『日本書紀』とは?『日本書紀』が伝える日本神話を分かりやすく解説!

 

『日本書紀』は日本の歴史書。

日本に伝存する最古の正史で、全30巻。養老4年(720年)に完成。
舎人親王らの撰で、神代から持統天皇の時代までを扱います。

今回は、そこから、日本神話に関する部分を抽出し、
どこよりも分かりやすく、徹底的に解説していきます。

 

『日本書紀』とは?『日本書紀』が伝える日本神話を分かりやすく解説!

『日本書紀』編纂事業

『日本書紀』編纂の時代背景を。

契機は、壬申の乱(672年)。

古代史最大の内乱、てか皇位継承を巡る戦い。

これに勝利した大海人皇子が、天武天皇として即位。

ココから、天皇中心の中央集権国家ビルディングがスタート。ムキムキマッチョ化計画です。

律令の整備と歴史書の編纂。

この2つを両輪として、ムキムキのジャパンビルディング。

天武天皇から持統天皇へ、そして以降の天皇に引き継がれながら、天皇中心とした国家体制づくりが進められました。

『飛鳥浄御原律令』(689年)施行、藤原京遷都(694年)、『大宝律令』(701年)施行、平城京遷都(710年)、『風土記』(全国の国情や古老の伝承などを記録して国に報告した地誌)編纂などなど。

中でも、律令整備とあわせて、国家を挙げて取り組んだのが『日本書紀』『古事記』編纂。つまり、歴史書の編纂事業です。

対内・対外的にも主張できる「国家のアイデンティティ」を、「己の正当性」を、歴史書にして構築しようと目論んだ訳で。

スゴくないすか?このモチベーション。

川島皇子、忍壁皇子の2人の皇子を中心とする12人の皇族・豪族・官吏により編纂されたのが『日本書紀』。当時の精鋭集団、スーパーエリートの皆さんによる、「国家事業としての歴史書編纂」という訳です。

議論し、取捨選択し、創造し、世界の成りたちからはじまって、日本の歴史書を作っていく。。。

途方もないくわだてですよね。

日本てスゴイぜ!こんなに豊かで多様な伝承、神話があるぜ!マジやばいぜ。

そんな主張を、自負を。そして、そのための根拠、ロジックを随所にちりばめていく訳で。

この世界の原初にまでさかのぼってしまう日本という国の、その歴史の凄さ&多彩さ、国家統治の正当さ、を示すのが目的なんで、
そのためのロジック構築には最高の頭脳による最大の力が注ぎ込まれている訳です。言葉一つ一つに意味がある。

ま、それを私たちが今、こうして読み解こうとするわけで、並大抵の作業ではございません。分からないことだらけ。だからこそ学会学術の世界でもいまだに議論が続けられてるんです。

 

『日本書紀』編纂の背景

『日本書紀』編纂の目的は、
対内・対外的にも主張できる「国家のアイデンティティ」を歴史書として構築すること

なんですが、

実はそれは表向きの理由で。裏側の理由には結構切実な問題があったりします。以下、その辺の裏の背景をご紹介。

編纂指令自体は、天武天皇即位後10年に発令。

丙戌(17日)に、天皇、大極殿におわしまして、川嶋かわしま皇子・忍壁おさかべ皇子・広瀬ひろせ王・竹田王・桑田王・三野みの王・大錦下上毛野君だいきんげかみつけのきみ 三千みちぢ・小錦中忌部連いんべのむらじ 子首おびと・小錦下阿曇連あづみのむらじ 稻敷いなしき難波連なにわのむらじ 大形おおかた・大山上中臣連なかとみのむらじ 大嶋・大山下平群臣へぐりのおみ 子首おびとちょくして、帝紀及び上古の諸事もろもろのことを記し定めたまう。

丙戌、天皇御于大極殿以詔、川嶋皇子・忍壁皇子・廣瀬王・竹田王・桑田王・三野王・大錦下上毛野君三千・小錦中忌部連子首・小錦下阿曇連稻敷・難波連大形・大山上中臣連大嶋・大山下平群臣子首、令記、定帝紀、及上古諸事。

『日本書紀』天武10年3月条より

とあり、

天皇が大極殿で編纂指令。川嶋皇子はじめ12名のメンバーにちょく(絶対命令)。

「帝紀及び上古の諸事を記し定め」よと。勅キタ━(゚∀゚)━!

