には、乾から純粋な男の神が誕生し、乾と坤が互いに参じることで男女神が誕生したりします。第一段本伝、第三段本伝参照。
他にも、例えば、「天」の働きとしては、聖人君主が登場したときは吉祥のサインを、悪徳君主が登場したときは革命によって王朝交代を、それぞれ「天之意思」として実行したり。神武紀参照。
などなど。
単に、根源としてあるのではなく、
根源は「働き」を持ち、この働きによって宇宙、世界はできてる、
という考え方で。
根源である「陰」と「陽」の働きによって宇宙が、世界ができている。
で、
中でも、今回、特に、時間起源に関する働きとして重要なのが
「謀る」
というもの。
コレ、簡単にいうと「計画し、実行する」「実現を考える、実現を謀る」という意味なんですが、、、
例えば、陽の働きとして、「徳を謀る」というものがあります。コレ、一日ごとに陽が伸長していく、伸びていく、陽の極まる状態へむけて実現を促していく、ってこと。
もうちょっと具体的に言うと、例えば草木が伸びていくこと、成長していくことは、この陽の謀る働きによるもの、ってこと。
陽が徳を謀ることで、成長する、伸びていく。
逆に、
陰が刑を謀るとは、枯らしていく、殺していくことを言います。
草木が枯れるのは陰の謀りによるもの。
で、
重要なのは、コレ、陽や陰が本来的にもってる働きなんだということ。
つまり、
陽や陰が持つ自律的かつ自動的な働き
だってこと。
根源の働きとしてプログラムされてる。
- 陽の働き=徳を謀る=成長させていく、
- 陰の働き=刑を謀る=殺していく、枯らしていく
この概念をしっかりおさえておいてください。後で出てきます。
ということで、
日本神話世界を構成する基本概念
- 宇宙、あるいは、この世界は、二項対立の根源(乾坤、陽と陰など)からできている
- それぞれの根源は、自律的、自動的な働きを持っている
以上2点、しっかりチェック。
これをもとに、以下、柱巡りのポイント解説です。
時間の起源・はじまり:二神の柱巡り=天と地の運動がトレース。これにより時間、季節が発生
改めて、柱巡りのポイントチェック。2点。
- 陽神の左旋、陰神の右旋。
- 柱の向こう側で会同し先唱後和
この、陽と陰の神による旋回運動と会同、というのが大事。
単なる柱巡りということではなくて、陽は左まわり、陰は右まわり、そして向こう側で会同する
そこには、土台となる思想とガッチガチのロジックがあるんです。
先ほども触れたとおり、日本神話は、『日本書紀』や『古事記』が編纂された当時の最先端知識や天文学を土台に組み上げられてます。
なので、
漢籍を辞書のように引いて、物語に設定されてる意味を読み解いていく必要があって。元ネタの漢籍を読み解くことで、二神の旋回運動が持つ本当の意味が分かってくる、ということ、あらためて確認。
で、
以下、各項目ごとに解説。
まず、1つめ。
- 陽神の左旋、陰神の右旋。
この、左旋右旋運動の元ネタは『春秋緯』や『淮南子』といった漢籍。
「天ハ左旋シ、地ハ右動ス」(春秋緯・元命包)
「北斗ノ神ニ雌雄有リ、…雄ハ左行シ、雌ハ右行ス」(淮南子・天文訓)
など。
これは代表的なところなので、他にもいろいろあります。
「天ハ左旋シ、地ハ右動ス」(春秋緯・元命包)
コレ、何かというと、
北極星を中心とした天と地の動き
をベースにしてるってこと。
北の空。天(星)は左回り、それに対して、地は右回り。
イメージコチラ。
見え方としては、天(星)が左回りに動くから、相対的に地が右回りに動いて見える。
で、
先ほどご紹介した二項対立理論から、
- 伊奘諾尊=陽=天 →左回り
- 伊奘冉尊=陰=地 →右回り
という設定。
伊奘諾尊、伊奘冉尊の柱巡り、その左旋右旋の動きには、北の空の天体運動が設定されてるということ。
まずチェックです。
で、
ただ、この、天と地の運行だけだと、どこまでも相対の関係にとどまってしまい、
「分かれて国の柱を巡り、同じ所であい会した時(原文:分巡国柱、同会一面)」という、巡った後の「会合」につながる「きっかけ」が無いんですよね。
そこで登場するのが再びの『淮南子』(天文訓)。
2つめのポイントである
- 柱の向こう側で会同し先唱後和
コレを以下。
対応する箇所はコチラ。
北斗の神に雄雌がある。十一月から始めて子に建つ。雄は左に行き(回り)、雌は右に行く(回る)。五月、午で会同し、刑を謀る。十一月、子で会同し徳を謀る。
北斗之神有雌雄。十一月始建於子、月徙一辰。雄左行、雌右行。五月合午、謀刑。十一月合子、謀徳。(巻三天文訓。二十一段)
ということで。
つまり、
- 北斗の神(斗杓)には、雄神(陽建)と雌神(陰建)とがあり、
- この二神が11月をスタート地点として十二辰を巡る
- 巡り方はたがいに逆方向。雄神は左回り、雌神は右回り。
