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出雲大社いずもたいしゃは、島根県出雲市にある神社。

ココ、「神々の国、出雲」を代表する神社で、日本神話的にも「顕界けんかい幽界ゆうかいの統治」といったテーマを持つ非常に重要なスポットでもあります。

出雲大社の神殿は、古代においては想像を絶する威容を誇っていたと伝えられ、神話ロマンをこれでもかとかきたててくれます。

今回は、そんな日本神話的背景を含めて出雲大社の見どころを全部まとめてご紹介です!

 

出雲大社|幽界(神事)を司る大国主を祀る!縁結びや招福ご利益の他にも神話的には国土開拓・医薬開発の神として知られる出雲大社の全部をまとめてご紹介!

出雲大社への道

出雲大社は島根県出雲市大社町にあります。

この町全体が、出雲大社を中心に展開してると言っても過言ではなく、出雲大社の周辺には関連する神社の他、たくさんのお店が軒を連ねます。

車でお越しの場合は、山陰道出雲ICよりR431を出雲大社方面へ。車で20分ほど。出雲大社そばに駐車場あり。

 

出雲大社へ電車でお越しの場合は、一畑電車いちばたでんしゃ大社線の「出雲大社前駅」下車、徒歩5分ほど。こちら、1時間に1 ~2本の間隔で運転なう。近くには旧出雲大社駅もありますのでお時間があれば是非⇒「旧大社駅と出雲大社前駅|大正ロマンを感じる旧大社駅と、モダンな出雲大社前駅!二つあわせて近代化産業遺産。出雲大社近くのおススメ観光スポット

 

まずは、最初の鳥居からご紹介。

宇迦橋の大鳥居

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▲宇迦橋のたもとに立つ巨大鳥居。高さは出雲大社の本殿より1m低い23m。

直径2mの鉄筋コンクリートの鳥居で、鳥居上、中央の額は畳6畳敷きの大きさ。この辺からして巨大であります。流石、出雲大社。

鳥居を抜けると出雲大社の門前町である「神門通りじんもんどおり」が続きます。

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まー、たくさんのお店が軒を連ねておられます。出雲大社=縁結び系にかけてさまざまな商品展開。

で、坂の上にたつ鳥居が、出雲大社の入口「勢溜せいだまりの大鳥居」です。境内に入る前に創建経緯をチェック!

 

出雲大社の創建経緯

正史『日本書紀』神代紀(第九段)にその起源が記されてます。第九段本伝で「隠れる」、一書第一で「国を奉る」、一書第二で「幽界へ退く」の流れ。出雲大社の根拠は一書第二で登場。

『日本書紀』では、大国主は「大己貴神おおなむちのかみ」という名前で登場。

国造りをした「大己貴神おおあなむちのかみ(=大国主命おおくにぬしのみこと)」に対して、高天原側が国譲りを迫ります。

高天原側は皇孫を降臨させ葦原中国あしはらのなかつくにの統治者としたい思惑があり、その交渉ロジックは、

  • 大己貴神おおあなむちのかみ」が国造りにより治めていた「国」あるいは「顕露けんろの事(目に見える世界)」を、皇孫(高天原系)の統治とする。
  • 一方で、その見返りとして「大己貴神おおあなむちのかみ」には「神事(幽冥ゆうめいの世界)」を治めることとする。

つまり、分治提案であります。

天孫が「この世界」を統治するから、「大己貴神おおあなむちのかみ」は「神事(幽界)」を統治してくれと。さらに、立派な宮もつけるから、なんとか国を譲ってくれないかと。

統治領域を分け分けするだけでなく、高天原側が「国譲りの見返り」に提示した優遇策が「出雲大社」ということで。『日本書紀』には天日隅宮あまのひすみのみやとして記されております。これが出雲大社の創建経緯になります。

なので、創建は「神代」にあって、そこからずっと続いているという訳で。スゴイですよね。。。

尚、歴史的には、『出雲国風土記』には出雲大社の旧名である「杵築きず大社」が掲載されてます。大国主命のために大勢の神々が集まって宮を杵築きずいたという地名伝承。なので、少なくとも8世紀初期ごろには出雲大社の社殿が建てられていたと推測されます。なお、一気に時代は下って、1871年(明治4年)に「出雲大社」に改称されました。

ちなみに、創建以来、天照大神の子の「天穂日命あまのほひのみこと」を祖とする出雲国造家が、出雲大社の祭祀を担っております。こちらも後ほど。

 

出雲大社の境内

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▲出雲大社の敷地は背後の八雲山とあわせて南北に細長く伸びる形。その広さ約2万7000㎡!野球グラウンド3個分!

出雲大社のテーマは一言で言うと「スケール感」。

巨大、破格、威容を誇る、想像を絶する、流石!

このあたりの形容詞が当てはまる感じで。それは日本神話の「国譲り神話」が元になってます。後ほど解説。

国宝の本殿を中心に拝殿、摂社8社、末社3社、文庫、宝庫、彰古館など。①から②へ、まずは出雲大社本殿へ向かいましょう。

 

勢溜せいだまりの大鳥居

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▲出雲大社の入口である2番目の鳥居「勢溜せいだまりの大鳥居」。

勢溜せいだまり」の由来は、鳥居周辺はその昔、芝居小屋などが建って賑わっていたそうで。人の勢いが溜まるところから「勢溜せいだまり」という名前に。

 

参道入口から進むと素敵な松並木が続きます。

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▲こちらの参道、全国でも珍しい「下り参道」。「勢溜せいだまりの大鳥居」が出雲大社のなかで一番高いところで、ここから「気」とかエネルギーがすーっと本殿の方へ向かっていくそうです。

