『日本書紀』巻第一(神代上)第五段 一書第2,3,4,5 ~卑の極まりと祭祀による鎮魂~

 

多彩で豊かな日本神話の世界へようこそ!

正史『日本書紀』をもとに、
最新の学術成果も取り入れながら、どこよりも分かりやすい解説をお届けします。

今回は、
『日本書紀』巻第一(神代上)第五段の一書の第2~5。

少々長いですが、
まとまりのある一書群なので、せーのでお届け。

概要で全体像をつかみ、ポイント把握してから本文へ。最後に解説をお届けしてまとめ。

現代の私たちにも多くの学びをもらえる内容。日本神話から学ぶ。日本の神髄がここにあります。それでは行ってみましょう!

 

『日本書紀』巻第一(神代上)第五段 一書第2,3,4,5 ~卑の極まりと祭祀による鎮魂~

『日本書紀』巻第一(神代上)第五段 一書第2,3,4,5の概要

前回、『日本書紀』巻第一(神代上)第五段の〔書1〕

からの続き。

下図、赤枠部分の、本伝の下、一書2,3,4,5。

上記図を見ても分かるとおり、
第五段は、『日本書紀』神代の中で、異伝が最も多い段。

こんな伝承もある、あんな伝承もある、と計11パターン。

まーいろいろ語ってらっしゃる訳で。

神世界ならではの多彩さだったり、奥ゆかしさ。フツーに読むと意味不明。

ま、でも、ご安心を。

当サイトならではのガイドがあれば迷うことはございません!

ということでコチラ

全11もある異伝も、大きく大別すれば2通り。

  • 本伝踏襲 差違化型・・・〔一書1~5〕
  • 書6踏襲 差違化型・・・〔一書6~11〕

で、

  • 踏襲・・・踏まえるってこと。前段の内容、枠組みを
  • 差違化・・・(踏まえながら)変えていくこと、違いを生んでいくこと

今回お届けする
〔一書2~5〕は、本伝踏襲差違化型。

本伝の枠組みを踏まえつつも差違化によって変化を取り入れてる伝承の皆さん。

ポイントは、

尊をメインとした神生み〔一書1〕から
卑を中心とした神生みへ一転すること。極まっていくこと。

具体的には、

  • 〔一書2〕:「卑」に当たる子の誕生。最後に火神生み、伊弉冉尊焼死。臨終に神生み
  • 〔一書3〕:伊奘冉尊の死をめぐる展開に特化。臨終に神生み
  • 〔一書4〕:伊弉冉尊の死に際に焦点、その排泄物
  • 〔一書5〕:伊奘冉尊の死後、葬と祭により鎮魂、幕引き

といった流れ。

全体的に伊弉冉系の陰なる雰囲気が漂ってることチェックされてください。このダークな感じは続く〔一書6〕で黄泉へとつながっていきます。

 

『日本書紀』巻第一(神代上)第五段 一書2,3,4,5の本文と解説

今回は複数の書をせーのでお届け。なので、それぞれの伝承ごとに解説する流れで。伝承→解説、の順番。

<一書 第2>

「日と月は既に生まれた(日月既生)」からスタート。これは本伝踏襲の意味。そこから一転、蛭児、素戔嗚尊、軻遇突智と、卑なる存在が次々に誕生。この流れは伊弉冉が焦かれ終わることでようやく止められます。

 ある書はこう伝えている。日と月は既に生まれた。次に蛭児ひるこを産んだ。この子は三年経っても足腰が立たなかった。

 これは初めに、伊奘諾いざなき伊奘冉尊いざなみのみことが御柱を巡った時に、陰神が先に喜びの声を発したからである。陰陽の原理に背いてしまったのだ。そのせいで今蛭児が生まれた。

 次に素戔鳴尊すさのをのみことが生まれた。この神は、神としての性質が悪く、常に哭いて怒りをあらわにしてばかりいた。それで国の民がたくさん若死にし、青々とした山は枯れた。そのため父母は、「もしお前がこの国を治めたならば、必ず多くの人々を殺し傷つけるだろう。だからお前はここから遠く離れた根国を治めよ」と命じた。

