『古事記』神話をもとに、日本神話に登場する神様を分かりやすく解説します。
今回は
「彌都波能売神」
『古事記』では、伊耶那美命が火神を生み病臥して尿をしたときに化成した神として「彌都波能売神」を伝えます。
本エントリでは、「彌都波能売神」の神名の名義、誕生にまつわる神話を分かりやすく解説します。
- 日本神話全体の流れや構造を解き明かしながら解説。他には無い分かりやすい記事です
- 現代語訳のほか原文も掲載。日本神話編纂当時の雰囲気を感じてもらえます
- 登場する神様や重要ワードへのリンク付き。より深く知りたい方にもオススメです
彌都波能売神みつはのめのかみ|水の(清らかな)出始めの女神!人間の生活必需品の起源譚につながる土壌づくりとして誕生
目次
彌都波能売神とは?その名義
「彌都波能売神」= 水の(清らかな)出始めの女神
『古事記』では、伊耶那美命が火神を生んだことによって、みほとを焼かれ病み臥せ、嘔吐や屎に続き、尿をしたときに化成した神として「彌都波能売神」を伝えます。
「彌都波」は、「水つ早」の意。
用例は、『万葉集』 巻19-4217番歌より、「始水」の「はな」。
「卯の花を 腐す長雨の 始水に 寄る木屑なす 寄らむ子もがも」
→卯の花を腐らせる長雨のはじまりの水、木屑を寄せたように美しい水、そんな女性がいたらなあ。
ここでは、「はな」は「始・端」の意味で「出始めの水」。
また、同じく『万葉集』巻12-3015番歌より、「早しきやし」の「は」。
「石走る垂水の水の早しきやし君に恋ふらく我が心から」
→岩を流れ下る滝の早い流れのようにいとおしいあなたを恋い焦がれています。心から。
ここでは、借訓「早」が使われ、「早い」ことを単に「早」といってます。「始・端・初期」の意味。
以上から、「彌都波」は、「水つ早」、水の出始め、一番最初に出始める清らかな水の意味と考えられます。
「能」は、助詞。
「売」は、「毘売(比売)」の意。「毘売(比売)」は、もともとは「霊女」の意だったのが、女性一般をさすようになりました。
伊耶那美命が火神を生み、みほとを焼かれ病み臥せながら出た尿から成った神。「和久産巣日神」とあわせて誕生していること、さらに「和久産巣日神」の子として「豊宇氣毘売神」を伝えていることから、蚕や五穀といった人間の生活必需品の起源につながる土壌づくりとして誕生していると考えられます。後ほど詳細解説。
ということで、
「彌都波能売神」=「水つ早」+「の」+「霊女」+「神」= 水の(清らかな)出始めの女神 |
彌都波能売神が登場する日本神話
「彌都波能売神」が登場するのは、『古事記』上巻、神生み神話。以下のように伝えてます。
この子を生んだことに因って、みほとを炙かれて病み臥せになった。嘔吐に生んだ神の名は、金山毘古神、次に金山毘売神。次に屎に成った神の名は、波迩夜須毘古神、次に波迩夜須毘売神。次に尿に成った神の名は、彌都波能売神、次に和久産巣日神。この神の子は、豊宇氣毘売神という。ゆえに、伊耶那美神は火の神を生んだことに因って、遂に神避った。
因生此子、美蕃登(此三字以音)見炙而病臥在。多具理邇(此四字以音)生神名、金山毘古神(訓金云迦那、下效此)、次金山毘賣神。次於屎成神名、波邇夜須毘古神(此神名以音)、次波邇夜須毘賣神(此神名亦以音)。次於尿成神名、彌都波能賣神、次和久產巢日神、此神之子、謂豐宇氣毘賣神(自宇以下四字以音)。故、伊耶那美神者、因生火神、遂神避坐也。自天鳥船至豐宇氣毘賣神、幷八神。 (引用:『古事記』上巻の神生みより一部抜粋)
ということで、
細かいですが、原文、最初に嘔吐物から生んだ時は「生」という漢字が使われてます。次いで、屎や尿は「成」という漢字。
コレ、いずれも伊耶那美命の排泄物に生んだ→排泄物に成った、ということで親子の関係は同じ。初めに「生」を使い、以降は「成」を使うことで、神の成りまし方を実態に近いかたちに表現を変えていく『古事記』的用字であります。
