日本神話に登場する、重要ワード、重要エピソードをディープに掘り下げる「日本神話解説シリーズ」。
今回は、
天之瓊矛・天沼矛
をテーマにお届け。
『日本書紀』では「天之瓊矛」。『古事記』では「天沼矛」として登場。
コレ、国生みの時に、伊奘諾尊と伊奘冉尊が天浮橋から地上に向けて指し下ろしたとんでもなく長い??矛。「天之瓊矛」は、意訳すると、麗しい玉飾りのついた矛、といった感じ。
超絶な長さもさることながら、海をかき回し引き上げると、その矛の先から滴り落ちた潮が固まって嶋ができる、と言うミラクル発生。不思議なパワーを発動する矛であります。
今回は、国生みに使われる特殊スペックをもつ「矛」をディープに掘り下げて解説していきます。
天之瓊矛/天沼矛|矛で嶋を成す?国生みで二神が使用した特殊な矛「天之瓊矛/天沼矛」を徹底解説!
目次
天之瓊矛/天沼矛とは?
「天之瓊矛」は、国生みの時に、伊奘諾尊と伊奘冉尊が天浮橋から地上に向けて指し下ろした矛。
『日本書紀』では、本伝では「天之瓊矛」(一書1,2,3では「天瓊戈」)。『古事記』では「天沼矛」として登場。
「天之瓊矛」の、「天之」は美称。「瓊」は玉飾りのこと。意訳すると「麗しい玉飾りのついた矛」。
特徴は、
- 「天浮橋から地上に指し下ろした」というくらい、とんでもなく長い矛。
- 「海をかき回し引き上げると、その矛の先から滴り落ちた潮が固まって嶋ができる」というように、不思議な化成パワーを発動する矛。
の2つ。
ちなみに、、蛇足ですが、、、長さについては、少なくとも、50kmくらいはあったんじゃないかと推測されます。
そもそも、天神のいる天原ないし、高天原は大気圏内にあると思われ、、大気がほとんど無くなる高度100kmのカーマン・ラインより内側と想定されます。蛇足です。そして、天原は2階建て構造になっているため、最上部の高天原が地上100km付近。それより下の天原がオゾン層のある30km付近かと思われます。蛇足ですけど。したがって、伊奘諾尊と伊奘冉尊が天之瓊矛を指し下した天浮橋は、地上50km~100kmに満たないところなので、結論的には少なくとも50km以上の長さはあったと推測される訳ですね。
流石にしまっておけないし、常時50kmの長さともなると使いづらいことこのうえないので、おそらく、如意棒のように伸び縮みする構造だったんじゃないかと思っております。蛇足でした。
天之瓊矛/天沼矛が登場する場面
ココからは、実際に「天之瓊矛/天沼矛」が登場する場面をチェック。
まずは、『日本書紀』第四段本伝。
第四段は国生みを伝える神話で、その冒頭に登場します。
伊奘諾尊と伊奘冉尊の二柱の神は、天浮橋の上に立って共に計り、「この下の底に、きっと国があるはずだ。」と言った。そこで、天之瓊矛(瓊とは玉である。ここでは努という)を指し下ろして探ってみると海を獲た。その矛の先から滴り落ちた潮が自然に凝り固まり、一つの嶋と成った。それを名付けて「磤馭慮嶋」といった。
伊奘諾尊・伊奘冉尊、立於天浮橋之上、共計曰、底下豈無国歟。廼以天之瓊〈瓊〉玉也。此云努。〉矛、指下而探之。是獲滄溟。其矛鋒滴瀝之潮、凝成一嶋。名之曰磤馭慮嶋。(『日本書紀』巻第一(神代上)第四段 本伝より一部抜粋)
補足解説を3つ。
①「天浮橋」=天にあって下界全体が見渡せる橋
天浮橋は、天空に浮かぶ橋。コレ、第九段〔一書1〕の天孫降臨でも登場。天忍穂耳尊が天浮橋から葦原中国を見下ろします。
天上から地上世界へ降りてくる途中にある橋で。ここから地上世界の様子がまー良く見えるらしい。天神が天上から下界の様子を察知する場合のみに登場。尊いお方はまず、これから向かう先の状況確認できるナイススポットに立つもんなんす。
②「国」=予祝&尊い
二神の協議のなかで「国」という言葉が登場。「国」については大事な概念なのでしっかりチェック。
ここでは、将来「国」となるべきものがある、予祝的な意味を込めた言葉ってことを確認。
まず、「底下豈無国歟」は、反語表現。「この下の底の方にどうして国がないだろうか?(ないわけないやん)いや、きっとあるはずだ」。コレ、反語なので、意味的に強調となり、訳としては「この下の底に、きっと国があるはずだ。」となります。
将来、国家、つまり、主権あり、人民あり、領土あり、の三要件が整った国となるべきものがある、という意味で、予祝的な、かつ予定調和的な意味を込めた言葉であることをチェック。
詳細の解説はコチラ↓でも!