 次に鳥磐櫲樟橡船とりのいはくすぶねを産んだ。この船に蛭児を乗せ、流れにまかせ棄てた。

 次に、火神軻遇突智かぐつちを産んだ。しかし、伊奘冉尊はこの時、軻遇突智の火に焼かれ終わった。その、まさに臨終する間、倒れ臥し糞尿を垂れ流し、土神埴山姫はにやまひめと水神罔象女みつはのめを産んだ。

 そこで軻遇突智かぐつち埴山姫はにやまひめを娶って、稚産霊わくむすひを産んだ。この神の頭の上に、かいこくわが生じた。また、へその中に五穀が生じた。

 罔象、これを「みつは」という。 

 一書曰。日月既生。次生蛭児。此児年満三歳、脚尚不立。初伊弉諾・伊弉冊尊、巡柱之時。陰神先発喜言。既違陰陽之理。所以今生蛭児。次生素戔鳴尊。此神性悪。常好哭恚。国民多死。青山為枯。故其父母勅曰。仮使汝治此国。必多所残傷。故汝可以馭極遠之根国。次生鳥磐櫲樟橡船。輙以此船載蛭児、順流放棄。次生火神軻遇突智。時伊弉冊尊、為軻遇突智、所焦而終矣。其且終之間。臥生土神埴山姫及水神罔象女。即軻遇突智娶埴山姫、生稚産霊。此神頭上生蚕与桑。臍中生五穀。罔象。此云美都波。 (『日本書紀』巻一(神代上)第五段〔一書2〕より)

と。

「日月既生」が「尊」に当たるほかは、
蛭子や素戔嗚尊、そして火神の軻遇突智が新規追加、全体が「卑」を中心に展開。

〔一書1〕から雰囲気一転。全体的に、通奏低音のように流れる卑なる空気。黒く感じてね。

ポイント全部で7つ。いきなり重いけど頑張って。

①「違 陰陽之理」!重大な過ちを犯したことで招来する「卑」の誕生。その負の連鎖は、母体たる伊奘冉の死をもって断ち切られる、、、の巻

「初」以下の箇所。

 これは初めに、伊奘諾いざなき伊奘冉尊いざなみのみことが御柱を巡った時に、陰神が先に喜びの声を発したからである。陰陽の原理に背いてしまったのだ。そのせいで今蛭児が生まれた。

 初伊弉諾・伊弉冊尊、巡柱之時。陰神先発喜言。既違陰陽之理。所以今生蛭児。次生素戔鳴尊。

と。

ナニコレ?スゴい説明臭い。。。

コレ、
実は第四段〔本伝〕の一部要約です。

柱巡りの際に、
原理を違えて陰神が先唱。そういえばあったな。そんなこと。これが原因で、蛭子や素戔嗚尊が生まれたんだと。

って、

わざわざ言うこと???

でも言ってるってことは
伝えたいメッセージがあるってことだろう。

実際、原理を違えたところから
蛭子、素戔嗚尊、さらに〔一書2〕からは火神の軻遇突智と、、、「卑」なる子の誕生が続く訳で。

陰神先唱からすべてが狂い始めた。。。((((;゚Д゚))))ガクガクブルブル

しかも
この良からぬ流れは、
伊弉冉自身が焦かれ死ぬことでようやく終息を迎える、、、って結構ダークな展開。

つまり、、、

原理を違えることが、どんな結果を生むかを提示してる。って事やね。

乾坤の道から、原理によって誕生した神は、原理に規定され、原理そのものを内在しているわけで、そんな存在が原理を違えてしまうって事は、、、考えようによっては自己否定そのものであり、結果として火神による焼死を招くのもむしろ当然と考えるべきことなんだろうな。

世界初のブーメラン。こんなところで発生してましたの巻。

 

②不祥の結果は「穢悪」にまみれた存在。そんな時は水による濯滌・除去でスッキリ♪

蛭子ひるこですよ。蛭子。

すでに何度か登場してますが、

今回、〔一書2〕では、
三年経っても足腰が立たなかった。と。

で、鳥磐櫲樟橡船とりのいはくすぶねを産んで、、、? ん? 産んで? で、これに蛭児を乗せて流れにまかせて棄てたと。。。

またか。。。

相変わらず、わが子なのにやりたい放題、捨て放題。

ある意味、神ってるな!

