『古事記』神話をもとに、日本神話に登場する神様を分かりやすく解説します。
今回は
「建御雷之男神」
『古事記』では、伊耶那岐命が火神(迦具土神)を斬り殺したとき、その剣の鍔についた血が岩にほとばしりついて化成した神として「建御雷之男神」を伝えます。
本エントリでは、「建御雷之男神」の神名の名義、誕生にまつわる神話を分かりやすく解説します。
- 日本神話全体の流れや構造を解き明かしながら解説。他には無い分かりやすい記事です
- 現代語訳のほか原文も掲載。日本神話編纂当時の雰囲気を感じてもらえます
- 登場する神様や重要ワードへのリンク付き。より深く知りたい方にもオススメです
建御雷之男神たけみかづちのをのかみ|猛々しく神聖猛烈な霊力をもつ雷の男神!強烈な復讐シーンで誕生し国譲り神話などで活躍します
目次
建御雷之男神とは?その名義
「建御雷之男神」= 猛々しく神聖猛烈な霊力をもつ雷の男神
『古事記』では、伊邪那岐命が十拳剣で迦具土神の頚を斬った際に、剣の本(鍔)についた血が、ほとばしりついて成った神として「建御雷之男神」を伝えます。
「建」は、「健」の古字で「猛だけしい」の意。
「御雷」は、原義は「御厳づ(連体助詞)ち(精霊)」。「御」は元来「神秘的・神聖な」の意で、のちに神や天皇などの尊貴なものへの敬語となりました。また、「厳」は「勢いが激しいさま」の意。この神名の核は「厳」にあります。なお、もっとも強烈な「厳」の力として「雷」が設定されてます。
「男」は、「男」の意。
なお、『古事記』ではまたの名として「建布都神」「豊布都神」も伝えてます。
- 「建布都神」:勇猛な、魔をふっつり断ち切る神。
- 「豊布都神」:豊かな、魔をふっつり断ち切る神
「布都」は「ふっつり」の擬声語。神武東征神話では、剣の名を「韴霊」とし、その訓注に「ふつのみたま」とあります。また 「原本系玉篇」には「韴」は「断声」 とあり、 鏡の名にも「真経津の鏡」 とあります。刀剣や鏡には、魔を断ち切る力があると信じられたと推測されます。
ということで、
「建御雷之男神」=「猛々しい」+「猛烈で霊力をもつ」+「雷」+「男」+「神」= 猛々しく神聖猛烈な霊力をもつ雷の男神 |
建御雷之男神が登場する日本神話:『古事記』編
建御雷之男神の誕生
「建御雷之男神」が登場するのは、『古事記』上巻、神生み神話。以下のように伝えてます。
ここに伊邪那岐命は、腰に帯びていた十拳剣を拔いて、その子、迦具土神の頚を斬った。その御刀の先についた血が、神聖な石の群れにほとばしりついて成った神の名は、石拆神。次に根拆神。次に石筒之男神。次に御刀の本についた血もまた、ほとばしりついて成った神の名は、甕速日神、次に樋速日神、次に建御雷之男神。またの名は、建布都神。またの名は豊布都神。次に、御刀の手上柄に集まった血が手の指の間から漏れでて成った神の名は、闇淤加美神。次に、闇御津羽神。(上の件の石拆神より以下、闇御津羽神まで、并せて八神は、御刀に因りて生った神ぞ。) ~中略~ ゆえに、火神を斬った刀の名は、天之尾羽張といい、またの名は伊都之尾羽張という。
於是伊邪那岐命、拔所御佩之十拳劒、斬其子迦具土神之頸。爾著其御刀前之血、走就湯津石村、所成神名、石拆神、次根拆神、次石筒之男神。三神次著御刀本血亦、走就湯津石村、所成神名、甕速日神、次樋速日神、次建御雷之男神、亦名建布都神(布都二字以音、下效此)、亦名豐布都神。三神次集御刀之手上血、自手俣漏出、所成神名(訓漏云久伎)、闇淤加美神(淤以下三字以音、下效此)、次闇御津羽神。上件自石拆神以下、闇御津羽神以前、幷八神者、因御刀所生之神者也。 ~中略~ 故、所斬之刀名、謂天之尾羽張、亦名謂伊都之尾羽張。(引用:『古事記』上巻の神生みより一部抜粋)
ということで、
ほとばしる血は火神の赤い焔であり、岩(鉱石)を溶かし刀剣を鍛える強烈な火力の表象とする説あり。
「上の件の石拆神より以下、闇御津羽神まで、并せて八神は、御刀に因りて生った神ぞ。」とあるように、「石拆神」から「闇御津羽神」までは伊耶那岐命の刀に因って生った神としてカテゴリ化されてます。