●必読→ 『日本書紀』巻第一(神代上)第四段 本伝 ~聖婚、洲国生み~
そのうえで、使われる「天之瓊矛」。
「そこで、天之瓊矛(瓊とは玉である。ここでは努という)を指し下ろして探ってみると海を獲た。その矛の先から滴り落ちた潮が自然に凝り固まり、一つの嶋と成った。」
「瓊」は、美しい玉(宝石のこと)。玉のように美しいさまをいいます。本伝ではわざわざ注を付して意味と読み方を指定。どうしても「玉」の意味と音を合わせたかったようです。
- 「天浮橋から地上に指し下ろした」というくらい、とんでもなく長い矛。
- 「海をかき回し引き上げると、その矛の先から滴り落ちた潮が固まって嶋ができる」というように、不思議な化成パワーを発動する矛。
の2つの特徴を持ちます。これが基本形。
次に、『古事記』で登場する「天沼矛」をご紹介。
『古事記』でも同様のスペックをもつ矛として描かれてます。
ここにおいて、天神諸々の命をもって、伊耶那岐命・伊耶那美命の二柱の神に詔して「この漂っている国を修理め固め成せ」と、天沼矛を授けてご委任なさった。
そこで、二柱の神は天浮橋に立ち、その沼矛を指し下ろしてかき回し、海水をこをろこをろと搔き鳴らして引き上げた時、その矛の末より垂り落ちる塩が累なり積もって嶋と成った。これが淤能碁呂嶋である。
於是天神、諸命以、詔伊耶那岐命・伊耶那美命二柱神「修理固成是多陀用幣流之國。」賜天沼矛而言依賜也。故、二柱神、立訓立云多多志天浮橋而指下其沼矛以畫者、鹽許々袁々呂々邇此七字以音畫鳴訓鳴云那志而引上時、自其矛末垂落之鹽累積、成嶋、是淤能碁呂嶋。 (『古事記』上巻より一部抜粋)
補足解説1つ。
『古事記』の場合は、国生みが天神指示のもとで描かれている
『日本書紀』の場合は、伊奘諾尊と伊奘冉尊の神としての「格」が非常に尊貴な存在として描かれているのに対し、『古事記』は格下。代わりに「天神」という非常に尊貴な神が登場。この尊貴な神が直接命じたという体裁で国生みが描かれています。
このあたりの理由とか背景はコチラ↓で詳しく。
●必読→ 国生み神話とは?伊奘諾尊・伊奘冉尊の聖婚と大八洲国(日本)誕生の物語!国生み神話の持つ意味を分かりやすくまとめ!
天沼矛について。
『日本書紀』との違いは以下3つ。
- 『古事記』では、矛は天神から下賜される
- 日本語の音に合わせて「沼」という漢字をあてている
- 海をかき回すとき「こをろこをろ」と音が鳴る!
天神から下賜された矛として描かれてます。日本神話的には「ミッション+グッズ」というのがセットとして描かれることが多く、これもそのケース。「国の修理固成」と「天沼矛」ですね。エライお方は、何事も、目的と遂行する手段を部下に与えることが重要で。武器も持たせずに戦えというのは横暴というもので。。。
「ぬ」という音について、「沼」という漢字があてられてます。これは、日本語の音に合わせているから。『日本書紀』で本来設定したかった「瓊」=美しい玉という意味がなくなって、音だけあわせてる。
最後に、海をかき回すときに音が鳴る!と。コレ、非常にドラマチックというか、情景描写が強化されてます。漢字の書き換えも含めて、日本的な表現、情景描写を優先した『古事記』ならではの描かれ方だと思います。
天之瓊矛/天沼矛の不思議な力:矛の効
さて、そんな「天之瓊矛/天沼矛」ですが、是非チェックしておきたいのが「矛の功」と呼ばれる特別な力の存在。
「矛」の類例としては、第九段「葦原中国平定」で登場する「広矛」が分かりやすい。
葦原中国平定の際、大己貴神が経津主神と武甕槌神に「広矛」を授けます。
そのとき、大己貴神は、その「広矛」を「平国(国を平定する)」に功があり、さらに「治国(国を治める)」にも効果を発揮するとつたえます。
コレ、
「矛の功」
というもので。
つまり、矛を使うことで功を収める、矛を使うことで平定や統治という功績をあげることができる、という考え方です。
矛には、平定や統治という功績をあげるような特別な力がある、
ってことです。古代の思想とか信仰的なもので。日本神話のなかではそういうものとして「矛」が位置づけられてるのです。
伊奘諾尊と伊奘冉尊の二神が国の存在を想定した上で、矛を使って国をあらしめるのも同じことで。
国生みの場合の「矛の功」は「磤馭慮嶋」そのものになります。
矛の持つ特別な力、矛の功、是非チェックされてください。
まとめ
天之瓊矛・天沼矛
『日本書紀』では「天之瓊矛」。『古事記』では「天沼矛」として登場。
国生みの時に、伊奘諾尊と伊奘冉尊が天浮橋から地上に向けて指し下ろしたとんでもなく長い??矛。「天之瓊矛」は、意訳すると、麗しい玉飾りのついた矛、といった感じ。
超絶な長さもさることながら、海をかき回し引き上げると、その矛の先から滴り落ちた潮が固まって嶋ができる、と言うミラクル発生。不思議なパワーを発動する矛であります。
背景には、「矛の功」というべき思想、考え方があって、矛を使うことで功を収める、矛を使うことで平定や統治という功績をあげることができる、という内容。
矛には、平定や統治という功績をあげるような特別な力がある、
古代の思想とか信仰的なもので。日本神話のなかではそういうものとして「矛」が位置づけられてること、チェックされてください。
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神話を持って旅に出よう!
国生み神話のもう一つの楽しみ方、それが伝承地を巡る旅です。以下いくつかご紹介!
●上立神岩:伊奘諾尊と伊奘冉尊が柱巡りをした伝承地
●自凝神社(おのころ神社):伊奘諾尊と伊奘冉尊の聖婚の地??
●絵島:国生み神話の舞台と伝えられるすっごい小さい島。。
●神島:国生み神話の舞台と伝えられるこちらも小さな島。。
日本神話編纂の現場!奈良にカマン!
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参考文献:『古代神話の文献学』(塙書房)、『新編日本古典文学全集 日本書紀』(小学館)、『日本書紀史注』(風人社)、『日本古典文学大系『日本書紀 上』(岩波書店)
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