さて、

今回〔一書2〕で登場する蛭子は
第四段本伝を継承してるとみるべきで。

要は
「不祥の子」なんす。

第四段〔本伝〕で、
伊奘諾尊が「吾是男子、理当 先唱 。如何婦人反先 言乎。事既不祥。」と述べてましたが、まさにコレ。

陰神先唱にかなりキレてたな。

ちなみに、

この「不祥」については類例があって、

ただし、伊弉諾尊は自ら泉国を見てしまった。これはまったく良くないことであった。それで、その穢れを濯ぎ除こうと思った。

但親見 泉国 。此既不祥。故欲 濯除 其穢悪 。(『日本書紀』巻一(神代上)第五段〔書十〕)

つまり、
「不祥」の結果というのは「穢悪」な存在であり、
本来的に「濯除」など、水による濯滌・除去を必要とするものなんす。

コレ、大事だよ。

不祥=穢れてる、だから水で流す、除去する。

そういう概念があるからこそ、
流れにまかせて棄てた「順 流放棄」という表現になってる。

そこには水による穢れの除去、祓いの意味が込められてるってこと。

子を放棄する船まで産んで!周到な処分を行ったと解釈すべきというのも合わせてチェック。

 

③素戔嗚尊の神性!?哭くことで「命」を奪う恐るべき神

蛭子の次は素戔鳴尊。
この神、神としての性質が悪く、常に哭いて怒りを露にしてばかりの困ったちゃん。

それにより、
国の民がたくさん若死にしてまうし、青々とした山は枯れてまうし。。。なんて恐ろしい((((;゚Д゚))))

って、いつのまに国の民がいることになっとる。。ま、それはいいか。

このあたりの、素戔嗚尊の悪―い感じは本伝と共通ですよね。

  • 若いうちに死んでしまう・・・本来の寿命を果たさせない
  • 青々とした山が枯れてしまう・・・本来の生命力を発揮させない

いずれも、卑=陰の働きである「殺」によるもの。詳細はコチラで。

改めて、

ポイントは本伝と同様、

イノセンス素戔嗚、ってこと。

そうなんす。

素戔嗚的には自身の神性としての害悪なので、ある意味ピュア。イノセンス。

これが、
〔一書6〕以降は人間モデルが導入され、
天照との関係性に端を発する不平・不満、それによる哭きわめきへと転換していきます。

そこにはピュアさとか、イノセンスな感じは無く。不公平や不平等に対して怒り、不満を述べ、あてこする人間くさい感じが出てきます。

それとの対比としてココではチェック。

 

④鳥磐櫲樟船。不祥=穢れてる、だから水で流す、除去する

改めて、
「不祥」の結果というのは「穢悪」な存在であり、
本来的に「濯除」など、水による濯滌・除去を必要とする

という考え方。

コレ日本神話的なる思想。

不祥=穢れてる、だから水で流す、除去する。

「鳥磐櫲樟船」の登場は、こうしたコンテクストから。その他詳細はコチラで。

 

⑤蛭児、素戔嗚以上に「卑」!極悪非道の極み、軻遇突智新登場!

第五段〔一書2〕から初登場、新登場。

軻遇突智!!!

