筑紫日向小戸橘之檍原とは?伊弉諾尊が三貴神を生んだ聖地「筑紫の日向の小戸の橘の檍原」を徹底解説!

 

筑紫日向小戸橘之檍原つくしのひむかのおどのたちばなのあはぎはら

ココ、

黄泉よみから帰還した伊弉諾尊いざなきのみことが、
黄泉のけがれを落とすために禊祓みそぎはらえをした地。

このみそぎを通じて、
日本神話のメインプレイヤーともいうべき、

天照大神、月読尊、素戔嗚尊が誕生します。

実は、
日本神話的には、この地は

祭祀の場。聖地。

として位置づけられており、
非常に重要な意味を持たせてます。

今回は、そんな「筑紫日向小戸橘之檍原つくしのひむかのおどのたちばなのあはぎはら」について、文献学アプローチから徹底解説でお届けします。

 

筑紫日向小戸橘之檍原とは?伊弉諾尊が禊祓で三貴神を生んだ聖地「筑紫の日向の小戸の橘の檍原」を徹底解説!

筑紫日向小戸橘之檍原が登場する場面

筑紫日向小戸橘之檍原つくしのひむかのおどのたちばなのあはぎはら」は、

『日本書紀』神代上 巻1の第五段〔一書6〕に登場。

第五段のテーマは
天下之主者生み(神生み)。

その中で、
〔一書6〕は黄泉よみが登場。

火神「軻遇突智かぐつち」により焼かれ死んだ伊弉冉尊いざなみのみことを追って、黄泉へ行く伊弉諾尊。で、黄泉入りしたのち、見るなの禁を破って腐敗した伊弉冉尊を見てびっくり、慌てて帰る伊弉諾尊。そして泉津平坂よもつひらさかで絶縁宣言。その後、登場するのが

筑紫日向小戸橘之檍原つくしのひむかのおどのたちばなのあはぎはら

以下、その現場。

 伊弉諾尊は黄泉から辛うじて逃げ帰り、そこで後悔して「私は今しがた何とも嫌な見る目もひどいけがらわしい所に行ってしまっていたものだ。だから我が身についたけがれを洗い去ろう。」と言い、そこで筑紫つくし日向ひむか小戸をどたちばな檍原あはぎはらに至り、禊祓みそぎはらえをした(身のけがれを祓い除いた)。

 こういう次第で、身の穢れをすすごうとして、否定的な言いたてをきっぱりとして「上の瀬は流れが速すぎる。下の瀬はゆるやかすぎる。」と言い、そこで中の瀬ですすいだ。これによって神を生んだ。名を八十枉津日神やそまがつひのかみと言う。次にその神のまがっているのを直そうとして神を生んだ。名を神直日神かむなおひのかみと言う。次に大直日神おほなほひのかみ

 また海の底に沈んで濯いだ。これによって神を生んだ。名を底津少童命そこつわたつみのみことと言う。次に底筒男命そこつつのおのみこと。また潮の中に潜ってすすいだ。これに因って神を生んだ。名を中津少童命なかつわたつみのみことと言う。次に中筒男命なかつつのおのみこと。また潮の上に浮いて濯いだ。これに因って神を生んだ。名を表津少童命うわつわたつみのみことと言う。次に表筒男命うわつつのおのみこと。これらを合わせて九柱の神である。~中略~

 そうして後に左の眼を洗った。これによって神を生んだ。名を天照大神あまてらすおおみかみと言う。また右の眼を洗った。これに因って神を生んだ。名を月読尊つくよみのみことと言う。また鼻を洗った。これに因って神を生んだ。名を素戔嗚尊すさのおのみことと言う。合わせて三柱の神である。

『日本書紀』巻一(神代上)第五段〔一書6〕

ポイントは、

  • 黄泉の穢れを落とすために禊祓みそぎはらえを行い
  • 禊祓の中で天照大神、月読尊、素戔嗚尊が誕生する

死の穢れ、その対極にある禊祓。その浄化の極みで誕生する三貴神。

筑紫日向小戸橘之檍原つくしのひむかのおどのたちばなのあはぎはら」は、こうした超重要イベントが発生する場所なんですね。

 

筑紫日向小戸橘之檍原、大事なのはやっぱり「檍原」

ココからは
筑紫日向小戸橘之檍原つくしのひむかのおどのたちばなのあはぎはら」がどんな意味を持つのか、詳細を読み解いていきます。

そもそもですが、

この「筑紫日向小戸橘之檍原つくしのひむかのおどのたちばなのあはぎはら」という言葉、

修飾語が多すぎて、よー分からんくない?

