多彩で豊かな日本神話の世界へようこそ!
日本最古の書『古事記』をもとに、
最新の文献学的学術成果も取り入れながら、どこよりも分かりやすい解説をお届けします。
今回は、『古事記』上巻から、
三貴子の分治と、須佐之男命の追放
禊祓により誕生した三貴子、天照大御神、月読命、建速須佐之男命に対して、伊邪那岐命が統治領域を委任。ところが、須佐之男命だけが命(ミッション)に従わず、とんでもない問題行動ばかり、、、ついに謀反とも言える内容を口にしたため伊邪那岐命はブチギレ。そのまま追放してしまう。。。
ポイントは、命=ミッションの継承と、出雲神話へつながる壮大な布石設定。
今回も、概要で全体像をつかみ、ポイント把握してから本文へ。最後に、解説をお届けしてまとめ。
現代の私たちにも多くの学びをもらえる内容。日本神話から学ぶ。日本の神髄がここにあります。それでは行ってみましょう!
- 日本神話研究の第一人者である榎本先生監修。確かな学術成果に基づく記事です
- 日本神話全体の流れや構造を解き明かしながら解説。他には無い分かりやすい記事です
- 現代語訳のほか原文も掲載。日本神話編纂当時の雰囲気を感じてもらえます
- 登場する神様や重要ワードへのリンク付き。より深く知りたい方にもオススメです
『古事記』三貴子の分治と須佐之男命の追放|原文と現代語訳、分かりやすい解説付き
目次
『古事記』三貴子の分治と須佐之男命の追放の概要
『古事記』上巻から。経緯としては、
竺紫の日向の橘の小門の阿波岐原で禊祓を行う伊邪那岐命。その浄化プロセスで、非常に神威の強い神が誕生。その果てに、日本神話のメインプレイヤー、天照大御神、月読命、建速須佐之男命が誕生しました。
↑経緯しっかり確認。
で、本文に入る前に、まずは押さえておきたいポイント、概要をチェック。
全部で4つ。
- 伊邪那岐命的には神生みは継続していた!生みの果てに得た三貴子の誕生によりミッションコンプリート!?
- 三貴子への統治領域委任は天神の修理固成委任を踏襲。引き継がれる瑞穂の国の土台づくりとその想い(命)
- 須佐之男命の不服従と反抗理由は、後の出雲神話へつながる壮大な布石
- ついに神世七代ジェネレーションによる一つの時代の終了。物語はいよいよ次のフェーズへ突入!
ということで、
以下、順に解説。
①伊邪那岐的には神生みは継続していた!生みの果てに得た三貴子の誕生によりミッションコンプリート!?
思い出してほしい、あの頃のこと。国生みから神生みへ、その途中、火之夜芸速男神(火之炫毘古神、火之迦具土神)の誕生により伊邪那美命が神避ってしまい、神生みは中断してしまった。。。
一応、その後の葬送儀礼や黄泉往来譚、禊祓を通じてちょいちょい神誕生してましたんで、、伊耶那岐命的には一神になっちゃったけど、神生みは続行してた模様。
その辺りの感覚が、本文「あは子を生み生みて、生みの終に三柱の貴き子を得たり」と言う言葉に表れてる。頑張ったね。特に、最終的に得た三貴子は、我ながら満足のいく出来だったようで、、、コレにより伊耶那岐命的ミッションはコンプリート。ワイは隠居でもして次の世代にバトンタッチ、、てところに繋がっていきます。
次!
②三貴子への統治領域委任は天神の修理固成委任を踏襲。引き継がれる瑞穂の国の土台づくりとその想い(命)
思い出してほしい、あの頃のこと。。その2。天神から指令された国の修理固成ミッション。
「天神諸々の命をもって、伊耶那岐命・伊耶那美命の二柱の神に詔して「この漂っている国を修理め固め成せ」と、天沼矛を授けてご委任なさった。」とありました。
ポイント2つ。
- 「天神諸々の命をもって ~ ご委任なさった。」(天神諸命以 ~ 言依賜也。)とあり。天神が言葉によって命令的に委任している。
- 委任された「命=ミッション」は、国の修理固成。単に、整え固めるってだけでなく、漂っている国を「瑞穂の国」へ仕上げていく意味が込められてる。
てことで。
「伊耶那岐命」「伊耶那美命」も、天地のはじまり神世七代として成りました時は「伊耶那岐神」「伊耶那美神」だったのが、ココ「命以」以降は「伊耶那岐命」「伊耶那美命」に変化。つまり、命=ミッションを持って活動する存在になってました。
こうした背景をもとに、色々あって、、、今回、この「命=ミッション」が、伊耶那岐命から三貴子、特に天照大御神に引き継がれる! 非常に重要な局面としてチェック。
次!