この心地よい気と一緒に進んでいきましょう。

途中右手に「祓社はらいのやしろ」があります。「祓戸神はらえどのかみ」4柱が心身の穢れをはらい清めていただけます。

 

祓社(出雲大社末社)

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祓社はらいのやしろ」には、「瀬織津比咩神せおりつひめのかみ」「速開都比咩神はやあきつひめのかみ」「氣吹戸主神いぶきどぬしのかみ」「速佐須良比咩神はやさすらひめのかみ」の4柱が祀られております。まとめて「祓戸神はらえどのかみ」。

『古事記』『日本書紀』のほか、『延喜式祝詞』等の文献がもと。いずれも「祓い」に関連する神様たち集結。

 

祓橋

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▲「下り参道」の先にあります。先ほどの祓社といい、この祓橋といい、まずは徹底的に穢れを落としましょうと。

 

松の馬場

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▲祓橋を渡ったところ。美しい松の参道が続きます。こちら、「松の馬場」とも呼ばれ「日本の名松100選」に指定。

樹齢数百年の松たち。中央の参道は、かつては皇族や勅使が通行した道で、一般ピープルは両側の道を歩きました。今もそうですが。。。ほんと美しい松並木です。

 

手水舎

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▲松の参道を抜けると、手水舎が。清水で俗界の穢れを落とします。祓社、祓橋、手水舎。これだけ落とせば結構落ちたんではないでしょうかド━(゚Д゚)━ン!!

 

出雲大社参拝のポイント①ご本殿へ行く前に徹底的に穢れを祓うべし!

  • 勢溜せいだまりの大鳥居」から全国でも珍しい「下り参道」。「勢溜せいだまりの大鳥居」から「下り参道」を通じて流れる「気」とかエネルギーにのって本殿へ向かいます。
  • 途中右手にある「祓社はらいのやしろ」で心身の汚れをはらい清め、祓橋、手水舎で徹底的に穢れを祓いましょう。

そして、手水舎の左右には出雲大社のご祭神「大国主」に関する日本神話を再現した像が!2つあります。

御慈愛の御神像

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▲出雲大社本殿向かって左手。『古事記』の「稲羽の素菟しろうさぎ」の神話がモチーフ。

って、こ、コレ、どこかで見たことがあるような、、、

って、鳥取県にある白兎神社やん!⇒「白兎神社|「因幡の白うさぎ」の神話から皮膚病・やけど平癒ご利益の他、縁結びご利益でも信仰をあつめる神社

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▲コチラ、白兎神社入り口にある因幡の白兎のシーン。出雲大社と違って大国主が青年のようです。

神話的には、白兎神社の大国主の方が正解。因幡の白兎のシーンは、大国主が成人するまえの話なので、若くてみずみずしい大国主なわけです。出雲大社のように老けておりません!

その根拠、『古事記』では、一人前になるまでの名を「大穴牟遲神おおなむぢのかみ」、一人前になってからの名を「大国主神おおくにぬしのかみ」としています。

因幡の白兎のシーンをざっくり言うと以下。

大穴牟遲神おおなむぢのかみ(=大国主神おおくにぬしのかみ)」が「気多けた」を通りがかったとき、裸の兎あかはだのうさぎが伏せって痛みに苦しんで泣いていました。

大穴牟遲神おおなむぢのかみ」は兎に「今すぐ水で体を洗い、そこのがまの穂をとって敷き散らして、その上を転がって花粉をつければ、膚はもとのように戻り、必ず癒えるだろう」と教えます。

すると、その体は回復しました。

このあと、この菟のおかげで「大穴牟遲神おおなむぢのかみ」は美女をゲットします。

像の左手、袋を持っていますが、コレ要チェック。このなかには、「薬」が入っていた訳です。この神話から、「大穴牟遲神おおなむぢのかみ(=大国主神おおくにぬしのかみ)」は医療の神様としての信仰を集めるようになります。

また、この菟は、鳥取県鳥取市白兎にある「白兎神社はくとじんじゃ」で祭られてます。縁結びのパワースポットとしても有名。

 

ムスビの御神像

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▲出雲大社本殿に向かって右手。『日本書紀』の「国造り神話」がモチーフ。

『日本書紀』では、一貫して「大己貴神おおあなむちのかみ」として登場。

始め、「大己貴神おおあなむちのかみ(=大国主命おおくにぬしのみこと)」は「少彦名命すくなびこなのみこと」と協力して国造りをしていました。数々の困難を克服し天下を経営。人・家畜の病気の治療法や、鳥獣・昆虫の災害を祓い除く方法も定めます。

ところが、途中で「少彦名命すくなびこなのみこと」は「常世の国」へ行ってしまい、以後、「大己貴神おおあなむちのかみ」は自力で国造りを進めることになります。

出雲の国にたどり着いたとき、「大己貴神おおあなむちのかみ」は「国を平定したのは私一人だ。でも、私と一緒に天下を治める者はいるだろうか?」と、「興言ことあげ」をします。

その時、神々しい光が海を照らし、こつ然と浮かんでくる神があった。曰く、「私がいたからこそ、あなたは国を平定するという偉大な事を成し遂げられたのだ。」と言います。

大己貴神おおあなむちのかみ」が素性を訪ねたところ、「私は、あなたの幸魂さきみたま奇魂くしみたまだ。」と。これが大物主大神です。

大己貴神は納得。そして「どこに住みたいか?」と聞くと「三諸山みもろのやま(三輪山)に住みたい。」と言うので、さっそく宮を造営した。これが大三輪神社であります。

 ※幸魂さきみたま奇魂くしみたま・・・神の持つ霊魂。神様の場合、必ず「みたま」と敬語を付けて言います。大神神社についてはこちらで⇒「大神神社|開運厄除けの超絶ご利益あり!大国主の魂(幸魂・奇魂)が鎮まる三輪山は古代の風をそのまま残しています。|奈良県桜井市