筑紫の日向の小戸の橘の檍原

って、、、

この、よー分からんイメージを作ってる原因は「修飾語の多さ」。どんだけ盛り込みたいんよ。。。

そう、

修飾語の多さ=盛り込みたい想いの強さ
なんで、気持ちは分かるんだけどさ、、

ということで、

まずは要素分解して解釈していきましょう。

コチラ。

筑紫日向小戸橘之檍原

と。

いうことで、①~④の修飾語、そして最後の「檍原あはぎはら」。といった構図をチェック。

要は、

檍原なんだよ

ってこと、これが言いたい。あはぎの原っぱ。

で、「あはぎ」とはどんなんか?というと、

実は、

橿かし」の別名で、万年木。そう、木なんす。しかも万年木。その「強くしなる性質」から、古来、弓・の材料として使われてました。

ということで、「檍原あはぎはら」について、ココでいきなり4点。

  1. 弓は、武器として威力を発揮=軍事力の象徴である一方で、破魔矢・魔除けのように、邪や魔を撃退する(祓う)意味あり。つまり、黄泉の穢れを除去する(撃退する)禊祓みそぎはらいに相応ふさわしい場所としての意味を持たせてる。そのためのあはぎ
  2. あはぎは、万年木。万年=永遠性(永遠の命、不死にもつながる)の意味を持つ木。つまり、魔や邪を撃退するパワーの永続性、未来永劫この地は魔除けパワースポットである意。
  3. 原は、平らで広大な土地のこと。天子の住む宮都を造営できる広大な原っぱ。天武天皇即位の「飛鳥浄御原宮」、その後の「藤原宮」など、古代、原には宮を造営。「高天原」も同様の考え方。非常に尊い場所、それが原。
  4. 「檍原」は「橿原」に繋がる聖地である。天照大神誕生の地=檍原、神武天皇即位の地=橿原。つまり橿原での日本建国、天皇即位のルーツが「檍原」である。これにより、いよいよ天皇即位の正統性や権威付けが強められる。

ということで、

永遠なる魔除けパワーエリア、それが「檍原あはぎはら」で。これは、後の日本建国&天皇即位の地「橿原」へ繋がる聖地として位置づけられてる、、、

って、これだけでどんだけ盛り込んどんねん。。。

やっぱ

檍原なんだよ

大事なのは、そうだよ。ココ、激しくチェック。

くどいけど言わせて。

特に、橿原での天皇即位・日本建国へ繋げてるのって超重要。

  • 天照大神誕生の地=檍原
  • 神武天皇即位の地=橿原

そらそうだ、皇室の先祖である天照大神誕生の聖地でもあるわけで。檍原。

これと、皇室創始の地をつなげてこそ正統性やら権威づけやらが達成されるわけですよね。

と、

いうことで、やっぱまずは檍原あはぎはらなんだよ、ってこと。しっかり押さえていただいた上で、修飾語含めて全体の解説をお届けします。

 

筑紫日向小戸橘之檍原とは「祭祀の場」

再度、こちら確認。

まず、全体のコンセプトから。

「筑紫日向小戸橘之檍原」は、
祭祀の場。聖地。

まずコレ、チェック。伊弉諾尊が禊祓いをするわけなので、「祭祀」というキーワードは絶対に外すことはできません。

で、この場面での「祭祀の場」的な要件は、

  1. 日の出の方角に直接向いてる事
  2. 常緑&万年木の生える「原」である事
  3. 浄化用の水(淡水、海水)と流れがある事

の3つに集約されていきます。

まずは、

①~④の修飾語を確認していきましょう。

①筑紫(国)=九州は、天祖誕生の地&天孫降臨の地

こちら、国生みで登場した「大八洲国おほやしまぐに」の一つ。

はじめ「しま」として誕生しながら、八つの洲で一括化され「大八洲国」という「国」になった。これにより、自動的に、その元々の構成要素であった八つの洲も、国と呼ばれるのに相応しい状態になってる。