③須佐之男命の不服従と反抗理由は、後の出雲神話へつながる壮大な布石
伊邪那岐命から三貴子に引き継がれた命=ミッション、天照大御神、月読命、は命令どおりに統治遂行。ところが、須佐之男命は従わず、とんでもない問題行動ばかり、、、ついに謀反とも言える内容を口にします。
「私は妣の国、根之堅州国に罷りたいとおもっている」
って!??
経緯を確認。あれ?須佐之男さん、オカンいたっけ??生んだのは伊邪那岐命だったはず。。。
なんですが、実はコレ、後の出雲神話へつながる壮大な布石で。
「黄泉国」と「根之堅州国」は同じ地下世界という日本神話的世界観がベースになってます。
次!
④ついに、、神世七代ジェネレーションによる一つの時代の終了。物語はいよいよ次のフェーズへ突入!
三貴子の誕生により、ワイは隠居でもして次の世代にバトンタッチ、、てことで、最終的に伊耶那岐命は、淡海の多賀に鎮座することになります。
こちら、現在の多賀大社とされており、滋賀県犬上郡多賀町多賀にあります。
ポイントは、神世七代ジェネレーションによる一つの時代が終わったってこと。『古事記』的天地初発からの一連の展開はコレにより区切りをつけ、物語はいよいよ次のフェーズ、天照大御神の高天原統治を軸にした展開へ突入していきます!
日本神話的に大きな転換点にあること、しっかりチェック。
以上、
- 伊邪那岐命的には神生みは継続していた!生みの果てに得た三貴子の誕生によりミッションコンプリート!?
- 三貴子への統治領域委任は天神の修理固成委任を踏襲。引き継がれる瑞穂の国の土台づくりとその想い(命)
- 須佐之男命の不服従と反抗理由は、後の出雲神話へつながる壮大な布石
- ついに神世七代ジェネレーションによる一つの時代の終了。物語はいよいよ次のフェーズへ突入!
の4つ。しっかりチェックしたうえで現場へゴー!
『古事記』三貴子の分治と須佐之男命の追放の現代語訳・原文
この時、伊邪那伎命はおおいに歓喜んで「私は子を生み続けて、生みの終に三柱の貴い子を得た」と言い、そこで、その首飾りの珠の緒を、その珠がふれあって揺らぐ音をたてるばかりに取りゆらかして天照大御神に授け、詔して「そなたの命は、高天原を治めなさい」と委任した。ゆえに、その首飾りの名を、御倉板擧之神という。次に、月読命に詔して「そなたの命は、夜を治める国を治めなさい」と委任した。次に、建速須佐之男命に詔して「そなたの命は、海原を治めなさい」と委任した。
そこで、各が委任され授けられた命のとおりに治めるなかで、速須佐之男命は委任された国を治めずにいて、長い髭が胸先までとどくまで泣きわめいていた。その泣くさまは、青山を枯山のように泣き枯らし、河や海は悉く泣き干上がった。このため悪しき神の音はところ狭しとうるさく騒ぐ蝿のように満ちあふれ、あらゆる物の妖がことごとく発った。
ゆえに、伊邪那岐大御神は速須佐之男命に「どうしてお前は委任された国を治ずに、哭きわめいているのだ」と言った。これに答へて「私は亡き母の国、根之堅州国に罷りたいとおもっているのです。故に哭いているのです」と言った。そこで、伊邪那岐大御神は大く忿怒って「それならばお前は此の国に住んではならない」と言って、そのままどこまでもどこまでも追放した。
※音指定の「注」は、訳出を分かりやすくするため割愛。
此時伊邪那伎命、大歡喜詔「吾者生生子而、於生終得三貴子。」卽其御頸珠之玉緖母由良邇此四字以音、下效此取由良迦志而、賜天照大御神而詔之「汝命者、所知高天原矣。」事依而賜也、故其御頸珠名、謂御倉板擧之神。訓板擧云多那。次詔月讀命「汝命者、所知夜之食國矣。」事依也。訓食云袁須。次詔建速須佐之男命「汝命者、所知海原矣。」事依也。
故、各隨依賜之命、所知看之中、速須佐之男命、不知所命之國而、八拳須至于心前、啼伊佐知伎也。自伊下四字以音。下效此。其泣狀者、青山如枯山泣枯、河海者悉泣乾。是以惡神之音、如狹蠅皆滿、萬物之妖悉發。故、伊邪那岐大御神、詔速須佐之男命「何由以、汝不治所事依之國而、哭伊佐知流。」爾答白「僕者欲罷妣國根之堅洲國、故哭。」爾伊邪那岐大御神大忿怒詔「然者、汝不可住此國。」乃神夜良比爾夜良比賜也。自夜以下七字以音。故、其伊邪那岐大神者、坐淡海之多賀也。(引用:『古事記』上巻より)
『古事記』三貴子の分治と須佐之男命の追放の解説
『古事記』禊祓と三貴子の分治と須佐之男命の追放、、いかがでしたでしょうか?