大己貴神おおあなむちのかみ(=大国主)」の像の先、波の上に金色の珠がありますが、これが大国主の魂なんですね。国造り神話の超重要シーンであります。

いろいろツッコミどころ満載な神話ですが、要は、

  • 多くの苦難を伴う「国造り」をたった1神で進めることになった大己貴神が、「協力者はいないか?」と独りごちた時に現れた神(大物主大神)は、意外にも自分の「幸魂・奇魂=魂」であった。
  • 「国造り」は1人で行っているのではない、自分の「魂」という協力者が常にあることを教えられ、気付きを得た。
  • だから自分の「幸魂・奇魂=魂」が住みたいと言ってるところに住まわせてあげた、それが大三輪神社(現:大神神社)。

という話。

、、、すみません、出雲大社の話からズレました。ただ、奈良の大神神社とも関係があることは是非チェックしておいてください。

 

出雲大社参拝のポイント②ご本殿へ行く前に大国主にまつわる神話をチェックすべし!

  • 『古事記』の「稲羽の素菟しろうさぎ」の神話では、大国主は「大穴牟遲神おおなむぢのかみ」として登場。裸の兎あかはだのうさぎの傷を治したことで美女をゲット。ココから、医療の神様としての信仰を集めるようになります。
  • 『日本書紀』の「国造り神話」では、「大己貴神おおあなむちのかみ」として登場。自分の「幸魂・奇魂=魂」を三輪山に鎮まらせたことから大神神社創建へつながります。この国造り神話から国土開拓の神としての信仰をあつめます。

 

出雲大社「荒垣」内社殿

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▲こちら荒垣内入口である「銅鳥居」。正面に拝殿が見えますね。

この銅鳥居の中が、出雲大社の中心的神殿が立ち並ぶ区画。一番外側にある「荒垣あらがき」と呼ばれる垣で囲われています。

図式化すると以下の通り。

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▲オレンジの線で表したのが垣根。本殿側から玉垣、瑞垣(廻廊)、荒垣の三重の垣。出雲大社、なんだか厳重に守られてる感じで。。。

回る順番は以下のイメージ。

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▲①銅鳥居から拝殿へ、②八足門で本殿へ参拝、③東十九社で神有月に思いを馳せ、④素鵞社で大国主のお父さん素戔男尊に参拝、⑤で西向きのご祭神へ一礼、⑥の西十九社で再び神在月に思いを馳せて、⑦神楽殿の大縄に度肝を抜かれるコース。

では以下、詳細を。

出雲大社荒垣入ってすぐ左手、神馬と神牛があります。

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▲「神牛」は学力向上、「神馬」は子宝・安産の御利益があると言われてます。

 

出雲大社拝殿

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▲室町時代の1519年、戦国武将であった尼子経久あまごつねひさによって最初に造営。しかし、時代は下り1953年、正遷宮奉祝での火事により一度焼失。その後、寄付と復興により1959年に完成。結構最近のお話です。

二拝四拍手一拝の作法で拝礼されてください。

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 ▲拝殿の注連縄しめなわは、太さ3m、長さ8m、重さ1.5tの大きさ。ほんと、見事です!

 

八足門やつあしもん

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▲拝殿の裏手。瑞垣内には入れませんのでここからご本殿にお参りします。手前地面の赤い三つの円、これが古代の宇豆柱うづはしらの跡です。後ほど解説。

 

出雲大社本殿

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ご祭神:大国主大神

※『日本書紀』では「大己貴神おおあなむちのかみ」でほぼ統一されていますが、『古事記』では「大穴牟遲神おおなむぢのかみ」として「大国主の子供のころの名前」とされてます。他にも仏教と結びついて「大黒様」としても知られてます。

ご利益:国土開拓の神、農耕発展の神、医薬開発の神、そして縁結びの神・福の神

実は、ご祭神の大国主神は、正面となる南側ではなく西側を向いておられます。図示すると以下。

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御神座ごしんざは本殿内の北東部分で西側を向いてます。なので、八足門でお詣りした後、右からぐるっと瑞垣を回って、西側のところで再度お詣りするようにしましょう。

本殿北西部分にある、御客座五神は、天之御中主神あめのみなかぬしのかみ高御産巣日神たかみむすひのかみ神産巣日神かみむすひのかみ宇摩志阿斯訶備比古遅神うましあしかびひこじのかみ天之常立神あめのとこたちのかみが祀られています。『古事記』系の天地開闢5柱ですね。コチラも参考に⇒「『古事記』本文より「天地開闢」の語訳とポイント|天に五柱の別天つ神、地に七代の神々出現。神名を連ねる手法で天地初発を物語る。

西を向いている理由は詳細不明。

ただ、向いている方向には稲佐の浜があったりします。

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▲稲佐の浜は、国譲りの交渉が行われた場所。「高皇産霊尊たかみむすひのみこと」の使者2柱の神がやってきた場所なわけで。大国主は今でも高天原側の使者がやってくるのを待っているのでしょうか。。。

さて、

ここで、先ほどの創建経緯で触れた「天日隅宮あまのひすみのみや」について解説をしておきます。

天日隅宮あまのひすみのみや(現:出雲大社)