コチラ、生んだ当の母を、おのが火によって死に至らしめるという極悪非道の極み。

母親殺しですよ。母親殺し。焼き殺す訳やからな。フツーちゃうで。

実は、

第五段の〔一書2〕からの登場。

この後、〔一書3〕以降も登場しますのでお楽しみに。その極悪非道っぷりを是非。

 

⑥蚕と五穀の誕生!だって人間生まれてるし、生活始まってるし

第五段からは人間さんが生まれてる設定。

本伝でも、素戔嗚が人を若殺ししてましたし、一書2でも、同じく若殺ししてます。

そうなんす、どうやら、国生みをして山川草木生みしてるうちに人間さんも生まれてたみたい。

これはこれで、続く、一書6の生と死の断絶へつながっていく布石みたいなもので。

生まれとかないと話がつながらないんすよ。

で、

大事なのは、

人間さんが生まれたってことは、そこに生活が発生してるってこと。

これ大事やで。

人間さんの生活が発生したと。

つまり、衣食住が必要になってくるわけですよ。

てことは、それをしっかり創ってあげないと、みんな死んじゃう訳ですよ。

ということで、

ココで登場。

衣食住のうち、衣と食についての起源譚。それが、蚕と五穀であります。

住は、、、ま、いいじゃないですか、そんなもの。住もうと思えばどこでも住めるし。

ということで、

人間が誕生してるからこその生活発生、からの、衣食住のうち衣食の起源譚への流れ、

是非チェック。

そのうえでだ、

改めて本文確認

伊弉冉尊は、火神の軻遇突智を生み、焼かれてまさに終わろうとする間、臥したまま土神埴山姫と水神罔象女を産んだ。そこで軻遇突智は埴山姫を娶って、稚産霊を産んだ。この神の頭の上に、蚕と桑とが生じた。また、臍の中に五穀が生じた。

と。

ポイントは、ストーリーを意識すること。

伊奘冉が火神を生みました、と。

で?

続いて土の神と水の神を生んだと。。

コレ、

通説では火を鎮めるために生んだ、と言われてるのですが、

違いますから。

火を鎮めた、または消したりしたら稚産霊とか生まれないから!

ココでは

蚕や五穀といった人間の生活必需品の起源譚として読み解きましょう。

要は、

伊弉冉は
火の神を受け容れる土神と、逆に鎮め止める水神とを生み、
蚕や五穀誕生への道を拓いたってこと。

実際、火神の選びとった土神との結婚が稚産霊の誕生につながり、
さらに水神のはたらきにより農産物の発生に至る、、、という起源譚。

蚕や五穀の生成には、
肥沃な土と水が必要ですよね。

そう、そこで登場するのが焼畑です。

つまり、土壌改良としての焼畑が背景にあって。

それゆえの
火と土と水ってことなんすね。

実際に、後の〔一書11〕では、天照大神の遣わした月夜見尊が葦原中国の保食神による饗宴を誤解して殺すと、この神の屍体に牛馬以下五穀が生じ、天照大神は「是の物は蒼生の食ひて活くべきものなり」として「粟・稗・麦・豆を以ちて陸田種子として以ちて水田種子とす」さだめています。

この農業の起源に向け、

先行してその大本おおもとというべき土と水の誕生から
それによって生育する農産物(五穀と蚕)の発生起源へとつなげたんです。

同じ第五段のなかで、いわば「わたり」を組み込んでいるわけですね。

 

⑦稚産霊の体に生じた「蚕与 桑」と「五穀」は、の親蚕・親耕につながる深~いお話あり

蚕と五穀、この結びつきには、
当時の最先端科学である中国古典の知識が背景にあります。

礼記(月令第六)の次の一節は、著名な一例。

是月(孟春)也、天子乃以 元日 祈 穀于上帝 。乃択 元辰 、天子親載 耒耜 、措 之于参保介之御間 、帥 三公・九卿・諸侯・大夫 、躬耕 帝籍 。(中略)善相 丘陵阪険原濕、土地所 宜、五穀所 殖、以教 導民 。是月(季春)也、(中略)后妃斎戒、親東郷躬桑、禁 婦女 毋 観、省 婦使 以勧 蚕事 。