神生みからの系譜は以下の通り。
▲「彌都波能売神」は、伊耶那美命が火神を生んだことで病臥し、そのなかで屎をしたときに生んだ神として登場。
「彌都波能売神」については、火の暴威鎮圧のために水神が生れたとする説のほか、諸説あり。
- 灌漑の水の源を司る神とする説
- 灌漑用の水を走らせる女神とする説
- 「水際」の転で、清泉を表象したやさしい女神として崇拝された神とする説
- 屎から生まれた神(波迩夜須毘古神・波迩夜須毘売神)と合わせて下肥の表象と捉え、農耕にまつわる神とする説
- 一連の神々を火山噴火の表象と捉え、伊耶那美神の尿が火山活動による温泉冷泉の涌出を表しているとする説
など。
ポイントは、やはり背景・経緯を踏まえることで、、、それは、
修理固成という壮大な構想のなかで「神生み」があるってこと。さまざまな神が誕生するなかで、自然現象が具体的な表れをしていく、、
大事忍男神から、さー大事業が始まるぞ、と。石土毘古神から徐々に大自然系へと移行し、大綿津見神から始まり、海 →水門 →風 →木 →山 →野 →船 →食 →火 といった流れ。。。そんな経緯がありました。
この流れはつまり、将来的には「瑞穂国」になるのに必要な神の誕生プロセスであり、これにより、実は、人間が誕生!!していて、なんなら生活も始まってた、、ってことなんです。(そう解釈しないと次の黄泉譚につながらない。。。)
そんな経緯背景の中で、火神を生んだことに因って6柱の神が誕生してるんです。
N | 成った場所 | 成った神 | どんな神? |
1 | 嘔吐 | 金山毘古神、 次に金山毘売神。 |
嘔吐に成った、溶けた鉱石(製鉄)の男と女の神 |
2 | 屎 | 波迩夜須毘古神、 次に波迩夜須毘売神。 |
屎に成った、祭器の土器をつくる粘土の男と女の神 |
3 | 尿 | 彌都波能売神、 次に和久産巣日神。その子「豊宇気毘売神」 |
尿に成った、水の神と生成霊の神 |
てことで、つまり、、
ここで生まれた6神は、それこそ、(「瑞穂国」へ向けた準備として&黄泉譚につながる前フリとして)人民の生活をみすえ、火を通じて、溶けた鉱石(製鉄など)、土器(祭器)、水、五穀生成の神が生まれてる、てことで。
つまり、伊耶那美命を「大地母的神格」として位置づけ、火を通じて生活に必要なもの(製鉄、祭祀土器や農業生産)が生まれている、と考えられます。
補足解説:日本書紀が伝える水の神「罔象女」
ちなみに、、『日本書紀』が伝える土の神についても補足で解説。
『日本書紀』でも、国生みのあとに続く神生みで、伊奘冉尊が火神を生む中で「水の神」が誕生します。
次に、火神である軻遇突智を産んだ。この時、伊奘冉尊は軻遇突智によって焼かれ終った。その、まさに臨終する間、倒れ臥し糞尿を垂れ流し、土神埴山姫と水神罔象女を産んだ。
そこで、軻遇突智は埴山姫を娶って稚産霊を産んだ。この神の頭の上に、蚕と桑が生じた。また、臍の中に五穀が生じた。
時伊奘冉尊、為軻遇突智、所焦而終矣。其且終之間。臥生土神埴山姫及水神罔象女。即軻遇突智娶埴山姫、生稚産霊。此神頭上生蚕与桑。臍中生五穀。罔象。此云美都波。(引用:『日本書紀』巻一(神代上)第五段〔一書2〕より)
ということで、
『日本書紀』〔一書2〕では、火神を生んだことにより焼かれ臨終する間に糞尿垂れ流し、そこから土神「埴山姫」と水神「罔象女」が誕生。
さらに、土と火が結婚し「稚産霊」が誕生。その神の頭や臍に蚕や桑、五穀が生まれます。
ちなみに、、、土神「埴山姫」の誕生については、伊奘冉が火神を生んだことで焼かれ、土の神と水の神を生んだってことで、コレ、通説では火を鎮めるために水を生んだ、とされてるのですが、そうではありません。火を鎮めた、または、消したりしちゃったら「稚産霊」とか生まれないから!