禊祓により誕生した三貴子、天照大御神、月読命、建速須佐之男命に対して、伊邪那岐命が統治領域を委任。ところが、須佐之男命だけが命(ミッション)に従わず、とんでもない問題行動ばかり、、、ついに謀反とも言える内容を口にしたため伊邪那岐命はブチギレ。そのまま追放してしまいました。。。
ポイントは、命(ミッション)の継承と引退、そして出雲神話へ続く壮大な布石(須佐之男命の追放)。
三貴子を生み、統治領域を委任することで伊耶那岐命から引き継がれた命(ミッション)。コレにより、以後、天照大御神を軸に神話が展開していきます。世代交代。だからこそ、伊耶那岐命は引退、多賀に隠居する。
一方で、困ったちゃん速須佐之男命の「妣の国、根之堅州国に罷りたい」発言は、これはコレで出雲神話へつながっていく壮大な布石となってます。
一つひとつのピースがきちんと組み合わされて、日本神話という大きな物語を生み出してる。古代日本人が構想した神話構造に震えが止まりません。。。
ちなみに、、
今回も、ちょいちょい『日本書紀』と比較することで、重視しているポイント、伝えたいことを深堀りします。
「三貴子の分治と須佐之男命の追放」と同じ流れを持つのは、『日本書紀』第五段〔一書6〕と第五段〔一書11〕。
『日本書紀』をベースにした『古事記』的組み合わせの妙。。。是非チェック。
ということで、
以下、詳細解説。
次!
- そこで、その首飾りの珠の緒を、その珠がふれあって揺らぐ音をたてるばかりに取りゆらかして天照大御神に授け、詔して「そなたの命は、高天原を治めなさい。」と委任した。ゆえに、その首飾りの名を、御倉板擧之神という。次に、月読命に詔して「そなたの命は、夜を治める国を治めなさい。」と委任した。次に、建速須佐之男命に詔して「そなたの命は、海原を治めなさい。」と委任した。
- 卽其御頸珠之玉緖母由良邇此四字以音、下效此取由良迦志而、賜天照大御神而詔之「汝命者、所知高天原矣。」事依而賜也、故其御頸珠名、謂御倉板擧之神。訓板擧云多那。次詔月讀命「汝命者、所知夜之食國矣。」事依也。訓食云袁須。次詔建速須佐之男命「汝命者、所知海原矣。」事依也。
→命(ミッション)の引継ぎ式。厳かな雰囲気を感じて。
細かいところを先に。「首飾りの珠の緒を、その珠がふれあって揺らぐ音をたてるばかりに取りゆらかして」、原文「御頸珠之玉緖母由良邇此四字以音、下效此取由良迦志而」。特に「母由良邇(もゆらに)」に注目。
コレ、首飾りの珠(宝石)が触れあって鳴る音、つまり擬声語で。リアル感を出すために使用されてます。もゆらに。音の響きが古代日本人の感性を感じさせてくれてロマンが広がる、、。『日本書紀』にはない、『古事記』ならではのオモロー!なところ。
その他、ココでのポイントは4つ。
- 次の世代へのバトンタッチ!伊耶那岐命から三貴子に引き継がれた「命=ミッション」
- 「命(ミッション)+グッズ」のセットは、重要指令発令時にあるあるの神様的行動特性・コンピテンシー
- 伊耶那岐命が授けた御頸珠は統治者の象徴。さらに、稲の表象でもある。高天原統治者になると同時に稲属性も付与される
- 統治領域の選定に、国(葦原中国)が除かれているのは伊耶那岐命的な深謀遠慮から?あえて外した理由が大事
1つめ。
①次の世代へのバトンタッチ!伊耶那岐命から三貴子に引き継がれた「命=ミッション」
