吉野巡幸|先は敵ばっかりなので、まずは南の境界を固めようと思い立った件|分かる!神武東征神話No.11

神武東征神話を分かりやすく解説するシリーズ

今回は11回目。吉野巡幸をめぐる神話をお届けします。

宇賀志の在地豪族「兄猾(えうかし)・弟猾(おとうかし)」を制圧した「彦火火出見(ひこほほでみ)」こと神武。

ここ宇賀志に、大和攻略の前進基地を確保します。

このまま世界の中心である中洲(=橿原)へ進軍したいところですが、中洲へ通じる道は多くの敵が占拠。宇陀の中央部も敵の手中にある訳で、容易に進めません。

そこで、大和の「南の境界」であった「吉野」へ向かいます。

そこは敵の勢力の及ばない「異俗の地」で、やすやすと支配下に置く事ができた、というお話。

「異俗」とは、人間とは別の変な生き物(一応、人)たちのこと。井戸の中から出てくる人や尾のある人など、オモシロすぎる方々が登場します。

  •  吉野巡幸は何を伝えているのか?

この「謎」を探ることで、「吉野巡幸」が伝える意味を考えます。

 今回も『日本書紀』巻三「神武紀」をもとにお伝えします。ちなみに、前回の内容、これまでの経緯はコチラ↓をご確認ください。

兄猾と弟猾|弟は聡く帰順したが、兄は謀(はかりごと)を企んだのでさらして斬った件|分かる!神武東征神話No.10

2016.01.27

 

東征ルートと場所の確認

宇賀志の「兄猾」を誅し、この地を制圧した東征一行。

宇賀志含む宇陀一帯は、橿原(=中洲)から見て東の境界線にあたる地域です。

東の境界には敵軍が多く容易に進軍できないため、まずは南の境界を制圧しようという訳。

それが吉野です。

地図で示すとこんな感じ。赤〇が敵勢力です。

吉野巡察地図
-googlemapより作成-

橿原から見ると、確かに「吉野」は南の境界線らしき場所ですよね。

元はと言えば、西の大阪湾から攻め込んで撃破されて紀伊半島を迂回したわけで。

イメージとしては、西は固めてある雰囲気もあったのでしょう。橿原を中心に、あとは東と南と北。

今回は、まず、その南を固めるお話という訳です。

 

吉野巡幸|先は敵ばっかりなので、まずは南の境界を固めようと思い立った件

吉野巡幸 語訳

その後、「彦火火出見(ひこほほでみ)」は吉野の地を視察しようとして、菟田の穿(うがち)の邑から、自ら軽装の兵を従えて巡幸した。

 

吉野に到着すると、井戸の中から出てくる者がいた。体は光り、尾[1]がある。

彦火火出見は、「お前は何者だ」と問うた。

臣 (私)は国神で、名を「井光(いひか)」という者だ。

と言う。これは吉野の首部の始祖である。

 

さらに少し進むと、岩を押し分けて出てくる者がいた。

彦火火出見が「お前は何者か。」と問うと、その者は、

臣(私)[2]は磐排別(いわおしわく)の子だ。

と言った。

これは吉野の国楳(くず) [3]らの始祖である。

 

川に沿って西に行くと、また、「梁(やな)」を設けて魚を取る者がいる。

彦火火出見が問うと、答えて、

臣(私)は「苞苴担(にえもつ)」の子だ。

と言う。

これが阿太(あだ)の養鸕(うかい) [4]らの始祖である。

 

注釈

[1]異俗の民の身体上の特徴を表現したもの。東征神話後半に出てくる「土蜘蛛」と同じ。

[2]臣従する意を込めた表現。尊貴な天皇(天神の子)の出現を歓迎してわざわざ姿を現したという設定。

[3]応神天皇十九年十月条に、「国梄の献酒、歌、その直後に口を叩いて仰ぎ笑う」といった独特の所作を伝えています。

[4]吉野川の鮎は著名で、鵜飼が行われていました。万葉集 柿本人麻呂歌(三十八)に『吉野川の神も大御食(おおみけ)に仕奉ると上つ瀬に鵜川を立ち』とあります。

 

原文

是後、天皇欲省吉野之地、乃從菟田穿邑、親率輕兵巡幸焉。至吉野時、有人出自井中、光而有尾。天皇問之曰「汝何人。」對曰「臣是國神、名爲井光。」此則吉野首部始祖也。更少進、亦有尾而披磐石而出者。天皇問之曰「汝何人。」對曰「臣是磐排別之子。」此則吉野國樔部始祖也。及緣水西行、亦有作梁取魚者。天皇問之、對曰「臣是苞苴擔之子。」此則阿太養鸕部始祖也。

『日本書紀』巻三 神武紀より

 

まとめ

吉野巡幸

もう、とにかく、「異俗」の皆さんのキャラが立ちまくってます。。。

井戸の中から出てきたと思えば、体中が光ってて、尻尾があるとか。岩を押し分けて出てきたりとか、魚を取ってたりとか。。。

ま、魚を取るのはいいとして、なぜ井戸?なぜ光る?あと尻尾って??岩って???

神話の時代における、異なる風俗をもつ人々の表現。

なんか、めっちゃ上から目線さく裂。。。汗

そもそも、異俗の皆さん、彦火火出見に初めて会うのに既に自称「臣」。

初めての人に対して、自らを「臣下」として名乗ってるわけで。大丈夫なんでしょうか。

それだけ、彦火火出見は尊い雰囲気を醸し出してたという事かと。

ま、それはそれで置いといて、

重要なのは、吉野に限って「省(せい)」「巡幸(じゅんこう)」という表現を使ってること。

「省」も「巡幸」も中国古代の天子の行為を表す言葉。

「省」は、天子が臣下に諸侯を慰問させる礼を表すほか、天子自ら統治下の四方を視察する行為のこと。

そして「省」と一体的な関連にあるのが「巡幸」。

「巡幸」とは、こちらも中国古代における天子の正式行事で、天子が行く地域が支配下にあることを確認するために行います。数年に1回行っていました。

いずれにしても、「支配地の視察や確認」といった意味を持つ言葉が、吉野に限って使われているという事です。

これがとても大事ですね。

吉野一帯は敵の勢力が手薄で、まずは橿原から見て南の境界にあたる場所を確保するために、「支配地の視察や確認」を行った。

「支配地の視察や確認」ので、この地域はすでに彦火火出見のものである、という事です。

このようにして読むと、着々と布石をうち、周辺から固めていくように作られていることが分かりますね。神武東征神話、やっぱりよく練られた神話だと思います。

 

続きはこちらで!

宇陀から磐余一帯の敵布陣図|高倉山に登ってみたら敵ばっかり!マジ腹が立ったからワシは寝る件|分かる!神武東征神話No.12

2016.02.10

目次はコチラ!

神武東征神話を丸ごと解説!ルートと地図でたどる日本最古の英雄譚。シリーズ形式で分かりやすくまとめ!

2016.01.13

 

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こんにちは、さるたひこです!読んでいただきありがとうございます。「日本神話をこよなく愛するナビゲーター」として日本神話関連情報、題して「日本神話がおもしろい!」を発信していきます。どうぞよろしくお願いします。ちなみに、ネーミングは、天孫降臨の折、瓊瓊杵尊を道案内した国津神「猿田彦命」にあやからせていただいてます。ただ、神様の名前をそのまま使うのは畏れ多いので「さるたびこ」の「び」を「ひ」に変えております。