帝紀(ていき)とは、歴代の天皇あるいは皇室の系譜類をまとめたものとされます。
歴史書の一つとして位置づけられてますが、古くに散逸して現在には伝わってません。

よー分からんのです。

「上古の諸々の事」も同様で、それまで伝えられていたと思われる伝承記録。

ここで、少し脱線しますが「歴史書の伝統」について触れておきます。大事なので。

古く、歴史書の伝統は、
新しい王朝が、前の王朝のことを総括するかたちで編纂するというもの。

中国には「革命」の概念があり、王朝交代が前提で発展した伝統です。

新王朝が自らの正当性を示すため、前王朝がやってたことを総括し歴史書として記す。なんなら「アイツら、こんなに悪い政治しててんで。だから、自分らが正しい政治を行うために王朝を立てたんやで」って。

これは天命によるものだと。

そんな動機や契機から編纂されるのが歴史書だったわけです。

ところが、、、

日本では革命に匹敵するような王朝交代が起こらなかった。

だから、誰も歴史書を編纂してこなったわけです。

これではいかんと、少なくとも、記録を残していかないと忘れちゃうよと、もっというと、いい加減な伝承がたくさんつくられちゃうよと、

この辺りの事情については『古事記』が伝えてます。

同様に、天武天皇による『古事記』編纂指令の部分を抜粋。

「ここに(天武)天皇りたまひしく、『朕聞きたまへらく、諸家のもたる帝紀及び本辞、既に正実にたがい、多く虚僞を加ふ、といへり。今の時に当たりて、そのあやまりを改めずは、未だ幾年をも経ずして、そのむね滅びなむとす。これすなわち、邦家の経緯(国家組織の原理)、王化の鴻基こうき(王制政治の根本)なり。かれこれ、帝紀を撰録せんろくし、旧辞を討覈とうかく(訪ね調べ)して、いつわりを削り実を定めて、後葉のちのよつたへむとおもふ』とのたまひき。」

於是天皇詔之、朕聞、諸家之所賷、帝紀及本辭、既違正實、多加虚僞。當今之時、不改其失、未經幾年、其旨欲滅。斯乃、邦家之經緯、王化之鴻基焉。故惟、撰録帝紀、討覈舊辭、削僞定實、欲流後葉。

『古事記』序文より

と。

「諸家のもたる帝紀及び本辞、既に正実にたがい、多く虚僞を加ふ」ということで、

天皇家以外にも諸家、つまり各豪族に伝わる帝記や本辞といった伝承記録は、
天武天皇の時代には、「既に正実にたがい、多く虚僞を加ふ」状態だったわけです。

帝紀は、天皇の歴代の記録なんですが、
豪族の皆さんとしては、天皇家との関わりを記すだけで自分の家が権威付けされるわけで、

正当性、権威付けのために、あること無いことでっちあげるんすよね。

天皇中心の中央集権国家づくりにあたって、
虚偽の多い伝承、勝手に天皇家との関わりを記す伝承はやはり「駆逐対象くちくたいしょう」であって、

そんな背景から、
かなりの危機感をもって編纂指令が出されたんではないかと思います。

「邦家の経緯、王化の鴻基こうきなり」=国家組織の原理、王制政治の根本である

と、非常に強い言葉で語っていますよね。え?むしろ怒ってる???

で、

『日本書紀』は、当時のスーパーエリートの皆さんが招集され、12人のチーム制で編纂作業が進められたわけです。

目的は誤りを正すこと、のみならず、対外的に主張できる日本という国の正当性、スゴさを示すこと。このために、当時の最先端宇宙理論や知識体系をフル活用して編纂されます。

このあたりは、コチラでシリーズ化して詳しくまとめてますので、是非チェック。絶対です。

『日本書紀』巻第一(神代上)第一段 本伝 ~天地開闢と三柱の神の化生~

04/15/2018

一方の『古事記』は、

位置づけ的には、天皇家の私的歴史書なので、天皇家の中で進められた?って、このあたりはよく分かりません。『古事記』編纂の記録が登場するのは、天武天皇の編纂指令から約40年後の711年。元明天皇の時です。

元明天皇、和銅4年(711)9月に再度『古事記』の編纂指令。再度です。で、その4ヶ月後の和銅5年(712)正月に献上されてます。

つまり、国家プロジェクトとしての『日本書紀』編纂作業が進んでいたなかで、『古事記』編纂作業はあまり進んでいなかった。それで元明天皇が改めて指令を下し、4ヶ月という超短期間で完成されたわけですね。コレには天皇の皇位継承が絡んでいるので詳細は別エントリで詳しくお伝えします。