思い出してほしい、あの頃のこと。その2。天神から指令された国の修理固成ミッション。
「天神諸々の命をもって、伊耶那岐命・伊耶那美命の二柱の神に詔して「この漂っている国を修理め固め成せ」と、天沼矛を授けてご委任なさった。」とありました。
ポイントは、「天神諸々の命をもって ~ ご委任なさった。(天神諸命以 ~ 言依賜也。)」の箇所。「命以」は「命令をもって、言葉で」、「言依」は「ことよさす」と読ませ「委任する」という意味。なので、天神による「命以―言依」とは、言葉によって命令的に委任することをいいます。
ちなみに、、、
「命以」は、『古事記』独特の表現で。発動できるのは、基本的には天神、天照大御神や高御産巣日神だけ。結構重たい言葉。
「言依」 も、『古事記』独特ですが、他にも「事依」 「依」 などがあり。内容は「統治の委任」で統一。国の統治に関わる場面では「言依」が使用されます。
日本神話全体の流れのなかで、命の継承は大きく3つあって。それが、「国の修理固成」「高天原統治」「葦原水穂国統治」。まとめると以下。
天神ミッション | 国の修理固成 | 命以―言依 |
伊耶那岐ミッション | 高天原統治 | 詔〇〇ー事依 |
天照&高木神ミッション | 葦原水穂国統治 | 命以―言依 |
ということで、
若干の漢字の違いはありますが、基本的な流れは、天神→ 伊耶那岐命(伊耶那美命)「国の修理固成」→ 天照大御神「高天原統治」→ 邇邇芸命「葦原水穂国統治」という、いわば命=ミッションの継承ストーリーなんです。ココ激しくチェック。
『古事記』的には、「命」というのが高天原のヒエラルキー、秩序の根拠となっていて。その「命」=ミッションを継承しながら、次の世代へ。
とっかかりは、別天神を中心とする天神から、神世七代世代である伊耶那岐命・伊耶那美命へ継承。
そして、今、この場面で、神世七代世代である伊耶那岐命から、生みなされた世代である天照大御神へ継承。
そしてこれは、その後、天照大神から邇邇芸命→天皇へと継承されていく。。。
壮大な日本神話的命=ミッションの継承ストーリー、そして時代の大きな転換点にあること、しっかりチェック。
次!
②「命(ミッション)+グッズ」のセットは、重要指令発令時にあるあるの神様的行動特性・コンピテンシー
「その首飾りを、~中略~ 天照大御神に授け、詔して ~中略~ 委任した。」とありましたが、実はコレ、重要指令(命の継承)にあたっては、「ミッション+グッズ」のセットパターン。いわば、神様的行動特性ともいえる内容で。他にもこんなのがあります。
種別 | 誰から誰へ | ミッション(命)+グッズ |
天神ミッション | 天神→ 伊耶那岐命・伊耶那美命 | 国の修理固成+天沼矛 |
伊耶那岐命ミッション | 伊耶那岐命→ 天照大御神 | 高天原統治+御頸珠 |
天照大御神ミッション | 天照大神→ 邇邇芸命 | 葦原水穂国統治+三種の神器 |
ちなみに、、
天照ミッションによって邇邇芸命に下賜された「三種の神器」。コレを引き継いでいるのが天皇とされてます。神話を引き継ぐ天皇。神話が今と繋がってる例であります。奥ゆかしい日本ならでは。
とにかく、ここでは、
重要指令が出されるときは、「ミッション+グッズのセット」というのが神様的行動特性(神様コンピテンシー)。ということで、「三種の神器」は、今に繋がる重要テーマを含むことも合わせてチェックです。
次!