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▲瑞垣の北東角付近から見た本殿。高さ24mで神社としては破格の大きさ。現在の本殿は延享元年(1744年)に建立。白木を用いた日本で一番古い神社建築様式である「大社造り」。その代表的な建築物であります。

『日本書紀』で伝える「天日隅宮あまのひすみのみや」が出雲大社であることは先ほど触れました。

注目はその規模・スケールであります。

『日本書紀』では以下のように伝えてます。高天原の最高神である「高皇産霊尊たかみむすひのみこと」が「大己貴神おおあなむちのかみ」に勅して言うシーン。

汝(=大国主)が住むべき 天日隅宮あめのひすみのみや は、今し供造つくりまつらむこと、 即ち 千尋ちひろ栲縄たくなわ を以ちて、ひて 百八十むすび にせむ。其の宮造みやつくりのり は、柱は 高くふとし。板は 広く厚くせむ。

⇒お前が住むべき天日隅宮は、今造営してやろう。千尋もある長い縄で、しっかりと結んで百八十結びに造り、その宮を建てる規準は、柱は高く太く、板は広く厚くしよう。

『日本書紀』神代紀 第九段一書二

「高く太く、板は広く厚く」ということで、

一説には、出雲大社本殿の高さは、太古は32丈(約100m)、中古は16丈(約50m)、近古は8丈(約25m)という言い伝えもあり。今でも「出雲大社の本殿」は、神社建築の中では日本一の規模を誇ります。

太古の建築技術で100mもの高さをもつ構造物は作れるはずがない!

、、と言う事だったんですが、

なんと2000年に、本殿八足門やつあしもん前の境内遺跡から当時のものとされる「宇豆柱うづはしら」が発見されています。

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▲こちら、出雲大社隣の「島根県立古代出雲歴史博物館」で展示されている「宇豆柱うづはしら」。

直径3mの巨大な柱で、これがまさに、神話でいう「柱は高くふと。」と思われます。

ここから

当時の神殿(出雲大社)を復元したのが、同じく博物館に展示されております。

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▲こちらが太古における出雲大社の復元イメージ。あくまで案の一つではありますが、古代のロマンをこれでもかとかきたててくれますよね。

階段上の神殿を支える柱が「宇豆うづ柱」であり、これが先ほど出てきた八足門の地面にあった3つの円という訳です。

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▲3つの柱を束ねて一つの大きく高い柱としていた訳ですね。

 

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▲太古の人々はこんな視界を見ていたのでしょうか。古代ロマン、どこまでも広がっていきますね。サイコーです!

ま、

いずれにしても、こうした巨大な建造物が必要だった「理由」が大事で、

それは、国譲りにまつわる交換条件の一つだったから、という事。

国を譲ってもらうためには、それくらい大きな条件提示が必要だったのでしょう。

でないと、大己貴神(大国主)が暴れてしまうから。暴れるとスゴイから。。。出雲大社にはそうした背景がある事を踏まえて参拝されると良いと思います。

 

出雲大社参拝のポイント③巨大な宮殿が必要だった理由をチェックすべし!

  • 創建経緯には神話が関連。国造りをした「大己貴神おおあなむちのかみ(=大国主命おおくにぬしのみこと)」に対して、高天原側が国譲りを迫る。高天原側は皇孫を降臨させ葦原中国あしはらのなかつくにの統治者としたい思惑があった。
  • 国譲りの交渉ロジックは、「大己貴神おおあなむちのかみ」が国造りにより治めていた「国」あるいは「顕露けんろの事(目に見える世界)」を皇孫(高天原系)の統治とし、見返りとして「大己貴神おおあなむちのかみ」には「神事(幽冥ゆうめいの世界)」を治めることとする。つまり、分治提案。
  • さらに、統治領域を分け分けするだけでなく、高天原側が提示した優遇策が「出雲大社」。『日本書紀』には「天日隅宮あまのひすみのみや」として記される。これが、巨大な宮殿が必要だった理由。

 

話を戻し、出雲大社の本殿周辺の社殿をチェックしていきます。

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▲②の八足門やつあしもんから本殿を望み、太古の神話ロマンへ思いを馳せたところで、右側へ。ぐるっと瑞垣を一周します。

 

東十九社

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▲西十九社と対を成す社殿。10月になると全国から八百万やおよろずの神々が集まり、ここにお泊りになります。

一般的に10月は「神無月かんなづき」と呼ばれますが、ココ出雲では「神在月かみありづき」と呼ばれてます。それは、全国各地の八百万やおよろずの神様が10月になるとココに集まって会議をするから。「神が在る」出雲は「神在月」、「神が無い」その他の地域は「神無月」という訳です。

先ほど触れた通り、大国主は「幽冥界」を司る大神。その神威は顕界の最高神「天照大神」に負けず劣らずな訳で。これはこれで、一時論争に発展したほどです。

そんな背景があるからこそ、出雲大社に全国の八百万の神神が集うというのも納得ですよね。本件のちほど。

出雲大社では、「神在祭(御忌祭おいみまつり)」と呼ばれるお祭りが、旧暦10月11日から17日まで開催されます。

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前日10日の夜、海の彼方から来る神々を迎えるため、「稲佐の浜」で「神迎かみむかえの神事」が行われ、神の使いである龍蛇りゅうじゃを「曲物まげもの」に載せて本殿に納めます。

そのうえで、神々は境内左右の十九社に宿り、「上宮かみのみや」において神議されるという流れ。ココ、八百万の神の宿泊施設という感じでチェックを。10月以外は全国の八百万の神への遥拝所として位置づけられてます。尚、「上宮かみのみや」については敷地外なので後ほど。