- 5月の午の辰で会合し、刑を謀る。11月の子の辰で会合し、徳を謀る
てことで。
ちなみに、「十二辰」とは、古代天文学における天球分割法の一つ。天球を天の赤道帯にそって東から西に十二等分したもの。各辰の名称には十二支が当てられます。さらに、ここには十二月も設定されていて、この概念がそもそも時間を把握するためのものだったりするんですね。
で、
伊奘諾尊と伊奘冉尊の左旋右旋も、この天文学をベースにした思想が設定されてるってことなんす。
図示すると以下。
図ではスタートからの図なので、会同ポイントは「午」のところ一箇所になってますが、基本は雄神と雌神はぐるぐる回り続けるものなので、会同ポイントは2箇所。北の「子の辰」と南の「午の辰」。ぐるぐるずーっと回り続ける運行をイメージ。
これ、、まさに伊奘諾尊と伊奘冉尊の柱巡りの運動そのものですよね。
で、
この動きをエクセルで整理すると以下。
スゴくないすか?この世界観。
子からスタート。このとき、時期的には冬至にあたり、昼が一番短い、つまり、陽が極小、逆に、陰が極大。このとき、雄神と雌神は互いに会同して「徳を謀る」。つまり、成長させていく方へ、伸ばしていこうとする。なぜなら、陰が極大になってるから。
で、この時以降、陽である昼がだんだん長くなっていく、逆に、陰である夜はだんだん短くなっていく。
そうして再び二神は分かれ、今度は午で再び会同、今度は逆。時期的には夏至にあたり、昼が一番長く夜が短い。陽の極大、陰の極小。謀り通り。
陰と陽がそれぞれ極まったところで会同して「刑を謀る」。つまり、枯らせる、殺すほうへ伸ばしていく。
このようにして、陽と陰がめぐることで植物は伸びたり枯れたり、世界は暖かくなったり寒くなったり、そして季節がめぐる訳ですね。
この、
斗杓の雌雄二神の旋回と会同が、伊奘諾尊・伊奘冉尊の柱をめぐる旋回と会同として表現されてる
ってこと。
つまり、
伊奘諾尊・伊奘冉尊二神の旋回が、十二月や十二辰などの時間の推移や季節を生みだした、
ということに繋がるわけです。
先ほどもお伝えしましたが、これは、続く第五段に引き継がれ、
第五段〔本伝〕:「私はすでに大八洲国や山川草木を生んだ。」という伊奘諾尊・伊奘冉尊二神の協議。この「草木」の生育は季節を前提としていたり、
同段〔書十一〕:「そこでさっそくその稲の種を、天狭田と長田に始めて植えた。その秋には、垂れた稲穂が握り拳八つほどの長さにたわむほどの豊作であり、たいへん快よい。」という春の播殖と秋の収穫をつたえてます。
時間概念、季節を前提とした記述になっていくんですね。
たかが柱巡り、されど柱巡り、
その背景には天文学をベースにした壮大な仕掛けが設定されていて、この仕掛けを読み解くことで、物語に込められた意味を見いだしていけるようになる。
ホントスゴイ世界観です。古代日本で編み出された神話世界の奥ゆかしさを是非チェックいただければと思います。
時間の起源・はじまり まとめ
日本神話的時間発生起源
日本神話解説シリーズから本稿では解説しきれなかった箇所をディープにお届けしてきましたがいかがでしたでしょうか?
日本神話的「時間の起源」。
それは、
『日本書紀』第四段の聖婚儀礼にあります。
伊奘諾尊・伊奘冉尊が天御柱を巡る左旋右旋、
この聖婚儀礼の中で「時間の推移」や「季節」が生み出され、
これは、続く第五段に引き継がれ
以後の神話ワールドも、時間発生を前提に、様々な展開をしていきます。
たかが柱巡り、されど柱巡り。
その背景には古代天文学をベースにした壮大な仕掛けが設定されていて、この仕掛けを読み解くことで、物語に込められた意味を見いだしていけるようになる。
ホントスゴイ世界観。
古代日本で編み出された神話世界の奥ゆかしさを是非チェックいただければと思います。
柱巡りの詳細はコチラで解説!必読!
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佛教大学名誉教授 日本神話協会理事長 榎本福寿
埼玉県生まれ。京都大学大学院文学研究科博士課程国語学国文学(S53)。佛教大学助教授(S58)。中華人民共和国西安外国語学院(現西安外国語大学)文教専家(H1)。佛教大学教授(H6)。中華人民共和国北京大学高級訪問学者(H13)。東京大学大学院総合文化研究科私学研修員(H21)。主な書籍に『古代神話の文献学 神代を中心とした記紀の成りたち及び相関を読む』がある。『日本書紀』『古事記』を中心に上代文学における文献学的研究成果多数。
参考文献:『古代神話の文献学』(塙書房)、『新編日本古典文学全集 日本書紀』(小学館)、『日本書紀史注』(風人社)、『日本古典文学大系『日本書紀 上』(岩波書店)
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