③伊耶那岐命が授けた御頸珠は統治者の象徴。さらに、稲の表象でもある。高天原統治者になると同時に稲属性も付与される
伊耶那岐命が授けた首飾り(御頸珠)は、統治者の象徴として位置づけられてる訳ですが、コレ、「その首飾りの名を、御倉板擧之神という。」とあるように、稲の表象でもあります。
背景には『日本書紀』第五段〔一書11〕の設定アリ。コチラ↓
この時、天照大神は喜び「この物は、この世に生を営む人民が食べて活きるべきものである。」と言って、粟・稗・麦・豆を陸田(畑)の種とし、稲を水田の種とした。またこれにより天邑君(村長)を定めた。そこでさっそくその稲の種を、天狭田と長田に始めて植えた。その秋には、垂れた稲穂が握り拳八つほどの長さにたわむほどの豊作であり、たいへん快よい。(引用:『日本書紀』巻第一(神代上)第五段〔一書11〕より)
ということで。
保食神の死体に化成していた牛馬、粟、蚕、稗、稲、麦、大豆、小豆を、天熊人が天照大神に献上。これを天照大神が人民の食として位置づけたことを伝えてます。
ココで重要なのは、稲。保食神の腹に化成しており、まさに人民の食たるに相応しい位置づけになってる。さらに、天照大神が自ら稲を植え、農耕を開始したと。。
『日本書紀』は、このように、天照大神による食の起源、稲作開始@高天原の起源を伝え、それをもとに、その後の天孫降臨において、天照大神が「斎庭の穂」を火瓊瓊杵尊に授けて地上にもたらす、、というところにつながっていきます。
こうした壮大なつながり、日本神話的構想を念頭に、『古事記』では、高天原統治の象徴たる首飾りに「御倉板擧之神」という稲霊を付与し表現した次第。
次!
④統治領域の選定に、国(葦原中つ国)が除かれているのは伊耶那岐命的な深謀遠慮から?あえて外した理由が大事
統治領域の選定も、先ほどの、天照大神への稲属性付与と同様に、『日本書紀』第五段〔一書11〕と同じ設定が使われてます。
伊奘諾尊は、三柱の子それぞれに「天照大神は、高天原を治めよ。月夜見尊は、日と並んで天を治めよ。素戔嗚尊は、海原を治めよ。」と勅任した。 (引用:『日本書紀』巻第一(神代上)第五段〔一書11〕より)
ということで。
『古事記』的には以下の通り。同じになってますよね。
天照大御神 | 高天原 |
月讀命 | 夜之食國 |
建速須佐之男命 | 海原 |
ココでのポイントは、
大八嶋国(のちの葦原中つ国)が外されていること。なんなら、敢えて統治者を設定していない。現段階では、大八嶋国は引き続き統治者不在の状態にしておく必要があるんです。
その理由は2つ。
- 大八嶋国(のちの、葦原中つ国)は、皇孫(天照の直系子孫)が治めるという形にしたかったから。天皇家の由来とつなげて正統性を出したかったから。なので、速須佐之男命を統治者とする訳にはいかなかった次第。
- さらに、葦原中つ国は、大国主により献上されたという形にしたかったから。皇孫が国土開拓や統治を自ら行うのではなく、大国主がつくった国を献上させるという体(体裁)を採ることで、出雲勢力の取り込みと天皇家のティーアップ(献上させるくらいスゴイ)を実現しようとした次第。
特に②。このあたりは、壮大なロマン発生地帯で。『古事記』は天皇家の歴史書でありながら、国内の豪族勢力に格別の配慮をしながら、それを取り込もうとする企図があり、特に、出雲勢力はその大きさから重要事項だったと思われます。本件、コチラ↓を参考に。
ということで、日本神話的には、統治領域の選定に国(葦原中つ国)が除かれているのは伊耶那岐命的な深謀遠慮から、ということで、歴史と神話が交錯するロマンとあわせてチェック。
次!
- そこで、各が委任され授けられた命のとおりに治めるなかで、速須佐之男命は委任された国を治めずにいて、長い髭が胸先までとどくまで泣きわめいていた。
- 故、各隨依賜之命、所知看之中、速須佐之男命、不知所命之國而、八拳須至于心前、啼伊佐知伎也。自伊下四字以音。下效此。
→上の子たちは素直、従順なのに、速須佐之男命だけが反抗。国の統治をほったらかし、髭ボーボーで哭きわめく。。。
まず、この速須佐之男命の異常性は「神威の強さ」としてチェック。
『日本書紀』ではもっと分かりやすく伝えてます。『日本書紀』第五段〔一書6〕から。
この時、素戔嗚尊はすでに年が長じていて、また握りこぶし八つもの長さもある鬚が生えていた。ところが、天下を治めようとせず、常に大声をあげて哭き怒り恨んでいた。 (『日本書紀』巻第一(神代上)第五段 一書6より)
ということで。
なんなら、誕生したばかりの素戔嗚尊、、既に年が長じていて、80センチほどの長い髭が生えていたと。。。って、既におっさん!?ナチュラルボーンおっさん。
強い神と言うのは何かしらの異常性や狂気的なものを持っているもので。『古事記』でも同様に、速須佐之男命の異常性は「神威の強さ」としての設定ということでチェック。
次!