 

釜社かまのやしろ

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ご祭神:宇迦之魂神うかのみたまのかみ

ご利益:五穀豊饒、食物司管、商売繁盛、開運

御祭神がみなさん食物系なので、五穀・食物系御利益。五穀・食物系の根本は、人々の命を育てる根源の力をいただけるイメージです。

素戔嗚尊の子で、食物を司る神。全国の稲荷社のご祭神でもあります。東十九社の北側に隣接。

 

天前社、御向社

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▲瑞垣の向こう側に2社が並んで建ってます。手前が「天前社あまさきのやしろ」、奥(本殿寄り)が「御向社みむかいのやしろ」。

天前社あまさきのやしろ伊能知比賣神社いのちひめのかみのやしろ

ご祭神:蚶貝比賣命きさがひひめのみこと蛤貝比賣命うむがいひめのみこと

大国主が若いころ神々による幾多の試練を与えられ、大やけどを負ったときに大国主の治療・看護にあたった神様です。看護の神としての信仰あり。

御向社みむかいのやしろ大神大后神社おおかみおおきさきのかみのやしろ

ご祭神:須勢理毘賣命すせりひめのみこと

素戔嗚尊の娘であり、のちの大国主の正后。大国主は、素戔嗚に様々な試練を課されるのですが、これを助け克服へ導いたのが須勢理姫であります。夫婦で同じ瑞垣内に鎮まってるって良いですよね。

 ま、いずれにしても、奥さんといい、看護婦さんといい、女神をそばに侍らせて鎮座されてる大国主って偉大ってことで。

 

文庫

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▲寛文7年(1667年)の御遷宮に際して新設された図書館です。瑞垣の東北角付近にあります。

そして、さらに進むと、、、

 

素鵞社そがのやしろ

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ご祭神:素戔嗚尊すさのおのみこと

大国主のお父さんです。日本神話の中心的登場神である三貴神(天照、月読、素戔嗚)の一柱。

高天原の最高神「天照大神」の弟として、数々のエピソードを持ちます。特に高天原を追放され出雲に天降りしてからの活躍は、神話展開に大きな影響を与えます。八岐大蛇やまたのおろち退治は特に有名。

その後、八岐大蛇から救った奇稲田姫くしなだひめを妻として迎え、出雲大社のご祭神である大国主を生むわけです。

場所的に、本殿の裏手、息子を今でも見守っているような、そんなところにあります。

 

さらに進むと、彰古館があります。が、こちらは後ほど。

瑞垣の西北角付近から。

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▲右手に見える社殿が筑紫社。そしてこの辺りに、西向きのご祭神と向かい合うスポットがあります。

筑紫社つくしのやしろ(神魂御子神社)

ご祭神:多紀理毘賣命たきりひめのみこと

大国主の妻で宗像三女神の一柱「多紀理毘賣命たきりひめのみこと」を祀ります。このお姫様自体は、天照と素戔嗚の誓約を通じて誕生した神で。やはりお父さん関連であります。なお、大国主との間には「味耜高彦根命あぢすきたかひこねのかみ」「下照比売命したてるひめのみこと」を生んでおります。

ま、先ほどご紹介した東側にある「天前社あまさきのやしろ」「御向社みむかいのやしろ」と合わせて、つまりご祭神の大国主は左右に関係のあった女神を侍らせて鎮座されているということで。かなり漢気満載で偉大な風。

 

御神座正面礼拝スポット

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▲瑞垣の西。西に向かって鎮座されてるご祭神と正面でご対面する場所です。再度拝礼ください。

 

氏社(出雲大社摂社)の2社

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ご祭神:天穂日命あめのほひのみこと

天照大神の第二番目の子で、出雲国の国造くにのみやつこ家の祖先神。大国主が国を譲りこの地に鎮まるとともに、その「祭主」としてお仕えをすることになります。

ちなみに、現在の出雲大社宮司は天穂日命以来、第84代目の直系の末裔だそうです。スゴ。。。

「国造」についてはコチラで詳しく⇒「国造と県主|行政区画の明確化と治める長の任命は神武即位以降の重要課題「版図拡大」における一つの到達点だった件

ちなみに、「天穂日命あめのほひのみこと」は天照の子として認知された神。これは素戔嗚尊との「誓約うけいの儀式」の中で生まれました。なので、天照の子の子孫が代々出雲大社の宮司として祭祀を引き継いでいるということになりますね。

 

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ご祭神:宮向宿禰命みやむきのすくねのみこと

出雲の国造くにのみやつこ家(=出雲大社宮司のお家)の祖先神である「天穂日命あめのほひのみこと」の第17代の末裔。このお方の代で、「出雲臣いずものおみ」のかばねをいただき、国造くにのみやつことなった次第。

大国主祭祀と出雲国の行政統治の両方を一手に担ったもんげーお方という訳です。

コチラの氏社の2社は、西に向かって鎮座するご祭神に向かい合うように東向きで鎮座されております。此れも全て大国主祭祀の役目から。コレ重要なので是非チェックです。

 

西十九社

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▲東十九社と同じ役割です。10月は八百万の神々の宿泊施設として。普段は、全国の八百万の神々への遥拝所として。

と、いうことで、

ようやっと一周してきました。荒垣内の主要な社殿は以上です。

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彰古館

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出雲大社の左上に位置。大正3年(1914年)開館。ご本殿や宝庫に収蔵されていた宝物や歴史的遺品当を集めて公開中。国の登録有形文化財にも指定。

一般200円、大学・高校100円、中・小学50円!

