泣沢女神なきさはめのかみ|たくさんの涙を流して泣く女神!伊耶那岐命が流した涙から誕生し深い喪失の悲しみを表象する神

泣沢女神

 

『古事記』神話をもとに、日本神話に登場する神様を分かりやすく解説します。

今回は

泣沢女神なきさはめのかみ

『古事記』では、伊邪那岐命いざなきのみことが伊耶那美命の死を悲しみいてなみだしたときに成った神として「泣沢女神なきさはめのかみ」を伝えます。

本エントリでは、「泣沢女神なきさはめのかみ」の神名の名義、誕生にまつわる神話を分かりやすく解説します。

 

本記事の独自性

  • 日本神話全体の流れや構造を解き明かしながら解説。他には無い分かりやすい記事です
  • 現代語訳のほか原文も掲載。日本神話編纂当時の雰囲気を感じてもらえます
  • 登場する神様や重要ワードへのリンク付き。より深く知りたい方にもオススメです

 

泣沢女神なきさはめのかみ|たくさんの涙を流して泣く女神!伊耶那岐命が流した涙から誕生し深い喪失の悲しみを表象する神

泣沢女神とは?その名義

泣沢女神なきさはめのかみ」= たくさんの涙を流して泣く女神

『古事記』では、伊邪那岐命いざなきのみこと伊耶那美命いざなみのみこと神避かむさりを悲しみいてなみだしたときに成った神として「泣沢女神なきさはめのかみ」を伝えます。

 「泣」は、「泣く」の意。涙に重点がおかれてます。

なお、『日本書紀』では「啼沢女」として伝えており、「啼」の字は、声をあげて泣くこと、泣き叫ぶことを言うことから、『日本書紀』は泣き叫ぶことに重点がおかれてます。

「沢」は、原義は「多(さは)」で、「たくさん」の意。後に「さは」が「沢」と同一視され、『古事記』に伝える泣沢神社の土地に基づく「水音のする沢」と解され結びついたと考えられます。

ということで、

泣沢女神なきさはめのかみ」=「泣く(泣き叫ぶ)」+「たくさん」+「女」+「神」= たくさんの涙を流して泣く女神

 

泣沢女神が登場する日本神話:『古事記』編

泣沢女神なきさはめのかみ」が登場するのは、『古事記』上巻、神生み神話。以下のように伝えてます。

ゆえに、伊邪那岐命いざなきのみことみことのりして「愛しきが妻のみことよ、一人の子に代えようと思っただろうか(いや思ってはいない)」と言い、そのまま(伊邪那美命の)枕の方に腹ばいになり、足の方に腹ばいになっていた。この時、なみだに成った神は、香山かぐやま畝尾うねをもといます、泣沢女神なきさはめのかみである。

故爾伊邪那岐命詔之「愛我那邇妹命乎(那邇二字以音、下效此)」謂「易子之一木乎」乃匍匐御枕方、匍匐御足方而哭時、於御淚所成神、坐香山之畝尾木本、名泣澤女神。 (引用:『古事記』上巻の神生みより一部抜粋)

ということで、

泣沢女神なきさはめのかみ」については、大きく2つ説があります。

  1. 鎮座地にまつわる湧き水の神とする説
  2. 葬儀で泣く役をする「哭女なきめ(泣き女)」の表象。その儀礼の起源にまつわる神とする説

で、

①の鎮座地にまつわる湧き水の神説は、

泣沢女神なきさはめのかみ」は、もともと「泣き多」の意で、「哭泣こっきゅうの神」だったのが、のちに「啼き沢」と解され、畝尾都多本神社の湧き水の神に結びつけられたとするもの。

畝尾都多本神社は、「香山かぐやま畝尾うねをもといま」と伝える神社とされ、現在の奈良県橿原市にあります。井戸が御神体ごしんたいの神社。

「泣き多」→「啼き沢」→湧き水の神に結びつけられたことで神社の起源譚につながったとするものです。

実際、飛鳥あすか時代、桧隈女王ひのくまのおおきみが、夫の高市皇子たけちのみこの延命を「哭澤なきさわの神」に祈ったのに亡くなってしまった、という歌があり、飛鳥藤原の時代、すでに、最愛の人を亡くす悲しみを寄せる神として、なんならそこから、延命を祈る神として大きな信仰を集めていたようです。

どちらが先、というのは難しいですが、この地の湧き水の自然神が、『古事記』の神々の系譜の中に組み入れられ、その場所が泣沢女神の鎮座地として選ばれたのではないかとする説もあったりします。

次に、

②の葬儀で泣く役をする「哭女なきめ(泣き女)」の表象で、その儀礼の起源にまつわる神とする説については、

まずは、古代の葬送儀礼、死者を送る特別な儀礼をチェック。

例えば、『古事記』の景行天皇条。

倭建命の崩に参じた后や御子らが「陵(墓)をつくって、腹這いになって廻り哭いて歌う(原文:作 御陵、即匍匐廻 其地之那豆岐田 而哭為歌)」と、腹這い&哭く儀礼を伝えます。

古代には、こういう儀礼・風俗がありました。死者を送る儀礼として行ってるわけですが、そこで表現されるのが「喪失の悲痛」。大げさであればあるほど手厚いとされる文化・価値観。