- その泣くさまは、青山を枯山のように泣き枯らし、河や海は悉く泣き干上がった。このため悪しき神の音はところ狭しとうるさく騒ぐ蝿のように満ちあふれ、あらゆる物の妖がことごとく発った。
- 其泣狀者、青山如枯山泣枯、河海者悉泣乾。是以惡神之音、如狹蠅皆滿、萬物之妖悉發。
→青々とした山を泣き枯らす、河や海をすべて干上がらせる、、とんでもない泣きっぷりです。世界がビリビリ振動。
コレ、のちの速須佐之男命の根の国行きをもとに考えると、布石ともいえる内容で。詳しくはコチラ↓で。
「根の国」の元ネタは、極遠の地「四裔」(四辺之外)。国の四方の果てのことで。
この世界の果てともいうべき極遠エリアには、疫鬼が棲んでいて、こいつらが人間に悪さをする、という世界観あり。
構造としては
- 中央:葦原中国=天子の宮があり、人の住むところ
- 四裔:極遠の地・根の国=鬼の住むところ、素戔嗚の坐すところ
てことであり、
速須佐之男命を鬼として、つまり人間に害悪を与える存在として考えてみるとこのシーン、「青山を枯山のように泣き枯らし、河や海は悉く泣き干上がった。このため悪しき神の音はところ狭しとうるさく騒ぐ蝿のように満ちあふれ、あらゆる物の妖がことごとく発った」というのがめっちゃしっくりくるわけです。
人々に疫病や災禍をもたらす鬼=速須佐之男命という裏設定があるからこそ、異常な神性を持ってる。根の国とあわせてチェックです。
次!
- ゆえに、伊邪那岐大御神は速須佐之男命に「どうしてお前は委任された国を治ずに、哭きわめいているのだ」と言った。これに答へて「私は亡き母の国、根之堅州国に罷りたいとおもっているのです。故に哭いているのです」と言った。そこで、伊邪那岐大御神は大く忿怒って「それならばお前は此の国に住んではならない」と言って、そのままどこまでもどこまでも追放した。
- 故、伊邪那岐大御神、詔速須佐之男命「何由以、汝不治所事依之國而、哭伊佐知流。」爾答白「僕者欲罷妣國根之堅洲國、故哭。」爾伊邪那岐大御神大忿怒詔「然者、汝不可住此國。」乃神夜良比爾夜良比賜也。自夜以下七字以音。
→なんでかなー?って聞いてみたら、息子はマザコンだった件。。
ポイント4つ。
- 「妣」とは、亡き母、つまり伊耶那美命のこと
- 「妣の国」と「根之堅州国」は同じ地下世界として位置づけられてる。なんなら、2つの世界は黄泉津平坂でつながっている
- 背景には、生=伊耶那岐命-天照大神 VS 死=伊耶那岐命-速須佐之男命という対立構造がある
- 母の国への帰属は、反逆行為。だからこそ、追放処分を受ける
1つめ。
①「妣」とは、亡き母、つまり伊耶那美命のこと
「妣」とは、亡き母のことで、伊耶那美命のことになります。
確かに、血統上の実母ではないし、また、父の妻とはいえ、離別後に誕生したわけで義母という関係も当てはまらないのですが、これまでの神話展開上、伊耶那岐命がかつて妻としていた伊耶那美命のことを母としてます。具体的な理由は後ほど。
②「妣の国」と「根之堅州国」は同じ地下世界として位置づけられてる。なんなら、2つの世界は黄泉津平坂でつながっている
母=伊耶那美命なので、母の国=黄泉国。で、実は、『古事記』では、黄泉国と根之堅州国は同じ地下世界として位置づけられてるんです。しかも、黄泉津平坂でつながってる、という設定。詳しくはコチラ↓で。
『古事記』では、八十神が大穴牟遲神を木の割れ目に挟んで殺してしまう(←意味不明)シーンや、大穴牟遲神が須佐之男命の女 須勢理毘賣を連れて根堅州国から愛の逃避行を敢行するシーンから、
- 根之堅州国は、黄泉国と同じ地下世界である。
- そして、黄泉国と同様に、黄泉比良坂でこの世界とつながっている。
という世界観になってることが判明するんです。イメージはコチラ!
次!