なので、ここでは

「筑紫」としか書いてないのですが、

意味内容としては、「筑紫国」であり「筑紫国の~」「筑紫国にある~」といった意味になります。

筑紫、今で言う九州のことなんですが、なぜここで九州が登場するのか?不思議ですよね。

神話世界では、特定のスポットが突然登場イベントっていうのがちょいちょい発生。今回もその一環なんですが、、、

これ、理由は

檍原=天照大神誕生の地

というのが関連していて、

つまり、

筑紫=天照大神誕生の地であり、これと関連するのが天孫降臨、って事。

天孫が降臨するのが筑紫国(九州)な訳で、つまり、天孫の一番てっぺん、「天祖である天照大神が誕生した地」と「天孫が降臨し最初に統治を開始した地」を同じにするための仕掛けなんです。

天孫にとっては、初めて降臨する地、なんだけど、実は、天祖が誕生した地だったりする訳で、そらそんな怖がらずに降りて来られますよね。なんと言うか、、、一族発生の地、ルーツの地。これであれば初めての地でも失敗しなさそうだし。

そして、これは、後の神武東征神話へ繋がる構図でもあって。東征、つまり「国ぎ」を予定してるってことなんす。ま、コレはこれで話が長くなるので別エントリで詳しくお届けします。

 

②日向=日の出の方角に直接向いてるところ

日向ひむか」は固有名詞としてチェック。つまり地名として。

なので、

あえて「日向」という地名を選び、そこに象徴的な意味を込めた、と考えるのが○。

ちなみに、「日向」については、

  • 「朝日の射す所」(日本古典文学大系頭注)
  • 「朝日のさす東向き、の意か。」(新編日本古典文学全集頭注)

といった説明がされる事が多いのですが、、、
コレ、それっぽさはあるんだけどどうなんでしょ。。。何を根拠に「朝日の射す所」と言ってる?ってことで、説得力があんまり無い。

そこで当サイトとしては、しっかりした文献根拠をもとに「日向」を解説したいと思います。

まず、
「日向」の地名起源としては、

「景行天皇 十七年 三月条」の一節から。コチラ。

 子湯県こゆのあがた(現在の宮崎県児湯郡・西都市)に行き、丹裳小野にものおの(地名だが未詳)でしばらく滞在した。そのとき、東を望んで、左右のお付きの者に言った。「この国は真っ直ぐに日の出る方に向いている。」 それで、その国を「日向ひむか」という。

幸子湯県、遊于丹裳小野。時 東望之 謂左右曰 是国 也 直向於日出方。故 号其国 曰 日向也。

『日本書紀』「景行天皇十七年三月条」より

つまり、「日向」とは、

「東望」して「直向 於日出 方」という場所、ってこと。

日の出る方角に直接向いてることが原義。

この
東に向いてる感、日の出方向に直接向いてる感を、まずチェックです。

祭祀の場所ですから。

今、まさに上りつつある日の出の方角に向かって禊をする、、、神聖な儀式を行う場所としてピッタリな地名選択ですよね。

 

③小戸=水の流れが狭まったところ=浄化にちょうど良い水の流れがある

筑紫、日向、と地名が続いてきましたが、③「小戸」は地名に非ず。普通名詞で、意味は「狭まった水の出入口」のこと。

コレ、よく「河口付近」といった訳を当てられますが、実は、「小戸」単体では「河口付近」の意味にはなりません。

ポイントは、
「瀬」、つまり「水の流れ」との対応が必要、って事。

水の流れと対応することで初めて
(海へ流れ出る)河口付近という意味が出てくるんすね。水の流れ大事。

実際の用例として以下、
小戸と瀬のコンビネーションをご紹介。

『万葉集』から。2例。

しらゆふなつみ山高み白木綿花に落ちたぎつ菜摘の川門見れど飽かぬかも(9・一七三六)

そほりゐ大瀧を過ぎて菜摘に傍居て清き川瀬を見るがさやけさ(9・一七三七)

あまのがはいづく天漢河門八十有り何にか君がみ船を吾が待ち居らむ(10・二〇八二)

秋風の吹きにし日より天漢に出で立ちて待つと告げこそ(10・二〇八三)

と、

いずれも、川門+瀬、河門+瀬

のセット表現になっとります。

で、今回の「小戸」も、この後で登場する「瀬」と「海」の水表現とセットで解釈されることで、ようやく「川が海に流れ込む河口付近の戸が小さいところ=狭まったところ」という意味に。コレ、言葉の運用のお話。

で、

なんで「小戸」なの?