ここで少し中の様子をご紹介。受付で対面式チケット購入。

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からの、

出雲大社1

いきなり迎えてくれる「野見宿禰のみすくね」の像。境内に神社があります。後ほど。

そして!

出雲大社4 出雲大社2

見てください!この無数の大黒様!!! 大国祭りやー!!

出雲大社11

めっちゃ笑顔です!!!

一階は大黒様で埋め尽くされており、一生分の大黒様と福をいただけます。

仏教の「大黒天」の「大黒(だいこく)」と、「大国主」の「大国(だいこく)」が似てるところから習合。七福神一つ「大黒様」として、食物・財福を司る神となった経緯あり。

そして、二階へ。

出雲大社13

▲出雲大社のミニチュア模型が!これは分かりやすい!

そして、当サイトとして超おススメはコチラ!

出雲大社14

幣帛へいはく」であります( ゚Д゚)! 幣帛へいはくとは、祭祀において神様に奉献するもの。五色絹・綿・絁・糸などが納められてます!

背景としては「勅祭社」という神社のカテゴリがあり、これは、毎年例祭に、天皇のお使いである勅使が参向し幣帛をお供えしての祭文奏上する神社のこと。出雲大社の他、橿原神宮や靖国神社、明治神宮、平安神宮等の名高い神社が列せられている次第。

個人的に、幣帛を生で目にする機会はコチラでした⇒「橿原神宮紀元祭|2月11日「建国記念の日」レポ

いやー、スゴイです、初めて中身にお目にかかりました。感動です。

 

あと、日本神話的に重要なのがコチラ!

16出雲大社

▲明治天皇御即位の御幣おんみてぐら

慶応4年(1869年)8月27日、明治天皇の即位に際し、同8月30日に出雲大社御前前にお供えされた幣帛。檜製の柳箱に、真綿まわた苧麻からむし、木綿糸が納められております。

特に、真綿は、絹の一種で、養蚕による糸です。こちら、今でも皇后の重要な仕事として位置づけられており、元は日本神話にその始まりを伝えております。

以上の、幣帛と養蚕糸は是非、直接ご覧になっていただきたい!

おまけ

出雲大社17

▲縁結びで有名になりましたからね。全国から押し寄せる縁結びを目に見える形で表現するとこんな感じになります。

 

出雲大社参拝のポイント④大国主の関係神、全国の神々、祭主が周囲をガッチリ固めています!

  • 出雲大社境内には大国主の関係者が。いや関係神が。裏手には、大国主のお父さんである素戔嗚尊、両側には関係した女神が、それぞれ祭られています。
  • 更に、東西には、10月になると全国から集まるら八百万やおよろずの神々がお泊りになる宿泊施設を完備。それゆえに、ココ出雲では10月は「神在月かみありづき」と呼ばれています。
  • 更にさらに、現在の出雲大社宮司のご先祖様である「天穂日命」も祭られています天照大神の第二番目の子で、大国主が国を譲りこの地に鎮まるとともに、その「祭主」としてお仕えをしてきました。

 

さて、出雲大社荒垣内の社殿をひととおり巡ったあとは、神楽殿へ向かいましょう。

出雲大社「荒垣」外社殿

神楽殿

出雲大社19

▲本殿西の神楽殿。ココにある注連縄は日本一の大きさで有名です。

 

出雲大社20

▲長さ13m、周囲9m、重さ5t!もんのスゴイ迫力であります。

 

金刀比羅宮ことひらぐう

出雲大社19

ご祭神:大物主神おおものぬしのかみ

先ほど、ムスビの神像で触れた通り、大国主の魂=大物主であります。特に、大国主の幸魂・奇魂への信仰は大きく、「大物主」の名の如く、万物の根源=霊魂を司り、殖産・医療・技芸、そして漁業豊漁、航路安全等幅広いご利益で篤い信仰をあつめてますね。

神楽殿の前の広場、超重要な神様が祀られてますので、是非チェックされてください。

 

野見宿禰神社のみのすくねじんじゃ

出雲大社21

ご祭神:野見宿禰命のみすくねのみこと

出雲大社の入口、下り参道から祓橋の西側(左手)、神苑相撲場の北西にひっそりと建っておられます。相撲の始祖とされる「野見宿禰命」を祀ります。。国譲り神話では、相撲をとって勝敗をつけたというお話も伝わりますしね。

出雲大社22

▲すぐ近くに土俵が!土俵付きの神社。というか大社。かなりレアなのではないでしょうか!

 

出雲大社参拝のポイント⑤神楽殿の日本一の注連縄は鉄板チェック!

  • 神楽殿の注連縄は、長さ13m、周囲9m、重さ5t!もんのスゴイ迫力。出雲大社のスケール感を物語るアイテムです。
  • 他、下り参道から祓橋の西側、神苑相撲場の北西に建つ「野見宿禰神社」もチェック。相撲の始祖とされる「野見宿禰命」を祀り、国譲り神話では、相撲をとって勝敗をつけたというお話も伝わります。

 

ということで、出雲大社境内主要な社殿は以上です。

出雲大社境内外の主要スポット

稲佐の浜

稲佐の浜

▲出雲大社の西方1kmくらいのところにある海岸。ここに国譲りを迫る高天原側の使者「経津主神ふつぬしのかみ」と「武甕槌神たけみかづちのかみ」がやってきました。

また、現在では、旧暦10月10日の夜、海の彼方から来る神々を迎えるため「神迎かみむかえの神事」が行われます。ここで神の使いである龍蛇りゅうじゃを「曲物まげもの」に載せ、出雲大社の本殿に納めます。