哭女なきめ(泣き女)」という習俗もその一つ。葬儀にあたって大声で激しく泣く儀礼的な役割を担っていた次第。意外にも、昭和初めまで日本各地にわずかながらに残っていたようです。

葬儀で泣くことの意味は、

  • 死者の荒ぶる魂を鎮めるためとする説
  • 魂を呼び戻し生き返らせるためとする説

の他にも、

  • この世とあの世との間の道を開く力があると捉え、泣き叫ぶことで、黄泉国に入って伊耶那美神の魂を取り戻すための道が開かれたとする説

もあったりします。

いずれにしても、

泣沢女神なきさはめのかみ」誕生神話については、ポイント2点、しっかりチェック。

  1. 神が誕生する3パターンのうち「非常に激しい場面」であること
  2. 古代の葬送儀礼(死者を送る特別な儀礼)がベースになっている

1つ目。

① 神が誕生する3パターンのうち「非常に激しい場面からの誕生パターン」であること

日本神話においては、実は、神の誕生方法には3つパターンがあります。

それが、成りまし、出産、激烈シーン、というもので。。詳しくはコチラで↓

日本神話に登場する神様一覧

この中で、今回の「泣沢女神なきさはめのかみ」誕生は、3つ目の「激烈シーン」で生まれるパターン。

激烈シーンとは、例えば、死や恨みや神の道に外れるなど、通常ではありえないことが起こることを言い、この激しさ・激烈さから神が誕生する方法・パターン。これにより誕生する神の尊貴性や神威しんいは、その場面の激しさに依拠します。

泣沢女神なきさはめのかみ」は、それこそ、伊邪那岐命いざなきのみことが、伊耶那美命いざなみのみこと神避かむさりを悲しみ、いてなみだしたことにより誕生した神。その背景にある、伊邪那岐命いざなきのみことの深く激しい悲しみを根拠として生まれたってことはしっかりチェックです。

② 古代の葬送儀礼がベースに、伊耶那岐命の深い喪失の悲しみを伝えている

泣沢女神なきさはめのかみ」誕生のシーンでは、伊邪那岐命いざなきのみことが「(伊邪那美命の)枕の方に腹ばいになり、足の方に腹ばいになっていた。」とあり、伊邪那美命の頭と足のところで腹這いになって哭いてます。しかも、原文では「哭」という漢字が使用されてます。コレ、「泣く」レベルではなく「哭く」。慟哭。声をあげて激しく嘆き泣くことを言います。非常に激しい表現です。

先ほど解説した通り、これ自体は、古代の葬送儀礼、死者を送る特別な儀礼がベースになってるのですが、大事なのは、そうした儀礼をもとに何を伝えているか?ということで。

ココでは、伊耶那岐命が、わざわざ枕元と足元で腹這いになり哭いたとある訳で、それは、それだけ手厚い葬送儀礼だったと、それだけ深い喪失の悲しみだった、という意味でチェック。

この、喪失の悲しみが悲痛なものであるが故に、この後の、復讐劇につながりますし、黄泉国行きへ繋がっていく訳です。

 

泣沢女神が登場する日本神話:『日本書紀』編

補足として、『日本書紀』が伝える「泣沢女神なきさはめのかみ」についてもご紹介。

『日本書紀』では、「啼沢女命なきさわめのみこと」として伝えてます。『日本書紀』

その火神ひのかみ軻遇突智かぐつちが生まれるに至って、その母の伊奘冉尊はかれ、化去かむさった。その時、伊奘諾尊いざなきのみことは恨み「このたった一児と、私の愛する妻を引き換えてしまうとは。」と言った。そこで伊奘冉尊いざなみのみことの頭の辺りを腹ばい、脚の辺りを腹ばいして、いてなみだを流した。その涕が落ちて神と成る。これが畝丘うねを樹下このもとす神である。名を啼沢女命なきさわめのみことと言う。 

至於火神軻遇突智之生也 其母伊奘冉尊 見焦而化去 于時 伊奘諾尊恨之曰 唯以一兒 替我愛之妹者乎 則匍匐頭邊 匍匐脚邊 而哭泣流涕焉 其涙墮而爲神 是即畝丘樹下所居之神 號啼澤女命矣(引用:『日本書紀』巻第一(神代上)第五段 〔一書6〕より)

ということで、

『古事記』とおおむね同じですが、『日本書紀』では「啼沢女」として伝えており、「啼」の字は、声をあげて泣くこと、泣き叫ぶことを言うことから、泣き叫ぶことに重点がおかれてます。

それは、それだけ手厚い葬送儀礼だったと、それだけ深い喪失の悲しみだったということでしっかりチェック。

 

泣沢女神を始祖とする氏族

なし

 

参考文献:新潮日本古典集成 『古事記』より一部分かりやすく現代風に修正。

 

泣沢女神が登場する日本神話の詳しい解説はコチラ!

 

泣沢女神をお祭りする神社はコチラ!

● 畝尾都多本神社:香山の畝尾の木本に坐す井戸が御神体ごしんたいの神社!神話ロマン全開です!

住所:奈良県橿原市木之本町114

 

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参考文献:『古代神話の文献学』(塙書房)、『新編日本古典文学全集 日本書紀』(小学館)、『日本書紀史注』(風人社)、『日本古典文学大系『日本書紀 上』(岩波書店)他
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