というのが大事で。

つまり、
ココでないとみそぎができないから。という事でチェック。

程よい水の流れが必要で。大戸=(河口付近の)大きく広がった所、だと水の流れが無いのと同じで、禊による穢れの除去ができない、という話なんす。それに対して、小戸であれば、ちょうど良い水の流れがある。どちらかというと、「水の流れ」を伝えるべく、あえて「小」という字を使ってる。

で、

実際、この後、伊弉諾尊が禊をするのが、瀬(川)と海の2箇所。

便濯之於中瀬 淡水 流れ 「上・中・下」(瀬) 八十柾津日神、神直日神、大直日神
又沈濯於海底~又潜濯於潮中~又浮濯於潮上~ 海水 深さ 「底・中・上」(海) 底津少童命 次底筒男命 
中津少童命 次中筒男命
表津少童命 次表筒男命

と、

まー良くできてます。

  • 瀬・・・淡水・・・流れ・・・上・中・下
  • 海・・・海水・・・深さ・・・底・中・上

フレームをもとに設定。

死の穢れを身に付着してしまったわけで、清浄の極みに到るには2段階ステップが必要だったんすね。

  • 瀬の流れがある・・・汚穢除去→汚れの除去
  • 海の深さがある・・・更清浄化→さらなる浄化

流れから深さへ。落としてから浄化。段階を追ってキレイになる私。

そのための特別な場所が「小戸」。水の流れ、そして川(瀬)と海、しっかりチェックです。

 

④橘=永遠に照り輝き続けるスーパー果実

「橘」は、そもそもはミカン。ここでは地名、固有名詞としてチェック。

まず、『万葉集』から「橘」が地名として使用されてる例をご紹介。

No.179

橘の嶋の宮には 飽かねかも 佐田の岡辺に 侍宿とのゐしに行く

橘の島の御殿では もの足りないと思うから 佐田の岡辺の御陵へも お仕えしに行くのでしょうか

→草壁皇子への哀惜の情が尽きないことを詠む。「橘」は奈良県高市郡明日香村橘。現在は飛鳥川の西岸となってるのですが、当時は東岸。しかも鳥庄あたりまで広く含めたエリアだったようです。

なので、

先ほどの「日向」と同様、まず伝えたいメッセージに相応ふさわしい地名選択、からの、象徴的な意味を込めるパターンとしてチェック。

象徴的な意味はコチラ。同じく『万葉集』から2首。

No.4063

常世物とこよもの この橘の いや照りに 吾大皇わごおほきみは 今も見るごと 

常世の国の物であるこの橘の ますます照り輝く姿のように 吾が大君は今も見る通りますます お栄ください

No.4064

大皇おほきみは 常磐ときはにまさむ 橘の 殿の橘 ひた照りにして 

大君は常磐のように不変でいらっしゃいますでしょう 橘家の御殿の橘の実も ひたすらに照り輝いているように

と。

そのオレンジ色の「実」は照り輝く太陽を、照り輝く象徴として運用されてるのが分かりますよね。さらに、付け加えると、「葉」は常緑=落ちない・枯れない=永遠・不死を表象。

なので、
橘自体は、神話的には、永遠に照り輝き続けるスーパー果実として位置付け。
もとはと言えば、常世国の「非時香菓ときじくのかくのこのみ」。コレはこれで別エントリでご紹介します。

ということで、

橘には、「永遠に照り輝き続ける~」といった意味が込められてるって事でチェック。

まとめると、、、

  1. 筑紫(国)=九州は、天祖誕生の地&天孫降臨の地
  2. 日向=日の出の方角に直接向いてるところ
  3. 小戸=水の流れが狭まったところ=浄化にちょうど良い水の流れがある
  4. 橘之=永遠に照り輝き続けるスーパー果実