⇒「稲佐の浜|国譲り神話の舞台!美しい夕日と神々しい日の出の様子を両方まとめてお届け。

 

上宮かみのみや(出雲大社摂社)

出雲大社25

▲稲佐の浜と出雲大社の中間あたりにあります。住宅地の細い道の奥、ひっそりと建ってますが、結構重要な神社。

神迎かみむかえの神事」後、神々は出雲大社境内にある東西の十九社に宿り、「上宮かみのみや」において神議されるという流れであります。

 

因佐神社いなさのかみのやしろ(出雲大社摂社)

出雲大社26

ご祭神:建御雷神たけみかずちのかみ

国譲り神話に関連して、高天原側の使者として大国主のもとにやってきた神をまつります。稲佐の浜で交渉を行いました。

こちら、鳥居もあり一つの神社として成立している感じです。

出雲大社27

 

命主社いのちぬしのやしろ(出雲大社摂社)

出雲大社28

ご祭神:神皇産霊神かみむすびのかみ

天地万物の根本である神をまつります。大国主の試練において常に大国主を加護し国造りの大業を支援した神様です。正式名称「神魂伊能知奴志神社かみむすびいのちぬしのやしろ」。

社名のとおり、命を感じさせる大木が境内に立ってます。

出雲大社29

 

三歳社(出雲大社摂社)

出雲大社31

ご祭神:事代主神ことしろぬしのかみ高比売神たかひめのかみ御年神みとしのかみ

「事代主神」「高比売神」は大国主の子神。国土経営に祭祀大国主を助けた功績あり。後世で「御年神」が合祀され三歳社と称するようになりました。正月3日には、福迎え神事が斎行されます。

こちら、出雲大社と神楽殿の間にある小道の奥、ずーっと山道を登って行った先にあります。

33出雲大社 出雲大社34

▲このあたり、蛍が飛び交う素敵な場所としても知られております。

出雲大社35

▲山の中に、ひっそりとたたずむ風。三歳社です。

 

下の宮(出雲大社末社)

出雲大社36

ご祭神:天照大御神

皇室の祖先神。摂社ではなく末社として位置づけられているところに、出雲大社と伊勢神宮、出雲神話圏と大和神話圏の相克を感じたりします。

 

真名井の清水

出雲大社40

出雲大社の神事に関わる神聖な清水。11月23日の「古伝新嘗祭」において、国造の寿齢を延ばすとされる「歯固めの神事」には、この真名井の清水の小石を使う習わしになっているそうです。

出雲大社41

島根の名水百選にも選ばれている御神水ですね。

 

出雲大社参拝のポイント⑥出雲大社周辺の神社も要チェック!

  • 特に「稲佐の浜」は必須のチェックポイント。この浜に国譲りを迫る高天原側の使者「経津主神ふつぬしのかみ」と「武甕槌神たけみかづちのかみ」がやってきました。現在では、旧暦10月10日の夜、海の彼方から来る神々を迎えるため「神迎かみむかえの神事」が行われます。

  • 他、出雲大社周辺の摂社、末社はいずれも、大国主や神事に関連するスポットです。ちょっと足を延ばしてチェックしましょう。

 

日本神話的豆知識からのアレコレ

顕界と幽冥界

出雲大社のご祭神である「大国主神」ですが、避けて通れないテーマが「顕界けんかい幽冥界ゆうめいかい」であります。

  • 「顕界」とは、うつし世、眼に見える世界。
  • 「幽冥界」とは、かくり世、眼に見えない世界。神事。

本件、『日本書紀』等の文献に記載されていること以外は推測になってしまうので、記載事項だけをベースに以下お伝えします。超ディープな神話ワールドであります。

先ず、大国主の統治領域の根拠を解説。こちら、『日本書紀』で伝えてます。

高天原の最高神である「高皇産霊尊たかみむすひのみこと」と「大己貴神おおあなむちのかみ(=大国主神)」との国譲り交渉において、高天原側から「天日隅宮あまのひすみのみや」をつくるほか各種優遇策が提示され、大国主が国譲りを受け入れます。

そこで大国主が言った内容が以下。

らす顕露事あらはなることは、皇孫すめみま治らしたまふべし。退りて幽事かくれたることを治らさむ。

私が治めている現世の政事まつりごとは、今後は皇孫が治めになってください。私は退いて神事をつかさどりましょう。

『日本書紀』第九段一書二

ここで伝える「顕露事あらはなること」とは、高天原から地上の葦原中つ国を含む世界のことであり、治政を含む意味あいです。

一方、「幽事かくれたること」とは、目に見えない神の世界(身を隠した神々のいる世界)のことで、「神事」のことを言います。

国造りを行い、今まで自分(大国主)が行なっていた「顕露事あらはなること」を皇孫に譲り、自分はこの世界から退いて「幽事かくれたること」、つまり神事を司ります、という事ですね。

これが大国主が神事(幽事)を司るとされる根拠になっています。

で、

そのうえで、以下。

まず、神代世界を理解するうえでの基本的な考え方に「二項対立」があります。例えば、

  • 陽⇔陰
  • 男⇔女
  • 高天原⇔葦原中国
  • 生の世界⇔死の世界(黄泉国よみのくに
  • 顕界⇔幽界

等。

これらは日本神話ワールドを構成する代表的な二項対立です。対応する2つの世界(概念)が組になってる訳ですね。

大国主の統治する「幽界ゆうかい」ですが、コレ、実際どんな世界?と言われても、なかなか答えるのが難しい問いだったりします。

実は、後世になって、「幽界ゆうかい」と「黄泉国よみのくに」、つまり「神事」と「死」は一緒になってしまいます。ですが、本来、幽冥と黄泉とは違う世界であり概念です。

何が違うかというと、黄泉国には「死」という契機があるのに対して、幽界には「死」といった契機は存在しません。

大国主は、ただ目に見える世界(顕界)から「退いた」だけなのです。退いて幽界へ。姿を消しただけ。

なので、整理していくと、

顕界のなかに高天原や葦原中国や生の世界があり、死ぬと死の国(黄泉)へいく。

一方、幽界のなかには、、、???