③背景には、生=伊耶那岐命-天照大神 VS 死=伊耶那岐命-速須佐之男命という対立構造がある
『古事記』では、伊耶那美命と速須佐之男命をセットにしており、両神がそれぞれ坐す世界も同じ地下世界になってる訳ですが、こうした設定の背景には、黄泉国往来譚で伝える、「生(この世)」と「死(あの世・黄泉国)」の対立構造があります。
二項対立フレーム | 世界 | 担当、あるいは坐す神 |
生(この世) | 葦原中国 | 伊耶那岐大神、天照大御神を経て皇孫へ |
死(あの世) | 黄泉国、根之堅州国 | 伊耶那美大神、素戔嗚尊 |
なので、
今回のシーン、「私は亡き母の国、根之堅州国に罷りたいとおもっているのです」発言も、こうした生と死の対立構造と枠組みをもとに言ってる訳です。泣きながら、、、
次!
④母の国への帰属は、反逆行為。だからこそ、追放処分を受ける
そのうえで、、、結論部分ですが、要は、「私は亡き母の国、根之堅州国に罷りたいとおもっている」発言は、死への帰属を意味する訳で、そうなると、伊耶那岐命(生)の側からしたら反逆行為以外の何物でもない、という話になる訳です。
伊耶那美命と言えば、死の象徴であり、生の人間を毎日大量に殺すと宣告した敵対的存在。てことは、伊耶那岐命にとって敵対勢力にあたる伊耶那美命をあえて「母」とみなした上で、その敵たる母への寝返りを口にしたと考えられて。
「伊邪那岐大御神は大く忿怒って「それならばお前は此の国に住んではならない」と言って、そのままどこまでもどこまでも追放した。」とある理由はまさにココで。
明確な「謀反」にあたる凶悪を口にしているわけで、伊耶那岐命にとって大く忿怒る話であり、だからこそ、なんの躊躇もなく放逐するという流れになるんですね。
コチラ↓でも詳しく解説してますので是非チェックされてください。
息子のマザコンぶりにブチギレするオヤジの巻。人間モデル神の特性が遺憾なく発揮されてます。、、伊耶那岐家の皆さん、、大丈夫か。。
次!
- その伊邪那岐大神は、淡海の多賀に鎮座している。
- 故、其伊邪那岐大神者、坐淡海之多賀也。(引用:『古事記』上巻より)
→やることやり切った伊耶那岐命は、引退して淡海の多賀に鎮座する。
先ほど解説した『日本書紀』では、伊奘諾尊が「はかり知れない仕事をすでにやり遂げ、霊妙な命運が遷るべきであった。」とありました。ミッションコンプリートの予感。ココでも同様に、自分が託された命(ミッション)を引き継げる人材、もとい、神材を得ることができた、、、邪魔者も放逐した。すべてやり切ったってことなんでしょう。
引退先は、『古事記』的には淡海の多賀。コチラ、現在の多賀大社と伝えられております。
『古事記』三貴子の分治と須佐之男命の追放 まとめ
『古事記』三貴子の分治と、須佐之男命の追放
『古事記』三貴子の分治と、須佐之男命の追放、いかがでしたでしょうか?
命=ミッションの継承(世代交代)を軸に、出雲神話へつながる壮大な布石が設定されてましたよね。
おきたいポイントは以下の通り。
- 伊耶那美命の二神による神生みは中断したものの、伊耶那岐命的には続行してて、最終的に三貴神誕生によって一つの区切りをつけた
- 「三柱の貴い子を得た」と「おおいに歓喜んで」いることから、伊耶那岐命的にはようやく自分の役目を果たせた感があった
- 次の世代へのバトンタッチ!伊耶那岐命から三貴子に引き継がれた「命=ミッション」
- 「命(ミッション)+グッズ」のセットは、重要指令発令時にあるあるの神様的行動特性・コンピテンシー
- 伊耶那岐命が授けた御頸珠は統治者の象徴。さらに、稲の表象でもある。高天原統治者になると同時に稲属性も付与される
- 統治領域の選定に、国(葦原中国)が除かれているのは伊耶那岐命的な深謀遠慮から?あえて外した理由が大事
- 強い神と言うのは何かしらの異常性や狂気的なものを持っている。『古事記』でも同様に、速須佐之男命の異常性は「神威の強さ」としての設定
- 「根の国」の元ネタは、極遠の地「四裔」(四辺之外)。国の四方の果てのことで。この世界の果てともいうべき極遠エリアには、疫鬼が棲んでいて、こいつらが人間に悪さをする、という世界観あり
- 人々に疫病や災禍をもたらす鬼=速須佐之男命という裏設定があるからこそ、異常な神性を持っている
- 「妣」とは、亡き母、つまり伊耶那美命のこと。「妣の国」と「根之堅州国」は同じ地下世界として位置づけられてる。なんなら、2つの世界は黄泉津平坂でつながっている
- 背景には、生=伊耶那岐命-天照大神 VS 死=伊耶那岐命-速須佐之男命という対立構造がある
- 母の国への帰属は、反逆行為。だからこそ、追放処分を受ける
- 自分が託された命(ミッション)を引き継げる人材、もとい、神材を得ることができた、、、邪魔者も放逐した。すべてやり切ったので、淡海の多賀に引退した
ということで。
今回の日本神話を通じて、神世七代ジェネレーションによる一つの時代が終わりました。
『古事記』的天地初発からの一連の展開はコレにより区切りをつけ、物語はいよいよ次のフェーズ、天照大御神の高天原統治を軸にした展開へ突入していきます!