ということで、

(のちの天孫降臨の地になる)筑紫国の、日の出の方角に直接向いている、ちょうど良い水の流れのある狭まった所の、永遠に輝き続ける~

といった修飾語であり、

ココからの、、、

檍原あはぎはら

という事なんす。

ようやっとココまで来た、、、涙

ということで、
以下、今度は「あはぎ」について詳細をチェック。もうちょっと続くので頑張って。

まず、

コレ、国内文献では、平安時代の初め(892年)、僧の昌住しょうじゅうが作った日本最古の字書(漢和辞典)『新撰字鏡』から。この「木部」のところに

「橿、一名檍、万年木(橿は、檍の別名で、万年木である)」

とあり、

古代においては、
あはぎ」とは「橿」の別名であり、万年木として位置づけられていた事が分かります。

万年木とは何万年も生きる木、つまりこれも不死・永遠の命のイメージですね。

で、

海外の漢籍に目を転ずると、

中国最古の詩集『詩経』の「山有樞さんいうおう」(唐風)と題する詩の一節に

山にかう有り、さはちう有り

とあり、

漢の毛萇もうちょうによる注解(毛伝)が「ちうあはぎなり」と注しています。

毛伝によれば「国君財貨有れども用ふること能はず、山隰の自ら其の材を用ふること能はざるが如し」ということで、山の木材の「こう(ぬるで、山樗さんちょ)」に対して、沢(湿地、湖沼)の木材に杻があり、これを「檍」と言うのです。

  • 山の木材・・・こう(ぬるで、山樗さんちょ
  • 沢(湿地、湖沼)の木材・・・ちうあはぎ

湿地帯の木である檍。コレはもちろん、「小戸」と密接に関連する言葉ですよね。水と関係する場所、植物が選ばれてます。すべて禊をコンセプトにした一貫性のある設定。

で、

唐の注釈(孔疏)では、この木の葉が億万茂って枯れないことから「万歳」と名付け、さらに「弓・弩(矢や石をバネ仕掛けで射る弓)」の材料にすると説明。

これらの古代漢籍文献の説明を総合すると、

この「ちうあはぎ)」とは、

  • 湿地あるいは湖沼に生える
  • 葉を繁茂させて枯れないことから「万年木」「万歳」という異名をもっている
  • 幹はまっすぐではなく、枝も強くしなる性質を持つため、弓や弩に使う

という木であることが分かります。

特に、弓や弩ということは、軍事的意味合いもさることながら、魔除けの道具としての意味をチェック。神社の「破魔矢」が代表的な例。

矢には邪や魔を撃退する(祓う)意味があるってこと。つまり、黄泉の穢れ(邪)を除去する(撃退する)禊祓みそぎはらいに相応ふさわしい場所としての意味を持たせてる。そのためのあはぎってことですね。

弓については重要アイテムなので、別エントリで詳しくお届けいたします。

ホント、いろいろ設定されすぎててお腹一杯。。。

続けて、「原」について。

「原」とは、平らで広大な土地のこと。天子の住む宮都を建てることができる広大な原っぱです。

天武天皇が即位した「飛鳥浄御原宮」、その後の「藤原宮」など、古代、原には宮を造営するのが基本。高天原も同じ考え方。原、かなり尊い字なんです。

ということで、

合わせると、

  • 檍原あはぎはら」とは、永遠の命を象徴する万年木であり魔除けの象徴でもある「ちうあはぎ)」が葉を茂らせ枝を縦横に曲がりくねらせながら茂った湿地。その森の暗がりが平らに原を形づくっている、まさに正常、神聖な場所である

と、

まー濃厚な意味を持たせてあるんですよね。現場のイメージを広げていただければと思います。

最後。

この聖地な感じを承けて、、、日本建国の地「橿原」へ繋げてる事をチェック。

橿原=日本の建国の地。天皇として政治や祭祀を行う場所。

檍原と橿原を比較してみる。

檍原あはぎはら 橿原かしはら
浄化祭祀 政治祭祀
天上支配する天照大神の生誕地 地上支配する天皇の誕生地

先ほどご紹介した日本最古の字書(漢和辞典)『新撰字鏡』。ここで、「橿、一名檍、万年木(橿は、檍の別名で、万年木である)」と記されてます。

つまり、

「祭祀」や「生誕の地」をキーワードに、同じ植物をもとに同じ名前が設定されてるってこと。檍原と橿原。

そこに込めている想い・願いは、
永続性や魔除けパワー

そして、橿原については、檍原と同じ漢字を使用することで、
日本建国、天皇即位のルーツが「檍原」にあること、
それにより橿原における天皇即位の正統性や権威付けが強められることを狙ってる、
ってこと是非チェック。

