正妃蹈韛五十鈴媛命|現妻さしおき新たに正妃をお迎えす。いや、コレには深~い理由(ワケ)があって、、、の件|分かる!神武東征神話 No.22

神武東征神話を分かりやすく解説するシリーズ

今回は22回目。

長髄彦ながすねびこ誅殺により、東征神話における最大の山場を乗り越えた神武こと「彦火火出見ひこほほでみ」。

残る課題は「建国・即位」へむけた「準備」です。

大きく4つ。

  • 中洲ちゅうしゅう(=大和平野)平定
  • 東征の事蹟じせきにちなむ地名起源設定
  • 宮殿造営
  • 天皇にふさわしい嫁をもらう事

全3回に渡ってお届けしております。

前回、3項目目の「宮殿造営」をお届けましたので、今回は、最後、気になる「嫁もらい」をピックアップ!

 

正妃蹈韛五十鈴媛命|現妻さしおき新たに正妃をお迎えす。いや、コレには深~い理由(ワケ)があって、、、の件

前回の内容はコチラで確認ください。

橿原宮造営と八紘一宇|東征開始から6年が経過した今、天照から始まる神々の系譜や政治を踏まえ素晴らしい国をつくろうとした件|分かる!神武東征神話 No.21

2016.04.06

 

平定し、事蹟も残し、宮殿も作った。

残るは、、、嫁!

ということで?

迎えた「正妃」が媛蹈韛五十鈴媛命たたらいすずひめのみことという、たいそう麗しいお姫様。

ひめ たたらいすずひめ の みこと。

 

ポイントは2つあって。

1つ目。

あくまで「正妃」。「皇后」ではない!という事。

要は、彦火火出見ひこほほでみはまだ「天皇」として即位していないのです。

よって、皇后とする(=立后)前に、まず正妃とした次第。

これ、結構大事で、正式な手続きと考え方にのっとってるのです。

 

どういうことか?

まず、「皇后」については、『漢書』の外戚伝「皇后」の顔師古(がんしこ)の注に、以下内容が記されています。

天を皇天こうてんひ、地を后土こうどと曰ふ。故に天子の妃は、后を以て称と為す。

つまり、

  • 皇天こうてん」と「后土こうど」という天と地の対偶関係

をもとに、

  • 「皇天」にちなむ「天子」に対して、その配偶者の妃を、「后」、つまり「皇后」と称する

というもの。

「天子(天皇)」になってはじめて、その正妃を「皇后」とすることができる訳です。

なので、天皇として即位前に、皇后として迎えるなんてありえへーん。となるのです。大事ですよ、ココ。

 

2つ目。

既に妻と子がいるのに、なんで新妻を迎えるのか?という事。

詳しくはこちらで。

分かる!神武東征神話|神武の生い立ち|天照大神の第五世代 子孫(来孫・らいそん))であり、海神の孫でもある件

2016.01.20

東征前に、日向国の吾田邑あたむらの「吾平津媛あひらつひめ」を妃として手研耳尊たぎしみみのみことを生んでいたわけです。

この母子を伴って東征を成し遂げたのであり、その意味で、「吾平津媛あひらつひめ」は、まさに「糟糠そうこうの妻(貧乏な時から連れ添って苦労を共にしてきた妻)」そのもの。。。

その妻をさしおいて、正妃を新たに立てたのだから。。。。((((;゚Д゚))))ガクガクブルブル

 

いや、これには深い理由(ワケ)があって。。。

 

なんて、

まずは、本文を確認しましょう。

 

神武東征神話現代語訳

正妃召喚 神武東征神話

庚申かのえさるの年、秋8月16日[1]、彦火火出見は正妃を立てようとして、広く貴族のむすめを求めた。

その時、ある者がこのように奏上した。

事代主神ことしろぬしがみが、三島溝橛耳神みしまのみぞくいみみのかみむすめである「玉櫛媛たまくしひめ」と一緒に生んだ子で、名を「媛蹈韛五十鈴媛命ひめたたらいすずひめのみこと」と言う者がおります。この方は国中で一番麗しい娘です。

彦火火出見はこれを喜ぶ。

9月24日[2]媛蹈韛五十鈴媛命ひめたたらいすずひめのみことを宮中に召し入れて正妃とした。

 

注釈

[1]癸丑(みずのとうし)が朔の戊辰(つちのえたつ)

[2] 壬午(みずのえうま)が朔の乙巳(きのとみ)

 