ココからはよく分かりません。少なくとも文献には記載されていないので何とも言えないわけです。

ただ、顕界と幽界は神話世界を構成する最大の対比構造という訳で、顕界の最高神が天照大神であり、幽界を司る神が大国主なわけで、もし「どっちが上?」という話が持ち込まれると大変な論争を引き起こしてしまう訳です。

いずれにせよ大国主と幽界というお話には、そういった壮大なテーマが潜んでいることをチェックしておいていただければと思います。

出雲大社教

上記、非常に深遠なテーマをはらんでいるからこそ、後世においてここから独特な信仰が発展的に生まれてきます。それが出雲大社教であります。こちら、明治以後に誕生した神道十三派の一つ。

出雲大社42

出雲大社境内の荒垣内にある氏社でご紹介した通り、

天照大御神の御子神「天穂日命あめのほひのみこと 」は、大国主大神祭祀の「祭主」となり、その子孫は代々出雲国の「國造くにのみやつこ」 として出雲の政治をになってきました。同時に出雲大社宮司として祭祀も担っておられます。

ココから、

出雲大社教では大神の「御杖代みつえしろ」 (大神の神霊を宿し、神人一体となって祭祀を奉仕するもの)として國造を推戴しています。現在は第八十四代の千家尊祐國造が出雲大社宮司としてお仕えされています。

出雲大社教説明文より

ということで、非常に特異な展開をされてきました。

出雲大社教の布教方針は、宗祠そうしと仰ぐ出雲大社に鎮まります大国主大神とのご神縁に結ばれることで、安心立命の中に生かされることを教え導くことです。

本教の教義は「幽顕一貫ゆうけんいっかん」「顕幽一如けんゆういちじょ」。

顕世うつしよは今我々が生活し、目に見える世界のことであり、幽世かくりよは、神魂と人の霊魂の世界のことです。

顕世と幽世とは、相即不離そうそくふりの関係にあり、この世での幸栄さきはえ(幸福と繁栄)は、幽世からの恩頼みたまのふゆ(ご加護)により与えられます。

人間の霊魂は、死後、大国主大神が治められる幽世かくりよ に帰り、大神によってその帰着するところが決まります。

それ故に、生前の善悪に関し、大神の神慮を奉戴し、心行を正直にして修身誠意、大神の恩頼を仰ぐことにより、幽世に帰り入るとき、代々の先祖たちと共に、御家の守護神として霊魂の安寧を得ることになります。

出雲大社教説明文より

とのことで、かなりディープな世界が展開されております。

いろいろありますが、こうした壮大な展開を生み出した大国主の存在感はやはりスゴイものがあると言え、出雲大社参拝の際にはこうした背景も是非チェックしておいていただければと思います。

 

出雲大社参拝のポイント⑦日本神話から派生したディープな世界もチェック!

  • 国造りを行い、今まで自分(大国主)が行なっていた「顕露事あらはなること」を皇孫に譲り、自分はこの世界から退いて「幽事かくれたること」、つまり神事を司ります、という交渉内容から、大きな問題につながっていきます。

  • 他、ここから出雲大社教などの展開へつながっていった経緯も押さえておきましょう。

 

まとめ

出雲大社いずもたいしゃ

島根県出雲市にある神社。

「神々の国、出雲」を代表する神社で、日本神話的にも「顕界けんかい幽冥界ゆうめいかいの統治」といったテーマを持つ非常に重要な神社でもあります。

その神殿は、古代においては想像を絶する威容を誇っていたと伝えられ、神話ロマンをこれでもかとかきたててくれます。

ご参拝の際は是非、日本神話をもって行かれてください。その奥行きや深さがぐっと増してくると思います。

あと、参拝は早朝がおススメです。朝の静謐な空気と出雲大社の荘厳さがマッチしてとても清々しい気持ちになれます。日の出を稲佐の浜で迎え、その足で出雲大社へ向かいましょう。

出雲大社45
島根県出雲市大社町杵築東195

住所: 島根県出雲市大社町杵築東195

参拝可能時間/6:00~20:00 ※16:30より警備の都合で十九社から北側へは立ち入り禁止。

定休日    年中無休

駐車場    有り 385台 

出雲大社HPはコチラで!

主祭神の大国主誕生経緯に関連する神社はコチラ⇒「須我神社と奥宮|須佐之男と稲田姫の新婚生活用新居!「日本初之宮」として有名な神社は夫婦円満・児授かり・出産守護ご利益満載で清々しい風が吹いている件

 

コチラで☟島根の神社をまとめております!

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さるたひこ

こんにちは、さるたひこです!読んでいただきありがとうございます。「日本神話をこよなく愛するナビゲーター」として日本神話関連情報、題して「日本神話がおもしろい!」を発信していきます。どうぞよろしくお願いします。ちなみに、ネーミングは、天孫降臨の折、瓊瓊杵尊を道案内した国津神「猿田彦命」にあやからせていただいてます。ただ、神様の名前をそのまま使うのは畏れ多いので「さるたびこ」の「び」を「ひ」に変えております。