それぞれ

  • 前者(孟春)が天子の親耕に、
  • 後者(季春)が后妃の親蚕に関連する一節なんですが、

初春の月に、天子がみずから人民に率先して親ら耕す儀式。天下に農耕のはじまりを告げる。

実は、

コレ、この後にもいくつか引き継がれていったりしてます。

  • 第五段〔書十一〕:保食神の屍体に生じた五穀や繭をもとに天照大神が始めた耕作や養蚕
  • 第七段〔本伝〕:「素戔嗚尊之為 行也、甚無状。」と前置きしてつたえる乱暴狼籍の表現

など

ちなみに、歴史の中でも、、、

雄略天皇六年三月条
「天皇欲 使 后妃親桑以勧蚕事 。」をはじめ、

なんと、
現代においても、東京の九段下、宮中において天皇が田んぼを耕し、皇后が蚕を飼ってらっしゃいますが、そこへ繋がっていくんですよね。

結構深いお話なんです。

まとめます。

  1. 「違 陰陽之理」!重大な過ちを犯したことで招来する「卑」なる子の誕生。その負の連鎖は、母体である伊奘冉の死をもってしか断ち切れなかった、、、の巻
  2. 不祥の結果は「穢悪」にまみれた存在。そんな時は水による濯滌・除去でスッキリ♪
  3. 素戔嗚尊の神性!?哭くことで「命」を奪う恐るべき神
  4. 鳥磐櫲樟船。不祥=穢れてる、だから水で流す、除去する
  5. 蛭児、素戔嗚以上に「卑」!極悪非道の極み、軻遇突智新登場!
  6. 蚕と五穀の誕生!だって人間生まれてるし、生活始まってるし。
  7. 稚産霊の体に生じた「蚕与 桑」と「五穀」は、の親蚕・親耕につながる深~いお話あり

ということで、

「卑」に当たる子の出産と
その子をめぐる五穀等の起源をつたえる〔書二〕でした。

次!

<一書 第3、4>

続けてご紹介する〔一書3,4〕。

内容的には、
伊奘冉尊の死にフォーカス

火神を生もうとする時、火神の威力によって重篤に陥り、
体から嘔吐物や排泄物が漏れ出すほどだった、、、という場面。

ポイント2つ。

  • 「~の間際」のお話。伊奘冉尊の死ぬ間際を〔書3〕、火神を生む間際を〔書4〕で。
  • 〔一書2〕をもとに差違化によってつくられてる。形式、枠組み踏襲。表現変化。

詳細後ほど解説。まずは本文をご確認ください。

<一書3>

 ある書はこう伝えている。伊奘冉尊は火産霊を産む時に、子のために焼かれ神退かむさった。又は神避ると言う。その神退る時に、水神 罔象女と土神 埴山姫を生み、また天吉葛を産んだ。

 天吉葛は「あまのよさづら」と言う。又は「よそづら」とも言う。

一書曰。伊弉冊尊生火産霊時。為子所焦而神退矣。亦云神避矣。其且神退之時。則生水神罔象女及土神埴山姫。又生天吉葛。天吉葛。此云阿摩能与佐図羅。一云、与曾豆羅。 (『日本書紀』巻一(神代上)第五段〔一書3〕より)

 

<一書4>

 ある書はこう伝えている。伊奘冉尊は火神軻遇突智を産もうとした時に、その火の熱に悶絶懊悩した。それにより嘔吐した。これが神に化成した。名を金山彦と言う。次に小便を漏らした。これも神と成った。名を罔象女と言う。次に大便を漏らした。これも神と成った。名を埴山媛と言う。 

 一書曰。伊弉冊尊且生火神軻遇突智之時。悶熱懊悩。因為吐。此化為神。名曰金山彦。次小便。化為神。名曰罔象女。次大便。化為神。名曰埴山媛。 (『日本書紀』巻一(神代上)第五段〔一書4〕より)

伊奘冉尊の死をテーマにした2つの異伝。

  • 〔一書2〕をもとに差違化。形式、枠組み踏襲しながら表現変化。

〔一書2〕をもとに〔一書3〕〔一書4〕が作られてるの巻。

例がコチラ。

  • 〔書二〕其且 終 之間、       臥生 土神埴山姫及水神罔象女 。
  • 〔書三〕其且 神退 之時、       則生 水神罔象女及土神埴山姫 。又生 天吉葛 。

〔書四〕 且 生 火神軻遇突智 之時、悶熱懊悩。因為 吐。此化為 神。名曰 金山彦 。次小便。化為 神。名曰 罔象女 。次大便。化為 神。名曰 埴山媛 。

どうでしょうか。

形式がかなり揃ってますよね?