原文

庚申年秋八月癸丑朔戊辰、天皇當立正妃、改廣求華胄、時有人奏之曰

「事代主神、共三嶋溝橛耳神之女玉櫛媛、所生兒、號曰媛蹈韛五十鈴媛命。是國色之秀者。」天皇悅之。

 九月壬午朔乙巳、納媛蹈韛五十鈴媛命、以爲正妃。

『日本書紀』巻三 神武紀より

 

 

まとめ

正妃媛蹈韛五十鈴媛命

 正妃として迎えられた「媛蹈韛五十鈴媛命たたらいすずひめのみこと」という方、実は謎の多いお方です。

ディープな部分は別稿で詳しく触れますので、ここでは概要を簡単に。

 

まず、

このお姫様、2通りの説があります。

  1. 大己貴神おおあなむちがみの魂が三諸山に鎮まった、その神(大三輪の神)の子
  2. 事代主神ことしろぬしがみがワニに化けて玉櫛媛たまくしひめのもとに通って生まれた子

 

元ネタは、実は神代にさかのぼります。

『日本書紀』第8段一書6の後半、国造り神話の後に上記2つが併記されてます。(詳しくは今後神代を順次掲載していきますのでその時に)

 

「一書6」の中に、2つの伝承。

「又曰く」という言葉の前と後ろです。

  • 「又曰く」の前:大三輪の神の子
  • 「又曰く」の後:ワニに化けた事代主神ことしろぬしがみと玉櫛媛の間に生まれた子

 

この部分、実は「又曰く」以降、後代で加筆されている?ようなのです。

なぜならば、「又曰く」の後にいきなり神武天皇が登場し今回ご紹介している結婚話がでてくるから。

  • 「又曰く」の前:神代の設定
  • 「又曰く」の後:人代の設定

 

第8段、「神の時代」の話のなかに突然現れる、半分「人の時代」の神武天皇の結婚話。

 

神武紀ではこの「又曰く」以降の、言わば「別伝」を引き継ぎ「事代主神ことしろぬしがみ」を登場させているのです。

これには、意外にも壬申の乱が関係していて、、、

って、ディープになりすぎなので、別エントリで。

 

今回は、神代設定をとりあげます。人代設定は次のエントリで。

なぜって、時間軸はないけれど「どちらが古いか」と言われれば神代ですから。「そもそも設定」をもとに以下解説しようと思います。

 

そもそも設定では、蹈韛五十鈴媛命たたらいすずひめのみことは大三輪の神の子です。

で、この大三輪の神=大物主神おおものぬしがみであります。そう、現在三輪山に鎮まり大神神社で祭られている神様ですね。

 

で、

そもそも大物主神は、大己貴神おおあなむちがみの「幸魂さきみたま奇魂くしみたま」であり、大己貴神による国造りを成功に導いた神様であります。

詳しくはこちら。

大神神社の創建経緯|「日本国の三諸山(三輪山)に住まむ。」by大物主神

2015.12.20

大物主神=国造りに功績があり、大和に最初に鎮座した神。

ああ、ようやっと本題に入れる。。。

 

で、

だからこそ、後からやってきた「彦火火出見ひこほほでみ」にとって大和を支配するうえでもこの神を取りこみ、その神助を仰ぐ必要があったという訳。

かくして、

大三輪神の子(女・むすめ)を正妃とすることは、「政略結婚」の意味合いが強く、これがつまり、「深~い理由(ワケ)があって」の部分です。

 

ああ、やっとつながった。。。

そしてちなみに、『古事記』では、大物主神の女(むすめ)を神武天皇の「大后(おほきさき)」として伝えています。

なので、まず、今回の内容である正妃をお迎えした深い事情というのは、そういった意味、つまり「政略結婚の意味合い」として捉えておきましょう。

 

本文では、事代主神ことしろぬしがみって言ってるけど???

だから、それは次のエントリで詳しくご説明しますって!

 

続きはこちらで!

事代主神の子、媛蹈韛五十鈴姫命の出自|フツーではない交わり方で孕んだ子だからこそフツーではないお姫様になった件|分かる!神武東征神話 No.23

2016.04.08

 

本シリーズの目次はコチラ!

神武東征神話を丸ごと解説!ルートと地図でたどる日本最古の英雄譚。シリーズ形式で分かりやすくまとめ!

2016.01.13

 

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こんにちは、さるたひこです!読んでいただきありがとうございます。「日本神話をこよなく愛するナビゲーター」として日本神話関連情報、題して「日本神話がおもしろい!」を発信していきます。どうぞよろしくお願いします。ちなみに、ネーミングは、天孫降臨の折、瓊瓊杵尊を道案内した国津神「猿田彦命」にあやからせていただいてます。ただ、神様の名前をそのまま使うのは畏れ多いので「さるたびこ」の「び」を「ひ」に変えております。