ココでは、そのあとに伝える「蚕と桑が生じた。また、臍の中に五穀が生じた。」が重要。つまり、
蚕や五穀といった人間の生活必需品の起源譚につながる土壌づくり
として読み解くことがポイントです。
伊奘冉尊は火の神を受け容れる土神と、逆に鎮め止める水神とを生み、蚕や五穀誕生への道を拓いたと解釈。母の生んだ土台、そのうえで、火神が土神を選び取り結婚、それが「稚産霊」の誕生につながり、さらに、水神のはたらきにより農産物の発生に至る、、、という流れ。
蚕や五穀の生成には、肥沃な土と水が必要ですよね。
その「肥沃な土づくり」のために行われるのが焼畑で。つまり、土壌改良としての焼畑が背景にあって。それゆえの火と土と水ってことなんです。
さらにさらに、『日本書紀』では、ここでの、蚕や五穀誕生を承けて、同じ第五段の〔一書11〕では、天照大神による農業の起源へつながっていきます。
まとめると
蚕や五穀といった人間の生活必需品の起源譚につながる土壌づくりとして、土神とあわせて水神罔象女が誕生した
コレ、しっかりチェック。
さらに、『日本書紀』では巻三(神武紀)でも「罔象女」が登場。
その時、彦火火出見は道臣命に勅して言った。「これから『高皇産霊尊』を祭神として、私自身が『顕斎』 を執り行う。お前を斎主として、『厳媛』の名を授ける。そして、祭りに置く埴瓮を『厳瓮』と名付け、また火を『嚴香來雷』と名付け、水を『嚴罔象女』、食べものを『厳稲魂女』、薪を『厳山雷』、草を『厳野椎』と名付けよう。」
時勅道臣命「今、以高皇産靈尊、朕親作顯齋。用汝爲齋主、授以嚴媛之號。而名其所置埴瓮爲嚴瓮、又火名爲嚴香來雷、水名爲嚴罔象女、糧名爲嚴稻魂女、薪名爲嚴山雷、草名爲嚴野椎。」(引用:『日本書紀』巻三(神武紀)より)
ということで。
ここでは、「罔象」について解説。
「罔象」は『淮南子』 (巻十三)の「氾論訓」に「水、罔象を生ず」とあり、その高誘の注に「水の精なり。 『国語』に曰はく『龍は网象なり』」 とあることから、水の精は「龍」と考えられていたようです。一方『荘子』(達生著)にも「水に罔象有り」とあって、その釈文には「状小児の如し。赤黒
色、赤爪、大耳、長臂」 とあります。これによると、水中の怪物と考えられていた次第。
彌都波能売神を始祖とする氏族
なし
参考文献:新潮日本古典集成 『古事記』より一部分かりやすく現代風に修正。
彌都波能売神が登場する日本神話の詳しい解説はコチラ!
彌都波能売神をお祭りする神社はコチラ!
● 丹生川上神社(中社) 全国の水神総本社!祈雨・止雨の地、その歴史がスゴイ
住所:奈良県吉野郡東吉野村大字小968
● 建水分神社 金剛葛城の山麓に水神として奉祀
住所:大阪府南河内郡千早赤阪村水分357
● 真名井神社(籠神社奥宮) 相殿にて罔象女命を祭る!天の眞名井の水もアリ!
住所:京都府宮津市大垣430
● 賀茂神社末社川尾社 井戸や泉、灌漑用水などを守る神様としてお祭り中!
住所:京都府京都市北区上賀茂本山
● 熊野本宮大社(下四社 第十一殿) 彌都波能賣命の本地仏は不動明王!!?
住所:和歌山県田辺市本宮町本宮1110
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