8柱の神の系譜的イメージは以下の通り。
▲剣先からほとばしり3柱、剣本からほとばしり3柱、柄から漏れ出て2柱、合計8神。伊耶那岐命の刀に因って生った神。
「建御雷之男神」の説としては、例えば
- 刀剣の神であり、「雷」という表記から雷神でもあるとする説。なお、雷神の神格は、神武東征神話で倉の屋根を突き通して刀を降したことを落雷の象徴とする説のほか、国譲り神話で天鳥船を雷神の乗り物=船とする説などがあります。
- 原型は容器の甕の神格だったとする説。。これは、建御雷之男神を祭る鹿島神宮が、大甕を祭っていたという古伝から。
などがあります。
いずれにしても、
ここでは、そもそも「御刀の本についた血もまた、ほとばしりついて成った」と伝えていることから、刀剣についた火神の血がほとばしりつく勢いそのものを神格化したものと考えるべきです。
日本神話の流れ・展開における本シーンの意味とは、
日本神話史上初の「神殺しの報復」という激烈さを強調し、強烈な神の誕生を印象付けることで。
- 神が神を殺す。
- 神を殺した神を、神が殺す(報復・復讐)。
という構造であり、ココに親子関係も入ってきて、
- 子が親(母)を殺す
- 親(母)を殺した子を、親(父)が殺す(報復・復讐)
と、重層的構造をもとにした骨肉相食む壮絶神イベント発生中。(;゚д゚)ゴクリ…
つまり、
それだけ強烈なシーンなので、当然のように、それだけ強烈な神威をもった神が生まれるという日本神話的ロジック。
「建御雷之男神」誕生には、こうした背景があり、ここでは特に、伊邪那岐命の
- 伊耶那美命を喪ったことへの深い悲しみ
- 伊耶那美命を神避らせた火神への復讐
という、2つの激情がほとばしってます。
深い悲しみからは、涙を通じて「泣沢女神」が誕生しており、今回の「建御雷之男神」はその流れを受けて、復讐劇へ転換する中で誕生している次第。
なので、「建御雷之男神」をはじめとする8神については、伊耶那岐命の激しい復讐心の神格化であり、だからこそ、わざわざ「血がほとばしりついて成った」という表現で強調していると解釈されます。
さらにさらに、日本神話全体の展開上、
この激情、激しさは、「建御雷之男神」の強力な神威の根拠となり、それが後の国譲り神話につながっていきます。大国主に国を譲れと交渉する役割を担うためには、相応の神威が必要で、その神威の根拠が、この伊耶那岐命の復讐心、その激しさとして設定されてる次第。
「建御雷之男神」は、今後の日本神話の展開を導くための非常に重要なシーンで誕生してる神なんです。
建御雷之男神の活動
大きく3つあります。
①葦原中国の平定における使者として派遣
高天原から葦原中国へ派遣する三度目の使者の候補として、伊都之尾羽張神(天之尾羽張)とその子、建御雷之男神の名が挙がり、建御雷之男神が天鳥船神とともに派遣されます。
②大国主神との国譲りの交渉を行う
出雲国の伊耶佐の小浜に降り立って、大国主神との国譲りの交渉に当たり、事代主神、建御名方神、大国主神を帰順させます。
③神武東征神話において神武天皇を救援
天照大御神と高木神から降臨を命じられましたが、自身の代わりに横刀(佐士布都神)を地上に降して神武天皇を助けました。
いずれも日本神話的展開における非常に重要な場面で登場し、重要な役回りを演じます。
建御雷之男神が登場する日本神話:『日本書紀』編
補足として、『日本書紀』が伝える「建御雷之男神」についてもご紹介。
『日本書紀』では、「武甕槌神」として伝えてます。大きく3か所で登場。まずは、第五段〔一書6〕。
遂に、帯びていた十握剣を抜き、軻遇突智を三段に斬った。それぞれ化してその各部分が神と成った。また剣の刃から滴る血は、天安河辺にある五百箇磐石と成った。これが経津主神の祖である。また、剣の鐔から滴る血がほとばしって神と成った。名付けて甕速日神と言う。次に熯速日神。その甕速日神は武甕槌神の祖である。(または、甕速日命、次に熯速日命、次に武甕槌神と言う。)