檍原が橿原へ繋がる「わたり」として位置づけられるんですね。

まとめます

  1. 弓は、武器として威力を発揮=軍事力の象徴である一方で、破魔矢・魔除けのように、邪や魔を撃退する(祓う)意味あり。つまり、黄泉の穢れを除去する(撃退する)禊祓みそぎはらいに相応ふさわしい場所としての意味を持たせてる。そのためのあはぎ
  2. あはぎは、万年木。万年=永遠性(永遠の命、不死にもつながる)の意味を持つ木。つまり、魔や邪を撃退するパワーの永続性、未来永劫この地は魔除けパワースポットである意。
  3. 原は、平らで広大な土地のこと。天子の住む宮都を造営できる広大な原っぱ。天武天皇即位の「飛鳥浄御原宮」、その後の「藤原宮」など、古代、原には宮を造営。「高天原」も同様の考え方。非常に尊い場所、それが原。
  4. 「檍原」は「橿原」に繋がる聖地である。天照大神誕生の地=檍原、神武天皇即位の地=橿原。つまり橿原での日本建国、天皇即位のルーツが「檍原」である。これにより、いよいよ天皇即位の正統性や権威付けが強められる。

ということで。

盛り込みすぎ。、、結論はソコ。

 

まとめ

筑紫日向小戸橘之檍原つくしのひむかのおどのたちばなのあはぎはら

黄泉から帰還した伊弉諾尊が、
黄泉の穢れ汚れを落とすために禊祓をした地。

この禊を通じて、
日本神話のメインプレイヤーともいうべき、天照大神、月読尊、素戔嗚尊が誕生。

日本神話的には、この地は

祭祀の場。聖地。

として位置づけられており、
非常に重要な意味を持たせてます。

ですが、修飾語が多すぎて、よー分からんワードでもあって。

修飾語の多さ=盛り込みたい想いの強さ、
なんで、編纂チームの想いを受け止めつつ、要素分解して解釈していくのが〇。

ということで、

①~④の修飾語、そして最後の「檍原あはぎはら」。といった構図でチェック。

  1. 筑紫(国)=九州は、天祖誕生の地&天孫降臨の地
  2. 日向=日の出の方角に直接向いてるところ
  3. 小戸=水の流れが狭まったところ=浄化にちょうど良い水の流れがある
  4. 橘之=永遠に照り輝き続けるスーパー果実

ということで、

(のちの天孫降臨の地になる)筑紫国の、日の出の方角に直接向いている、ちょうど良い水の流れのある狭まった所の、永遠に輝き続ける「檍原あはぎはら」。

さらに、「檍原あはぎはら」自体にも、

  1. あはぎは、弓に使われていた木。弓は軍事力の象徴である一方で、破魔矢・魔除けのように、邪や魔を撃退する(祓う)意味あり。つまり、黄泉の穢れを除去する(撃退する)禊祓みそぎはらいに相応ふさわしい場所としての意味を持たせてる。そのためのあはぎ
  2. あはぎは、万年木。万年=永遠性(永遠の命、不死にもつながる)の意味を持つ木。つまり、魔や邪を撃退するパワーの永続性、未来永劫この地は魔除けパワースポットである意。
  3. 原は、平らで広大な土地のこと。天子の住む宮都を造営できる広大な原っぱ。天武天皇即位の「飛鳥浄御原宮」、その後の「藤原宮」など、古代、原には宮を造営。「高天原」も同様の考え方。非常に尊い場所、それが原。
  4. 「檍原」は「橿原」に繋がる聖地である。天照大神誕生の地=檍原、神武天皇即位の地=橿原。つまり橿原での日本建国、天皇即位のルーツが「檍原」である。これにより、いよいよ天皇即位の正統性や権威付けが強められる。

ということもチェック。

全部まとめると

(のちの天孫降臨の地になる)筑紫国の、日の出の方角に直接向いている、ちょうど良い水の流れのある狭まった所の、永遠に輝き続ける「檍原あはぎはら」。邪や魔を撃退する(祓う)のに相応しい魔除けパワースポットとして永遠にあり続ける尊い原っぱ。そしてそれは後代、橿原へと引き継がれていく、、、

以上、マシマシ全部載せ丼の完成でした。

 

神話にちなむ伝承地、神社

神話をもって旅に出よう!

今回ご紹介した神話にちなむスポットはコチラです!

日向国 小戸神社

瀬=現在の大淀川に比定する説あり。小戸神社はその意味で、バッチリな場所にある神社です。

住所:宮崎県宮崎市鶴島3-93

一方で、
福岡県に求める説もあったり。その代表格がコチラ。公式HP無し!

小戸大神宮

住所:福岡県福岡市西区小戸2丁目

神話ロマンを感じる旅へ!レッツゴー!

 

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さるたひこ

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