「~時、生まれる神たち」といった形式。

内容的にも、

伊奘冉の死ぬ間際を〔書三〕で、

火神を生む間際を〔書四〕で、

それぞれ振り分けながら描いてます。

と、

まー、コピペとまでは行かないまでも、

〔一書2〕をもとに〔一書3〕〔一書4〕が作られてる感、是非チェック。

2をもとに3,4。

ちなみに、この統一感、既に登場していました。第一段一書の皆さん。

てことは、ココでは第一段一書の皆さんを引き継いでる、とも言えそうです。

さて、

ここで、

生まれた神を確認してみましょう。

〔一書2〕 土神埴山姫水神罔象女、稚産霊
〔一書3〕 水神罔象女土神埴山姫、天吉葛
〔一書4〕 金山彦、罔象女埴山媛

埴山姫、罔象女は共通で、
稚産霊、天吉葛、金山彦が一書ごとに独自。

葛や金、、、

この辺りは良く分かりません。

木火土金水といった五行の概念がありそうなのですが、明確にこうだ!という定義ができない箇所でもあります。

少なくとも、

2をもとに3,4

という枠組みをもとに考えると、
葛と金は対応関係にあることは確かです。

どちらかというと、金山彦のほうが説明箇所があるので比較的理解しやすい。

悶絶懊悩する伊弉冉。

嘔吐から成った神、つまり、反吐が金(かね)の山塊を連想させることにちなむ神名。

いずれも場面的には、伊弉冉が火神によって焼かれるところですよね。

これと対になる〔書三〕の天吉葛、
ということで、解釈としては、水溶性の白濁した涎を当てるのが相当です。

火神に焼かれ悶絶懊悩、
それにより、体から嘔吐物や排泄物を漏らしてしまう伊弉冉

その漏れる反吐やら便やら涎やらの象徴として、葛や金山が設定されてるってことですね。

ここから読み解く神話的な意味。

それは、

大地母としての神格獲得

であります。

〔一書11〕が伝える保食神の屍体と五穀発生

これは

ココ〔一書2〕で伝える稚産霊の体に生じた五穀と通じる内容。

2をもとに11へ

2では、土神や水神の親(父母)に伊弉諾尊と伊弉冉尊の2神が当たります。

このことから

ココでは、伊弉冉尊の「大地母としての神格」獲得というのが解釈として出てくるというわけ。

それが〔一書2を引き継いで展開する〔一書3〕や〔一書4の隠れたテーマなんです。〕〕

汚物が神になるという「卑」の徹底。

それが〔一書3〕〔一書4〕のテーマなんですね。

 

<一書 第5>

 ある書はこう伝えている。伊奘冉尊は火の神を生んだ時に焼かれ死んだ。そこで紀伊国の熊野の有馬村に葬った。その土地では、習俗としてこの神の魂を祭る時には、花をもって祭り、そして鼓や笛や旗を用いて歌い舞って祭るのである。