遂抜所帶十握劒 斬軻遇突智爲三段 此各化成神也 復劒刃垂血 是爲天安河邊所在五百箇磐石也 即此經津主神之祖矣 復劒鐔垂血 激越爲神 號曰甕速日神 次熯速日神 其甕速日神 是武甕槌神之祖也 亦曰甕速日命 次熯速日命 次武甕槌神 (引用:『日本書紀』巻第一(神代上)第五段 〔一書6〕より)
ということで、
『日本書紀』では「軻遇突智を三段に斬った」と伝えており、火神の斬断方法には違いがあるものの、その後に誕生する「武甕槌神」については、『古事記』とおなじく「剣の鐔から滴る血がほとばしって神と成った。」と伝えてます。
さらに、後段の第九段〔本伝〕では、稜威雄走神の子、熯速日神の親として伝えてます。
この時、天石窟に住む神である稜威雄走神の子に甕速日神がいて、その甕速日神の子に熯速日神がいて、その熯速日神の子に武甕槌神がいた。この神が進み出て、「どうして經津主神だけがひとり立派で、私は立派ではないのか」と言った。その語気は非常に激しかった。そのため、經津主神にこの神を副えて、葦原中國の平定に遣わした。 (引用:『日本書紀』巻第二(神代下)第九段〔本伝〕より)
ということで、
改めて、激しい悲痛やら恨みやら復讐やらの中から生まれる神は、その強烈さ劇的さ故に、超強力な神威を持ちます。スーパーゴッド誕生。
で、「甕速日神」は史上初の神殺し、親による子殺しという強烈なシーンで誕生した神であり、故に、非常に神威の強い神である。と、さらに、その子「熯速日神」も同様に強力な神威をもち、その系譜のなかで「武甕槌神」が登場してます。
で、
その神威をもとに、国譲り神話に繋げてるってこと、しっかりチェック。
国譲りでは、「経津主神」と「武甕槌神」の二神が大己貴神に国譲りを迫ります。葦原中国を自ら平定した「大己貴神」にその国を譲れと言う訳ですから、並の神では太刀打ちできる訳が無い。
大己貴神と同等、もしくはそれ以上の神威を持つ神としてのバックグラウンドを設定するために、このシーンが選ばれてる訳です。
『古事記』では「建御雷之男神」へつなげているのに対して、『日本書紀』では「経津主神」と「武甕槌神」の二神につなげている訳です。
建御雷之男神を始祖とする氏族
建御雷之男神は中臣氏の奉斎神。鹿島神宮 (茨城県鹿島郡鹿島町)に祀られてます。
『古事記』で国譲り神話の最終的な成功者として建御雷神をすえているのは、中臣氏の伝承によるものと考えられます。
一方で、奈良時代の成立とみられる「春日祭」の祝詞には、「鹿嶋に坐す建御賀豆智命、香取に坐す伊波比主命、枚岡に坐す天之子八根命、比売神」の四柱を奈良の春日神社に祭るとあり、藤原氏の氏神となってます。
このうち、香取神宮(千葉県佐原市香取町)の「伊波比主命」は、「経津主神」(紀、神代下)のことで、『日本書紀』において武甕槌神とともに大国主神に国譲りをさせた神。
このことから、藤原氏が国譲りをさせた武神を氏神として独占したとする説があります。
参考文献:新潮日本古典集成 『古事記』より一部分かりやすく現代風に修正。
建御雷之男神が登場する日本神話の詳しい解説はコチラ!
建御雷之男神をお祭りする神社はコチラ!
● 鹿島神宮:全国にある鹿島神社の総本社。香取神宮、息栖神社とともに東国三社の一社 。さらに、宮中の四方拝で遥拝される一社!
住所:茨城県鹿嶋市宮中 2306-1● 春日大社:全国に約1,000社ある春日神社の総本社!奈良時代に鹿島神宮からいらっしゃいました!
住所:奈良県奈良市春日野町160
『古事記』ではまたの名として伝える「建布都神」「豊布都神」について、「ふつ」の名を社名にもつのは、、
● 布都神社:伊予国桑村郡
住所:愛媛県西条市石延119● 物部布都神社:壱岐島石田郡
住所:長崎県壱岐市郷ノ浦町田中触1045● 建布都神社:阿波国阿波郡
住所:徳島県阿波市市場町市場郷社本● 佐肆布都神社:壱岐島壱岐郡
住所:長崎県壱岐市勝本町北触999● 石上布都之魂神社:備前国赤坂郡
住所:岡山県赤磐市石上1448などがあります。
コチラも是非!日本神話の流れに沿って分かりやすくまとめてます!
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