日本神話的な大転換点にあること、しっかりチェック。
続きは準備中。お楽しみに!
神話を持って旅に出よう!!!
日本神話のもう一つの楽しみ方、それが伝承地を巡る旅です。以下いくつかご紹介!
● 伊勢神宮 天照大御神を祭る!日本最高峰の宮
● 月読宮 月読尊を祭る!簡素明澄な四宮が並列する独特スタイル!月讀宮では参拝順番にご注意
● 須佐神社 速須佐之男命を祭る!国土開拓神話から「須佐」と命名
● 多賀大社 伊耶那岐命の隠居地!
佛教大学名誉教授 日本神話協会理事長 榎本福寿
埼玉県生まれ。京都大学大学院文学研究科博士課程国語学国文学(S53)。佛教大学助教授(S58)。中華人民共和国西安外国語学院(現西安外国語大学)文教専家(H1)。佛教大学教授(H6)。中華人民共和国北京大学高級訪問学者(H13)。東京大学大学院総合文化研究科私学研修員(H21)。主な書籍に『古代神話の文献学 神代を中心とした記紀の成りたち及び相関を読む』がある。『日本書紀』『古事記』を中心に上代文学における文献学的研究成果多数。
参考文献:『古代神話の文献学』(塙書房)、『新編日本古典文学全集 日本書紀』(小学館)、『日本書紀史注』(風人社)、『日本古典文学大系『日本書紀 上』(岩波書店)
どこよりも分かりやすい日本神話解説シリーズはコチラ!
ついでに日本の建国神話もチェック!
日本神話編纂の現場!奈良にカマン!
→伊耶那岐命が大歡喜。。
思い出してほしい、あの頃のこと。天神から国の修理固成ミッションをうけ、国生み、からの神生みへ。ところが、火之夜芸速男神(火之炫毘古神、火之迦具土神)の誕生により中断してしまった。。。
そんなこともあったっけ。。。ただ、伊耶那岐命的には、その後の黄泉往来譚、からの禊祓を通じて「私は子を生み続けて、生みの終に三柱の貴い子を得た。」ってことで、
ポイント2つ。
てことで。
先に細かいところ。「生む」と言ってるのは、古代の系譜の形式からです。
伊耶那岐さん男ですよね?それなのに、、、なんですが、古代においては、子の認知は父親がする前提だから。生理的な出産とは別に、系譜上では男系で組み込む形になっていた次第。ま、これは古代の価値観なので、、、そっとしとこ。
で、ポイントの2点。とくに、非常に貴い子を得たことにより、自分のお役目を果たせた感は大事なポイント。
この辺り、比較対象として『日本書紀』第六段では、より明確に伝えてます。コチラ↓
ということで。
『日本書紀』では、伊奘諾尊が「はかり知れない仕事をすでにやり遂げ、霊妙な命運が遷るべきであった。」とあり、ミッションコンプリートの予感。自分が託された命(ミッション)を引き継げる人材、もとい、神材を得ることができた、、、コレがどれほどの喜びだったか、、、
経営とかもそうですよね。創業者から二代目への引継ぎ、経営者交代、次の世代へのバトンタッチって、ほんとに難しくて。。社業を引き継げる人材が見つかった時のよろこびとか、安堵感とか、、人間モデル神なんで、伊耶那岐命にも同じような感覚が去来していたんだと思われます。コレ、神話ロマン。
そして、これを承けて、最後の「伊邪那岐大御神は、淡海の多賀に鎮座している。」につながっていく次第。後ほど解説。