一書曰。伊弉冊尊生火神時。被灼而神退去矣。故葬於紀伊国熊野之有馬村焉。土俗祭此神之魂者。花時亦以花祭。又用鼓・吹・幡旗、歌舞而祭矣。

〔一書5〕も

実は〔一書2〕をベースにした構造をもってます。

冒頭の一節の対応。

こんな感じ。

  • 〔書2〕        次生 火神軻遇突智 時、 為 軻遇突智 所 焦而終矣。
  • 〔書5〕一書曰、伊奘冉尊生 火神   時、 被 灼而神退去矣。

なんなら

  • 〔書3〕一書曰、伊奘冉尊生 火産霊 時、 為 子所 焦而神退矣。亦云、神避。

も。

神名や受身表現は一部違うものの、
書2、3、5って、同じ型をもとに作られてるんすね。

書3,5の冒頭部分なんて
「伊奘冉尊生 生むもの 時」で同じ形式です。

〔書2〕をベースに差違化をはかってる。てか、コピペか!?ってくらい同じですよね。

さて、

この〔一書5〕、結構重要なポイントがあって

  1. 有馬村の花祭り伝承は、亡き伊奘冉尊の魂を祭り鎮めることが目的の重要なお祭り
  2. 〔一書2〕から「卑」をめぐって展開してきた所伝に幕引き。伊奘冉尊の鎮魂を果たす。
  3. この世界から「卑」が退き去り、「尊」中心の世界へ移行したことを示唆する。

と。

まず、①ですが、

原文「土俗」というのは、
伊奘冉尊を埋葬した有馬村の習俗のことを言います。

その土地の人々は、この神の魂を祭る時には、
花をもって祭り、そして鼓や笛や旗を用いて歌い舞って祭った、ということ。

現在、この伝承地として残っているのが花窟神社
ココ、激しく重要な神社なので必ずチェックされてください。

で、

コレ、類例があって、2つご紹介します。

1つが、神功皇后の新羅親征。

新羅から無事帰国した後、
これに従軍した「住吉三神」が皇后に「我荒魂 令祭 於穴門 山田邑也。」とおしえます。

この神のおしえをうけて、
穴門の直の祖あなとのあたひのおや践立ほむたちを「為祭荒魂之神主」とし、さらに「仍立」と伝えます。

(以上、神功皇后摂政、仲哀天皇九年十二月)

この「」と同様のものを立て、有馬村の習俗として祭ったのでしょう。

2つめが、天武天皇の崩後の殯宮儀礼。

天武天皇崩後の際、殯宮儀礼が行われたのですが、
「次国々造等、随参赴各誄之。仍奏種々歌舞。」(天武天皇朱鳥元年九月)という内容。

この「歌舞」に通じるのが今回の「歌舞而祭」。
亡き伊奘冉尊の魂を祭り鎮めることが目的のお祭り。

この伝承によって、〔一書2〕から「卑」をめぐって展開してきた所伝に幕引き。伊奘冉尊の鎮魂を果たすわけですね。

と同時に、

直前の「伊弉冊尊生火神時。被灼而神退去矣。」の意味も重要です。

特に、「去」のもつ意味。

「神退去」は、ただ単に死滅するという以上に、
この世界からの退去として位置づけましょう。

これってつまり、

卑としての伊弉冉がこの世界から退去する

逆に言うと、

尊としての伊弉諾中心の世界へ移行する

ということでもあるんですよね。

鎮魂によって幕引き、決着をつけた、という意味だけでなく、
卑は退去、尊がメインとなる世界へ移行するという意味。

こちらも是非チェックされてください。

 

まとめ

『日本書紀』巻第一(神代上)第五段 一書第2,3,4,5

伊弉冉という卑を中心とした物語。

蛭子、素戔嗚尊、さらに火神の軻遇突智と、、、「卑」に当たる子が次々に誕生。

卑が極まっていく感じの展開は、
火神に焦かれて伊弉冉が死ぬことでようやく終息を迎えます。

当の伊弉冉尊は、その死(神退去)により現世(うつし世)から姿を消す、
そうして「卑」を世界から消し去って「尊」に道を拓く、
ということで一貫したストーリー展開。編纂チームは周到に演出してるのです。

最終的には有馬邑の祭祀による鎮魂で一応決着。素晴らしいフィナーレですよね。

ということでお届けしてきた
第五段の一書解説シリーズ、

一書1~5が本伝踏襲型のカタマリでした。

次からはいよいよ、書6踏襲差違化パターンの一書群へ入っていきます。

お楽しみに!


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