 

『日本書紀』で伝える日本神話の範囲、定義

『日本書紀』をまとめるとこんな感じ。

 項目 日本書紀
編纂 720年
位置づけ 日本の正史
目的  国際的に国家成立・歴史の正当性を示す
内容 天地開闢~41代持統天皇
構成 全30巻
編者 川島皇子、忍壁皇子の2人の皇子を中心とする12人の皇族・豪族・官吏

この中で、

「日本神話」として記載されているのが、

『日本書紀』は、最初の「巻1」と「巻2」。そして神武紀の「巻3」

神武紀の最後、神武天皇が橿原で初代天皇として即位した後は、
天皇の即位年を起点として、例えば「神武天皇◎年◎月◎日(日は十干十二支の組み合わせによる)」と表示されるようになります。

つまり、「歴史の記録」がこれにより始まるので、神武天皇の即位が「歴史」と「歴史以前」とを分かつ画期となる訳ですね。

なので、当サイトとしては、

神代紀 巻一、二 神話の時代
神武紀 巻三 神話と歴史の時代
橿原即位以後 歴史の時代

として区別。

ただ、大別すれば、神代~即位までとそれ以降とに二分し、便宜的にですが、前者を神話、後者を歴史と規定することにしています。

 

『日本書紀』巻第一

→「『日本書紀』巻第一(神代上)第一段 本伝

→「『日本書紀』巻第一(神代上)第一段 一書第1~6

→「『日本書紀』巻第一(神代上)第二段 本伝

→「『日本書紀』巻第一(神代上)第二段 一書第1,2

→「『日本書紀』巻第一(神代上)第三段 本伝

→「『日本書紀』巻第一(神代上)第三段 一書第1

→「『日本書紀』巻第一(神代上)第四段 本伝

→「『日本書紀』巻第一(神代上)第四段 一書第1

→「『日本書紀』巻第一(神代上)第四段 一書第2~10

→「『日本書紀』巻第一(神代上)第五段 本伝

→「」

 

→「『日本書紀』の「一書」とは?『日本書紀』本伝と一書の読み解き方法を徹底解説!

 

『日本書紀』巻第三(神武紀)

神武の生い立ち』 東征発議と旅立ち』 
東征順風・戦闘準備』『難波碕から白肩の津へ』『孔舎衛坂激戦』『長兄「五瀬命」の死』『熊野灘海難と兄の喪失』 
熊野荒坂で全軍昏倒』『頭八咫烏の導きと熊野越え』 
兄猾と弟猾』『吉野巡幸』『高倉山』『香具土採取と顕斎』『国見丘の戦いと忍坂掃討作戦』 『兄磯城討伐』『兄磯城討伐・磐余制圧②』『兄磯城討伐・磐余制圧③』 
金鵄飛来=祥瑞応見』『長髄彦最終決戦』 
中洲平定と事蹟伝承』『宮殿造営宣言』『十干・十二支を使った暦日』 
橿原宮即位と東征完結』『正妃蹈韛五十鈴媛命』『媛蹈韛五十鈴姫命の出自』『論功行賞と国見

 

まとめ

『日本書紀』は日本の歴史書。

日本に伝存する最古の正史で、全30巻。養老4年(720年)に完成。
舎人親王らの撰で、神代から持統天皇の時代までを扱います。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

ABOUTこの記事をかいた人

さるたひこ

日本神話ナビゲーター / 日本神話研究家 / 日本神話講演家

日本神話.comへお越しいただきありがとうございます。
「日本神話をこよなく愛するナビゲーター」として、どこよりも分かりやすく&ディープな日本神話の解釈方法をお届けしています。
これまでの「日本神話って分かりにくい。。。」といったイメージを払拭し、「日本神話ってオモシロい!」「こんなスゴイ神話が日本にあったんだ」と感じていただける内容を目指してます。
文献に忠実に、しかも最新の学術情報を踏まえた内容なので、情報の確かさは保証付き!日本神話研究の第一人者である佛教大学名誉教授の榎本先生の監修もいただいてます。
豊かで多彩な日本神話の世界へ。是非一度、足を踏み入れてみてください。
参考文献:『古代神話の文献学』(塙書房)、『新編日本古典文学全集 日本書紀』(小学館)、『日本書紀史注』(風人社)、『日本古典文学大系『日本書紀 上』(岩波書店)他